佐々木信綱(編) 『新訓 万葉集』(上)

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新訓 万葉集〈上巻〉 (ワイド版 岩波文庫)

岩波書店
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あの、小説とか映画とかにでてくる人でやたらと博識な人っているじゃないですか。なんかあるとすぐシェイクスピアとか聖書の言葉を口にするキャラね。最近思ったのは、結局わたしはああいう人物に憧れてるんじゃないか、ってことで。そういうわけだから、教養らしきものは一通り揃えておきたいな、と考えるわけです。『万葉集』にはこんな歌がある……とかさ、言いたいですよね。たぶん鬱陶しいことこのうえないけども、こういうみんなが名前を知ってるし、ちょっとだけ触れたことはある、みたいな本もカヴァーしている人って、面白いと思うんですよ。

で、『万葉集』ですよ。だれもが知っている日本最古の歌集。なかなか面白いじゃないですか。自然が綺麗だな〜、とか、あなたのことをずっと考えてるんですよ〜、とか、あなたが死んで悲しいです〜、とか、そういう気持ちを詠った歌が収められている。なかでも、恋愛がらみの歌はどれも面白くて、日本人って昔から、会いたくて会いたくて震えてたりしたんじゃないか、って思うのだった。ありつつも君をば待たむ打ち靡くわが黒髪に霜の置くまでに、とかね。髪に霜が降りるまであなたのことを待ってます、ですよ。さらに、恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽してよ長くと思はば、なんか最高ですよ。会ってる時ぐらいは、愛してるって言ってよ、ってなんか初期の椎名林檎みたいじゃないですか。

こういう恋愛がらみの歌は、だれかがだれかにプライベートで送ったものらしいのだけれども、どうしてそれが1200年以上経って残ってしまったのか。歌を詠んだ本人は、こうして後世に自分の気持ちが伝えられていることに、あの世で恥ずかしい思いをしていないのか心配だ。歌集の成立に関する事情が全然わからないのだが、思いを歌にして伝える、っていう文化のまだるっこしさは、改めて興味深いものだな、とは思う。今はほら、すぐ伝えちゃうでしょう。直接的な言葉で。LINEとかメールとかでさ。なかには、LINEでポエムを送りつける内向きなやんちゃさを持っている人もいるだろうけれど。

その表現もルール無用じゃない、というところがまた、面白く感じられるのだな。五七調という形式もそうだけれども、言葉の選択にあたっては枕詞というのがある。これはみんな学校で習っているハズだが、わたしは古文と漢文の時間はずっと睡眠時間に充てていたので、全然覚えていなかった。ざっと例をあげると「ひさかたの」といったら「天」だし、「ぬばたまの」といったら「夜」だし、「うつせみの」といったら「人」だ。「あをによし」といったら「奈良」だし、「しろたへの」といったら「袖」だ。

この関係はもちろん一意に決まるわけではないけども、ルールを守っていると気持ち良い感じがする。「ぬばたま! 来た!!」とか思う。そういうゲーム的なコミュニケーション、どこかにあっても良いのにな。「可愛い」とか「ヤバい」とか、なににでも紐づく言葉じゃなくて、限定された言葉にしかくっ付かない言葉って面白いと思う。「ぬばたまの髪はアリだけど、ぬばたまのゴマとは言わないよね。ゴマは黒いけどぬばたま感ないわ」みたいな。

なお、わたしが読んだ岩波文庫の佐々木信綱編集版は、現代語訳がついてません。けど、そんなに難しくないし、読めないものは「別に読まなくていいもの」と割り切って読み飛ばせば良いと思う。気になるものはネットで検索すれば、訳が出てくるし。こういう本は、そういういい加減な読み方をドンドンしていかないと一生読まないで終わる。下巻まだ手に入ってないので、そのうち読む。

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Vicky Chow / Tristan Perich: Surface Image

