2016年に読んだ本を振り返る

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毎年恒例の振り返りシリーズ。


  1.  山本義隆 『磁力と重力の発見』
  2.  中川純男(編) 『哲学の歴史〈第3巻〉神との対話: 中世 信仰と知の調和』
  3.  アレクサンドル・プーシキン 『エヴゲーニイ・オネーギン』
  4.  谷川健一 『青銅の神の足跡』
  5.  ロード・ダンセイニ 『最後の夢の物語』
  6.  菊地成孔 『レクイエムの名手: 菊地成孔追悼文集』
  7.  平山昇 『初詣の社会史: 鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム』
  8.  村上春樹 『女のいない男たち』
  9.  鈴木宣明 『図説 ローマ教皇』
  10.  梅原猛 『梅原猛著作集(4) 地獄の思想』
  11.  『集英社ギャラリー「世界の文学」(12) ドイツ3・中央・東欧・イタリア』
  12.  金井壽宏 『リーダーシップ入門』
  13.  ロベルト・ボラーニョ 『野生の探偵たち』
  14.  クリストフ・ポンセ 『ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎: ルネサンスの芸術と知のコスモス、そしてタロット』
  15.  沼上幹 『組織デザイン』
  16.  ニッコロ・マキアヴェッリ 『君主論』
  17.  辻静雄 『フランス料理の手帖』
  18.  モーリス・メルロ=ポンティ 『眼と精神』
  19.  フィリップ・K・ディック 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
  20.  土井善晴 『おいしいもののまわり』
  21.  レイモン・オリヴェ 『フランス食卓史』
  22.  井筒俊彦 『『コーラン』を読む』
  23.  蓮實重彦 『映画狂人日記』
  24.  村上春樹 『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』
  25.  ヨハン・アモス・コメニウス 『世界図絵』
  26.  ミランダ・ジュライ 『いちばんここに似合う人』
  27.  原武史 『団地の空間政治学』
  28.  岸本佐知子 『なんらかの事情』 
  29.  辻調理師専門学校(編) 『辻調が教えるおいしさの公式 洋菓子』 
  30.  湯木貞一 『新版 吉兆味ばなし』 
  31.  ギュスターヴ・フローベール 『ボヴァリー夫人』 
  32.  田口卓臣 『怪物的思考: 近代思想の転覆者ディドロ』 
  33.  阿古真里 『小林カツ代と栗原はるみ: 料理研究家とその時代』
  34.  シモーヌ・ヴェイユ 『重力と恩寵: シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄』 
  35.  ジョン・マンデヴィル 『東方旅行記』 
  36.  土井善晴 『土井善晴さんちの「名もないおかず」の手帖』 
  37.  なぎら健壱 『東京酒場漂流記』 
  38.  内澤旬子 『世界屠畜紀行』 
  39.  辻静雄 『うまいもの事典』 
  40.  カルロ・ギンズブルグ 『裁判官と歴史家』 
  41.  いとうせいこう 『ボタニカル・ライフ 植物生活』 
  42.  ロバート・ウォルク 『料理の科学 1: 素朴な疑問に答えます』 
  43.  ジョナサン・コット 『スーザン・ソンタグの『ローリング・ストーン』インタヴュー』 
  44.  村上春樹 『村上ラヂオ3: サラダ好きのライオン』 
  45.  ウラジーミル・ソローキン 『氷』 
  46.  速水健朗 『東京β: 更新され続ける都市の物語』
  47.  白洲正子 『きもの美: 選ぶ目 着る心』 
  48.  リディア・デイヴィス 『ほとんど記憶のない女』 
  49.  スティーヴン・シェイピン サイモン・シャッファー 『リヴァイアサンと空気ポンプ: ホッブズ、ボイル、実験的生活』 
  50.  武田百合子 『ことばの食卓』
  51.  Peter Adamson 『Philosophy in the Islamic World』 
  52.  谷川健一 『白鳥伝説』 
  53.  『パターが面白いようにはいる本 (イラスト図解版)』  
  54.  ヘルムート・プレッサー 『書物の本: 西欧の書物と文化の歴史 書物の美学』
  55.  内田百閒 『阿房列車』  
  56.  ロベルト・ボラーニョ 『アメリカ大陸のナチ文学』
  57.  淀川長治 蓮實重彦 山田宏一 『映画千夜一夜』  
  58.  漢 a.k.a GAMI 『ヒップホップ・ドリーム』 
  59.  千松信也 『ぼくは猟師になった』 
  60.  村上満 『ビール世界史紀行: ビール通のための15章』 
  61.  『プリンス: 星になった王子様』 
  62.  松尾潔 『東京ロンリーウォーカー: 自称・東京通たちに贈る「真のトレンディ」ガイド』 
  63.  『現代思想』2016年8月臨時増刊号 総特集◎プリンス1958-2016 
  64.  エリック・ルーセル 『ガリマール新評伝シリーズ 世界の傑物7 ドゴール』 
  65.  谷崎潤一郎(訳) 『源氏物語』 
  66.  村上春樹 『中国行きのスロウ・ボート』 
  67.  五十嵐太郎 『日本建築入門: 近代と伝統』 
  68.  蓮實重彦 『伯爵夫人』 
  69.  松尾潔 『学食巡礼: 未来を担う若者が集うユルい空間』 
  70.  『ドライバー 飛んで曲がらない確実な打ち方』 
  71.  フィルドゥスィー 『王書(シャー・ナーメ): ペルシア英雄叙事詩』 
  72.  栄和人 『”最強”の結果を生み出す「負けない心」の作り方: これで「レスリング女子」を世界一に導いた』 
  73.  辻芳樹 『すごい! 日本の食の底力: 新しい料理人像を訪ねて』 
  74.  ホセ・ドノソ 『別荘』 
  75.  吉田健一 『旨いものはうまい』 
  76.  カール・フォン・クラウセヴィッツ 『戦争論』 
  77.  ウラジーミル・ナボコフ 『ロリータ』 
  78.  升田幸三 『名人に香車を引いた男: 升田幸三 自伝』 
  79.  辻静雄 『エスコフィエ: 偉大なる料理人の生涯』 
  80.  中島らも 『こらっ』 
  81.  アレホ・カルペンティエール 『春の祭典』 
  82.  デイヴィッド・ミーアマン ブライアン・ハリガン 『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』 
  83.  土井善晴 『一汁一菜でよいという提案』 
  84.  田島貴男 『ポップスの作り方』 
  85.  スティーヴン・ミルハウザー 『エドウィン・マルハウス』 
  86.  荒俣宏 『奇想の20世紀』 
  87.  池波正太郎 『男の作法』 
  88.  宮台真司 『援交から革命へ: 多面的解説集』 
  89.  レフ・トロツキー 『裏切られた革命』 
  90.  ヘンリック・イプセン 『ヘッダ・ガーブレル』 
  91.  レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ 『トルストイ前期短編集』 
  92.  本橋成一 『築地魚河岸ひとの町』 
  93.  西寺郷太 『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』 
  94.  ルイ・パストゥール 『ビールの研究』 
  95.  佐藤亜紀 『小説のストラテジー』 
  96.  ダニエーレ・タマーレ 『サプール ザ ジェントルメン オブ バコンゴ』 
  97.  角山栄 『茶の世界史: 緑茶の文化と紅茶の世界』 
  98.  ミーシャ・アスター 『第三帝国のオーケストラ: ベルリン・フィルとナチスの影』 
  99.  池澤夏樹 『マシアス・ギリの失脚』 
  100.  ジークフリート・クラカウアー 『天国と地獄: ジャック・オッフェンバックと同時代のパリ』 
  101.  ジャン=リュック・ゴダール 『ゴダール全評論・全発言I 1950-1967』 
  102.  湯木貞一 『吉兆味ばなし 2』 
  103.  アルフレッド・ベスター 『虎よ、虎よ!』 
  104.  平本久美子 『やってはいけないデザイン』 
  105.  ステファン・グラビンスキ 『狂気の巡礼』 
今年は3月に転職して環境が変わり、変化に富んだ一年だったのだがそれでも本だけで105エントリーも書いていた。ブログに書いてない本も何冊かあるが、地味に将棋も続けてたりしてて、レコードもじっくり聴く時間も必要だったりしたので、本はすごく雑に読んだ年だった。眺めてみると料理や食に関する本が多い。とくに土井善晴先生の本、『おいしいもののまわり』と『一汁一菜でよいという提案』は今年はもっとも印象に残った本としてあげたい。英語で読んだ本は一冊だけ。これはちょっと寂しいが、また最近英語の勉強を再開したので、来年はもうちょっと頑張りたい、が、英語でなにかを読む、というモチベーションがほぼゼロになっているので、なんもしないかも。

それでは皆さまよいお年を。

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ステファン・グラビンスキ 『狂気の巡礼』

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ポーランドの作家、というと、スタニスワフ・レム、ヴィトルド・ゴンブローヴィチ、そしてブルーノ・シュルツ、と一癖も二癖もある作家が思い出されるが、ステファン・グラビンスキもまた、その個性が記憶に名前が刻まれるタイプの作家だと思う。「ポーランド文学史上ほぼ唯一の恐怖小説作家」、「ポーランドのポー」、「ポーランドのラヴクラフト」と称される小説家の短編集を読んだ。

「恐怖小説」、といってもゾッとするようなスリルやホラーを感じるわけではない(この作家性に夢野久作を想起する読者もいると言う)。正直、そんなに怖くはない。けれども、どこか不気味であり、本書のタイトルにもあるような「狂気」をじんわりと感じさせる。

たとえば、この作家は、ある場所に怨念じみたもの、地縛霊じみたものが残っていて、それに主人公が影響を受けてヤバくなってしまう、という話をよく描いているのだが、それを単なるファンタジーや超常現象としてでなく、ある種の特殊な心理的作用として、まるで科学的に説明できるもののように説明しながら書いている。この描写がとてもネチネチしていて、危ない雰囲気を余計に煽る。

荒木飛呂彦とか諸星大二郎が描くモダンホラーに通ずる不気味さがあって良いし、あと本書は装丁もとても良い。正直、そこまで好きな作家ではないんだけれど、めちゃくちゃ雰囲気がある本に仕上がっていて、書店で見つけて「ああ、これは面白そうな本だな、買わなきゃいけないんじゃないか」という気持ちにさせられてしまった。

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平本久美子 『やってはいけないデザイン』

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デザインについて学んだことは一切なくても、センスが皆無でもホワイトカラーな会社員をやっているとチラシだの、資料だの「デザイン」をする機会は必ずやってくる。そんな機会に延々と上司にダメだしされたり、自分が作るものってなんかイケてないな……となんだりした人は多いと思う。わたしもその一人。本書は、素人がやりがちなイケてないデザインの事例をたくさんあげて「どうしたら良い感じになるのか」の知見を授けてくれる大変良い本。難しい理屈は一切なし、仕事の行き帰りでサクッと読めて、明日から「イケてないデザイン」を作れそうな気分にさせてくれる。

正直、インターネットでデザインに関して調べたらでてくるような話しか載ってない、とも言えるのだが、会社員は調べる時間を金で買うべき。会社のデスクにでもしまっておいて、困ったときに開けるようにしておきたい。「社会人1年目に読む本リスト」(そんなものがあるとしたら)のなかにも入れておきたい一冊だ。

これを読んでわたしもイケてるデザインの資料を作って女の子にモテたい! 「紺野さんの作る資料っていつもオシャレですよね!」と言われたい! けれども、会社員人生は複雑で、こういうのを読んでイケてるデザインのものを作っても、上司のセンスが壊滅的でせっかく作ったものをダサくするよう命じられることも多々あるのが悩みどころだ。

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アルフレッド・ベスター 『虎よ、虎よ!』

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SFのド古典。当ブログでなんども書いているとおり、SFというジャンルにあんまりハマれないわたしであるが本書は、さすがに「すげぇ本だなぁ……」と思った。ガンダムみたいな宇宙戦争時代に『Watchmen』をやっている感じ、というか。これが60年前の小説ですか……。

