2015年に読んだ本を振り返る

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  1.  アーサー・モーリス・ホカート 『王権』
  2.  岡倉覚三 『日本の目覚め』 
  3.  韓非 『韓非子』(1) 
    1.  韓非 『韓非子』(2)
    2.  韓非 『韓非子』(3) 
    3.  韓非 『韓非子』(4) 
  4.  池田玲子 『ヌードと愛国』  
  5.  ヒロ・ヒライ アダム・タカハシ 「危険な物質主義の系譜: アレクサンドロス、アヴェロエス、アルベルトゥス」
  6.  村上春樹を英語で読み直す 『スプートニクの恋人(Sputnik Sweetheart)』
  7.  菊地成孔 『ユングのサウンドトラック: 菊地成孔の映画と映画音楽の本』 
  8.  ヴァルター・ベンヤミン 『ドイツ悲劇の根源』
  9.  大江健三郎 『大江健三郎自選短編』 
  10.  E. H. Gombrich 『Gombrich on the Renaissance Volume 1: Norm and Form』 
    1.  E.H. Gombrich 「The Renaissance Conception of Artistic Progress and Its Consequences」
    2.  E.H. Gombrich 「Apollonio di Giovanni: A Florentine cassone workshop seen through the eyes of a humanist poet」
    3.  メディチ家のパトロンぶりはいかなるものだったのか 
    4.  レオナルドの構図作成法
    5.  ラファエッロの《椅子の聖母》 
    6.  規範と形式
  11.  田崎真也 田中康夫 『ソムリエに訊け』  
  12.  フアン・ルルフォ 『ペドロ・パラモ』 
  13.  檀一雄 『わが百味真髄』
  14.  ジェームズ・フレイザー 『金枝篇』(1) 
    1.  ジェームズ・フレイザー 『金枝篇』(2) 
    2.  ジェームズ・フレイザー 『金枝篇』(3)
    3.  ジェームズ・フレイザー 『金枝篇』(4)
    4.  ジェームズ・フレイザー 『金枝篇』(5)  
  15.  山本昭彦 『死ぬまでに飲みたい30本のシャンパン』 
  16.  田中康夫 『なんとなく、クリスタル』
  17.  佐々木信綱(編) 『新訓 万葉集』(下) 
  18.  ジークムント・フロイト 『精神分析入門』
  19.  E.R. クルツィウス 『ヨーロッパ文学とラテン中世』 
  20.  リチャード・パワーズ 『舞踏会へ向かう三人の農夫』 
  21.  ウィリアム・エチクソン 『スキャンダラスなボルドーワイン』 
  22.  伊藤計劃 『虐殺器官』 
  23.  安西水丸 『東京美女散歩』 
  24.  杉浦明平 『カワハギの肝』 
  25.  カルロス・フエンテス 『アウラ・純な魂』 
  26.  カルロ・ギンズブルグ 『チーズとうじ虫: 16世紀の一粉挽屋の世界像』 
  27.  荒木飛呂彦 『荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟』
  28.  井筒俊彦全集(第2巻)『神秘哲学 1949年-1951年』 
  29.  レム・コールハース 『S, M, L, XL+: 現代都市をめぐるエッセイ』 
  30.  海老沢泰久 『美味礼賛』 
  31.  アリストテレス 『天界について・生成と消滅について』(岩波書店 新版 アリストテレス全集 第5巻) 
  32.  ダンテ・アリギエリ 『神曲』 
  33.  荒木飛呂彦 『荒木飛呂彦の漫画術』 
  34.  ガブリエル・ガルシア=マルケス 『コレラの時代の愛』 
  35.  エティエンヌ・ジルソン 『アベラールとエロイーズ』
  36.  辻調理専門学校(編) 『辻調が教えるおいしさの公式 日本料理』 
  37.  Morrissey 『Autobiography』 
  38.  マヌエル・プイグ 『ブエノスアイレス事件』 
  39.  黒田硫黄 『映画に毛が3本』 
  40.  加藤シゲアキの小説、3冊 
  41.  独立行政法人酒類総合研究所 『うまい酒の科学: 造り方から楽しみ方まで、酒好きなら読まずにはいられない』
  42.  片山洋次郎 『整体から見る気と身体』 
  43.  『日本霊異記』 
  44.  F. M. コーンフォード 『ソクラテス以前以後』 
  45.  ホメロス 『イリアス』 
  46.  ハーマン・メルヴィル 『白鯨』
  47.  Hal Foster / The Return of the Real: The Avant-Garde at the End of the Century 
  48.  戸部良一(他) 『失敗の本質: 日本軍の組織的研究』 
  49.  アンソニー・グラフトン 『テクストの擁護者たち: 近代ヨーロッパにおける人文学の誕生』 
  50.  岸政彦 『断片的なものの社会学』 
  51.  岸政彦 『街の人生』 
  52.  小林剛 『アリストテレス知性論の系譜: ギリシア・ローマ、イスラーム世界から西欧へ』 
  53.  池澤夏樹(訳) 『古事記』 
  54.  西寺郷太 『プリンス論』 
  55.  松尾潔 『松尾潔のメロウな季節』 
  56.  前田愛 『都市空間のなかの文学』 
  57.  大河原邦男 『メカニックデザイナーの仕事論: ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』 
  58.  チャーリー・パパジアン 『自分でビールを造る本: The Bible of Homebrewing』 
  59.  安部公房 『砂の女』 
  60.  中原昌也 『サクセスの秘密: 中原昌也対談集』 
  61.  細見和之 『フランクフルト学派: ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」へ』 
  62.  大瀧純子 『女、今日も仕事する』 
  63.  マリオ・バルガス=リョサ 『密林の語り部』 
  64.  アラン・デュカス 『アラン・デュカスのおいしいパリ』 
  65.  髙崎順子 『パリのごちそう: 食いしん坊のためのガイドブック』 
  66.  1年3ヶ月ぐらいかけて新約聖書を読んだ 
  67.  村上春樹 『職業としての小説家』 
  68.  近田春夫 『考えるヒット』 
  69.  ウィリアム・フォークナー 『八月の光』 
  70.  ノルベルト・エリアス 『宮廷社会』 
  71.  細野晴臣 『細野晴臣 分福茶釜』 
  72.  原武史 『大正天皇』 
  73.  辻調理専門学校(編) 『辻調が教えるおいしさの公式 西洋料理』 
  74.  フランセス・イェイツ 『魔術的ルネサンス: エリザベス朝のオカルト哲学』 
  75.  福田育弘 『ワインと書物でフランスめぐり』 
  76.  マイケル・オンダーチェ 『イギリス人の患者』 
  77.  伊丹十三 『フランス料理を私と』 
  78.  バルトロメ・デ・ラス・カサス 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』 
  79.  Herbert Alan Davidson 『Alfarabi, Avicenna, and Averroes, on Intellect: Their Cosmologies, Theories of the Active Intellect, and Theories of Human Intellect』 
  80.  井筒俊彦全集(第3巻)『ロシア的人間 1952年-1953年』 
  81.  羽生善治(監修) 『羽生善治のみるみる強くなる将棋入門: 5か条で勝ち方がわかる』 
  82.  羽生善治(監修) 『羽生善治のみるみる強くなる将棋序盤の指し方入門』 
  83.  岡村靖幸 『岡村靖幸 結婚への道』 
  84.  鹿島茂 『パリの日本人』 
  85.  ホメロス 『オデュッセイア』 
  86.  イグナチオ・デ・ロヨラ 『霊操』 
  87.  ウラジーミル・ソローキン 『青い脂』 
  88.  酒井泰斗・浦野茂・前田泰樹・中村和生(編) 『概念分析の社会学: 社会的経験と人間の科学』 
本のカテゴリで書いていたブログ記事を上記に列挙したら88タイトル。昨年は94タイトルあってブログ史上最多だったようなのだが、今年はブログに書く価値もないひどい本もほかにたくさん読んだので、たぶん年間100冊ぐらい読んでいるハズ。うち、英語の本は(日本語の小説の英訳を含む)5冊。

年々本を読む雑さが増している気がするが、今年は、酒と料理、食に関する本をたくさん読んでいたようである。この傾向はまだ我が家の積ん読本に食関連の本が眠っているので来年も続きそうだ。あと、年末にオンライン将棋にハマってしまい、羽生善治が関わってる将棋本は来年も読みそう。

テクストの擁護者たち: 近代ヨーロッパにおける人文学の誕生 (bibliotheca hermetica 叢書)
アンソニー グラフトン
勁草書房
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今年は、翻訳のお手伝いをさせていただいたこの本が出た。とりあえず、これを今年の一冊に選ばないとという感じである。

断片的なものの社会学
断片的なものの社会学
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岸 政彦
朝日出版社
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新刊本でほかに今年の一冊を挙げるなら、やはりこの本。90年代に流行った社会学とはまったく違うアプローチで、もう一度社会学を見直す契機となったかも。スゴい書き手だな、と思った。

今年は途中でApple Musicを導入して、新譜をほとんど買わなくなってしまったため、振り返りは本のみとする。

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酒井泰斗・浦野茂・前田泰樹・中村和生(編) 『概念分析の社会学: 社会的経験と人間の科学』

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概念分析の社会学 ─ 社会的経験と人間の科学

ナカニシヤ出版
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エスノメソドロジーの研究者たちによる論文集を読み終える。エスノメソドロジーというと(学生のときに受けた講義のおぼろげな記憶によれば)ヴィデオや録音によって会話や振る舞いを記録し、それを分析してあれこれ言う、みたいなものを想像していたのだが、編者があとがきで言うように、本書には会話分析は登場しない。本書の中心となっているのは、イアン・ハッキングが提唱する「ループ効果」だ。