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Tristan Perich: Surface Image
Tristan Perich: Surface Image
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New Amsterdam (2014-10-28)
先日紹介したスティーヴ・ライヒの新譜に参加しているピアニスト、ヴィッキー・チョウのアルバムが届いたので聴いている。取り上げられているのは、ニューヨークのアーティスト、トリスタン・ペリッチによる《Surface Image》という楽曲(『アーティスト』というとてもぼんやりした表現がいやらしいが、この人の場合、作曲もするし、インスタレーションも作るし、という感じなので、肩書きに関しては曖昧にしておこう)。彼の過去の作品には《1-Bit Symphony》という、CDケースに簡素な電子的な装置を組み込んで、楽曲を再生させる非常にコンセプチュアルな作品がある。どんなものかは以下の動画を見てもらったほうが早いだろう。

《1-Bit Symphony》の紹介動画(フランス語)

とにかく、簡素な電子音でいろいろやってますよ、というアーティストであるらしい。ヴィッキー・チョウが初演もつとめている《Surface Image》も、40chの超マルチ・チャンネルとピアノのための楽曲である。超マルチ・チャンネル作品自体には目新しさもなにもないし、今回の録音でそれが再現されているわけでもない。63分に渡る楽曲は、冒頭、ピアノのみではじまる。これが、ザ・ミニマル・ミュージック、というやつで「スティーヴ・ライヒのパクりみたいなヤツをまた掴んでしまった……」と思った。が、曲が進むにつれて良くなってきた。

《Surface Image》のライヴ映像

目新しくないけれど、やはり40chの電子音の物量感は素晴らしく、反復によってもたらされる高揚感はブルックナーやモートン・フェルドマンに近いものがある。新宿のタワレコのニューエイジ・コーナーとかが似合う感じではあるが、なかなかいいじゃないですか、と思った。

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The Beatles / Please Please Me

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Please Please Me (Dig)
Please Please Me (Dig)
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Beatles
EMI UK (2009-09-09)
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先日、会社の人の車(Audiのquattro)に乗っていたときのBGMがThe Beatlesだった。プレイヤーは曲名のABC順で再生されていた。降りるちょっと前に「Happiness is a Warm Gun」が流れていたので、そこそこ長いこと乗車していたわけだが、まとめてThe Beatlesを聴くのは久しぶりだった。それは「そういえば初期のアルバムって一枚も持ってないや」と気づくきっかけでもあった。

というわけで、1963年の『Please Please Me』を買って熱く聴いているのである。2009年に彼らのアルバムがデジタル・リマスターされて一挙に発売された(もっと最近のことかと思っていたが、もう5年にもなるのか……)。それ以前のCDは、当時広く流通していたモノラル盤で発売されていたが、このリマスター盤は、ステレオ盤である(リマスター・モノラル盤は、ボックス・セットでしか手に入らない)。当然、私もこれまでモノラルの音源で聴いてきたので、最初ものすごい違和感があったけれども次第に慣れた。リマスター結果は、削りたての鉛筆みたいなキリッとした音に変わっている。

内容の方は、悪いわけないだろう、みたいなアルバムである。後期の実験的な音楽性と比べて 、初期のThe Beatlesは退屈だ、と思っていたのだけれども、その思い込みも一気に晴れてしまった(ここまで随分かかったな……)。このテンションのまま、リマスター盤で買いなおしていくか〜、という気持ちになっている。

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矢作俊彦 『あ・じゃ・ぱん!』

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あ・じゃ・ぱん!(上) (角川文庫)
矢作 俊彦
角川書店(角川グループパブリッシング)
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あ・じゃ・ぱん!(下) (角川文庫)
矢作 俊彦
角川書店(角川グループパブリッシング)
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このところは、英語を読む気にならず積ん読を淡々と消化している。それで長いこと積んであった矢作俊彦の超長編小説に手を出した。

戦後、ソ連とアメリカによって分割統治された結果、東京を首都とする共産主義国家の東日本、大阪を首都とする資本主義国家の西日本とに分裂した日本列島を舞台にし、諷刺と諧謔に満ちたまなざしによって歪められた文化の百科全書的小説である。乱暴な喩えを用いるならば、スティーヴ・エリクソンの『黒い時計の旅』と、トマス・ピンチョンの『V.』がハードボイルド悪魔合体して生まれた、日本のポストモダン文学の金字塔であろう。