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湯木貞一 『吉兆味ばなし 2』

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高級日本料亭、吉兆の創始者、湯木貞一による語りを集めた本。『吉兆味ばなし』の1巻については『新版 吉兆味ばなし』という形で手に入りやすくなっているが、その続刊については新版が出ていない。「和食」が世界遺産になっているんだから「和食」を文化(そして芸術)にまで高めた第一人者による本ぐらい、もっと手に入りやすくなっていてしかるべきであろう……と難しい顔になってしまうぐらい良い本。季節ごとの食材について語り手があれこれ語る、その繰り返しで、春になれば筍だし、秋になれば松茸、と語ってることが毎年季節ごとに同じなんじゃないか、と思うのだけれども、その繰り返し、季節の循環が、和の時間感覚なのかも、とも思う。読んでいて、ああ、春が、夏が、秋が待ち遠しいなぁ、という気持ちにもなる。

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ジャン=リュック・ゴダール 『ゴダール全評論・全発言I 1950-1967』

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わたしはゴダールの良い鑑賞者ではないので(観てるけどほとんど内容を覚えていない)、この本の持ち主にはまったくふさわしくないのであるが、ブックオフで1000円で売っているのを見つけて思わず買ってしまった(2巻も同じ値段で売っていた。買った)。『カイエ・デュ・シネマ』に書かれたゴダールによる評論から、映画監督デビュー以降の文章(おもに自作に関するもの)をほとんど年代順に収めている。ゴダールが選んだ毎年のベストもはいっている(これきっかけで、昨日は早稲田松竹にサミュエル・フラーを観に行った)。あとまだ20代だったル・クレジオと全然噛み合ってない対談をしているのとかが面白い。「うわー、ゴダールってインテリだなぁ」と阿呆のような感想しかでてこないのだけれども、ゴダールが批評を書いてた時代って、インターネットなんかないじゃないですか。そういう時代に、こういう文章が書かれた意味、読まれた意味について思いを馳せたくなる。

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ジークフリート・クラカウアー 『天国と地獄: ジャック・オッフェンバックと同時代のパリ』

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ヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』で言及されていた本。オッフェンバックの生涯と当時の音楽文化と政治、そして19世紀末のパリ(を中心としたヨーロッパの都市)の都市の様相を扱った多面的な文化史。時代的には、7月王政、2月革命、第2帝政、第3共和制の頃の話なんだけれども、わりと退屈な本、と思ってしまった(ベンヤミンにどの部分を引用されていたのかも覚えていないのだが、引用で触れたときのほうが面白そう! って思う)。まだ駆け出しの頃のオッフェンバックが、パリのあちこちで開かれてた金持ちのサロン・パーティーにチェロをもって顔を売りに行っていた、だとか、革命で金持ちがパリから逃げてしまって商売がなりたたなくなった、だとかの小ネタ的な部分や、ベンヤミンに通じる当時のパリの消費文化についての記述は面白いのだが。

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池澤夏樹 『マシアス・ギリの失脚』

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日本人の作家がマジック・リアリズムの「独裁者小説」(アストリアスの『大統領閣下』や、ガルシア=マルケスの『族長の秋』のような)を、ラテン・アメリカのまるパクりでなく、日本人が書く必然性をもって書くとするならば、これが理想形なのかも、と思う。太平洋に浮かぶ小さな島国、ナビダード民主共和国の独裁者、マシアス・ギリの立身出世譚と、ナビダード共和国が近代国家として成立するまでの歴史、そして神話、伝説。様々なストーリーが渾然一体となって、大きな物語を形づくっている。大変スケールが大きい小説、まぁ、若干、最後の方尻窄みがあって(この尻窄み感、なにかに似ているな、と思って思い出したのが古川日出男の『聖家族』)傑作になり損ねている感じはあるのだが、とても面白かった。何と言っても、登場人物が、結構普通の人たち揃いというか。ほら、ガルシア=マルケスの小説なんかはっきり言って異常者ばっかりでてきて、それがストーリーを引っ張っていくじゃないですか。その過剰さがマジック・リアリズムの魅力でもあるんだけれど、マシアス・ギリを取り巻く人間たちは、主人公のマシアス・ギリを含めて、普通に理解可能な人物として描かれているように思われて。その人間臭さがなんとも良いし、普通なのに、魔術的な色合いを持たせているところに作者のテクニックを感じさせるのだった。これは文体の妙、とも言える。池澤夏樹、上手いなぁ……。

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ミーシャ・アスター 『第三帝国のオーケストラ: ベルリン・フィルとナチスの影』

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ナチス・ドイツ時代のベルリン・フィルがなにをやっていたか、を資料をもとにまとめた本(クラシック音楽に明るくない人向けに補足するならば、ベルリン・フィルは世界、いや地球最高峰の演奏家を集めたクラシック界の銀河系軍団みたいなオーケストラ)。「困難な時代にフルトヴェングラーは何を追い求めていたのか」と帯にはある。この手の本て、強権的な政治権力に芸術家が自由を求めてどんなふうに戦ったのか、的なストーリーを思い浮かべてしまうんだけれど、本書はさにあらず。

フルトヴェングラーはナチス政権と時折対立して、ベルリン・フィルの監督的立ち位置を降りたりするものの、決別、というまでには至らず、結構持ちつ持たれつみたいな関係性を維持していたことが書かれている。芸術家が清廉潔白でさ、悪には反抗する、みたいな、今でいうと原発には反対しなきゃいけねぇ、みたいな、そういうアティテュードがあるじゃん、芸術家、それとは違う、言ってしまえば、彼らも仕事でやってたんだな、と思わなくもない部分がある。っていうか、芸術家の働く環境がどんどん悪くなって、自由も制限されてるのに、権力闘争とかしてたりして、なんかダーティーな感じ。大御所すぎて困ったちゃんになっていたフルトヴェングラーの影響力をなんとかしようとカラヤンが呼ばれた、とか、さ。

まぁ、ぶっちゃけ、そんなに面白い本ではない。ナチスがベルリン・フィルを利用して国のイキフンを盛り上げたり、ユダヤ人の演奏家を排斥したりした、という事実は広く知られているし、そこまで目新しいような驚きがあるわけではないと思う。新ウィーン楽派を黙殺していた、みたいな話は、ほとんど当たり前すぎるのか、本書の中では触れられもしない。

個人的に面白かったのは、フルトヴェングラーが「もう俺、ベルリン・フィルの指揮者やらねぇ!」と啖呵を切ったあとに、ナチス政権におもねって、今ではほとんど名前が知られてない三流指揮者みたいなヤツがでてきて、ポスト・フルトヴェングラーの座に居座るんだけれども、あまりに実力が足らなすぎて、一瞬で追い出される……、みたいな記述であった。

あと、アーベントロートや、ヨッフム、ベーム、シューリヒト(そしてカラヤンも)といった著名な指揮者が、ナチスによるユダヤ人指揮者の排斥によって、ドイツで仕事が増えた、という記述も面白い。言ってしまえば、ナチスがクレンペラーやワルターを追い出さなければ、彼らの活躍もなかったんでは? ぐらいのことが書いてある。

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3枚のアルバムについて

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すっかり音楽ブログとしては休眠している当ブログだが、最近発表された3枚のアルバムについて言及しておきたい。まずは松尾潔をして「降参です!」と言わしめた Bruno Mars の新譜「24 K Magic」について。新譜はもう Apple Music で良いや、と思っていたけれど、これはアナログで買った。先行で公開された表題作のPVがまず最高で。

冒頭、響き渡る Roger Troutman の亡霊的に響き渡るロボ声から名作の予感がビンビンし、昨年のメガヒット曲「Uptown Funk」の路線上にあるキャッチーなシングル曲という感じなのだが、歌詞の空っぽさ、どチャラさがまた最高。最近、Apple Music で手軽に歌詞が表示できるようになったため、こうして「なにを歌っているのか」をチェックしているのだが、Bruno Mars にはなんというか、空っぽ、という中身しかない。

表題作なんか「俺は金持ってるゼ、おチンチンがおっ立つようなチャンネーが群がってくるんだゼ」とか歌ってるし。こんなに空っぽで良いのかな、と。表題作だけではない。「マンハッタンにマンションを買ったんだ」で始まったり、ヴェルサーチのドレスを脱がして……みたいな「背中まで45分」(井上陽水)かよ、みたいな歌詞が満載で、はっきり言って、この軽さ、にみんなあきれ返ってしまうのではないか、と思う。

ただ、悔しいながら、Bruno Mars の歌唱力、そしてこのプロデュース力には脱帽で、知能ゼロに近い軽さでありながら、極度に陽性のサウンドの魔力に屈服してしまう。80年代・90年代のブラック・コンテポラリー・ミュージックを収奪している、だけ、とも言えるのだけれど、そこに一切のダサさ、カッコ悪さがないのが異常。アルバム後半に収録された「Finesse」など、今が本当に21世紀なのかを疑わせるほど、正真正銘のニュー・ジャック・スウィングであるのに、まったく古さを感じさせずカッコ良い。その印象には、モダンな分厚い音圧のサウンド作りも一役買っている。


内省を一切感じさせないような Bruno Mars に対して、The Weekend はメソメソとしているのが対照的であった。サウンドは流行りのテクニカル・ターム「アンビエントR&B」というか、EDM化されたR&B路線を前作から貫いており、そこに今回は、Daft Punk も参加、良いねえ、本気で売れ線狙ってきているのかねえ、という感じなのだが、如何せん、Bruno Mars の突き抜け具合と比べると、このアルバムの長さ(68分)はダラダラとして聴こえてしまう。

悪くないんだけど、出てきた時期が悪すぎた。「ホントに理解してるコが欲しいだけなんだ」、「名前さえ知らないコの横で目が覚めて……」みたいな、モテてるけど、モテてるが故に孤独、みたいなの、今一番流行んないんじゃないのか。ある意味、かつての Radiohead にも通ずるぐらいのメソメソ、ナヨナヨ楽曲であり、そのへんの薄暗さは、James Blake 的なのだが、James Blake のほうが全然良い。暗いなら、どん底まで暗く行ってくれよ、と。


最後にラッパー、Common の新譜。これまた Robert Glasper が全面参加、とトラックの流行りもの感満載なのだが、リリックのリアルタイム感がすごくて。Bruno Mars のバブリーなPVが仮に「Trump時代のアメリカの未来(良い未来)」の象徴だとしたら、Common はマジでリアルタイムを歌っていた。表題作「Black America Again」、これまた Trump 的なものを彷彿とさせるタイトルであるけれど、The Weekend のナヨナヨなんかバッカじゃねーの、と思わせるぐらい深刻な話が語られる。「黒人の子供たちは子供時代を盗まれてる」とか「「くろんぼ」のかわりに奴らは「犯罪者」って言葉を使う」。そして、Bilal が Prince の亡霊のように歌を歌う。

(The Weekend はカナダ出身の人ですけれども)同時期に、これだけ歌っていることが別世界なブラック・ミュージックのアルバムが出たのが印象的で、思わず記事を書いてしまった。

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角山栄 『茶の世界史: 緑茶の文化と紅茶の世界』

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経済史の先生が書いた茶をめぐる経済史の本。アジアからヨーロッパに輸出される商品としてのお茶がどのように受容され、その貿易によって輸出元の国にはどんな変化が起きたのか。双方向から結構詳しく描かれている。インドや中国といった茶大国に対して、近代化を進める日本はどんな風に勝負しようとしたか、とかそのあたりは面白い。緑茶を広めようとしたら、みんな砂糖だのミルクだのをいれて飲もうとしちゃって、全然広まらず、由々しき事態だと思った岡倉天心がその頃『茶の本』を書いた、とかある。この本、後世には名著として残ったけど、リアルタイムではそんなに反響がなくて……だとか、クール・ジャパン大失敗の先駆者みたいだと思った。が、全体としては割合退屈な部類に入る本だと思う。あくまで「経済史」なんですね。文化的な側面を掘り下げるものではないし、これで「世界史」を名乗るのはちょっとな……。悪い本ではないんだけど。