ループ効果とは、
・人々の分類・記述に用いることができる専門的な知識や概念や方法が日常生活に提供され、
・分類・記述された当の人々によって、それらの分類・記述が、引き受けられたり・拒絶されたり・書き直されたりする
現象を指している。1)日常生活のなかから、専門的な分類や概念が抽出され、名付けがおこなわれ、2)その概念が日常生活によっても引き受けられる。3)その引き受けによって日常生活に変化が起こり、専門的な概念にも影響が発生する。具体的な例としては、各種のハラスメントがわかりやすい。今「○○ハラスメント」と新たな分類がさかんに生まれているけれど、専門的な概念を与えられることで、日常生活の書き換えが盛んにおこなわれている。ここには専門的知識と日常的な社会との関連がある。

本書に収録された論文はさまざまなフィールドで、こうした専門的な概念が社会に与える影響、そして社会から概念が受ける影響を記録している。「ほー、こういうのも社会学になるのかぁ(感心)」というのが第一の感想で、あんまりそれ以外言葉がないんだが「ハッキングってこういうことやっていたのかぁ」とか勉強になって良かった。

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ウラジーミル・ソローキン 『青い脂』

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青い脂
青い脂
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ウラジーミル・ソローキン
河出書房新社
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ロシア(というか世界の)現代文学の鬼才中の鬼才、ソローキンの『青い脂』を読む。翻訳がでたのは2012年でだいぶ友達の海外文学好きのあいだでは盛り上がっていたのだが、これはたしかにスゴい。わたしの貧しい読書経験のなかでも、もっとも「え、こんなむちゃくちゃな小説があって良いのか!?」と大変な衝撃を受けた一冊。

なにせ、冒頭から、なんだかよく分からない未来のテクニカル・タームと中国語とが混じった書簡として書かれており(核戦争後の未来の中国化されたロシア語で描かれている、という設定)、リーダブルな日本語に訳されているのにまるで外国語を読むような読書体験を味わうことになるし、物語の鍵となる「青脂」という謎の物体、これがロシアの文豪のクローンが作品を書くとクローン文豪の体に溜まる、という設定で、書簡のなかにはクローン文豪によって書かれた、トルストイやドストエフスキー、ナボコフらのグロテスクなパロディも挿入される。さらには、物語はタランティーノの『デス・プルーフ』ばりの凶悪さによって、突然に断絶され、全然違う話になる……という嫌がらせのような構成が続く……のだが、一時もページを繰るのをやめたくない、と思わせる強烈な吸引力をもっている。

お下劣で、グロテスクで、醜悪な拷問や性描写もサイコーであり、とくにフルシチョフ × スターリンの男色シーンは本作のハイライトのひとつ(この時点で、未来のSF的舞台からどうつながるのか謎に思う方がいらっしゃると思うが、本作、あらすじをどう説明しても嘘になる)。よくもまぁ、こんなことを思いつくよ、と半ば呆れながら読んでしまった。ちょうどソローキンが生まれた国の作曲家、プロコフィエフは「聴衆を驚かすことしか考えていない」と言っていたが、ソローキンもまた同じポリシーの創作者なのではなかろうか。

作中で試みられている言語実験的な試みは、巻頭に引用されたラブレーを彷彿とさせる。が、この作品のあらすじをどう説明しても嘘になるのと同様に、どのような解釈をしても嘘、あるいは本当になりそうな感じがあって、また、そこがサイコーなのだった。どんな批評も受け入れつつも、どんな批評も跳ね除ける、たしかなのは、これがサイコーに面白い物語だ、ということだろう……。おそロシアのおソローキン……。あんまり細かいことを考えないで、読んでいくと良いと思います(たくさん固有名詞がでてくるけれども、あまり気にせず読んで平気です)。

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イグナチオ・デ・ロヨラ 『霊操』

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霊操 (岩波文庫)
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イグナチオ・デ・ロヨラ 門脇 佳吉
岩波書店
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イエズス会を創設したイグナチオ・デ・ロヨラがまとめたカトリック式瞑想の本。体を動かす「体操(exercicios corporales)」に対して、精神を働かせて整える「霊操(exercicios spirituales)」がある。これを通してロヨラは、神秘体験を得て、神の意志を見出すことができるとしている。訳者は、禅宗系の学校で禅の修行を取り入れた教育を受け、そこからイエズス会で洗礼を受けた人物。かなり詳細な解説がついていて、そこでは霊操と禅との共通点を指摘しながら、現代の日本人に理解しやすいものとしている……ようなのだが、本文よりも解説のほうが長いぐらいなので、ちょっと本文が入ってこない感じがする。

ともあれ、なかなか内容は面白くて。ロヨラは4週間にわたる霊操のプログラムをかなり細かく作っていて、一週目の何日目には、こういうことを心に思い描け、と具体的な指示が書き連ねられられている。たとえばキリストの受難の場面を想像せよ、だとか、聖母マリアのことを考えろ、とか。ロヨラは人間の想像力を一種の舞台として考えていて、そこに聖書の場面を設営するように指示している。そして、霊操者はただ、その舞台を眺めるだけでなく、まるで自分がそこで体験するかのように心を動かすことが必要なのだ。整えた心のなかに、入っていく、というこの入れ子構造がとても興味深く思ったし、桑木野さんの著作も思い起こさせる。

訳者による改題部分にあるロヨラの伝記的記述も面白かった。もともと騎士の家系に生まれて、バリバリの騎士道教育を受け、絶世の美女とうたわれたカルロス5世の妹、カタリーナに仕えることを夢見て、戦争で戦ったりしてたらしいんだが、あるとき戦いで大怪我を負い、それをきっかけに騎士道から宗教道に路線変更をした、とある。憧れの美女を考えているときは、考えているあいだはずっと良いんだけれども、考えをやめたときにものすげー寂しくなる。けれども、キリスト教のことを考えると考えをやめたあとにも寂しくないし、めっちゃ晴れやかになる! みたいな感じだったんだって。

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ルネサンス期の出版事情と検閲

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The Cambridge History of Renaissance Philosophy

Cambridge University Press
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引き続き『The Cambridge History of Renaissance Philosophy』を読む。第2章はPAUL F. GRENDLERによる「Printing and censorship」。ルネサンス期の印刷と検閲について大きな見取り図を与えてくれる論考である。前章は印刷技術が急速に発展したルネサンス期にもマニュスクリプトが重要なメディアとして生き残っていた、という話だったけれど、この章では200年ぐらいの時間をかけて、技術革新によって出版産業がどのように発展していったのかを明らかにしている。現代においてコンピューターや、インターネット、スマートフォンが人間の情報との関わりを急激に変えたような、劇的なイノヴェーションとくらべるとそのスピードはかなり緩やかに見えてくる。

本の大量生産が可能になったことは同時に、出版業者が大量の売れない在庫を抱えるリスクを生んだ。当然、出版業者としても売れない本をわざわざ印刷したくない。ルネサンス期にギリシアやローマの古典が見直されたのは、出版業者が「古典なら売れる数が大体予測できるし、売れ行きも良いだろう(なにせ、クラシックなんだから)」ということで次々に印刷していったことも要因としてある、という。歴史の見方の転換を促すような記述だろう。

著者と出版業者の関係についての記述も大変面白く読んだ。新刊なんか売れるかどうかわからないんだから、出版業者としてはものすごく有名な先生やベストセラー作家でない限りは出したくない。だから、当時の著者が自分の本を出すときは、基本的には自費出版で、原稿料も出ないケースが多かったし、印税契約などを結べたのもエラスムスのような人物だけだったらしい。自分で自費出版するお金がない人は、パトロンになってくれそうな人にその本を捧げて援助を申し出て、なんとか本を出していた。そんな負担を背負っても、当時は自分の本を出すことが大変な名誉だった。

コンテンツを広めるマスメディアである出版業者の特権性がこのときすでに認められると思うのだが、出版業者も美味しい思いばかりしていたわけではない。当時は、著作権の概念もなかったので、ちょっと売れる本があるとすぐに海賊本がでてしまうことが出版業者の大きな悩みだったらしい。海賊本を出す業者としては、最初に本を出すときの諸々のコストを払わずに売れるコンテンツが手に入るわけだから、大変に美味しい商売だったにちがいない。

海賊本は著者の利益にも結びつかないわけだが、著者としては自分の本が広まるほうが大事だったし、著作権のユルさによってバンバン海賊本がでたからこそ、ルターの思想は広まった、という。そのうち、独占出版契約みたいな考え方もできてきて、取り締まれる限りは海賊本も規制されるようになったらしいけれど、国際法なんかないからそのコントロールも限定的だった。エラスムスのようなしたたかな人は、ほとんど内容を変えないのに自著の「改訂版」を毎回違う印刷業者と出版契約を結んでいて「そりゃあ、ないっすよ〜」と抗議されていた、というのも面白いエピソードである。

論考の後半が、検閲の話。前章では「マニュスクリプトは、検閲のコントロールがほとんど不可能だったので、尖った思想を伝えるメディアとして重要だった」とされているのだが、ここでの論調は「宗教改革以降、カトリック圏では検閲システムがどんどん強化されていったけれども、実は思想の自由やかなりあったんだよ」というものだ。ガリレオやジョルダーノ・ブルーノの事例はあくまで例外で「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ(ポイズン)」じゃなかったそう。たとえばローマ教会が本を発禁にしても、別な国で印刷したモノが発禁エリアに密輸されていて、厳しいようでいて全然ユルかったんだって。

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ホメロス 『オデュッセイア』

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ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)
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ホメロス オデュッセイア〈下〉 (岩波文庫)
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読んだことのないクラシックを読んでみるシリーズ。ホメロスは夏に『イリアス』を読み終えていたが、『オデュッセイア』のほうが面白かった。一応続編ということになっているのだが、『オデュッセイア』単独でも全然問題なく読めると思う(トロイア戦争の重要なことは大抵、『オデュッセイア』のなかで振り返られている。親切)。やはり歴史のなかで読み継がれているもののクオリティってスゴいな、と感心させられる。松平千秋の翻訳も大変に素晴らしい。