作者自身は「ポストモダン文学なんかありがたがってるヤツは田舎モンだ!」と喝破し、そのアンチ=ポモ文学的態度からこの小説を創作していた、ハズである。インタヴューで読んだ記憶がある。しかし、ここまでやられてしまうと、もはやお手上げだ。間違いなく日本の職業的小説家のなかで、矢作俊彦は最強のスタイリストであり、彼に書けないものは存在しないのである。

それにしてもポモ文学をメタメタにけなしているわりに、2005年の『悲劇週間』(堀口大學が主人公。彼の文体を模倣して書かれたロマン小説)といい、この作品といい、ピンチョンっぽい部分がたくさんあることだなあ(詠嘆)。

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川上未映子 『きみは赤ちゃん』

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きみは赤ちゃん
きみは赤ちゃん
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川上 未映子
文藝春秋
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このブログ記事を読んで、手に取った本。川上未映子の小説はまだ読んだことがなくて、雑誌の連載コラムとか、あと映画にでていたこと(太宰原作の『パンドラの匣』)でしか、彼女の仕事には触れたことがない。彼女の歌も知らない。おもに知っているのは、目が離れていて、大変キュートな女性である、ということだ。目が 離れている女の子が好きなのである、わたしは、とても(自分も目が離れている)。で、わたしは勝手にこの作家を、エキセントリックな作家、なのだと思っていたので「え! 育児エッセイとか書くんだ!」と大変意外な思いをした。けども、とても面白かったです。わたしには子供がいないけれど、ちょっと感動して読んでしまった。

前述のブログ記事でも、阿部和重disが紹介されていたが これは、自分に言われてるみたいである 。母親と子供、父親と子供、このふたつの関係性の、本質的な違いについては本書にも綴られている。これは要するに「父親は、お腹を痛めていない(から、母親と比べて 、子供と繋がれない)」、「男は無責任である」的なお話に結実する。まあ、わからなくはないし、そういう気持ちにさせる男性に全面的な責任はあるとは思う。とはいえ、である。こういうのって「男は子供欲しいなんて言うな!(どうせ無責任なんだから)」みたいな話にも読めちゃうような気もするのだった。 そういうエゴの否定は、果たして妥当なのか、と思うのである。

本書では「出産は100%、親のエゴ」という意見が語られている。たしかにそうである。一方で、学生時代、講義を受けた、ある仏教思想の先生は「こんなヒドい世の中に、子供を生かしたくないから子供は作らないことに決めた」ということを言っていた。これもたしかにそうだと思う。しかし、生まない、子供を作らないという選択もまた親のエゴだろう。どうせエゴなのであれば、無責任に子供が欲しい! と言っても良いんじゃないのか、とか思ったりする。いや、でも、アレだな。そういう無責任さを負担するのがすべて女性、というのはフェアじゃないよな。やっぱり、言っちゃいけないのかも。

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土居寛之・田島宏 『基本フランス語文法』

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基本フランス語文法
基本フランス語文法
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土居 寛之 田島 宏
昇竜堂出版
売り上げランキング: 158,518
憂鬱な気分を晴らすためにフランス語の勉強をはじめた、とは、このエントリーで記した。もうちょっと真面目にやるハズだったのだが、いろいろ慌ただしく過ごしていたせいで、文法書の通読にも3カ月以上かかってしまった。毎日1章ずつこなせれば、約1カ月ほどで終わるテキストであるはずなのに……。で、読みはじめた当初は「フランス語、難しくないんじゃね?」と余裕ブッこいていたものの、テキストを読み進めていたらどんどん「フランス語、難しいわ……第2外国語で選ばなくて良かった……」という気持ちが強くなった。

たとえば発音。単語それ自体の発音は難しくないものの、リエゾンとアンシェーヌマンの仕組みがよくわからず、テキストのフランス語の下に振られたガイドのカタカナを頼りにしないと、声に出せなかった。カタカナがあることで、助かる反面「これ、一生声に出して読めるようにならんだろ」という気分になった。あと、動詞の時制が多くて覚えられる気がまったくしない。これまで、ラテン語、ポルトガル語、ドイツ語をかじってきたなかで、フランス語がもっともしんどそうである。