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ダニエーレ・タマーレ 『サプール ザ ジェントルメン オブ バコンゴ』

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昨年、NHKのドキュメンタリー番組で一挙に有名になったコンゴの「傾奇者」たちを写した写真集。働いて稼いだ給与を一生懸命貯めて、超一流ブランドのスーツをエレガントに着こなすサプールたちの、良い感じの顔が収められている。とてもカッコ良い。カッコ良いから近所の人からも大人気で、サプールの男性に握手を求める子供たちの姿なんかも写っている。そういうコミュニケーション、人との繋がりってないよな、って思う。日本で、こういう人が近所にいたら、みんな訝しく思って終わりじゃないですか。堂々とカッコつけてるのが素晴らしいな、って。

求めやすい価格ではあるんだが、値段は倍になっても良いのでもっと大きな版で見たい気もする。

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レコードプレイヤーを部屋において

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ちょっと前に父親から44年前に発売されたSL-1200の初代モデルを譲り受けて、レコードで音楽を聴くようになった。これが結構楽しくて。Apple Music以降すっかり大人しくなっていた「音楽に金を使う」欲望が爆発してしまっている。タイミングを見つけて中古レコード屋に足を運び「これ、CDで持ってなかったな」とか「これはちょっとレコードで聴いてみたいな」とか「よくわかんないけど面白そうだな、100円だし買うか」みたいなレコードを選ぶ。気がつくと持って帰るのに苦労するほどのレコードの山を抱えていることになるのだが、レジでお金を払うと、とてもスッキリする自分がいる。ああ、これだ、音楽に金を使う、消費する楽しさってこれだよ、と思う。

レコードだと音楽の聴き方も変わって。なんか前よりも真面目に音楽を聴くようになった気がする。アナログレコードは、片面が終わったらひっくり返さなきゃいけないし、ホコリはくっつくし、いろいろ面倒なことも多いのだが「聴き流す」みたいなことがない。めんどくささが、音楽への集中を生むような感じなのかな。「レコードを再生する準備」という儀式(ちなみにSL-1200の初代はクォーツ・シンセサイザーがついてないので、勝手に回転数があったりしない。また、44年も前の機械なので回転数がユレたり、安定しなかったりする)によって、集中的聴取の態度が導かれる、というか。

レコードが再生されると、CDのときだってほとんど読まなかったライナーノーツを読んだりして。レコードのあの大きさが、そういう気持ちにさせている部分も多いと思う。

あと、音質なんですけども。レコードのほうがCDよりも記録できる周波数帯が広い(から、レコードのほうが音が良い)という話のは知ってはいたもののの「ホントかな、最近のデジタルリマスターでやたらと音が太くなってる音源の方が、レコードより良いんじゃないの?」とか思ってたんです。で、やっぱり、細かい音とか小さい音とかは、CDのほうがはっきり聴こえるんだよね。アナログだとそういう細部は、ひとつの「音のまとまり」のなかに収まっている感じして。でも、それが自然な感じだし、まとまってるからこそ、音が迫力あるように聴こえる。その音がとても新鮮(古いのに、新鮮)。

ここ数年、アナログ・ブームみたいになっちゃってますけど、なるほど、こういう楽しさがあるのね、わかるわ、と思う今日この頃なのです。

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佐藤亜紀 『小説のストラテジー』

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小説家、佐藤亜紀が大学でおこなった講義を元にした小説の読み方・書き方について論ずる本。わかりやすい・易しい文章ではないし、皮肉めいた文体や物言いが著者が批判的に評価している蓮實重彦を思い起こさせるのだが、こういうものを若いうちに読んでおくと小説がより「読める」ようになるハズ、と思った。熱心に読んだら、頭良さそうな感じで、批評めいた感想のひとつやふたつ、ひねり出せるようになりそう。理論的な探求や整合性じゃなくて、著者の経験則から積み上げられてきた体験ベースの読解方法が記されている。

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ルイ・パストゥール 『ビールの研究』

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以前に紹介した『ビール世界史紀行』(大名著)で言及されていた。「近代細菌学の祖」として知られるルイ・パストゥールが19世紀末に書いたビールの醸造法に関する研究書。わたしもたぶんこういうのを読むのは初めてなんじゃないか、と思うんだけれど、ゴリゴリの理系論文って感じで一般人向けの読み物として読める部分はあんまり多くないのだが、科学史的な視点で読み込むととても面白い。自分の説に反論をかましてきた研究者に対する再反論や、筆者自らがおこなった実験の手続きなどが、かなり詳細に書かれており「当時の科学ってこんな風におこなわれていたのね」ということがわかる。

パストゥールはここで、ビールやワインを製造プロセスにおいて、大麦や葡萄から自然発生的に発酵がおこなわれるという説を退け、大麦や葡萄とは別な酵母菌の働きによっておこなわれるのだ、と主張している。これが本書のメインテーマのひとつ。あとは当時伝統的な職人の勘や、職人の間で伝えられてきたナレッジによって製造されてきた酒造プロセスを改善するためのアイデアを提案している(純粋な酵母菌を使うと、変な雑菌が増えないので良いよ、と)。

職人のナレッジに、近代的な科学の手法でメスをいれていく部分が結構面白くて。というのも、パストゥールの記述から19世紀末にイギリスやフランスでどんな風にビールが飲まれてきたか、作られてきたか、がうかがい知れるのだ。たとえばこんな記述。「ビールの売価と製造原価に大差があるのは、大量のビールを廃棄せざるを得ない事態が常にもたらす損失を、おぎなうためにほかならない」。当時のビール職人たちは、雑菌によってビールが変な味になってしまうリスクを常に抱えていたのだな、ということがここからわかる。ビールが今よりも「ありがたいもの」だった時代と、現代の差異に面白さを感じる。

そうした現代と過去の時代との差異ばかりでなく「これって今と同じじゃん」という部分もあって。たとえば、パストゥールは「(みんな知ってると思うけど)暑い時に飲むビールって旨いよね」とか書いている。そういう感覚は今も昔も変わらないんだ、と思うとまた面白いのだった。

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メビウス 『エデナの世界』

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『アンカル』は復刊されているのだが、こちらの『エデナの世界』はまだ絶版みたい。メビウスのスピリチュアルSF漫画。かなり終わり方が投げっぱなしジャーマン的なのだが、ストーリーがウダウダしていない分、『アンカル』よりも好きかも。巻末に夏目房之介と浦沢直樹の対談がついていて、マンガとBDの比較論みたいな話があって面白かった。

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西寺郷太 『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』

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昨年の『プリンス論』とあわせて西寺郷太の単著を読むのは2冊目(『プリンス論』が出た頃は、プリンスも生きていたんだなぁ……)。著者のマイケル・ジャクソン研究をまとめた大傑作。ミュージシャン視点の評価であり、出生から亡くなるまでの50年間をMJ愛盛りだくさんな感じで語りまくっている。Jackson 5(Jacksons)時代のプレ「King of Pop」期でも言うべき時期にかなりページを割いていて、世間の大部分の人がイメージする「マイケル・ジャクソン」にどうやってなったのかのプロセスがわかる。もはや語り尽くされた業績、たとえば、MTV時代の口火を切った、とか、黒人音楽と白人音楽の融合を……とかがいかにすごかったのか、みたいなところに焦点が当たってるんじゃなくて、マイケルが置かれた環境や人間関係の星座のなかで、中心にいるマイケルがより輝くような作り。ホントになんかショウビズの世界でボロボロになりながら、素晴らしい作品を作っていったんだな、と思うと感動するし、晩年の記述はかなり泣けた。

しかし、文庫版のジャケットダサいな……。

単行本のほうがずっと良い。

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本橋成一 『築地魚河岸ひとの町』

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いま日本中でもっとも注目を浴びている「町」であろう、築地。この場所を80年代から撮り続けていた写真家の作品集。この市場で働く人々、その周辺で暮らす人々の姿が全編白黒で撮影されている。白黒写真、というせいもあって、まるで時代がよくわからない。かろうじて写り込んでいる車のデザインや、おそらくは市場の関係者ではない人のファッションから、それが過去の写真であることがわかる。ただ「市場の人々」の格好は「市場の人ってこういう感じだよな」という印象とほとんどブレなくて。だから、なにかこの町が、流行や時代から隔絶された異界じみた空間として、保存されてきたのではないか、という感想が浮かんだ。日常からもっとも近くにある異界、というか、そういう特殊な空間性を切り取ったすごく良い写真集。

一つだけ文句をいうのであれば、見開きで載せてる写真が多いので、ノドの部分が気になって……。

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レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ 『トルストイ前期短編集』

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気が向いたので大昔に買って積ん読しといたトルストイの短編を読む。いやぁ、なんか、読んでいて心が荒むような小説が集まっている。多くは貧乏人(乞食だとか、農民だとか)が主題に選ばれているんだけれど、そうした場合、ほら「貧乏だけど心は錦」的な、「腹ペコだけど、オイラ幸せさ(だって、こんなに温かい家庭に生まれたんだもの)」的なハートフルなストーリーを期待してしまうじゃないですか、現代の感動ポルノ中毒の人だったら。でも、トルストイはそうじゃなくて。徹底して貧乏人の心の貧しさとか、汚さとか、矮小さを描いているのだった。作家自身は金持ち生まれで、そうしたリアルライフになんらかの問題意識をもってこういう人間模様を描いたんだろうけれども、悪意さえ感じてしまうほど。やっぱりね、こういうものを読んでしまうと、貧乏良くないな、と思ったですよ。

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ヘンリック・イプセン 『ヘッダ・ガーブレル』

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今度、地点の『ヘッダ・ガブラー』を観に行くのでその予習。良い人だがなんか物足りない男、テスマンと結婚した主人公ヘッダ(めちゃくちゃプライドが高い)が夫の研究旅行兼ハネムーンから帰ってきたら、クソダメ野郎だった元カレが、女学生時代にイジメてた後輩とくっついてて、そのおかげで立ち直って眠ってた才能を開花させていた……悔しいッ!! と激烈にストレスを感じたヘッダは、やってはいけないことをやってしまって、破滅する、みたいな話。

もう主人公のヘッダが、嫌な女でさ。夫が退屈で……と愚痴るわりには、自分でなんかをやるわけでなし。ワガママですぐ人をdisる。これで美人じゃなかったら、ホウキでケツをひっぱたいて、家から追い出したくなるような女なのである。破滅してもざまぁみろ、としか思わないんだけど、まぁ、だれも幸せにならない嫌な話なので、それほど爽快感を感じない。

ただ、このヘッダが昔イジメてた後輩が幸せ掴もうとしてるところに激しくジェラシーを感じるところは、なんか現代にも通じるのかな、とか思う。学生時代に完全に見下してたヤツがFacebookに今イケちゃってます、イケ男、イケ女です、的な写真アップしてるのを見てしまった感じ? 嫌な話だけど、面白いです。

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レフ・トロツキー 『裏切られた革命』

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スターリン体制下のソ連で亡命を余儀なくされたトロツキーが亡命先で執筆した告発の書。レーニン時代にソヴィエトはだいぶ発展したんだけど、スターリン体制になって、なんだかハチャメチャになっちゃったよ、なんか、労働者が平等な社会を作るはずだったのに、官僚が世の中を牛耳って私腹を肥やしてるし、コルホーズの経営者とその農場で働く一般農業従事者のあいだに昔の地主と農奴みたいな格差が生まれちゃってるよ、全然ダメじゃん! などなど、あれこれ批判している。当時の状況をうかがい知ることができ、大変面白い。