『オデュッセイア』というと有名なのは、20年にもわたる漂流生活のすえに祖国に帰還するオデュッセウス、だと思うのだが、読んでみたら実はこれは全体の半分のエピソードに過ぎないのだった。漂流生活のオデュッセウスは、怪物なんかに襲われたりして次々に部下を失い、最後はひとりになってようやく帰国するんだけれども、なんせ神様の血が入っている超人的な男なので、あちこちでモテる。仙女に見初められて、ベッドイン……とかまるでジェイムズ・ボンドかよ、的なモテ方をしていると思った。しかし、仙女に不老不死にしてあげるよ、と言われても、それを断り、毎日家に帰りたくて泣いている、という人間的な部分もある。超人性と人間性がうまく同居するオデュッセウスの人物はとても面白い。

オデュッセウスが不在のあいだ、彼の国では、帰国を待っている美貌の妻、ペネロペイアに求婚する男たちがオデュッセウスの家に毎日詰めかけて、どんちゃん騒ぎをしている。ペネロペイアは(夫は仙女と子供を作ったりしてるのだが)あれこれして求婚者たちの申し出を避けるのだが、彼らは主人がいないことを良いことにやりたい放題で、彼の財産を食い潰そうと言う勢い。それを息子であるテレマコス(オデュッセウスが戦争にでかけるときはまだ乳飲み子だったが、成長してようやく一人前にならんという年頃)は、当然面白く思っていないのだが、求婚者たちはテレマコスの暗殺も計画している。

で、帰国したオデュッセウスは息子と忠臣である豚飼いの老人と結託して、求婚者たちを殲滅せんと画策する。これがまるまる後半部分に使われる。物乞いに化けて油断させておいたところを一気に殺す、という単純な作戦なのだが、オデュッセウスの怒りが爆発するまでが結構長くて。なにに時間をかけてるかというと、物乞いがオデュッセウスだと気づいていない求婚者たちは、挑発や愚弄などあれこれヒドいことをするのである。格闘ゲームでいうなら、長い時間かけてオデュッセウスの怒りメーターが溜まっていく感じ。これが実に面白くてサイコーなのだった。

現在、ハリウッドで映画化の話が進んでるらしいんだけども、読んでると映像で観たいな、と思わされる本でもあった。怒りメーターMAX状態で、初めてオデュッセウスが復讐の矢を放つシーンとか、絶対映像で観たらもっとサイコーと興奮するだろう。

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鹿島茂 『パリの日本人』

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パリの日本人
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鹿島 茂
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先日妻が買ってきた安野モヨコの『鼻下長紳士回顧録』(のパリの売春宿を舞台にした漫画)が大変面白かったので、積ん読にしてあった鹿島茂の『パリの日本人』を読む。安野の漫画の参考書籍にも鹿島茂の本があげられていたのだった。『パリの日本人』はこのタイミングで文庫化されるようだが、安野が参考書籍にあげている本ではない。が、安野の漫画にはパリに滞在する日本人が登場するし、ほとんど関連書籍みたいな感じと言ってよいであろう。無名の人から、著名政治家、皇族まで、太平洋戦争以前にパリで勉強した人物の交友録や状況を記録した興味深い読み物。

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ルネサンス期のマニュスクリプト

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The Cambridge History of Renaissance Philosophy

Cambridge University Press
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『The Cambridge History of Renaissance Philosophy』を読み始めた。ルネサンス期の哲学についてさまざまな観点から書き起こした基本書ともいえる本。なかなかのヴォリュームなので面白そうな部分だけ拾い読みしていこうと思うのだが、最初の John F. D'Amico による「Manuscripts」の論考からとても面白かった。この本は、いきなり「ルネサンス期の人たちってどういう風に本読んだり、勉強したりしてたのよ」という、知的な文脈のとこから章立てられている。 D'Amico による論考は、なかでも手稿・写本について扱ったもの。

主旨としては、印刷技術がで始まっても手稿・写本といったメディアは大変重要なものとして残っていて、それはルネサンスが終わっても続いていたよ、というもの。印刷技術はたしかにインパクトがあるイノヴェーションだったけども、印刷よりもマニュスクリプトのほうが手軽だったから、知識を伝えるメディアとして有効なものだったし、結構息が長かったんだよ、的なことを語っている。

印刷技術だと、同じものを大量に作って配るということには適しているけども、版を作るのにコストがかかるし柔軟性に書ける。たとえば大学のテクストが毎年変わるんだとしたら? でも、学生はたくさんいるのでみんなに同じテクストを配布する必要はある。その微妙なニーズに応えるために、パリ大学では、一年ごとに偉い人たちの審議にかけてテクストの変更部分をチェックして、承認が降りると、改訂があったページだけ写本で作り、学生たちに差し替えさせるというシステムを構築していた、とか書いてある。

この論考、ルネサンスの哲学史というよりかはメディア史である。思想家のなまでがでてくるのは、だれそれがこんなマニュスクリプトを集めていた、とかそれぐらい。しかしながら、修道院や大学、あるいは私設図書館のあり方の違いだとか、出版業者がオンデマンドから大量に作って在庫を持ってという現在の商売に近いあり方に変わる瞬間だとかを捉えているのが大変面白い。もちろん、メディチ家も重要な役割として登場します。

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岡村靖幸 『岡村靖幸 結婚への道』

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岡村靖幸 結婚への道
岡村靖幸 結婚への道
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岡村 靖幸
マガジンハウス
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岡村靖幸が雑誌『GINZA』で連載していた「結婚とはなんなのか?」を著名人に聞いてまわるインタヴュー企画の書籍化。何度目かの逮捕後、近年ようやく安定的に仕事をしているるようで、しかもその粘度をもった作品の良さがまた黄金期を彷彿とさせるところにファンとしては安堵の念をいだいているところだけれど、この連載は、なかなか岡村ちゃんの痛さ、というか、ロマンティックな結婚観が感じ取られるような気がする。

インタヴュアーであるはずの50歳……の男性があらゆる人に「ホントに結婚したいのか?」と逆に尋ねられ「どんな相手が良いのか」と問われると「ジョン・レノンとオノ・ヨーコみたいな、クリエイティヴィティを刺激してくれるような関係が良い」と答える。この点、ずっと岡村ちゃんって一貫しているのだが、なんというか、そのファム・ファタル幻想、というか、ミューズ願望、というかがあからさまなところに、すでに結婚6年目に突入したわたしは「うーむ、結局それって話の合うお母さんを求めているんでは」と批判的になってしまった。究極的に言うと、登場するすべての男性のインタヴュイーの結婚観は、その「話の合うお母さん」そしてもうちょっと突っ込めば「話が合ってセックスもできるお母さん」が根源的な理想像になっている、というか。

だから読んでいて面白かったのは皆、女性のインタヴュイーの話で。大島渚を看取った小山明子の話は、まるで小津安二郎の映画みたいにキレイな話だと思ったし、内田也哉子の結婚、そしてあの両親の夫婦生活の奇妙さについての語りはマジックリアリズム的であるとも思った。もちろん、女性のインタヴュイーの話が面白く感じたのは、わたしが男性だから、逆に、というのもあると思うけれども「話が合ってセックスもできるお母さん」という男性の理想の平明さ、と比べると女性の結婚観の多様性がただただ面白かった。川上未映子は育児エッセイも良かったけども、ここでのインタヴューも良かったですね。

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羽生善治(監修) 『羽生善治のみるみる強くなる将棋序盤の指し方入門』

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引き続き、まだ将棋にハマりっぱなしで全然ほかの本が読めないでいる今日この頃である。一週間あまり将棋を指していたら、どうにか「全然将棋を勉強していないド初心者」が相手なら、オンライン対戦でまず負けないレベルになってきたが、いかんせん自分の戦術が「棒銀」しかなかったので、対抗するような戦術を取られると厳しくなる……という現状。そんななか、最強棋士羽生善治監修による「序盤の指し方」入門を読んだ。

ホントにこのシリーズって有益で。「どのように駒を進めていけば負けにくいか(そして、勝てるのか)」という理論を、イメージで理解させるのがとてもありがたい。定石や戦術を覚えさせるところから始まるのではなく、定石や戦術が「なぜ、負けにくいのか(勝てるのか)」の基礎的な部分を丁寧に説明してくれている。言うなれば、基礎科学的な説明が大半を占めているのだが、それによって「覚えなくても、考えればわかる」というレベルを読者に達成させていると思う。実際に羽生善治がどこまで関与しているのかわからないのだが、サラリと読んでいくだけでも、理解した気になれ、しかも、実際に対局すると自分が負けにくい実感があるのだからスゴいテクストだ。

戦術を覚えることは考える時間とリソースを省略する方法に他ならず、そこを押さえると制限時間があるゲームのなかで有利になるのは当然である。ただ、阿呆のように定石を覚えても、なぜ、それが良いのか、が理解できていなければ、このゲームの面白さは本当には理解できないようにも思う。そこをものすごくスムーズに伝えている。で、その基礎理論はごくシンプルなんですよね。そのシンプルな理屈から、様々な戦術が生まれていることには改めて将棋の奥深さを感じるし、ますますのめり込んでしまうんだ。

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羽生善治(監修) 『羽生善治のみるみる強くなる将棋入門: 5か条で勝ち方がわかる』

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30歳になってもうすぐ丸1年経つのだが、ふと思い立って将棋をはじめてみた(知り合いの研究者に将棋好きがやたらと多いことにも影響された)。将棋なんか小学生以来で駒の動き方しか知らないままだったのだが、いざ、こういう将棋入門アプリで基本的な戦術とか、駒の損得とかを勉強しはじめたら、シンプルでありながら、実に奥が深い遊びだなぁ、と感心して、ここ数日間、ほとんど読書とか勉強とかそっちのけで将棋のゲームをやっている。ヤバい。30歳でこんなにハマるかよ、と思って自分でもビックリだし、布団のなかで明け方までやったりしてしまっている……。

将棋入門アプリのほうではコンピューター相手に平手で結構勝てるようになってきたので、こういうアプリでオンライン対戦もはじめてしまったのだけれど、やはり人間相手には勝てなくて。悔しいと思ったから、日本で今最強に将棋が強くなる人の本を読んでみた。これ、すっげーわかりやすかった……。入門アプリでも勉強できることがらがもうちょっと親切に書いてあって、ヴァリエーションもそこそこある。図も丁寧なので、攻めや守りの基本が直感的にわかる。

そう、この直感的な把握ができはじまったら、急に将棋が面白くなってきたんだった。将棋って、はじめる前はガチガチに論理的なゲームで、定石を覚えないと勝てない面倒なゲームだと思ってたんだが(いや、そうなんだと思うけど)、しばらくやってたら「これは良さそうだな」とか「どうやらこのへんは攻められなそうだぞ」という感じがわかってきて。説明できないけど、勝ちそうだ、とかさ。定石とか知らなくても、なんとなく打てて楽しい。で、本書はそこに至るまでの最短ルートの近道を提供してくれる本だと思った。1000円ちょっとで買えるし、大変リーズナブルである。

覚えたての振飛車 & 美濃囲いでオンライン対戦したら、いきなり勝ってしまったので本当にみるみる強くなったよ! やってて良かった公文式!!

