大江健三郎 『万延元年のフットボール』

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万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)
大江 健三郎
講談社
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戦後文学の最高峰、と言われる大江健三郎の小説を読む。大江の小説は、去年自選の短編集を読んだのが初めてだったのだが、そのとき、憲法9条を守れ! とかノーベル文学賞とったりとか、立派な、聖人みたいな(こういう書き方は揶揄を込めているように受け取られるかもしれないが……)活動からは想像がつかなかった、グロテスクな内容に驚いたのだった。が、本作も同じ、感想を抱いた。これから大江健三郎の作品に触れようとする若い人は、同じようにびっくりするんじゃないかな、とか思う。「戦後文学の最高峰」という謳い文句で読むじゃないですか、おお、これが、あの大江健三郎の作品ですか、と。坂本龍一と政治的なスタンスがだいたい一緒だから、ああいう小説か(共通点はメガネと白髪ぐらいしかないし、「ああいう」がなにかはわからない)、みたいな人もいるかもしれないじゃん。で、ページを開いたら、肛門にキュウリを突っ込んで自殺する人とか出てくるし、NTRだし、で、なんだこれ、と思うのではないか。

立派な小説だな、とは思うけれども、わたしは全然好きではない。というか、よくこんなことが書けるな、と思ってしまった。障害がある子供が生まれる、という作者の経験が本作にも投影されている。それで、主人公夫婦のあいだには、修復しがたい問題が生じちゃってるわけ。「愛は地球を救う」とか考えちゃっているようなテレビ番組制作者目線で言ったら、こういうのって「生まれてきた子供には障害があったけど、夫婦は、ファミリーは幸せです」みたいな物語として処理されるじゃないですか。でも、そうじゃないの。すっごいダメージを負っちゃて、とんでもないことになっちゃうの。それは、まぁ、正直だな、という気がする。どこまでが作者の個人的な経験かは知らないですよ、でも、当然、投影されてるんだろう、と読者は思うじゃない。でも、それは作者の個人的な経験、でありながら、その妻の経験でもあるわけ。もちろん、息子自身の経験でもあって。そういう自分だけのものでないものを、お話にしてしまうところって、どうなのよ、って思ってしまう。わたしがそんな作家だったら、妻はきっと辛い思いをするんじゃないか。

さまざまな痛みが書かれている小説だよなぁ、とは思う。政治的な闘争で挫折して傷ついてる、とかさ(その挫折には一切共感できないけども)。

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