特に冒頭の「統計的な数字を見ると革命以降ものすげえ発展した。したんだけども、中身を見るとあんまり良くないよね」という分析は明解で。たとえばアメリカとソ連の採石場の労働者ひとりあたりの生産量を比較して、生産量はソ連も良い線いってるけど、生産性で見ると「俺たち、アメリカの10分の1しかアウトプットできてないよ、ダメじゃん」と言っている。トラクターもたくさん作ってるけど、すぐぶっ壊れるし、すげえ効率悪いことやっててヤバくない? とか言ってるの。トロツキー、頭良いな、頭良すぎて消されちゃったんだな、とか思ってしまった。

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宮台真司 『援交から革命へ: 多面的解説集』

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いま宮台真司を読むとどう思うんだろう、と思って手に取った一冊。宮台真司がいろんな人の小説だの写真集だのに寄せた解説文をまとめて、さらに「被解説者」に「解説されてどうだったか」を訊ねた談話をセットにした本。2000年に刊行されているのだが、当時の宮台真司がまぁまぁイケてる文化人だったことが窺い知れる。というのも、この「被解説者」が軒並み「宮台はどうして自分が書こうとした意図がこうもわかるのか!」とか言っちゃってるのである。その例に漏れているのは、唯一、写真家の吉永マサユキのみ。「理屈っぽく述べることによって、自分の言っていることが正しいんだとしているような感じを受けます」だとか「実際に生きるか死ぬか、いつどうなるかわからない、刹那的な時間の中で生きたことのない人のような気がします」だとかブッタ切っていて、痛快。

あと、この頃の日本ってまだ豊かだったんだな、余裕あったのだな、って思ったんだよね。だから風俗とかブルセラとか援交とかを、宮台みたいに語ることが許されたんじゃないか、と。たとえば「女性ならば風俗で数ヶ月は働いて性的コミュニケーションの現実を学んで欲しい」とかさ。こんなのもうアウト、っていうか退場でしょ。語りのモードが全然変わっちゃってる。風俗を語るにしても、いまや、貧困とセットみたいになってて、社会学的な分析してる余裕なんてないよ、って感じで。

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池波正太郎 『男の作法』

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日頃お説教を食らうのは嫌いだけれども、お説教じみた本っていうのは存外に好きらしい。伊丹十三のエッセイしかり、池波正太郎の『男の作法』しかり。

タイトルに「男」とあるけれども、これは池波正太郎が「大人の人間というのはどうあるべきか」的なことを質問に対してあれこれ答えたものなので、必ずしも「男のための本」ではない。昔の飛行機のなかは新婚旅行にいくカップルがペッティングしまくっていてヒドかった、みたいなホントかよ、という話もあって大変に面白い本である。「将来の自分を高めていくための何かほかのものにふり向けてやっている人と、放縦に踊り狂ってセックスしたりしている人との差は、必ず数年のうちに出てきちゃう」など金言満載。

なかでもわたしが気に入ったのは「とにかく大学を終わって社会へ出るまでの若い時代に、いろんなものに首を突っ込んでおくことですよ」という言葉。社会に出るまで、絵だの音楽だの読書だの、いろんなことが好きになっておくと「そういうものが多ければ多いほど、街を歩いていても、どこへ行っても、本屋なりデパートなりで容易に気分転換ができるわけだろう」というわけだ。

これはね、身につまされる、というか(もちろん大変なこともあるけれども)本屋なり、レコード屋なりで、パッと気分が晴れてしまう生活を送っておるから、なんというか、池波正太郎に褒められたような気分になった。

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荒俣宏 『奇想の20世紀』

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いまやNHKのテレビ番組で「とにかくジャンル問わず、全方位で詳しい、得体の知らない穏やかなおじさん」的な立ち位置のタレントとして便利に使われている印象が強い荒俣先生が、20世紀末である2000年にそのNHKで放送された教育番組のために書いたテクストをもとにした著作。20世紀初頭のサイエンス・フィクションや広告など、イメージと科学技術の発展の関係性を読み解く、鹿島茂とややキャラかぶってますよね、的な博物学的著作なのだが、なんの説明もなくパラケルススの名前がでてきたり、キルヒャーが登場したりするのはさすが。20世紀と地続きの21世紀の風俗を考えるうえでも、なかなか示唆に富んでいる一冊だと思う。

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スティーヴン・ミルハウザー 『エドウィン・マルハウス』

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「大人のための児童文学」と言えるのかも。アメリカの作家、ミルハウザーのデビュー作。アメリカ文学史上に名を刻むほどの傑作小説『まんが』を書き残し、11歳で夭折した天才作家エドウィン・マルハウスの生涯を、親友であるジェフリー・カートライトが描いた伝記小説、という体裁の作品。「子供が未知の世界に接した時の新鮮な驚きや興奮が、この小説には満ち溢れている」。訳者による解説にあるこの言葉が、本書の良さを的確に表している。書いている(というテイ)のジェフリーの描写は(子供なのに)異常に密度が高く、しつこいぐらい細かく見たもの、聞いたものを文字に落とし込んでいる。エドウィンとジェフリーが熱狂したアニメーションに関する記述なんか、読んでいて、映像そのものが頭のなかで再生されるぐらい。過ぎ去った子供時代の熱狂を再体験させてくるよう。

そういう楽しい面がある一方で、エドウィンの初恋相手であったり、ノルウェーからやってきた孤独な転校生であったり、エドウィンの人生に影響をあたえることになる人物たちが小説から退場していく様が「なんでこんなに暗いのか……」と驚いてしまう。すごい二面性をもった小説。

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田島貴男 『ポップスの作り方』

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オリジナル・ラブ、田島貴男による初の著作。音楽、ギターとの出会いから中学・高校時代、そして上京以降現在に至るまで、自らがどんな音楽遍歴をたどり、どんなことを考えながら音楽を作ってきたのかを語り尽くした一冊。表紙の写真は、すっかりライク藤岡弘、になっている濃ゆい著者自身のイメージにぴったりだが、中身も濃かった。とにかく探究心があって、努力をして、どんどん先に進んでいくミュージシャンなんだな、という思いを新たにする。「天才」と呼ばれることが嫌いだ、と著者は語っている。天才、と呼ばれてしまうと、自分がしてきた努力をなんだか無視されてしまうようだから。でも、著者の、努力を続けられる点、これはやっぱり才能としか言いようがない。努力の天才、探求の天才。好きこそ物の上手なれ、という言葉があるけれど、ここまで普通の人はこだわれない、と思う。語り口の軽妙さも素晴らしくて。著者が相当な読書家であることはよく知られているが、本書にもあまり説明もなく、スティーヴ・エリクソンの『Xのアーチ』の話が出てくる。くどくど説明せずに、エリクソンがでてくるから余計に言葉が真に迫ってくる、気がする。90年代のタイアップ文化での苦労、そして、音楽不況下での苦労など、業界話も面白く読んだ。「“ふつう”が一番凄いんだぞっていうことは、10代の頃から思っていた」。こういう点はこないだ読んだ土井先生の本にも通ずるかな。

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土井善晴 『一汁一菜でよいという提案』

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料理研究家、土井善晴による今年2冊目の本。1冊目の『おいしいもののまわり』も名著だったが、これまた名著。全書が料理道具から日本人の食を再考するようなエッセイだったのに対して、本書は「具沢山の味噌汁、漬物、そして白いご飯」というメニューがあれば、日本人の食生活は健康的に成立する、という、ある種のミニマリズムの提案であり、繁忙な現代社会において持続可能な日本食の提案をおこなった本。グルメ本でもなければ、料理本でもない。食に関する哲学の本だ。

日本食文化に関する基本理念は、かの高級料亭「吉兆」の「開祖」、湯木貞一の著作に通ずるものがある。とくに家庭料理・日常の料理と、プロが作る料理の明確な切り分け。湯木貞一の著作から引こう。「家庭料理はプロの料理とは違うものであり、家庭料理が料理屋の真似事をする必要はない」。しかし、いつのまにかプロのような、手の混んだ料理をすることが、イケてるものとされて、あたかも手がかかればかかるほど「妻 / 母親の愛情がこもった料理」として解釈される、ような風潮ができあがっている。

いや、そうじゃないだろう、日常の料理は、あくまで日常の延長であり、普通のものであるはずだ。一汁一菜で良いじゃない、味噌汁なんて何を入れたって大抵美味しいし良いじゃない(それは手抜きなんかじゃない)、毎日特別なものを食べる必要なんかないじゃない。ハレとケ、という民俗学的な概念を持ち出しつつ、著者は日本人の食生活をもっと「普通なもの」に還元しようとする。「普通においしい」という若者的な表現。これだ、これで良いんだ、と。

「もし、切り干しやひじきを食べて「おいしいっ!」と驚いていたら、わざとらしいと疑います。そんなびっくりするような切り干しはないからです」。本書のエッセンスは、この言葉に集約されているように思う。

調理をシンプルにする、その代わりに味噌汁の具を四季で変化する旬のものに変えていく、そして、四季で変化する食材の風味をもっとじっくり感じてみる。そうすることで、手の込んだ料理から引き算したことによって生まれた余白を埋めることが十分に可能だ。そうした微細な変化を感じることが、日本人的な感覚であったはずではないか。料理を飛び出して、日本文化、日本人の感覚論にまで話は及ぶ。

「です、ます」体で書かれ、テレビで著者が話す、あの穏やかな口調が再現されるようなリズムが本を支配している。だから、読み心地がとても柔らかい。けれども、話のスケールはとても大きい。

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デイヴィッド・ミーアマン ブライアン・ハリガン 『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』

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60年代より活動を続け、1995年にギタリストのジェリー・ガルシア死去後も残されたメンバーが活動を続けているアメリカのバンド、Grateful Deadの活動の活動と、21世紀のWebサービスのビジネス・モデルをリンクさせてマーケティング手法を語る本。タイトルのインパクトがすごくてずっと気になっていた本だったが、中身は「フリーでサービスを使用させて口コミで評判を広め、コミュニティを大事にし、プレミアムなコンテンツで課金してマネタイズする」的なことが書いてあるだけ。いかにGrateful Deadがバンドとして偉大だったか、というか、コアなファンを大事に、そしてファンから大事にされてきたのか、が伝わる部分は面白いのだが、ここに書かれているマーケティング手法自体は、流行りのWebサービスを観察していればわかるというもの。目新しいものはいまやなにもない。悪い本じゃないけど、特別な感動はなかったかな……。

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アレホ・カルペンティエール 『春の祭典』

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「マジック・リアリズム」の開祖、キューバ生まれの小説家、アレホ・カルペンティエールが晩年に発表した大作。タイトルはもちろん、初演時に大スキャンダルを巻き起こしたことで知られるストラヴィンスキーのバレエ音楽から取られている。ロシア革命で国を追われたバレリーナ(彼女はかつてディアギレフのバレエ団にも所属していた)と、共産主義に共感し、人民戦線に参加したブルジョワの青年(建築を学び、音楽への造詣も深い設定には、作者のプロフィールが反映されている)が、内戦下のスペインで出会う。

革命から逃げた女と、革命を夢みる男の「革命メロドラマ」と言ってしまうと、あまりに陳腐な物言いになってしまうだろうか。どちらも出自はブルジョワ家庭だが、革命に対する態度はまったく正反対だ。女主人公が基本的にはメインなのだが、フーガ形式で小説は展開する。女は男の故郷であるキューバで、差別される黒人たちの儀式的なダンスを目撃し、これをもとに「ホンモノの《春の祭典》」を上演することを夢見ている。男は革命への夢を心の底でくすぶらせつつ、キューバで建築家として成功する。キューバに帰還してからの二人の人生は、いくつかの障害に悩まされつつも前進していく。

が、キューバ革命によって、どちらの人生も大きく狂わされてしまう。女は夢の実現の直前に、バティスタ政権と反政府勢力との抗争によって、主宰するバレエ教室を破壊される。男はバティスタ政権打倒後にそれまでの仕事のすべてを失い、ブルジョワ階級の友人たちもアメリカに亡命したり、人間が変わってしまったりしている。人生のやり直しを迫られる男は、昔とった杵柄で民兵へと身を投じる。そして、革命後のキューバでピッグス湾事件が起こる。