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井筒俊彦全集(第3巻)『ロシア的人間 1952年-1953年』

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ロシア的人間 一九五一年 ― 一九五三年 (井筒俊彦全集 第三巻)
井筒 俊彦 木下 雄介
慶應義塾大学出版会
売り上げランキング: 653,457
積ん読にしてあった井筒俊彦全集の第3巻に手をつけた。気が付いたら全12巻のこのプロジェクトも11巻まで出てしまった。全然追いつけていないわけだが、このあたりからいよいよ井筒の思想四次元殺法が炸裂していると言ってよく、この巻もロシア文学に関するテクストと、ムハンマドに関するテクスト、それにクローデル論が同居する、という謎の構成となっている。はっきり言ってめちゃくちゃな食い合わせとしか言いようがなく、年代ごとに編纂することでこんなにも「どういう人なんだ、この人は」と思わせる書き手もいないだろう。「解題」によれば「この時期の井筒は、慶應義塾大学文学部助教授として、言語学概論、比較言語学、ロシア文学、ギリシア語などの科目を担当するかたわら、旺盛な研究・執筆活動を行って」いたらしい。

付録の月報に文章を寄せているのは、山城むつみ、沼野充義、谷寿美。このうち、沼野の文章は、この時期のロシア文学プロパーのロシア文学の読みと井筒俊彦の読みを比べて、井筒は世界文学としてロシア文学を読んでいる、という指摘をしている。とはいえだ、そう言うと、こういう読み方がありがたいもののように思われてくるけれども、あれとこれとは同じことを言っている!! という指摘に過ぎず、たくさん読んでると飽きてくる。プーシキンを読んだらロシア文学が丸わかりになるんや!! というブラフめいた文章は面白いし、この巻は、井筒マジック的な横の関係性での読みよりも、縦に深く読んでいくところに面白さがあるきがする。

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Herbert Alan Davidson 『Alfarabi, Avicenna, and Averroes, on Intellect: Their Cosmologies, Theories of the Active Intellect, and Theories of Human Intellect』

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著者のハーバート・アラン・ダヴィッドソンはUCLAの研究者でアラビア哲学・ヘブライ哲学・中世哲学の研究者。本書『Alfarabi, Avicenna, and Averroes, on Intellect: Their Cosmologies, Theories of the Active Intellect, and Theories of Human Intellect(ファーラービー、アヴィセンナ、アヴェロエスにおける知性)』は先日紹介した小林剛の『アリストテレス知性論の系譜』のネタ元になっている本。360ページぐらい、大ヴォリュームというわけではないのだが、アリストテレスに始まり、アヴェロエス、そしてアヴェロエスの著作に影響を受けたり、盛大に批判したパリやユダヤ系の思想家・神学者たちに至るまでおよそ1700年ぐらいの時間を「知性論」という主題で追っていく。ものすごく濃ゆい内容で大変勉強になった。坂本邦暢さんのブログでも紹介されている。

小林の著作をアリストテレスの生成消滅論をフレームワークとして知性論の変遷を追う本だとするならば、ダヴィッドソンはコスモロジーをフレームワークとしている。人間の知性に関する議論になぜ、宇宙が関係するのか、と不思議に思う人の方が多いと思うけれど、アリストテレス主義の人たちは、宇宙を動かしている超越的な存在(ざっくりと神様的なものを想像されたし)から知的なサムシングがでていて、それを人間が受け取ることで知性を働かせることができるのだ、と考えていた。これがいわゆる「流出論」である。なお、アリストテレス自身はそういうことは言っておらず(超越的な存在の影響力は天体を動かすところで止まっている)、後の人がアリストテレスの議論の適用範囲を拡張して結果、こういう議論がでてきた。

アリストテレス主義的な知性論についてもう少し書いておこう。知性は人間の霊魂の働きの一部であり、また、知性は「能動知性」と「質料知性」とふたつのものにわけられる。霊魂はそのうち質料知性だけをもっていて、これは要するにものを考えるときの材料的なものとでも考えておけば良い。材料だけではなんともならないので、そこに超越的なところから能動知性がなんらかの働きかけをおこなう。その影響によって質料知性は、実際の「考え」(獲得知性)になる。

ファーラービーもアヴィセンナも基本的には同じように知性について考えているのだが両者の違いは、能動知性と質料知性の関係の仕方にあらわれている。ファーラービーは能動知性と質料知性が一体化することで獲得知性となる、そして能動知性との一体化が人間の最終的な段階であり、最高にハッピーな状態だ、と神秘主義的に説く。それに対して、アヴィセンナは質料知性が直接能動知性と一体化するわけじゃないのだ、むしろ、個々の人間が超越的な能動知性にアクセスすることなんかできなくて、能動知性から知性認識に必要なサムシングだけがやってきて、それで知性を獲得できるんだ、と言っている。

ファーラービーからアヴィセンナへの議論の変化は、超越的な存在と人間との関係が遠くなっていることのように捉えられると思うんだけれども、アヴェロエスに至っては、よりその傾向が明らかだ。前述の坂本さんのブログでも紹介されているように、アヴェロエスが当初ファーラービーとアヴィセンナの流出論を採用していたが、それを改めていったことを本書はとりあげている。かつては人間の霊魂の成り立ちには、能動知性の流出が必要不可欠だったのが、後期のアヴェロエスはそう考えない。超越的なパワーは不要で、自然学的な説明だけで霊魂の成り立ちを説明できるようになってしまう。

ここまで読んで、ふと思い当たったのが「本書もまた、神意から自然への変化をとらえた歴史書なんじゃないか」ということだった。時代が進むにつれて超越的な存在の役割がどんどん少なくなっていき、自然のなかで説明できるようになっていく(とくにこの変化はそれぞれの思想家の預言論を比較したときにより一層際立って見える)。扱っているものはまったく違うけれどこの変化は『驚異と自然の秩序』で描かれているものと同じ種類のもののように思うのだ。

長い議論をおこなったあとにかならずまとめや要約をおこなってくれている書きぶりの丁寧さもありがたい。なかなかこの本も必要としている人が限られてくると思うんだけれど、翻訳があると良いなぁ。

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バルトロメ・デ・ラス・カサス 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』

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インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫)
ラス・カサス
岩波書店
売り上げランキング: 185,944
新大陸の征服戦争に従事するために海を渡ったラス・カサスだったが、スペイン人征服者たちのあまりの残虐非道っぷりに回心し、ドメニコ会の修道士になって書き上げたという報告書である。なかなかこれが凄まじく残虐行為のカタログ・ブックみたいな様相になっている。奴隷にしたインディオに首輪をつけて数珠繋ぎにして行進させ、歩けないものがいると首輪を外すのが面倒なのでそのまま首を切り落とした……だとか、奴隷にしたインディオにマトモな食事を与えず、食べるのを許したのは仲間のインディオの人肉のみ、インディオの人肉解体工場が用意された……だとか、すごいことが書いてある。まさに地獄を描写している本であるのだが、こういう地獄描写の文体に、ダンテの『神曲』の影響があったりするんだろうか、と夢想した。あとちょっと旧約聖書っぽさがあるように思った。

16世紀のスペイン人が現代の人間よりも暴力的で、野蛮で、不道徳で、人権意識が備わっていなかったから、こういう凄まじいことができた……と切り離して考えて良いもんなんだろうか、とも思う。遠い時代の話だから、切り離して考えるのは容易だ。けれども、ラス・カサスが記録しているスペイン人は「インディオには、なにをしてもオッケー」と考えているに違いないけれども、こうした思考は、今なお生き残っているし、一部では活発になりつつあるように思われる。「Xには、なにをしてもオッケー」のXには、反日韓国人とか、反日中国人とか、生活保護もらっている人とか、バカッターとか様々に入り得るし、こういう思考が残虐リミッターを解除する装置になっている気もして、地続きじゃん、と言えなくもない。

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伊丹十三 『フランス料理を私と』

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フランス料理を私と
フランス料理を私と
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伊丹 十三
文藝春秋
売り上げランキング: 245,296
伊丹十三が辻調の先生に教わりながら本格フランス料理を作って、日本の著名な知識人に振る舞い、対談する……という伝説的な本。Amazonのレビューにも「絶版はもったいない」とあるが、本当にそう。料理写真は全編カラーという豪華さがネックになっているのだろうか、1987年の本なのだが、20年以上経過しても「伊丹十三、早すぎるだろ!」と永遠の時代先走り感を醸し出している。盛り付けの写真などは昔っぽくてあんまり美味しそうに見えないのだけれども、作っているものの「本格具合」が今の『dancyu』以上のスゴさだ。食材もフランスから取り寄せたものを使っているし、その点まったく「使えない料理本」ではあるのだが、耳学問としては大変タメになる。ドレッシングにしてもフランボワーズ酢に、コーン・オイルにくるみオイルを使って作ったりして。2015年現在でも、フランボワーズ酢やくるみオイルなんか売っているのをみたことがないわたしとしては、伊丹十三がどんな世界を見ていたのかが恐ろしくなる。