ただ、そのしんどさや独特な感じこそが、フランス語の面白さでもあるんだけれど。しんどいけど、楽しい。まったく歯が立たない、というわけでもないし。自分はこのテキストを一通り読んだら、なんとなくフランス語の文章の意味を把握できるようになった。複雑な部分を記憶していなくても、冠詞や前置詞、代名詞の知識が得られたことによって、意味を類推するヒントが大幅に増えた感じがある。あとはラテン語や英語の知識を動員して、考えるだけである。

A photo posted by Masatake Konno (@mk_sekibang) on
しかし、この例文はさすがに「おフランスだなあ……」と感動してしまったよ。

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Pierre-Laurent Aimard / Bach: Well-Tempered Clavier, Book 1

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Well-Tempered Clavier 1
Well-Tempered Clavier 1
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J.S. Bach
Deutsche Grammophon (2014-08-19)
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最近とくにクラシック音楽には疎くなってしまっていて、ピエール=ロラン・エマールが出したバッハの平均律(第1巻)の録音をチェックするのも遅くなってしまった。我が家にある平均律のCDはこれで4組目。リヒテル、アファナシエフ、グールド(第1巻のみ)、そしてエマールの録音である。好きなピアニストだったし、現代的な録音で、かつ、(アファナシエフのような)異端的な解釈でなくこの楽曲を聴き直してみたい、とはずっと思っていた。

現代音楽のスペシャリストが弾くバッハ、というと、斬新で、あっと驚かせてくれるようなものを期待してしまうけれど《フーガの技法》の録音と同様、そうした奇をてらったものではない。むしろ、こうしてモダン・ピアノを使用し、ノン・レガートで弾かれるバッハというのは伝統的である。

とにかく落ちついた演奏だ。「雰囲気」や「気分的な高揚」がまったく見られないこのバッハからは、退屈さと同時に、お勉強臭さが醸し出されれているように思われる。それを良さげな言葉で還元するならば「学究的な世界観の提示」ということになるだろう。言ってしまえば、演奏する主体が透明なのである。音楽を演奏する「私」を響かせているのではなく、私が「音楽」を演奏している、というか。これは「抑制こそが最大に声を大にした表現」であるかのような、逆説の提示であろう。

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藤岡淳子 『性暴力の理解と治療教育』

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性暴力の理解と治療教育
性暴力の理解と治療教育
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藤岡 淳子
誠信書房
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臨床心理士として性犯罪者の治療教育にあたってきた著者による研究書を読む。「強姦は性欲という本能の過剰(あるいは抑圧)によって引き起こされるものではない」という分析は、牧野雅子による『刑事司法とジェンダー』と共有されている。記述は平明でわかりやすく、現場感覚が伝わってくるようで大変興味深く読んだ。レベル的には、専門外の人にも読める専門書、といったところ。

性犯罪者の心理の分析において本書では「犯罪の達成による自己評価の向上」という側面が語られる。これは恐ろしい世界だ。ただ、これは性犯罪というカテゴリーに限定した物言いでもないだろう。たとえば、常習的な万引き犯が「スリルを求めて犯行を重ねる」と いうようなことはよく語られる。しかし、これは外から与えられたストーリーでしかなく、本当はスリルの先にある「達成感」にフォーカスされるべきなのかも、とも思う。ドキドキが楽しいのではなく、ドキドキが終わったあとの解放を犯罪者は求めるのだ、と。しかし、盗みを働くことによって達成感を得ていた、盗みを働くことで(本来は悪いことなのに)自分の評価が高まった、というようなことは犯行をおこなった人物にとって「スリルを求めて」よりも告白しがたいものなのではないか。

本書の後半は、事例紹介も含めて、治療教育のプロセス・技法について語られている。治療というと、外部(治療者)からアクションを 与えるだけで治す、ようなイメージをしがちだが、ちょっと違っていた。細菌に対して、抗生物質で対処する、みたいな。けれども、本書が語るのは、治療者のアクションによって、悪しき欲望をコントロールするための抵抗力を被治療者に持たせるイメージに近い。それを強制的に被治療者に与えることはできないし、被治療者が犯罪なしでもやっていけるようになりたい、と思わなければ、治療は効果がない。治療者には「なりたい」と思わせる手助けぐらいしかできない、ところに治療の難しさを感じるのだった。むしろ、これは教育の難しさ、であるのかもしれないけれど。