文章がほとんど切れ目なく、2段組で、500ページ以上続く非常に重厚な小説は、ここからなんだかオペラめいた大団円に向かっていく。あっさりしすぎ、といえば、その通りの展開、しかし、やり方が見事すぎて痺れてしまった。

革命を通してキューバを、そして南米の社会を描いた小説でありながら、ロシア出身の女主人公と、キューバ出身の男主人公、ふたりの故郷のあいだに挟まれるヨーロッパ、そしてアメリカが描かれているのも良かった。カルペンティエールがフランス亡命中に知り合ったシュールレアリストたちも実名で登場し、小説に色を添える。音楽家、小説家、画家、映画作家の固有名詞がかなりたくさんでてくるので、それらを押さえておくとより楽しんで読めるだろう。大家が晩年に残した傑作に相応しい出来栄え。

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中島らも 『こらっ』

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ひさしぶりに中島らものエッセイを。中島らもがあのぼやっとした文体で、しかし、鋭く世の中のアレコレに対して「叱る」というシリーズ。25年ぐらい前の本だが、この本で書かれている批判って、いまの時代にも全然通用して、まぁ、世の中あんまり変わってないのだな、と思う。強制坊主の男子中学生だとか、2時間ドラマの濡れ場だとか、もう今の日本からは消え去ったものもあるんだけども。アレなものに対して「自分もダメなタイプの人間なので、偉そうには言えないんだけど」という立ち位置から、ものすごく真っ当なことを書いている。インターネットにおける「絶対俺が正しいのであーる」的な物言いにうんざりしている方々には、こういう物の言い方は新鮮かもしれない。亡くなってから12年ですか、年々「早すぎる死だったなぁ」という気持ちが募る。

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辻静雄 『エスコフィエ: 偉大なる料理人の生涯』

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辻静雄ライブラリーの本を読むのもこれが3冊目。こちらは19世紀後半から、20世紀前半にヨーロッパで活動した伝説的料理人、ジョルジュ・オーギュスト・エスコフィエの伝記。フランス料理史的には、この人が近代的な厨房のシステムを考え、合理的な調理法を考案し、それを広めたパイオニア、ということになろう。筆致は、ほかの辻静雄の著作と比べると、かなりスタティック、というか淡々としている。正直に言えば、大きなドラマを感じることはできない。エスコフィエが(当時としては)斬新な料理をいくつも考案した、と記述されているが、それがどんなものなのか、どんな味がするものなのか、についてそこまで詳しく書き込まれていない。グルメ本のようなものではないのだ。

が、エスコフィエの才能が、かのリッツ・ホテル(この名前は、すぐさまヴァンドーム広場の風景を思い出させる)のセザール・リッツの才能とがっぷり四つに組み合ったことによって、ヨーロッパの各地に素晴らしいフランス料理を出すレストランを併設したホテルが作られ、当地の文化人や金持ちのあいだで評判を呼んだこと、その「現場」が、各地に優秀な料理人を排出するスクールとなったことに注目すべきだろう。今日のフランス料理の種が各地に広がるシステムが、こうして出来上がっていったところにドラマを感じると面白く読めるハズ。

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走るときに使う用のBluetoothイヤホンを買ったんだ日記(QCY QY8)

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ちょっと前に低糖質ダイエットに取り組んでいて、一時期は4kgぐらい痩せたんだけども、仕事で出張が続いて外食が増えて気がぬけてしまったせいか、リバウンドしはじめた(30歳すぎると本当にすぐ太るし、痩せにくくなるので、このブログを読んでいる20代の方……あんまりいないと思いますが……は注意されたし)。あと、運動習慣をやめてたら「満員電車で立っているだけでふくらはぎがつる」、「ゴルフのスイングで体重がかかる左足の足首に、軽い痛みがある」などの不調が続いたため、最近また走りはじめた次第。

ただ、普通に走るだけではモチベーションが保てねぇべ、ということで、新ギアを導入してみた。Bluetoothイヤホンである。これまで普段使っているイヤホン(価格帯は4000円〜5000円)をランニング中も使ってたんだけども、実はこれが1年半で断線させてしまう理由なんじゃないか、と思い当たって。運動のときは無線にしてみよう、と。今回はAmazonで、メーカーの詳細不明だがとにかく安い「QCY QY8」を購入した。

で、これを使って音楽を聴きながら走ってるんだけど、まぁ、快適ですね、コードがないっていうのは。これまでは腕にバンド型のiPhoneケースをくっつけて、そこから伸びるイヤホンのコードがまとわりついてきて、邪魔くさかったんだけども、コードがないだけで、こんなに快適か、とちょっとビックリしてしまった。音質に関しては、普段使いのイヤホンに比べると格段に「聴き劣り」してしまう(かなり軽めの音で、中音域から低音域に迫力が全然ない)けれども、エクササイズ時用、と割り切れば、全然問題ない。

ちょっと気になるのはシリコンのイヤーピースのサイズが、いまいち自分の耳に合わないこと。MとLとで試しているのだが、どっちもしっくりこない感じがする。とはいえ、それは個人の問題である。3000円以下で、この快適度を手に入れられるなんて、という感じなので、買ってよかった。

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升田幸三 『名人に香車を引いた男: 升田幸三 自伝』

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名人に香車を引いた男―升田幸三自伝 (中公文庫)
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もはや旧聞に属する話であるが、世は将棋ブームみたいになっている、らしい。今年も将棋関連の映画が複数公開され、将棋漫画も人気だ。わたしも例に漏れず、去年の暮れぐらいからオンライン将棋をやっていて(途中、忙しくてまったくできない期間を挟み)今も1日3局以上は指している(やりはじめの頃は、こんな本や、こんな本を読んだ)。すっかり休日の朝なんか、NHKの将棋番組をつい見ちゃいます、ぐらいのライトな将棋ファンのわたしだが、まぁ、自分で(勝つ将棋)将棋を指すのが一番楽しい、として、将棋の勉強をちゃんとするほど情熱や時間があるわけでもない、となると、棋士のキャラクターだとか人生だとかに含まれた物語を楽しむ、というのが2番目ぐらいの楽しみになってくる。

日本の将棋会において、もっとも破天荒なキャラクターを持っているのが、この升田幸三であろう。広島のど田舎で生まれて「この幸三、名人に香車を引いて勝ったら大阪に行く」と書き残して、家を飛び出し、その後、実際に香車を引いて名人に勝ってしまう、大酒を飲み、他の棋士に対して言いたい放題良い、問題児扱いされながらも、新たな将棋を創造していった……升田が引退を決めたあとに振り返った自分の人生は、非常にコクがあって読み応えがある。カラヴァッジオ的な人物、とでも言えるだろうか。こういう人物が世に出られた時代は、おおらかな時代だと思う。

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ウラジーミル・ナボコフ 『ロリータ』

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ナボコフの「代表作」、『ロリータ』は学生時代に旧訳で読んでいたし、映画も観ていたのだが、新訳読んだら「こんな面白かったけ……」と思った。嵐のように濃ゆい比喩の連続にクラクラしてしまいながら、いろんな読み方ができる小説だよな、と阿呆のように考える。真正面から受け取ったら「少年時代に成し遂げられなかった少女とのエクスタシーを、生涯にわたって引きずり続けて、若い子でしか燃えられない(が、それを燃やし尽くすことができない)悶々変態男の変態独白小説」ということになるだろうし(その主題は、プルーストの主題とも重なっている)、クドクドした変態ポルノとして読むこともできる。

その一方で、とても悲しい「恋愛小説」としても読めてしまう。主人公、ハンバート
・ハンバートの一度目の結婚のダメダメな感じ(あきらかに下に見ている女性と結婚するのだが、その女性にまんまと裏切られている)や、ドロレスとポンコツの車でアメリカのあちこちを移動し、どんどん関係が悪くなっていく感じ。共感、と言ってしまうとおかしいけれど、とくに後者の「こっちは頑張ってるのに全然うまくいかねえな」みたいな部分が、わかる〜、と思う。

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カール・フォン・クラウセヴィッツ 『戦争論』

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プロイセンの軍人によって書かれた戦争に関する研究書を読む。昔、人に『クラウゼヴィッツの戦略思考―『戦争論』に学ぶリーダーシップと決断の本質』を薦められたことがあって、このビジネス書のほうは読んでないんだけれども「ビジネス書に応用される『戦争論』ってどういうものなんだろうか」と気になっていたのだった。岩波文庫の中巻以降、各論に入ってきて、やれ、山地での防御はどうだ、とか、やれ、要塞を攻めるにはどうだ、みたいな話に入ってくると、かなり読むのがキツいのだが、上巻の概論的な部分は結構面白い。記述のスタイルもドイツ哲学っぽくて。ああ、昔の軍人って知的エリートだったんだな、と感心させられた。「やっつけるときは、もう、手を抜かず、徹底的にやれ」とか「戦力は分散させるよりも、集中したほうが良いよ」みたいなことが難しい言葉で書かれている。

ともあれ、わたしが最も興味を持ったのが、本書の序文で。クラウセヴィッツの死後出版となった本書の序文を、夫人であるマリー・クラウセヴィッツが書いているんだけれども、これがなんというかお葬式で未亡人が「突然のことで故人も驚いていると思うのですが……」とさめざめ泣きながらスピーチしている感じがあって、なんだか良いのである。しかも「戦争に関する本に、女のわたしが序文を寄せるなんて、恐れ多いし、女はこの世界に入ってくるな! というお声もあるかと思うのですが」的なエクスキューズからはじまるのね。夫が遺した仕事をどんな気持ちで、この女性は引き継いだんだろうか、どんな生涯を送った人なんだろうか、とか、本書の内容と全然関係ないことに興味が引っ張られましたね。

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吉田健一 『旨いものはうまい』

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旨いものはうまい (グルメ文庫)
吉田 健一
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英文学者、吉田健一による食や酒に関するエッセイをまとめた文庫本。この人の食エッセイを読むのは初めてだったのだけれど「どこそこのなんとかが旨い」、「あれを食べるのであればどこそこのものじゃなければならない」的なウンチクは皆無であって、もちろん、洋行で得た当時の日本人としては貴重な体験談が豊富に詰まっているとはいえ、いわゆる「グルマンディーズ」の文章ではない。筆者が書いている食に関する感覚は、庶民的とさえ言え「酒(日本酒)にあう肴は、白飯にも合う」だとか共感できる部分も多くて面白かった。

あと、戦中・戦後に食べるものが手に入らなかった時期に食べたものの話なんかが、すごく良くて。「人間は食つてゐなければ死んでしまふのだから、食はないで食つた振りをしなければならない通人などといふものになるのには、特殊な技術を身につけてゐなければならないのだらうが、食ひしんばうでだけはありたいものである。食ふのが人生最大の楽みだといふことになれば、日に少くとも三度は人生最大の楽みが味へる訳である」など至言も盛りだくさんである。

まぁ、とにかくすごい酒飲みだったみたいであるけれど、こういう人の感覚は信用できる。食べる楽しみを知っている人。

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ホセ・ドノソ 『別荘』

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別荘 (ロス・クラシコス)
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ホセ ドノソ
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以前にホセ・ドノソの『夜のみだらな鳥』を読んだとき、「これはまるで『読む危険ドラッグ』だなあ」と感嘆したのだけれど、『別荘』も同じように思った。ハッキリと時代はわからないが移動に馬車が用いられるぐらいに昔、原住民たちを金鉱山で働かせて作った金箔を売りさばき、巨万の富を築いたベントゥーラ一族が所有する別荘でのお話。設定がまずスゴくて。別荘を取り囲む荒野には、かつては食人の習慣があった原住民たちが住み、そして、いろいろ役に立つよ、と言われて盛んに植えられた、という空想の植物、グラミネア(実際は、ほとんど役に立たず、異常な繁殖力で周辺のほかの植物を絶滅させている)が生い茂っている。外界から隔離された空間としてこの別荘は設計されている。