登場する対談相手は、今となっては「誰これ……」という人が多く、今もよく聞くような名前というと蓮實重彦、槇文彦ぐらいしか生き残ってない感じがある。精神分析や文化人類学の用語や、ロラン・バルトやミシェル・フーコー、イワン・イリイチといった固有名詞が飛び交っているのにも、まあ、時代を感じる、というか、ニュー・アカデミズムの空気感を感じるんだけれども、それ以上に興味深いのは、伊丹十三が対談相手と写っている写真だった。これ、毎回対談相手の自宅に行っているようなのだが、キッチンにしてもダイニングにしてもリヴィングにしても、そこに写っている家具が、もうめちゃくちゃ時代がかっていて、言ってしまえば、思想や料理なんかよりもずっと古臭いのね。当時、最先端の知識人たちでしょう。ひとりぐらい古臭くないセンスの家ががあっても良いと思うんだけど、エヴァーグリーンなのは伊丹十三だけ。そこもまた恐ろしいんだ。

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マイケル・オンダーチェ 『イギリス人の患者』

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イギリス人の患者 (新潮文庫)
マイケル オンダーチェ
新潮社
売り上げランキング: 317,099
イタリア、ドイツ敗戦後の、フィレンツェの廃屋(ぼんやり読んでいたら、元々はアンジェロ・ポリツィアーノの屋敷、という記述がでてきてものすごく驚いた)で繰り広げられる美しい記憶の物語。すごく良かった。

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福田育弘 『ワインと書物でフランスめぐり』

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ワインと書物でフランスめぐり
福田 育弘
国書刊行会
売り上げランキング: 278,437
ワイン・フリークの仏文学者が書いたワインとフランス文学(そして歴史学)をめぐる著作。刊行されたのは97年、これは95年に田崎真也が世界的なソムリエコンクールで優勝して間もない頃である。それから20年近く経過しているわけだから、本書で散々disられている日本におけるワイン文化もだいぶ様変わりしていて「ワインというととかく高級なイメージがあるが……」ということもなくなっている(なお、メルシャンが公開している資料によれば、97年から近年までに日本人のワイン消費量はおよそ1.5倍に増えている)。

そういう意味では、やや古くなっている印象は否めないし(とくに当時のワインの輸送技術に著者はかなり批判的で、白ワインの酸味が輸送中に台無しになってしまう、などと書いているのだが、このへんは今改善されているハズだ)、文体はかなり高踏的、かつペダンティック(そして、今のご時世、大学の先生がワイン道楽三昧などと口にするのも憚られるような空気感さえある)なのだが、レベルは違えど、同じワイン好きとして共感できる部分があり、大変面白く読んだ。

ぼく自身のワイン遍歴もブルゴーニュから始まった。/当時はボルドーのシャトー数があまりに多いと思っていたので、ボルドーよりもとりあえずブルゴーニュをアペラシオン(つまり村単位)で飲みだしたのだった。これなら二十ぐらいだから何とかなると思ったわけだ。

筆者はすぐに「ブルゴーニュはクリマ(区画化された畑)の単位で飲まないと味の違いはわからない」と気づかされるのだが「これなら二十ぐらいだから何となかる」という発想に「わかるッ」とうなづいた。「何とかなる」ってなんだよ、なにを「何とか」するんだよ、という話なのだが、シンプルな知的欲求がそこにはあるのだ。

取り上げられているワインと生産地は、ほぼフランス全域に及ぶ。ブルゴーニュやボルドー、シャンパーニュといった有名な場所だけでなく、南仏やアルザス、もちろん、各地の赤も白も網羅的だ。著者は本書刊行後、フランスのワイン史に関する本をいくつか翻訳している。こちらもチェックしたい。

フランスワイン文化史全書 ― ぶどう畑とワインの歴史
ロジェ・ディオン
国書刊行会
売り上げランキング: 262,344

ワインと風土―歴史地理学的考察
ロジェ ディオン
人文書院
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フランセス・イェイツ 『魔術的ルネサンス: エリザベス朝のオカルト哲学』

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魔術的ルネサンス―エリザベス朝のオカルト哲学
フランセス・イエイツ
晶文社
売り上げランキング: 535,925
久しぶりにフランセス・イェイツの著作を。この邦訳は1984年にでているが『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』の邦訳がでた今となっては、読む価値はそんなにないかもしれない。パノフスキーらによる『土星とメランコリー』の新版に収められるハズが長すぎて本におさまらなくなった論文が本書の一部になっているというこぼれ話は「へぇ」って感じだったし、デューラーとエラスムス、ルター、そしてアグリッパの同時代性から《メランコリア I》を読み解こうとするアイデアはとても面白く読んだ。

ここで、イェイツがやっているのは、ヨーロッパの思想界にはカバラだとか魔術だとか、今では怪しげなものとされているものが脈々と受け継がれていたんだよ、その水脈は実はシェイクスピアの創作にも流れ込んでいて、影響を与えているんだよ、と言った話だ。しかしながら、登場する人物は、おなじみのラインナップ、不動のクリーンナップ感が満載で。この人の本は3冊ぐらい読むと、毎回同じ登場人物によって角度の違う文化的背景を描き出す作業をしてるんではないか、と思えてきて、非常に不遜な物言いだけれども、飽きてくる……。手を変え品を変えはするが、基本的には同じことをやっている人、って個人的には好きな部類なんだけれども。

まだまだこういう裏・ヨーロッパ的な文化史(もっとはっきり言うと高山宏や澁澤とか好きな人たち)には需要があるとは思うんだけれど、なんだろう、わたしもオトナになってしまったのか、前より面白く読めない。古書でまぁまぁ手頃な値段で売ってますので、イェイツ入門には良い本なのかな。


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辻調理専門学校(編) 『辻調が教えるおいしさの公式 西洋料理』

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辻調が教えるおいしさの公式 西洋料理 (ちくま文庫)

筑摩書房
売り上げランキング: 214,058
日本料理編も名著だったが、さすが日本に初めてホンモノのフランス料理を持ち込んだ男、辻静雄の学校の西洋料理本だから、イチイチ面白い。日本料理編と同様、素材の選び方から基本的な調理方法や、プロはなにを見ながら温度を計っているのかなどの奥義的な部分に触れられていて自分で料理をしなくとも楽しい本である。本書がでたのは2009年。このとき「ドライエイジング(熟成肉の作り方のことですね)」に触れているのは、おお……と感心する。「熟成肉」が日本でメジャーになったのも、ここ数年のことだと記憶しているので、すごく先取り感があるように感じられるのだった。

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原武史 『大正天皇』

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大正天皇 (朝日文庫)
大正天皇 (朝日文庫)
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原 武史
朝日新聞出版 (2015-04-07)
売り上げランキング: 310,734
「そういえば、大正天皇ってどんな人だったか知らないなぁ……顔もよくわからないし……」と思って読み始めたのだが、大変面白い本であった。明治と昭和のあいだに挟まれて「大正ロマン」だとかよく分からない言葉でしか一般的にイメージのない大正時代の天皇がどんな人だったのか、また、大正天皇がその後の天皇制に与えた影響を記録から辿っていく本。幼少期は病弱で、晩年知的な障害があったのではという風説が流れるなど、あまりイメージがよろしくなかったようなのであるが、著者が描く大正天皇の人となりがかなり魅力的である。

病気がちで中断されがちであり、うまく進まなかった勉強の代わりのように、日本各地を巡って現地で社会科見学みたいなことを繰り返してたら、格段に学習成果がでた上に健康問題も劇的に改善されていった、とある。感情を抑制し、臣民の前に生身の姿を見せなかった明治天皇とは真逆で、大正天皇は思ったことをすぐに口に出し、メディアや視察を通じて自分の姿を披露した。次の天皇である昭和天皇は、明治天皇を理想の君主のように教え込まれたようであるが、大正天皇は、明治天皇のような君主のイメージから離れることで健康を取り戻していく。しかし、それは皇太子時代の話であり、明治天皇の死去とともに「天皇」の役割にはめ込まれるのを余儀なくされると、急速に体調を悪化させてしまう。このあたりに大正天皇の悲劇性があると思った。

前述のように、昭和天皇が理想の君主と教え込まれたのは明治天皇だった。では、大正天皇は無視された天皇だったのか。なにも影響を及ぼさなかったのか。大正天皇を無能な君主として評価する研究もあるというが、著者はこうした評価を否定している。メディアを通して、臣民の前に姿を見せ、アピールをしはじめた天皇は、大正天皇が初めてだったし、そうした戦略は昭和天皇の時代にも引き継がれていた。その家庭的な生活ぶりは、大正・昭和の人々の家庭観にも影響を与え、また各地を視察した際には、訪問先で公共事業が活発になり、経済効果も生まれている。実は大正天皇が病弱でなかったら、昭和という時代もだいぶ違ってたんじゃないのか、とか思わさせる。

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細野晴臣 『細野晴臣 分福茶釜』

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細野晴臣 分福茶釜 (平凡社ライブラリー)
細野 晴臣
平凡社
売り上げランキング: 305,813
細野晴臣のたたずまいが好きだ、なんかああいう感じで歳を取りたい、と思う人は多かろうけれど、鈴木惣一郎によるこのインタヴュー本は、おそらくそういう人のための本であり、毒にも薬にもならない話がたくさん載っている。はっぴいえんど、YMO、そしてヒットソングの書き手、ベーシスト、そしてソロ活動も、細野晴臣の足跡はどれも大きな評価を得ているけれども、本人としてはずっとニッチというか、疎外された感じで活動してきた、っていう自意識は興味深く思う。

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ノルベルト・エリアス 『宮廷社会』

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宮廷社会 (叢書・ウニベルシタス)
ノルベルト・エリアス 波田 節夫
法政大学出版局
売り上げランキング: 625,836
エリアスの著作を読んだのは実は初めてなのだった。原著は1933年に書かれた教授資格論文をもとにして1969年に出版されたものなのだが、エリアスの代表作である『文明化の過程』の出版が1939年だから、実際には『宮廷社会』のほうが早く書かれているのに、世に出たのは『文明化の過程』のほうが先、という感じか。もっとも『文明化の過程』も1969年に再版されるまでほとんど忘れ去られた仕事みたいだったから、なんとも遅咲きの人だったのだな、と思う。エリアスが生まれたのは1897年、ホルクハイマーなんかと同世代。死んだのは1990年だから遅咲きだった分、長生きしたみたいである。

