アレクサンドル・プーシキン 『エヴゲーニイ・オネーギン』

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完訳 エヴゲーニイ・オネーギン
アレクサンドル・セルゲーヴィチ プーシキン
群像社
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井筒俊彦が「プーシキンを読んだらロシア文学がたちどころにわかるんや!」と書いていたので代表作である『エヴゲーニイ・オネーギン』を読んでみた。訳は小澤政雄による韻文訳(もともとこの作品は韻文で書かれた小説なのだ)、かつ、断章やプーシキンによって削除された部分まで含めて初めて訳した「完訳版」。「現代の韻文」(とは、なにか、という問題はさておき。そして訳者が大正生まれの先生なので『おきゃんな』とか、とても現代の言葉には思えない言葉も選ばれている)に置換されたこのプーシキンは、非常にリズミカルに読み進めることができるので「韻文って読みにくいのでは?」と心配な方もご安心。

ナボーコフによる訳注(この作品には、彼が膨大な注をつけた英訳が存在する。日本における人気を考えると、そのうち、ナボーコフ英訳版からの日本語訳『エヴゲーニイ・オネーギン』も出るんじゃないか)も含めて過去の注釈を参照しつつ、うざったくならない程度に施された訳注は、この作品が書かれた19世紀前半のロシアの社会や文化について、そしてプーシキンが参照していたフランスやドイツの文学についても教えてくれる。

で、すげー、面白かったんですよ。ストーリーは一言で言えば、メロドラマ、なんだが(あらすじはWikipediaをご覧ください)、主人公のオネーギンに恋するタチヤーナが、田舎の文学少女みたいな設定で。本のなかのカッコ良い男性に恋焦がれてて、いわば、腐女子、あるいは女ドン・キホーテになっている。で、オネーギンを一目見て「ああ、これがわたしの白馬の王子様なんだわ!」的な感じになってしまう。この流れがサイコー。

そういう話をね、プーシキンはめっちゃ面白く書くんですよ。なにこれ、プーシキン、ってロシア文学の源流とか言って、結構ぶっ飛んでるじゃん、と。物語そっちのけで作者のプーシキン自身がこの作品を書いた背景を説明しだしたり、自分の気持ちを吐露してみたりするんだ。あるいは、小説内の登場人物が書いた手紙や詩をメタフィクション的に入れ込んでみたり。こうした技法はルネサンス的だと思うんだが、一方で、登場人物たちは皆、プーシキンが生きている現実に存在するもののように紹介されていて、リアリズムとのバランスが絶妙である。

読んでたら、こないだ読んだソローキンなんか、びっくりしちゃったけども、プーシキンの直系親族みたいなもんじゃないのか、と思ったね。

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