この密室的空間は『夜のみだらな鳥』の登場人物、ドン・ヘロニモが息子のために作ったフリークス的ネヴァーランドを想起させるが、『別荘』でこの密室に配置されているのは、一癖も二癖もある33人のいとこ(かつては35人)と、一癖も二癖もある彼らの父母、そして一癖も二癖もある使用人たち……という感じであって、異様な空間に妙な人物たちが詰め込まれている点では共通している。で、話は、父母のグループ(一族に伝わる独自のルールで子供たちをガチガチに支配している)がハイキングにでかけるところからはじまる。

支配者がいなくなった別荘で、なにも起こらないわけがない。別荘では「この支配からの卒業」と言わんばかりに反乱じみた騒動が起こり、事態はなんだかよくわからない感じで大変なことになる。大人たちが別荘を離れたのはわずか1日、しかし、子供たちが残る別荘では1年の時間が経過しており、アインシュタインもびっくりな感じで時空が歪む。ん〜、マジックリアリズム。最終的にストーリーはかなり破滅的な終わり方をするのだが、落日のベントゥーラ家にとどめを刺すのは、一家から出た裏切り者と外国人……というところに、カルロス・フエンテスのような自国に対する批判的なまなざしを読み取ることができる。

作者が前面に出てきて「この小説は、フィクションですんで……」云々と自説を開陳したり、登場人物と作者自身が会話したり……とポストモダニズム(笑)なところもあって「む、めんどくせー小説か?」と思わせる部分もあるのだが(登場人物も多いし)、500ページを超えるヴォリューム以外は、読みにくいところはほとんどない。というか、これでもか、これでもか、と怒涛のように押し寄せる過剰な表現がグイグイと読者を引っ張って行って離さないだろう。「よくもまぁ、こんなヒドいことを思いつくな!」と拍手したくなるドノソのグロテスクな想像力も圧倒的だった。ガルシア=マルケスがスーパーマンなら、ドノソはバットマンかな……。

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辻芳樹 『すごい! 日本の食の底力: 新しい料理人像を訪ねて』

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すごい! 日本の食の底力~新しい料理人像を訪ねて~ (光文社新書)
光文社 (2015-05-15)
売り上げランキング: 126,059
辻調グループ代表、辻芳樹が日本各地の料理人や農家を取材した本。無農薬や自然農法で良い野菜を作る農家と、その農家と強くて深い関係を結び独創的な料理を作る料理人のエピソードを中心としつつ、ブラック業界なイメージの強い料理人の世界で、人材育成に力を入れてお店を経営している人物などが紹介されている。

各エピソードは、一言で言ってしまうと『カンブリア宮殿』や『ガイアの夜明け』っぽさがすごいのだが、まぁ、面白かった。著者の父親である辻静雄は、大変な名文家であったけれど、その才は受け継がれている(が、辻芳樹のほうがビジネスライク、というか、クレヴァーな印象を受けた。狂気じみた料理への情熱が父親の文章からは伝わってくるのに対して、息子はジャーナリスティック、というか)。

地方の野菜を使って、1日1組しかお客をとらないレストラン、だとかが出てくる。コースは最低でもひとり1万円。特別に高いわけではない、けれども、もちろん、日常的に通えるレストランではない。地方の疲弊、が伝えられるなかで、そういう地方力を掘り起こしながら頑張っている人たちがいることは素晴らしい、と思う。

しかし、こうも思う。「こういうお店に行ける日本人が今やどんどん少なくなっているよね、日本人がどんどん貧乏になっているんだから」と。SNSで消費者と触れ合いながら野菜を届ける生産者もそう。要するにこの本で紹介されている生産者も料理人も「食に対して意識が高い、一部の小金持ち」を相手にした商売でしかないのだ。興味深い仕事ではある、けれども、安くてお腹を満たしてくれて毎日通えるお店、毎日食べられる野菜を作っている人たちのほうが(意識は低くとも)立派な仕事をしている、とさえ思う。

とはいえだ、この本に紹介されているような意識高い料理人や生産者が、ちゃんとした評価を受けなければ、日本の貧乏になり具合がどんどん加速するんだろうな、とも思われるから複雑である。一次産業ってやっぱり儲からないし、未来ない仕事じゃん、ってなっちゃう。だからさ、アレだよ。食に対して意識が低い小金持ち、この人たちは、デフレな食に金を落とさないでさ、自分の収入に見合ったものを食って欲しいですよね。食への意識の低さは、日本を滅ぼしますよ、マジで。

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栄和人 『”最強”の結果を生み出す「負けない心」の作り方: これで「レスリング女子」を世界一に導いた』

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“最強
栄和人
KADOKAWA (2016-06-09)
売り上げランキング: 14,741
リオ・オリンピックが終幕した。それほど熱心に中継を見ていたわけではないけれど、大好きな音楽の国での開催でもあり、開会式には感動したし、時差の関係で、女子レスリングなんかは、ちょうど起床時間に決勝戦が行われていて、起きてテレビをつけたら伊調馨が劇的な逆転勝利で金メダル、4連覇を成し遂げるのを目撃したりした。いろいろ快挙、が続いた大会だったけれど、女子レスリングが特別印象に残った人は、わたしだけじゃないだろう。

吉田沙保里も立派だったし、自分よりもひとまわり近く年下の「女の子」が次々に金メダルを取っている。みんな、かわいい。かわいいのに強い。で、彼女たちと一緒に喜んでる、あのスキンヘッドのコーチっぽい人、こと、栄和人氏のことも気になったのだった。これだけ選手を成功させ(続け)るには、よっぽど良いマネジメント能力があるにちがいない、と。本書には、日本レスリング協会の強化本部長である栄氏が明かす、成功の秘訣が収められている。

「指導者にとって不可欠なことは?」という問いに対して筆者は、次の3点をあげている。
一つ目は、選手一人一人について、強くなるために何が必要かが見えていること。
二つ目は、具体的な言葉で励ましながら、「勝つこと」の意識づけをすること。
三つ目は、自分のやり方に固執せず、変化・進化し続けていくこと。
このうち、わたしが「おお……」と思ったのが、3点目の指導者も変化・進化を続けていくこと。「オレ流の指導」を貫き通すのではなく、 時代や選手に合わせて、ベターな指導方法があったら、そっちに方向性を変えていくのを厭わない。選手が変化していくのは、まぁ、よく聞く話だけれども、指導者がどんどんスタイルを変えていく、っていうのは意外で。

だって、大変じゃないですか。指導者、と言えば、人間としてもキャリアを積んできて、つまり、そこそこ年をとっているわけで、そういう人が自分を変える、って選手が変わる以上に大変なんじゃないのか、と。でも、選手を強くするには、著者は変化を厭わない。むしろ、強くすることだけを考えていれば、自ずと、自分も変わっていくのだ、という。これが、素晴らしいな、と思いました。なんというか、現在のレスリング女子日本代表の成功は、才能ある選手の存在と、この指導者のゴールデン・タイムがうまく噛み合った結果なのかな、と思う。

あと、「勝つこと」の意識づけの部分。本書を読むと、筆者がいかに選手のコンディション・コントロールに労力を割いているかが理解出来る。身体的なコンディションだけでなく、メンタルのコンディションまで実によく見てケアしている。試合に集中させるように環境を作り、雰囲気をよく保つためにチームを作らせる。テレビで結果だけを見ているとレスリング女子日本代表はまるで「常勝軍団」のようだけれど、実はそうではない。世界のトップ選手のレベルはギリギリの闘いだ、ということが本書から伝わってくる。「霊長類最強女子」と言われた吉田選手もギリギリ。

だからこそ、最後は「気持ち」や「意識」なのだ、という。なんか、こうして書いてしまうと、陳腐な教えに思えてしまうのだが、すごく説得力あるんだよね、この本の書きぶりだと。ポイントポイントで吉田選手の語りも挿入されていて、選手として、そうしたコントロールをされて、どういう良い結果につながったか、が明らかにされているのも良かった。

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フィルドゥスィー 『王書(シャー・ナーメ): ペルシア英雄叙事詩』

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王書(シャー・ナーメ)―ペルシア英雄叙事詩 (東洋文庫 (150))
フィルドゥスィー
平凡社
売り上げランキング: 337,400
10世紀末から11世紀初頭に書かれたペルシャの大長編英雄叙事詩……の抄訳を読む。古代から語り伝えられてきた神話や伝説を集大成したもので、なんか屈強な勇者たちが戦争ばっかりしている。ホメロスの『イーリアス』『オデュッセイア』も、そんな感じの男臭い話だったけれど、ホメロスのほうが策略めいていて知性を感じさせる部分が多いのに対して『シャー・ナーメ』はホントにマッチョな肉体系の戦いが多い。強いものが強く勝つ! って感じ。それもまた面白い。この抄訳では、ロスタムという英雄のエピソードを中心に編まれている。彼の描かれ方が、またスゴいんだよね。ロスタムの父親もすごいハチャメチャにすごい英雄なんだけど、その血を引き継いで、槍で象を倒すし、背丈も「星に届くぐらい」とか形容される(このスケールの大きい比喩は、本書の読みどころのひとつ)。なんかものスゴい馬にも乗ってるし、ほとんど『北斗の拳』のラオウみたい。で、そのロスタムが自分の息子と(自分の息子とは知らずに)死闘を繰り広げたり、自分の息子のように育て上げた王子を殺されたり、なんだか息子つながりで恵まれない。最強なのに、息子つながりでひどい悲しみを背負って生きているのが、渋くて良かった。君主からパワハラをされたりしてさ。こういうの読むと、やっぱりクラシックなものって良いよね、と思う。

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『ドライバー 飛んで曲がらない確実な打ち方』

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ドライバー 飛んで曲がらない確実な打ち方 (KAWADE夢文庫)

河出書房新社
売り上げランキング: 297,351
同じシリーズの『パターが面白いようにはいる本』が効果的だったので、ドライバーの本も読んでみた。が、パターよりもドライバーのほうが内容が全然難しくて。その難しさとは本の内容を自分のスイングに反映させることの難しさ。書いてあることは、それはそうだろうな、と思うのだが……。

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松尾潔 『学食巡礼: 未来を担う若者が集うユルい空間』

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学食巡礼―未来を担う若者が集うユルい空間 (SPA! books)
松尾 潔
扶桑社
売り上げランキング: 916,617
音楽プロデューサー、松尾潔による2002年の著作。先日紹介した名著『東京ロンリーウォーカー』に引き続き、週刊誌に掲載されていた連載コラムをまとめた一冊である。タイトル通り、著者が東京を中心とした大学(一部専門学校も含む)の学食に足を運び、校舎の雰囲気や、学生を観察した結果を好き勝手に綴っている。当時の著者は30代前半。掲載誌(『週刊SPA!』)の読者層に合わせているのか、オジサン2歩手前の目線、しかし、文体は軽妙洒脱で楽しい本だ。ここでも著者の慧眼ぶりは発揮されていて、たとえば現在の我が国のプライム・ミニスターを輩出した某大学においては、こんなことを書いている。「育ちのよさそうな学生というのは、バカには見えない。どちらかというと賢そうに見える。がしかし、切れ味が鋭そうには見えないものだ。」けだし、名言である。しかし、その次に続くのは「理由はわからぬ」、こうして印象だけ書いて、特段考察はなく投げおく、だが、読ませる文章のスタイルは「《作家》ではなく《ライター》的」という印象を受けた。