1969年の出版時に加筆された序論「社会学と歴史学」では、歴史学と(歴史)社会学を比較していかに歴史学がダメなのか、みたいなことを延々と書き連ねている。歴史学は歴史を記述することで終わっていて残念、歴史を分析してモデルを抽出し、もっと科学っぽいアプローチをしないとダメだ! というのが言い分で、この後も序論のあともこうした歴史学批判がちょいちょいでてくる。この歴史学批判が本書の見通しを悪くしているような気がするんだが……。

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ウィリアム・フォークナー 『八月の光』

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八月の光 (新潮文庫)
八月の光 (新潮文庫)
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フォークナー
新潮社
売り上げランキング: 130,720
わたしの貧しい読書体験のなかでも、数冊、「完璧な小説」というのを挙げられるだろうけれども、まず、間違いなくこのフォークナーの『八月の光』もその「完璧な一冊リスト」に加えられるだろう……。これまでフォークナーはずいぶん前に『響きと怒り』を読んだきりで、かなり苦手意識をもっていたのだが「渡辺満里奈が愛読書にあげているらしい」というやむを得ぬ事情で読み始めたら「なんじゃこりゃ〜……、なんて凄まじい小説なんだッ!!!」と魂消てしまった。フォークナーが作り上げたアメリカ南部の架空の州にある小さな町、そこで繰り広げられる人種問題や呪い、血の呪縛、そして愛が凄まじい密度で描かれていて、小さな町の小説なのに大宇宙的な広がりを持っている。

訳者による解説に、自分が読みながら考えてたことがほぼそのまま載っていたので、あれこれ語るのは止すけれども(しかし、これ50年近く前の訳とはまったく思えない仕事だと思う。決して読みやすい文章ではないのだが、それをめちゃくちゃな勢いで読ませる、そういう特殊なリーダビリティが感動的だ)、主題だけでなく、複雑に入り組んだ時間の書き方などの技術的な部分もとても面白くて、ガルシア=マルケスや中上健次がまるで「フォークナーに影響を受けた」というのもスゴく理解できる。

なんかスゴいんだよ。現在を流れる時間は、ものすごい密度で、これでもか、これでもかッ、としつこく「こんな比喩どうやって思いつくんだ……?」とネバネバと描かれるんだけども、過去を描く部分は逆にものすごくスピーディーに描かれたりして、ひとつの小説のなかで、時間の流れ方が複数ある。文章の密度によって、こっちの1日と、あっちの10年が等価に感じられるようでもある。解説では「そんなに実験的な作品ではない」と評価されてるんだけども、いやいや、このテクニックはスゴすぎでしょう……。物語を語る視点をさまざまに変えていったり、いろんな演出技法を使った映画みたいでもある。

中盤、ほんとにうんざりするような陰鬱な話が出てくるんだけども、はじめと終わりが異様に朗らかで、サスペンスと暗黒っぽい感じ、曲がりまくった人間ばっかりが、田舎娘の曲がってない純朴さによってサンドイッチされている構造も素晴らしい。渡辺満里奈さん、ありがとう、と言いたい。

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近田春夫 『考えるヒット』

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考えるヒット (文春文庫)
考えるヒット (文春文庫)
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近田 春夫
文藝春秋
売り上げランキング: 402,033
夜にお酒を飲んでいると難しい本が読めなくなってしまうので、酔っていても読めるような毒にも薬にもならない本を読むことにしている。で、近田春夫の『考えるヒット』(これ、小林秀雄の『考えるヒント』のもじりだったのか……)を開いた。著者の音楽についてはこれっぽっちも聞いたことがなく『タモリ倶楽部』への出演(空耳アワード)や、雑誌で文章を読んだことがあるぐらいだったのだが、97年のヒット曲に対して、あれこれ言っていて、ちょうどその頃(たぶんわたしは中学1年生ぐらい)ってJ-Popなるものを大真面目に聴いていた頃でもあるから、懐かしい気持ちにもなる。とりあげられてる曲がイチイチ知っている曲なんである。書いてある内容も「坂本龍一には歌モノの才能が足りない」を筆頭に、反町隆史について「岩城滉一かと思いきや中谷彰宏、所ジョージから故尾崎豊、となにしろ瞬間瞬間で違う顔になる」とか、森高千里は音楽をバカみたいに聴かせる才能がある、だとか今なお的を射てるな、と思わせられるものがある。ビーイング系の虚無さなどもちゃんと指摘してる。

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村上春樹 『職業としての小説家』

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職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹
スイッチパブリッシング (2015-09-10)
売り上げランキング: 101
今年も「今年こそノーベル文学賞か!?」とニュースで騒がれていた小説家による初の自伝的エッセイ。本書にはこの作家が考える小説家としての資質や書き方についてのアイデアが詰まっているのだが、既刊のエッセイやインタヴューですでに語られたことと結構重複感がある。それだけこの人はずっと同じスタイルでずっとやってきた、ということなのであろう。こうしてまとまった形で、作家の考えが出されると晩年期みたいであるが、これからも面白い小説を書いてくれ〜、と思う。

重複感がある内容でありながら、おや、と思ったのは、作家がこれまで受けてきた日本の批評や文学界でバッシングに近いもの(こんなのは文学じゃない、だとか)に対して、自分はどう思ってきたか、についてこれまでで一番はっきりと書かれている点だ。これまでの本だと、なにを言われても気にしないで過ごしてきた(なにを言われても読者はついてきてくれたし)とスルーしてきた風に言ってきたと思うんだが、今回特に海外で自分の本の本を出すためにいろいろ尽力したことについて「日本であれこれ言われて、ちょっと頭にきてやってやろうじゃねえか」と思って進めた、的なことが書いてある。

作家は海外進出にあたって、エージェントを見つけ、翻訳者と熱心にやりとりし、売り込みもやった、と営業努力をかなりしたみたいである。こんなことこれまで書いてたか? と思ってちょっと驚いてしまったね。村上春樹の小説が海外で読まれていることについて、海外でも受容されるような普遍性みたいなものがあるんだろう、と思ってきたが、なんだ、営業努力もあったんじゃん、勝手に読まれてったわけじゃないのね、と気付いたのだ。そんな海外向けの営業をそれまで日本の作家のだれがしてたんだ、と考えるとおそらくだれもしてないだろうし、実際にそれで成功したのもスゴい。

それにしても、なぜ、この人の小説って嫌われるんだろね。批評家だけじゃなく「今年こそノーベル文学賞か!?」というバカ騒ぎについて「こんな人が評価される意味がわからない。全然良くない。バカみたい」みたいに言う人がいるじゃないですか。自分がわからないものに対してそういう風にクサすって、相当に子供じみた行為だと思うんだけども(そしてわかっていて『ゴミ』っていうのと、わからなくて『ゴミ』っていうのとでは全然違う)。その嫌われポイントがいまいちわからない。あと海外の読者にも「ハルキ・ムラカミ? あんなものはメルドーだ」って言う人がいるのかな。村上春樹大好きな海外読者の声ばかり聞くけども。

なお本書の刊行時に、紀伊国屋書店が買い占めて、それを他書店に供給するという「反Amazon」的な流通戦略がちょっと話題になっていたが、なんか普通にAmazonでも買えるみたいである。

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1年3ヶ月ぐらいかけて新約聖書を読んだ

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中型聖書 新改訳
中型聖書 新改訳
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いのちのことば社
売り上げランキング: 35,898
昨年書いた「3年以上かけて旧約聖書を読んだ」という記事の続き。今度は新約聖書を読み終えた。旧約聖書と同じように寝る前にちびちびと読み進めていたのだが、旧約聖書よりも分量が少ないし、旧約聖書よりも格段にリーダブルな「物語」が多いので読み終わるのも早かった。

聖書というテクストについての知識について増えているわけではなく、イエスの言行録である福音書がなぜ4つもあるのかもよくわからないのだが、イエスの生涯は繰り返し読んでも面白い。ジョルジュ・ミノワの『悪魔の文化史』でも指摘されているが、旧約よりも新約聖書では、神(そしてイエス)と悪魔のという善悪のコントラストがはっきりしていて、一層わかりやすさに拍車をかける。またパウロ書簡と呼ばれる手紙シリーズでは、あれをするなこれをするな、と道徳的なことに対する指示がある。

そうそう、こういうのですよ、宗教的なテクストって、戒律とか書いてある感じの、と思って、読むのが楽しかった。面白いのに読み始めるとすぐ眠くなってしまうのだが。そうした大変に「わかりやすいテクスト」群の最後が「ヨハネの黙示録」という謎めいたテクストである、という構成も良いじゃないですか。阿呆のような物言いだけれども、この本、ベストセラーになるのもわかるな、って思う。

福音書のなかでは個人的に「ゲッセマネの祈り」が気に入っている。イエスが十字架刑をさけようと神に祈りを捧げ、ふたりの弟子に「寝ないで一緒に祈ってください」と指示をする。イエスが祈りを終えると、寝ないように、と言ったはずの弟子たちは眠りこけている。「寝てるし〜〜!」と椅子からズッコケたくなるようなシーンだ。

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髙崎順子 『パリのごちそう: 食いしん坊のためのガイドブック』

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パリのごちそう: 食いしん坊のためのガイドブック
高崎 順子
主婦と生活社
売り上げランキング: 207,934
アラン・デュカスの本にはガッカリだったが、一緒に買ったこちらの本はとても良かった。パリ在住の日本人フード・ライターによるガイドブック。紹介されているお店は多くないものの、それだけにひとつひとつのお店の雰囲気、特色がしっかりと伝わる内容。本は「肉」「魚介」「ジビエ & モツ」「野菜」「スイーツ」「高級店」とカテゴリーがわけられていて、ガイドブックでありながら頭から読み物として読むことのできる作りとなっている。「こんなときはこんなフランス語」という案内も親切だし(パリを何度か旅した経験を元に言えば、パリでフランス語を使わなくてはいけないシーンってほとんどないけれど。英語ができればそれで足りてしまう。でもボンジュールとメルシーは言おう)、なによりフランスの食文化というか、フランスでご飯を楽しむためのアティテュードのようなものを丁寧に描いていて、そう、美味しいものを食べる楽しみってこういうことだよ、という共感を覚えた。今年は海外に行けなかったんだけれども、またパリに行きたいなぁ、と思ったよ。

