村上春樹 『中国行きのスロウ・ボート』

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中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)
村上 春樹
中央公論社
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村上春樹の小説は大方読んでいたつもりだったけれど、最初の短編集は読み逃していた。収録されている80年から82年に書かれた作品は、いまこの作家が書く短編よりも、ずっと、なんというか、パワー、というかテクニックがなくて(雑誌掲載順に並べられているので、読んでいるうちにだんだん巧くなってきている感じはする)、とくに冒頭の表題作「中国行きのスロウ・ボート」なんか、デビュー作『風の歌を聴け』にあるような、あの、かつて感じていたのに、時が経って失われてしまったサムシング、でも、そのサムシングがなんなのかよくわからなくて、でもなんとなく「おセンチ」になってしまう感じが書き残されている、と思った。異名同曲、って感じである。

ただ、そのおセンチを感じさせる作品に、この歳になって初めて(似たようなものをすでに読んでいたわけだから再び、でもある)触れた喜び、みたいなものもある。なんですかね、作家がこの作品を書いた歳の頃に、読み手であるわたしが近づいたからかもしれないけれど、18歳か19歳頃に、村上春樹の初期作品に初めて出会ったときとは、理解の深度が異なる、というか、ああ、なんか、なにかわからないけれど、わかるよ、という感じが強くある。同世代の人が(かつて)書いたもの、なのだ。

とはいえ、これは80年代の初期に書かれたものであって、読んでいて、ああ、これは昔なんだな、つまりは書かれた当時の「同時代の小説(いまからみたら過去の小説)」なんだな、と思う部分も多々ある。ガール・フレンドが乗った電車を駅のホームで見送ったあとに煙草に火をつけたり、FMがキレイにはいるラジオを買ってみたり、車で仕事に来ているのにビールを飲んだりする。いまでは見られない「風景」だ。しかし、わたしもその風景を知っているし、ちょうど、わたしがもっと若くて幼かった頃からどんどんそれらが消えていった、とも思う。これもまた、失われたサムシング。そして、それがより一層メロウな感覚を煽る。

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