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蓮實重彦 『伯爵夫人』

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伯爵夫人
伯爵夫人
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蓮實 重彦
新潮社
売り上げランキング: 1,053
映画評論で有名な偉い先生(後期高齢者)が久しぶりに書いた本作が、三島由紀夫賞を受賞したときにいろいろ話題になっていたのはまだ記憶に新しい、が、話題作りだけじゃなくて、ホントに普通に面白かったから、さすが、蓮實先生と思った。舞台は太平洋戦争開戦前夜の日本、主人公は育ちの良い童貞の青年。蓮實先生のあの流れるような文体で紡がれるドエロいポルノグラフィー。いや、ホントに童貞の淫らな白昼夢みたいな小説なんだけれども、ロシアのソローキンに向こうを張るようで、サイコー、と思った。

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五十嵐太郎 『日本建築入門: 近代と伝統』

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日本建築入門 (ちくま新書)
五十嵐 太郎
筑摩書房
売り上げランキング: 45,563

名著『新編 新宗教と巨大建築』の著者、五十嵐太郎による新たな名著。本書では、日本に「Archtecture」という概念が西洋からもたらされて以降、日本の建築家がどのように「日本的なもの」と向き合ってきたかが振り返られる。近年、この「日本的なもの」をやたらと称賛するTVプログラムが目に入るたびに、なにか居心地の悪さを感じていたのだが、それは年々貧乏になりゆく我々日本人が「貧乏だけれど、日本は素晴らしい!」と強がるような、現実逃避のためのナショナリズム高揚がいかがわしいから、というだけでなく、そもそも「日本的なもの」ってなんなのかが、よくわからないからなのだった。本書はそうした「日本的なもの」の曖昧さへも鋭くメスをいれている。

本書における日本の建築史は、通史ではなく、オリンピックや万博といったイベントや、皇居や国会議事堂といったシンボルなど大きなテーマごとに読み解きがおこなわれている。丹下健三や、前川國男、坂倉準三といった著名な建築家がイベントのなかでどのような役割を果たしたのか、そして、イデオロギーや思想がどのように建築と結びついたのか。本書が優れているのは、そうした建築の背景を説明するだけでなく、建築の「見方」についても平易に教えてくれる点だろう。たとえば、第3章のテーマになっている「屋根」。「屋根は雨や日照などの環境、固有の素材などにより、地域性があらわれやすい」。なるほど。さらには、屋根には、シンボリックな意味がよく投影される、という。丹下による代々木国立屋内総合競技場の屋根が、実は神社の意匠を取り込んでいる、とか読んでいて普通にビックリしてしまった。

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村上春樹 『中国行きのスロウ・ボート』

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中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)
村上 春樹
中央公論社
売り上げランキング: 66,559
村上春樹の小説は大方読んでいたつもりだったけれど、最初の短編集は読み逃していた。収録されている80年から82年に書かれた作品は、いまこの作家が書く短編よりも、ずっと、なんというか、パワー、というかテクニックがなくて(雑誌掲載順に並べられているので、読んでいるうちにだんだん巧くなってきている感じはする)、とくに冒頭の表題作「中国行きのスロウ・ボート」なんか、デビュー作『風の歌を聴け』にあるような、あの、かつて感じていたのに、時が経って失われてしまったサムシング、でも、そのサムシングがなんなのかよくわからなくて、でもなんとなく「おセンチ」になってしまう感じが書き残されている、と思った。異名同曲、って感じである。

ただ、そのおセンチを感じさせる作品に、この歳になって初めて(似たようなものをすでに読んでいたわけだから再び、でもある)触れた喜び、みたいなものもある。なんですかね、作家がこの作品を書いた歳の頃に、読み手であるわたしが近づいたからかもしれないけれど、18歳か19歳頃に、村上春樹の初期作品に初めて出会ったときとは、理解の深度が異なる、というか、ああ、なんか、なにかわからないけれど、わかるよ、という感じが強くある。同世代の人が(かつて)書いたもの、なのだ。

とはいえ、これは80年代の初期に書かれたものであって、読んでいて、ああ、これは昔なんだな、つまりは書かれた当時の「同時代の小説(いまからみたら過去の小説)」なんだな、と思う部分も多々ある。ガール・フレンドが乗った電車を駅のホームで見送ったあとに煙草に火をつけたり、FMがキレイにはいるラジオを買ってみたり、車で仕事に来ているのにビールを飲んだりする。いまでは見られない「風景」だ。しかし、わたしもその風景を知っているし、ちょうど、わたしがもっと若くて幼かった頃からどんどんそれらが消えていった、とも思う。これもまた、失われたサムシング。そして、それがより一層メロウな感覚を煽る。

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アレハンドロ・ホドロフスキー(原作) メビウス(画) 『アンカル』

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アンカル
アンカル
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アレハンドロ・ホドロフスキー
パイインターナショナル (2015-12-18)
売り上げランキング: 47,863
ホドロフスキーとメビウスのコラボレーション作品、傑作バンド・デシネとして名高い作品として名高い『アンカル』を読む(昨年末に復刊されたみたい、ずっと読みたかったのでありがたかった)。なんかAKIRA、ガンダム、宇宙戦艦ヤマト、スターウォーズ、孔子暗黒伝(あるいは暗黒神話)、ナウシカ……と様々なものが全部この一冊に入ってるサイケデリック・スペース・オペラって感じでスゴかった。愛すべきダメ探偵が主人公、というのは、ピンチョンの『LAヴァイス』みたいだし……。

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谷崎潤一郎(訳) 『源氏物語』

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潤一郎訳 源氏物語 (巻1) (中公文庫)
紫式部
中央公論新社
売り上げランキング: 24,977
潤一郎訳 源氏物語 (巻2) (中公文庫 (た30-20))
紫式部
中央公論新社
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潤一郎訳 源氏物語 (巻3) (中公文庫)
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中央公論新社
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潤一郎訳 源氏物語〈巻4〉 (中公文庫)
紫式部
中央公論社
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潤一郎訳 源氏物語〈巻5〉 (中公文庫)
紫式部
中央公論社
売り上げランキング: 32,136
「うんざりするくらい長い小説が読みたいなぁ」という欲求が年に1度ぐらいやってくるのだが、今回はそれが『源氏物語』を読む、という形で解消された。日本最古の長編小説、である。谷崎潤一郎による現代語訳、とはいえ、いやあ、長かったですね。でも、とても面白い。読んでみたら読み継がれてきたわけがわかった。イケメンで、頭も良くて、楽器も上手で、文学的センスもあって、家柄も最高、モテないわけがない主人公、光源氏が満たされないマザコン的メンタリティから、やたらめったら女性に手を出すゲスいラヴ・ストーリー、と多くの人に理解されている(であろう)作品、だが、それはあくまで一面的な理解でしかなく、読みどころがものすごくたくさんある。

とくに光源氏のライヴァルであるところの頭中将の娘、玉鬘をめぐる「玉鬘十帖」と呼ばれる部分は、全編のなかで最も印象的である。いろいろあってこの玉鬘、田舎に引っ込んでおり、いろいろあって光源氏の娘、というテイで上京してくる。で、まぁ、美人の娘が光源氏のところにいるらしいゾ、という噂が広まって、光源氏の息子世代の若い貴公子たちが彼女とつながろうと頑張る。光源氏は、そういう若者たちの気持ちを弄ぶような行動を取るんだよね。蛍を集めて、その光で遠目に玉鬘の姿を見せたり(このシーン、全編のなかでも最も映像を喚起する力が強い)。で、光源氏は光源氏で玉鬘に「父娘ってことになってるけど、実は俺もすごいお前とつながりたいんだよね……」と言い寄るゲスぶりを発揮する。光源氏にとっては、玉鬘はライヴァルである頭中将を牽制するためのカギであり、愛欲の対象、という重要人物、という描かれ方がなんともスリリングで良い。

ここでわたしがもう一つ気に入っているのは、近江の君の存在で。彼女は、頭中将が「思い出のあの人(夕顔のこと。光源氏とも付き合ってたが六条御息所の生霊に取り憑かれて死亡)の娘(玉鬘のこと)が、どっかにいるらしいぞ」という噂を聞いて、方々を探させたときに見つかった娘なんだけれど、同じ頭中将の娘でありながら、玉鬘とは対照的に、粗野で教養もなくて、完全にギャグ・キャラとして扱われているのである。たくさん登場するわけでもないし、本筋に乗っかる人物でもないのだが、近江の君の存在は、物語をドライヴさせる良いスパイスになっているように思われて、大好きになってしまった。

もっともこういう対比って、源氏物語のなかには他にもたくさんあって。それは紫の上と、明石の君の関係においてもハッキリとしている。前者は「近く」にいて、「一番大事な人」。後者は「遠く」にいて、「政治的に重要なものをもたらす人」、みたいな、コントラストの効いたキャラクターの描きわけが認められる。こういう描き方に「すげえ巧いなぁ」と感心してしまった。1000年ぐらい前の小説だけど、すげえ、これ、世界に通じるよ、世界文学だわ、と思う。

なお、谷崎訳は原文で書かれていない主語を補填せずに、原文のリズムを現代の日本語のリズムに移築するようなもの、らしい。ほかの訳を参照したわけではないけれど「これ、誰の行動なの?」というところがややつかみにくい。ただし、文章のスムースな流れは素晴らしい。素晴らしすぎて、すげえ文字の上を目を滑ってしまって、中身が全然頭にはいってこない感じもある。読みやすいのに、わかんない、という困った状態陥ったら、Wikipediaで各巻のあらすじを確認して、わかった気になった状態にして物語に復帰する。いい加減な読み方かもしれないけれども、このぐらいのテキトー加減で、とりあえず「読みぬく」のも大事だ。

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エリック・ルーセル 『ガリマール新評伝シリーズ 世界の傑物7 ドゴール』

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ドゴール (ガリマール新評伝シリーズ―世界の傑物)
エリック・ルーセル
祥伝社
売り上げランキング: 736,411
ジョン・F・ケネディ、アントニオ・カルロス・ジョビン、坂本龍馬、そして、シャルル・ド・ゴール。一見、なんの関連もない彼らのあいだには「名前がついた空港が存在する」という共通点が存在するけれど、ド・ゴールについては「フランスの偉い人」ということぐらいしか知らなかったので、評伝を読んでみた(この「ガリマール新評伝」シリーズ、ほかにはJBだのフェリーニだの、独特なセレクトが興味深い。フェリーニの解説は、菊地成孔が担当している)。フランス大好き、パリ大好きな日本国民なのに、ド・ゴールについてはよく知らない。そういう人って多いと思う。

しかしながら、本書はなかなか難しい本で、内容をちゃんと理解できる人って、20世紀前半から中盤にかけてのフランス史に相当詳しい人じゃないとまったくついていけないんでは、と思う。ド・ゴール、ペタン、といった高校世界史にでてくる人物はわかる、でも、それ以外の人物がポンポンと前振りなしででてくるので、よくわからない部分が多かった。それでも、ド・ゴールの家柄や彼の性格についての記述はとても面白かった。代々学者の家系で、ド・ゴール自身も人文的な教養が高かったそうである。要するに知的エリートの家に生まれてたのね。日本の昔の政治家の教養について知ると、昔の政治家は立派だなぁ、と思うけれど、ド・ゴールもまたそういう尊敬したくなるタイプの人間だった。

とはいえ、その教養高さや、自分は知的なエリート出身ですよ、というプライドがあって、若いときから偉そうな態度をとっていたり、上司と折り合いが悪くて出世が遅れたりしていたらしい。まぁまぁめんどくさい人間、ちょっと残念の人間だったみたいなんだよね。でも、見捨てなかったのが、ペタンで……っていうのがなんか人生の複雑さを感じさせるところである。

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『現代思想』2016年8月臨時増刊号 総特集◎プリンス1958-2016