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アラン・デュカス 『アラン・デュカスのおいしいパリ』

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アラン・デュカスのおいしいパリ
アラン・デュカス
朝日新聞出版
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アラン・デュカスのインタヴューを読んで面白そう〜、と思って購入したパリ・グルメ本。モレスキンのようなゴム・バンド付の可愛らしい装丁で期待していたのだが、うーん……これ、ガイドブックとして売って良いの? という内容で超ガッカリ。地図も付いているのだが、極度に抽象化されたほとんど役に立たないシロモノで、実際この本に掲載されているお店に行ってみようと思ったら、掲載されている住所をもとに自分で再度調べないとたどり着けないであろう。

写真は豊富なのだが、肝心の料理の写真は少なく、紹介されているお店の雰囲気を伝えるようなものばかり。店員が働いている姿だとか内装だとか、グルメ本というよりはアートブックに近い。フレンチのレジェンド、アラン・デュカスが選んだお店だから素晴らしいお店なのだろうけれど、奥付を見たらお店に寄せられているコメントすらアラン・デュカスが書いていないっぽかった(クレジットでは、監修と店選びに関わっているらしい……)。ちょっとそれはヒドくないですか……?

アマゾンにすでにレビューが寄せられているが、この☆2つの評価と意見には全面的に賛成だし、わたしは☆1つでも良いぐらいだと思う。パリに何度か行ったことのある人なら、雰囲気を感じることができると思うけれど、情報量が少なすぎる。凡例もないし、住所と一緒に書かれている数字の羅列が「電話番号」ってわからない人さえいるんじゃないか? っていう不親切具合。虫が食うようなグリーン・サラダでも出すシャレオツカフェに置いとくのがちょうど良い。

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マリオ・バルガス=リョサ 『密林の語り部』

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密林の語り部 (岩波文庫)
密林の語り部 (岩波文庫)
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バルガス=リョサ
岩波書店
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2010年のノーベル文学賞作家が80年代後半に発表した小説。バルガス=リョサの小説は『楽園への道』以外今ひとつ相性が良くなく、これもそんなに楽しめなかった。読んでいて異常な既視感を感じていたのだが(ノーベル文学賞作家と自分を比べるのはおこがましいが)ああ、こういう小説を書こうとしていたんだ、わたしは、と気づき、同時に自分が小説を書く理由をひとつ失い、そして自分が書こうとしていたものを自分で読んだらつまらなかった、という失望が訪れる。

物語は作家(バルガス=リョサ)自身が、故郷から遠く離れたフィレンツェ(ダンテが生まれ、マキャベリが活躍し、ルネサンスの文化が花開いたメディチ家のお膝元)で、ギャラリーに足を踏み入れ、そこでアマゾンに住む部族を撮影した写真を偶然に目をする。そこには(決定的な確証はないものの)学生時代に交友を結んだ友人の姿らしきものがあった。現在のフィレンツェ、若かりし頃育んだ友情の過去の回想、密林に調査に入った記憶や記録、そして写真に写っているらしい友人がアマゾンの奥地で、ある部族の《語り部》となって生きる姿(想像)……時間軸や視点をさまざまに移動しながら語りは進んでいく。

このうち、語り部のパートがなかなか読みにくく、部族の神話と意識の流れの混濁したような文体で書かれている。時間軸や視点の移動は『ラ・カテドラルでの対話』でも見られた手法だし、こういうテクニックの盛り込み方はこの人の作風なのだろう、と思う。ただこうした技巧的な凝りに対して、書いてあることはとても単純なのだ。密林に調査にいった作家は、調査隊に同行している宣教師や他の研究者たちが、西洋的なヒューマニズムの精神(善意のおせっかいのようなもの)によって、部族の文化を汚染していることにある種の欺瞞を感じている。

《語り部》となっているらしい友人は同じく欺瞞を抱き、めちゃくちゃに怒りまくった結果、《語り部》へと同化していくわけだ。解説にある言葉を借りるならば、「野蛮から文明へ」という欺瞞に対する「文明から野蛮へ」という反抗がある。友人は元ユダヤ教徒のユダヤ人であり、顔半分を痣で覆われたことで差別を受けるマイノリティー(そしてマージナル)の人物だったから、野蛮の方向へ同化が生まれた……ということなのだが、なんかそれって貧乏な身の上のおかげで、金持ちを憎むようになった、みたいな話だと思う。

たしかに、こういうのってノーベル賞向きのテーマではある。ただ、彼が欺瞞だなんだという指摘を真っ当に受けてしまう人は、そもそもそういう視点が「イルカは賢いから守りましょう」と同じ図式であって要するに「土人の文化も尊いから守ろう、大切だよ」と言ってるのと同義だと気付いていないんじゃないか。同時に、この作品は、フィレンツェから語りはじめるおしゃクソ文化人が抱いた故郷への感傷に他ならないんだ。

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大瀧純子 『女、今日も仕事する』

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女、今日も仕事する
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大瀧純子
ミシマ社
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井筒俊彦論の執筆で近年注目を浴びている批評家、若松英輔の女性経営者による本。以前に若松がTwitterで「ひどい男社長として自分が登場してます」とこの本を紹介していて、どんなもんか、と思って読み始めたのだが大変良い本。本書に綴られているかつての若松の姿はたしかにヒドくて、かつ、それは自分の働き方を反省する材料になりそうな記述であった。ざっくりと本書をまとめると、女性の働き方について、男性的なマッチョな会社社会・働き方に女性が順応しようとする働き方じゃなくて、そうじゃない働き方があるんでは、という提案を筆者の経験を振り返りながらおこなっている。

最近、母親業もこなしながらキャリアも積んでるスーパーワーキングウーマンみたいなロールモデルが女性ファッション誌やライフスタイル誌で取り上げられがちだけれども、そういうガツガツして身を削るような働き方とは違う「良い塩梅の働き方」は、読んでいて新鮮に思ったし、勉強になった。

「働くこと」に対してポジティヴになれる人の気持ちが本書を読んで理解できる気もするのだ。友達でいるんですよね。「もし宝くじがあたっても働かなくても良くなっても、働き続けたい」っていうタイプの人が。わたし自身は毎日会社に行きたくないと思っているし、働かなくても暮らせるのに働きたいなんてちょっと貧しいんじゃないのか、働くよりも豊かな時間の使い方ってあるでしょう、とか思って全然理解できなかったんだけれども、筆者が提案してる「ワークライフバランスとかいうけど、ワークもライフの一部でしょ、それ分けられないでしょ」という提案に、なるほど、と思ってしまったのだった。

筆者は、専業主婦時代に「このまま家にいたら自分にはなんにもなくなっちゃう(周りの働いているママ友がうらやましい!)」みたいなアイデンティティクライシスに近い経験があって、強い就労意欲を持ちはじめるんだけども、そういう形で、働くことによって社会にコミットする感覚を得ている人がいるんだな、と感心させられる。そういうのに今更感心させられた自分はこれまで随分「学校を出たら(死ぬまで)働くのが当たり前」というレールに乗っかって暮らしてきているのだなぁ、と思いもする。

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細見和之 『フランクフルト学派: ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」へ』

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細見和之による『フランクフルト学派』の概説書を読む。この人の「現代思想の冒険者たち」シリーズの『アドルノ: 非同一性の哲学』は学生時代にお世話になった本。アドルノの描かれ方がナイーヴすぎるきらいがあるが、アドルノとホルクハイマー、ベンヤミン、パウル・ツェランといった関係性をたどりながらアドルノの思想を紹介する好著だった。この『フランクフルト学派』もこの描き方に似ていて、フランクフルト学派以前から、フランクフルトに社会研究所ができたとき、第二次世界大戦期、戦後、さらにハーバーマスやそれ以降という時間軸のなかで、思想家が関心や思考をどんな風に受け継いでいったのかを簡潔に書いている。

著者の研究対象のメインどころがアドルノ、そしてベンヤミンだからその部分の分量が多いし、そもそもベンヤミンはフランクフルト学派なのか?(それはエーリッヒ・フロムなどにも言える)という疑問も浮かぶだろう。が、ベンヤミンがアドルノに与えた影響を考えると、本書で扱われてはいけない理由はなく、むしろ適切な感じもする。『アドルノ: 非同一性の哲学』も絶版だし、いま、アドルノにもっともコンパクトに接近できる本だろう。あと、裕福な同化ユダヤ人という彼らの生活的な背景や、思想家たちが生きた時代についても丁寧に説明しているのも良かった。

個人的に「はぁ〜、勉強になるなぁ」と思ったのは、ホルクハイマーとアドルノの次の世代であるハーバーマスについての記述で。「アドルノやホルクハイマーの仕事を、もう一度アカデミックな研究領域に引きもどす、という大きな作業を行った」と書いてある。そういえば、わたしはアドルノとハーバーマスを、アドルノはアドルノ、ハーバーマスはハーバーマスという感じで読んできたから、そうか、そういう風に繋がってたのかあ、と思った。アドルノが戦後ドイツでラジオやテレビに頻繁にでてた、という記述も「へぇ〜」と思いました。まぁ「いま、なんでフランクフルト学派?」とも思うんだが……(本書は2014年に出てる)。