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現代思想 2016年8月臨時増刊号 総特集◎プリンス1958-2016
松浦理英子 向井秀徳 西寺郷太 及川光博 萩原健太 高橋健太郎 ピーター・バラカン 大谷能生 湯浅学 吉岡正晴 佐々木敦
青土社 (2016-07-22)
売り上げランキング: 117
こないだ読んだ『ミュージックマガジン』の別冊とは、西寺郷太、萩原健太、高橋健太郎という書き手が重複。しかし、読み物としてのヴォリューム感、情報量は『現代思想』のほうがはるかに上回っている。基本的にはどの書き手も、プリンスを語るうえでのいくつかのキーワード(セックス、気持ち悪さ、そして、それと相矛盾、あるいは共和する、プラトニックさ、カッコ良さ)をなぞっていて、紋切り型的、といえば、紋切り型の評論と言えるものもあるのだが、切り口の良さや視点の鋭さを感じさせるものが多く含まれている。

たとえば、北丸雄二によるプリンスと「エホヴァの証人」の関係を考察した文章は、ひとりのアーティストに及んだある宗教の影響、という「点」だけを見る評論で止まらず、アメリカの宗教カルチャーという「面」に視点を広げてくれる(これは「プリンスと人種をめぐる諸相」と題された出田圭による文章にも同じことが言える)。読みながら、ある種の特別なアーティストとは、このように別な世界への窓になってくれるのかもしれない、という感想を持った。

ほかに面白かったのは宇野維正による「踊れなくなったプリンス」。「杖がないと歩けないぐらい下半身の状態が悪いのだが、宗教的な理由により手術を拒否していた」という話はプリンス・ファンには有名な話なのだが、そんな報道が出た後も、スーパーボールのハーフタイムで派手なパフォーマンスを披露したりしてたから「手術の話とかなんだったのよ……」とみんな思ってたハズなのである。そこで、この文章はプリンスの身体、そして健康問題に着目し、本当はやはりプリンスはボロボロだったのだ、という現実をファンに気づかせる。思うに、これは逆方向の「神格化」を進めている。ボロボロだったのに、だれもそのボロボロさに気づかなかった、だから、プリンスはスゴい、と。

あと、及川光博へのインタヴュー記事も良かったし、向井秀徳と西寺郷太がミュージシャンの視点から「プリンスのすごさ」を楽しそうに語りまくる対談も良かった。岡村靖幸じゃなくて、スガシカオじゃなくて、及川光博、というセレクト。プリンスからの影響を公言しているアーティスト(なんせ、「王子様」というキャラクター)だとは知っていたが、わたしは「この人、そんなにプリンスっぽいか?」と思ってきたし、まぁ、いまもそんなに「プリンスっぽさ」を感じないのだが、岡村靖幸にコンプレックスを抱いていた、とかスゴく良い言葉が引き出されている。

プリンスへの入門書、にするには内容が重い本ではあるが、ピーター・バラカンの談話は、プリンス入門に良いな、と思う。「歌詞に描かれている男女の関係性では、常に男性の側が弱い立場にいます」。これは、プリンスの歌詞をちゃんと読むと、だれもが気づくハズだが、とても重要な指摘だと思う。岡村ちゃんに引き継がれてるのって、一番はこの部分だと思うし。

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松尾潔 『東京ロンリーウォーカー: 自称・東京通たちに贈る「真のトレンディ」ガイド』

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いまをときめく「メロウ・プレジデント」松尾潔が90年代末から2000年にかけて連載していた東京の話題スポットを体験するコラムをまとめたもの。この本が著者の初単著であるのだが、本当にスゴい本。小田急サザンタワーや渋谷マークシティ、フラッグス、キル・フェ・ボン、トゥ・ザ・ハーブス、新宿タカシマヤ、そして、営団地下鉄南北線……といったもはや街の風景に溶け込んだもの、定番化しているものたちがオープンした直後を捉える貴重なドキュメントでありながら、紹介されている半分ぐらいの店はもうクローズしているのだが、真骨頂は「松尾の考える真のトレンディ・スポット厳選10」のラインナップだ。以下、ラインナップをまるごと引用するが、

  • ドン・キホーテ
  • スターバックス
  • ユニクロ
  • 大戸屋
  • QBハウス
  • ブックファースト渋谷店
  • HMV渋谷
  • オリジン弁当
  • 宇明家
  • 伊勢丹新宿店 BPQC
といった具合である。このうち、ブックファースト渋谷店、HMV渋谷、宇明家、伊勢丹新宿店 BPQCは「今は亡きもの」となっているが、他のお店は定番化・街の風景化・一般化してしまっている。打率6割なら立派なものだろう。これらの「真のトレンディ・スポット」たちには、著者が「ヒットの理由」を分析しているのだが、それらがまさに慧眼すぎて。「ドンキという装置は高級娼婦をいったん丸裸にする」、「ユニクロ着用者に対する最高の賛辞は「ユニクロに見えないね」以外にない」など、執筆から15年以上の時が経過した今なお有効な言葉となっている。いや、この分析がスゴいのではなく、逆に、現代は今なお90年代末から変わっていないのか。2001年、2011年に大きな変化を促す事件があった、けれども、実は1995年から日本って変わってないんじゃないか、という疑念が頭をもたげる。90年代 イズ ノット デッド。あいにく絶版の本書だが、文庫化などして復刊される価値は十分にある。

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『プリンス: 星になった王子様』

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プリンス 星になった王子様

ミュージックマガジン (2016-07-14)
『ミュージックマガジン』のプリンス追悼特集ムック本。まず副題の「星になった王子様」というクッソダサい副題が最悪で、『ミュージックマガジン』という雑誌を読んでる人の品格を下げそうな感じ。中身も、日本の音楽ライター特有の(?)主観と個人の思い出語りみたいな文章が多くて、本当にげんなりさせられたのだが(日本の音楽ライターが書く、「ユーモラスな」文章の文体は、性風俗体験レポートのそれと近似する、という気づきがあった)、再録されている今野雄二が過去に記したプリンス論の妄想爆発感は最高だし(文体芸がスゴい)、西寺郷太によるミネアポリス訪問録は生前のプリンスがオフステージでどんな感じだったを伝える貴重なものだと思う。あと、堂本かおるさんの文章がとても良かった。この方のお名前は、本書で初めて知ったのだけれども、アメリカの黒人コミュニティでどのようにプリンスが聴かれたのか(聴かれているのか)を伝えている。本書のなかでもっとも価値ある文章は、この一本だと思う。

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村上満 『ビール世界史紀行: ビール通のための15章』

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ビール世界史紀行 ビール通のための15章 (ちくま文庫)
村上 満
筑摩書房
売り上げランキング: 182,397
サントリーのビール生産・開発に長年携わっていた偉い人が書いた、ビールの歴史と世界史を並行して語る、という本。ライトな読み物、と見せかけて、かなりヨーロッパの歴史について調べていて大変読み応えがある。イギリス、ドイツ、ベルギー、というヨーロッパの3大ビール生産地を中心に、それらの国でどのようにビール造りが始まり、発展し、そしてそれが国の政治や経済とどのように関わり合っていたのか、を詳述している。「酒飲みのための読みモノ」としては中級クラスの本で、ビールの醸造過程の基本をこういう本で押さえてから読むとなお面白く読めると思う。

冒頭、日本にビールが伝来し、国産ビールの生産が始まるまでの話から始まるのだが、これがまた面白くて。明治時代に本格的に海外からビールの輸入が始まったとき、日本市場でトップシェアを占めていたのが、あのバスエールだった、というのがまず驚きだった。現代の日本で飲まれているビールといえば、下面発酵のラガー・ビールであるのだが、当初は上面発酵のエールが人気であったのだ。それがいつしか逆転し「ビールといえば、ラガーだ」ということになっている。

低温で発酵が進むラガー・ビールは、高温多湿の日本において、雑菌の増殖を抑えることができ、衛生管理が楽だから、盛んに作られるようになったのだろう……というところまでは、わたしもなんとなく予想していた。しかし、本書はこのエールからラガーへの転換の理由をそうした製造上の問題だけに見ていない。この転換のきっかけに、普仏戦争におけるプロイセンの勝利があったのではないか、と著者は言う。この歴史的出来事が、これからの日本が見本とするのは憧れの先進国であるイギリス(エールの国)ではなく、ドイツ(ラガーの国)だ、という方向転換をさせたのだ、と。

この説を補強するように、森鴎外などの明治人がドイツ留学中にどんな風にビールを楽しんだのかが紹介されているのだが、これまた面白い話が満載(ドイツびいきでビール大好きだった乃木希典が部下たちに連続イッキ飲みを強要していた……だとか)。ほかにもイギリスとドイツのビール文化の比較から、パブで静かにエールを飲むイギリスの文化よりも、ビアホールで豪快にラガーを飲みまくるドイツの文化の方が日本にあっていたのではないか、などとも語られる。

書いているのがメーカーの人というのもあってか、現代の業界事情についても詳しく勉強になった。ビールは値上げがしにくい品目だから、ビール・メーカーにとっては全然儲からない商品なのだという話が面白かった(さらに税金がちょいちょいあげられると、売り上げに悪影響が生じる)。

発泡酒、第三のビール、ノンアルコールビールの開発が盛んだけれども、こういう税金も安くて儲かる新ジャンルで稼ぐしかないからなのか、と非常に納得が言ってしまった。わたしはこうした、いわゆる「新ジャンル」の商品って「安かろうマズかろう」だと思っているし、「不真面目な商品」だと思ってきた。儲かるのはわかるけれども、ビール・メーカーは真面目なビールを造るのが本分でしょうが、と。

しかし、「普通のビールは儲からない」とわかると「不真面目な商品」で稼げるからこそ「真面目なビール」造りもできるのかな、と思いなおしたりもする。新ジャンルのヒットがなければ、面白いクラフト・ビールみたいなものも作れないのかも(考えたら、新ジャンルでヒット商品を出してるメーカーは、パンチのあるビールも作ってる気がする)。

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千松信也 『ぼくは猟師になった』

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ぼくは猟師になった (新潮文庫)
千松 信也
新潮社 (2012-11-28)
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子供の頃から動物が好きで、それが転じて、狩猟採集文化に憧れを持っていた少年が、大人になって猟師になって、自分の生活について書いた本。著者については尹雄大さんのインタヴュー記事で知ったのだと思う。正直、うまい文章で書かれた本ではなくて、朴訥とした作文調の文章が続くのだけれど、ワナや網を使った狩猟の仕方や、カラー写真(!)を使って解説しているシカやイノシシの捌き方などが詳細に書かれてて面白い。新鮮なシカやイノシシはウマい! 的な文章を読んでいると、早く秋になってほしい、ジビエを食いにいきたい! と思ってしまった。

昨今、クマが人を襲った、とか、人里にでてきた、なんていうニュースが多いじゃないですか。ほかにもシカやイノシシが増えすぎちゃって、農家の人が困ってる、とか。ああいうニュースに触れると「人間が環境を壊してるからだ」とか、人類反省モードになる人が多いけれども、この本は別な視座を与えてくれる、と思う。シカだの、イノシシだのを狩る猟師が減ってるから増えちゃう。だから「害獣」が増える、という視点だ。

なぜ、猟師が減るのか、というと、高齢化、なんだけれども、さらに、なぜ高齢猟師ばっかりになってしまうのか、というと、これはもう要するに、猟師は儲からないから、なんだよね。獣を狩っても、ちゃんとした流通ルートがない。いくら合理的に狩っても、売れないから、狩ってもしかたない。だから、猟師は大変なばっかりで儲からない職業となり、奇特な人や趣味の領域に押し込められてしまう。これが合理化されたら、害獣問題なんか一気に解決するのにね、と思う。

ただ、本書の著者は、そうした合理化からは全力で逃げている人だ。そもそも猟師で生計を立てていないし、猟師は素晴らしい職業だから広めたい、と思っているわけでもなさそうだ。ただ、こういう生き方もあるよ、こういう暮らしぶりもあるよ、という世界を覗かせてくれる。それは、もちろん「一般的な生活」とは異なるものだろう、けれども、その「一般的な生活」に馴染めない人、というのも世の中にはいるわけで、そういう人がたまたまこういう本と出会って、ああ、こういうのもあるのか、と思って楽になったら素敵だよな、と思う。

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