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中原昌也 『サクセスの秘密: 中原昌也対談集』

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サクセスの秘密―中原昌也対談集
中原 昌也
河出書房新社
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先日読んだ松尾潔の本に中原昌也との対談記事が引用されていて全文が読みたくなった。2000年前後におこなわれた中原昌也の対談集である。対談相手は様々で半分以上「これ、誰だ……?」という感じではあるのだが、中原が語っていることはほとんど今と変わっていなくて、かつ、今の方が過激化していることがわかって面白い。「自民党的なもの」、「電車で漫画を読んでいるおっさん」、「おたく」……苛立たしいものにいちいち共感を覚えるし、芸人のなかでも村上ショージだけは笑ってしまう、というセンスも「俺も俺も!」と思う。読んでなにか得られるわけでも感激があるわけでもないんだけれど、この「嫌だ」と言いまくっていく態度は、ひょっとすると批判理論にものすごく近いのかも、と思った。

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安部公房 『砂の女』

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砂の女 (新潮文庫)
砂の女 (新潮文庫)
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安部 公房
新潮社
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生前はノーベル文学賞候補とされ、かなり惜しいところまで行っていたという安部公房の作品を初めて読む。いや、さすがに面白いんですね、と思った。ミステリアスだし、エロいし、話の運び方や、メタファーも冴えている。すごい作家だったんだな。読んでいて、ああ、これも諸星大二郎なのかな〜、とも思った。諸星の『夢の木の下で』ってものすごく『砂の女』みたいな空気感ありませんか。

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チャーリー・パパジアン 『自分でビールを造る本: The Bible of Homebrewing』

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自分でビールを造る本―The Bible of Homebrewing
チャーリー パパジアン
浅井事務所発行(技報堂出版発売)
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はてなブログでこんな感じに今年の初夏ぐらいからビール批評(というか、飲んだビールに関する簡単なメモの集積)をはじめているんだけれど、もうちょっとビールのことが知りたいな、と思っていたところに見つけた本。1984年にアメリカで書かれたホームブルーイング(自宅でのビール醸造)に関する入門書である。さすがのDIY大国、アメリカ。自宅でのビール醸造が割と一般的なホビーになっているんだって。東急ハンズなんかにいくと、自作ビールキットが売っているのを見かけるのだが、本書ではそうしたキットを使って美味しくビールを作る方法から、モルトからウォート(麦汁のこと)を作って1からビールを作る方法まで包括的にとりあげている。

いっちょホームブルーイングやってみっか、という気持ちで読み始めたわけではないんだが、大大大名著だったのでビール好き全員にオススメしたい。ビール造りの基本の基本については先日紹介した『うまい酒の科学』にも掲載されている。そこからさらに足を踏み込むにはうってつけの一冊であろう。醸造に使う器具、ビール酵母の種類、ホップの種類、大麦以外に使う穀物の種類、そしてそれらの使い方と効果、世界のビールの種類と製法、それらが読みやすく面白い文章で説明されている。レシピですら面白いんだから、ちょっと驚異的である。とにかく、ホームブルーイングという趣味の魅力を余すとこなく伝えている。気合の入ったホームブルワーのなかには、シメイの瓶の底に残ってる酵母を自分で培養して、その酵母でシメイを再現する猛者もいるらしいが、そこまでする面白さが本書から理解できる。

歴史的なウンチクも良い。アメリカではバドワイザーみたいなライトタイプのビールが主流だが、禁酒法以前は国内で2000種類以上のビールが作られていたんだって(禁酒法によって、大手の醸造所のみが生き残った結果、ライトタイプのビールばっかりになってしまった、とか)。世界的にマイクロブルワリーのブームが来ているみたいなのだが(特に最近の東京は、クラフトビールのお店が雨後の筍のようにできている印象)、それは過去への回帰ってことなのかもしれない、と思った。

読んでるだけで、のせられてしまってホームブルーイングを試してみたくなるが、わたしは細かいことが苦手なのでやらない。そういう人が、ビールの作り方を勉強してどうするのか、と思われるかもしれない。その問いに対して明確な答えを提出するならば、それはもちろん「真面目にビールを飲むため」であろう。ビールをただ飲むんじゃなくて、その味わいや色、香りからこのビールがどんな風に作られているのかを考える。考えるためには、知識が必要だ(ただホームブルーイングとちゃんとした醸造所では設備の規模に違いがあるとはいえ基本は一緒だ)。知識をもとにビールを飲む、そして考える。言い過ぎかもしれないが、本書で得た知識は一杯のビールに物語を生むためのツールのようなものだ。

翻訳の版元が個人でやっている事務所らしいので、誤字がちょっと気になるのだが翻訳はこなれている。あと、日本で個人が許可を取らずに普通のビールのアルコール度数のビールを作ると犯罪になるので注意(日本の酒税法に関しては本書では一切触れられてません)。序文はあのマイケル・ジャクソン(King of Popと同姓同名のビール・ウィスキー研究者。故人)が書いています。

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大河原邦男 『メカニックデザイナーの仕事論: ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』

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メカニックデザイナーの仕事論 ヤッターマン、ガンダムを描いた職人 (光文社新書)
大河原 邦男
光文社 (2015-08-18)
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ガンダムをデザインした人として知られているであろう大河原邦男が、アニメ業界にはいるまでのアレコレや、仕事歴、そして仕事論について語った本。もともと大学ではテキスタイルの勉強をしていたとか、アニメの世界に入ったのはたまたまでその前は服飾業界にいた、など全然知らなかったことが知れたのは「へぇ〜」となったが、大した本ではないと思った。自分が関係した仕事についていろいろ書かれているのだが、単なる思い出話・ライトな裏話開陳でしかないし、仕事論にしても「仕事は選ばずにやれ(選ぶと世界が狭くなるぞ!)」とかこの人からしかでてこない、というものでもないだろう。とにかくアニメ黎明期から働いている人であるから、混沌とした状況からスッと身を立てた、というところは伝わるし、アニメ黎明期の混沌とした仕事環境にしても大変そうだな、と思う。でも、それだけの本。

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前田愛 『都市空間のなかの文学』

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都市空間のなかの文学 (ちくま学芸文庫)
前田 愛
筑摩書房
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「前田愛」というのはわたしの世代にとって懐かしい名前で「中国」と言ったら「4000年の歴史」とくるぐらい「前田愛」と「木曜の怪談」という言葉が密接に結びついている。しかし、本書はいまや歌舞伎役者の妻となった前田愛ではなく、文芸評論家のほうの前田愛の本(どうでも良すぎる前置き)。いまやレム・コールハースのエッセイが翻訳されるような世の中だが、都市論が日本で盛り上がっていた頃に刊行された、都市を媒介とした文学評論。一番最初に出てくる、数学を用いた、テクストとイメージの関係性、テクストと空間の関係性を論じた文章で「う……難しい本なのか……?」とビビってしまったが、その後に続くのは、バルトやベンヤミンといった(おそらく)当時最新の批評理論を用いた都市文学論、文学都市論だった。あと、終盤の消費社会論的な切り口は、10年ぐらい前に消費社会論が流行った(気がする)ときに読めば良かったかも、と思う。そういうわけで、頭とお尻に微妙、というのが正直な感想。東京近辺に住んでいる人にとっては、江戸の地理と江戸末期の文学から当時の風俗を浮かび上がらせていく部分は興味深く読めるだろう。結局のところ、こういうのってその都市を知らないと、群盲象をなでる状態な気もするんだが。

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松尾潔 『松尾潔のメロウな季節』

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松尾潔のメロウな季節 (Rhythm & Business)
松尾 潔
スペースシャワーネットワーク (2015-06-26)
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西寺郷太の『プリンス論』における語り口の特徴として、プリンスがアメリカの音楽シーンに対してどのようなアクションを取っていたのか、という文脈が丁寧に語られていることがあげられる。そこではプリンスと白人リスナー向けのロック、あるいはプリンスとマイケル・ジャクソンというコントラストをはっきりと感じることができて面白い。

しかしながら参ってしまうのは、90年代に入ってからの話。一般的にはプリンスの迷走期として評価される時期ではあるが、西寺はそこにもプリンスの戦略を見出し、積極的な評価をおこなっている。このときプリンスが誰と対峙していたのか。参ってしまうのは、このあたり。当時のR&Bシーンを賑わせていた売れっ子プロデューサーたちの名前があがっているのだが、当時の音楽については知識ゼロに等しいし、「ニュー・ジャック・スウィング」と言われてもわからない(80年代まではそこそこわかるのに)。LA・リード & ベイビーフェイス、ジミー・ジャム & テリー・ルイス、テディ・ライトというプロデューサーたちの名前にもピンとこない、という感じのありさまだった(西寺は丁寧に説明しているのだけれど)。

たまさか次に読んだ音楽プロデューサー、松尾潔の『松尾潔のメロウな季節』に収められた文章には、90年代にヒットしたR&Bアーティストと、こうしたプロデューサーの関係が筆者のあまやかな回想とともに語られていた。『プリンス論』でわたしがわからなかった部分にアクセスできる良い巡り合わせだ。

本書ではアーティスト自身にもフォーカスは当てられているのだが、それと同等か、それ以上にプロデューサーがなにをしていたのか、どのように音楽が作られたのか、そしてそれがマーケット的にどのような狙いがあったのかが語られる。

これは強烈に音楽シーンの変化を印象付ける文章だ。天才的なアーティストによってシーンがガラリと変わってしまうような時代ではなく、アーティストとプロデューサー、さらにはレコード会社のスタッフのチームによってヒットが作られる時代へ、という変化。筆者はそういう状況を回想し、そして90年代のリアルタイムに書かれたライナーノーツではまるでドキュメンタリーのように描いている。もちろん90年代にも天才は登場し、シーンには変化がもたらされてきた。しかし、その影にはその天才を世に送り出すバックアップの力が欠かせなかった、という印象を本書から受ける。

こうした変化は音楽産業の「産業としての成熟」とも言える。『プリンス論』の話に戻れば、そうした成熟に対してプリンスはガチで反抗していたのだろう、ということがわかる気がする。90年代に対する筆者のあまやかな回想をなにひとつ共有できない(が、文章自体は大好きだし、筆者の体験談もめちゃくちゃ面白い)読者のひとりとしては、そういう読み方をしてしまった。Apple Musicで本書にでてくるアルバムを細かくチェックできるんだけれども、これが当時のヒット曲だったのかあ、ぐらいの感想しか出てこなくて。「良い」んだけれど。

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