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谷川健一 『古代史ノオト』

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古代史ノオト (1975年) (日本古代文化叢書)
谷川 健一
大和書房
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昨年亡くなった民俗学者、谷川健一の広い関心を知るにはこの本が良いのかも。雑誌連載をまとめたもので、神々が卵から生まれるという卵生神話と人間の魂の容器としてのひさご(瓢箪)信仰との関連や、沖縄のシャーマニズム、あるいはサルタヒコ神話の形成などのテーマを扱っている。民話や伝説に存在する名詞を古い地名や方言などと対応させ「◯◯の起源(舞台)は、コレに違いない!」と確定していく手法は、民俗学プロパーではないわたしには、どれほど学術的に正統なものなのかはわからないのだが、諸星大二郎の『妖怪ハンター』シリーズのようでとても面白い。谷川を読めば読むほど、諸星への影響を強く感じてしまう。

とくにアマテラスが元々は「海(アマ)テラス」として崇められていたのが、聖地が東へ、東へと移されていき、伊勢へと置かれた頃には「天(アマ)テラス」に変化していた、という説はなかなか刺激的である。そこでは水平方面の信仰が、垂直方面に転換されてしまう。ここには谷川の古代史観が強くあらわれているように思う。南方から琉球諸島を経て日本列島にやってきた人々と、朝鮮半島からやってきた渡来人。ふたつの日本人のルーツは、どちらも神話や伝説をも輸入する。海の向こうからなにかがやってくる。信仰の方向転換には、そうした外から(外国から)のルーツを隠蔽するものがあったのだろう。海の向こうからではなく、天から神々がやってくることにすれば、独立したルーツを設定できるのだから。

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集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#18 ブライス=エチェニケ 『幾たびもペドロ』

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幾たびもペドロ (ラテンアメリカの文学 (18))
ブライス=エチェニケ
集英社
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ほとんど丸5年かけてようやく集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズ全18巻を読了する。最後はペルーのアルフレード・ブライス=エチェニケの『幾たびもペドロ』である。このシリーズの並びは作者の生年の昇順となっているので、ブライス=エチェニケはもっとも若い(と言ってももう75歳になっているが)作家である。同じペルーのバルガス=リョサとは3歳しか変わらないのだが、彼を含む「ラテンアメリカ文学ブーム」の作家たちが1950年代から作品を発表していたのに対して、ブライス=エチェニケは60年代末にデビューしている。訳者の野谷文昭によれば「バルガス=ジョサ以後のペルーで最も嘱望される作家」、「ラテンアメリカの〈ポスト・ブーム〉の世代を代表する存在」とのことである。この翻訳がでたのが1983年。30年以上経過しているが、その後日本での紹介は進んでいないらしい。本書以外に翻訳もでていない。

正直、この作品も苦手な部類の小説だった。主人公のペドロは中年の「書けない作家」で、仕送りを受けながら、ファム・ファタールたる女を追っている。その最中に、いろいろな女性をひっかけていく。ブロンズ製の犬の銅像を鞄に大事に抱えながら、フランスやメキシコ、アメリカといった土地を遍歴していく。特段これ以外、筋らしい筋もなく、あんまり盛り上がりも感じさせないまま、作品は閉じられる。ジャズやロックや映画といったポップ・カルチャーがアメリカから流入し、小説にもそういう風俗が反映されているのだけれど、こういうのは「ラテンアメリカの文学」シリーズには珍しくないし、だからなんだ、という気がする(解説では、そう描写がさも大事なことのように書かれているけれど)。

最後の巻がこんな感想になってしまって、若干寂しさはあるが、このシリーズを読み切らないかぎり、ほかのラテンアメリカの小説には手を出さないゾ! と心に決めていたので無事完走したことを喜ぶことにしよう。「ラテンアメリカの文学」シリーズの感想へのリンクはこちらにまとめてあります。

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Vashti Bunyan / Heartleap

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Heartleap
Heartleap
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Vashti Bunyan
Dicristina Stair (2014-10-07)
売り上げランキング: 15,370
ヴァシュティ・バニヤンの名前を知るきっかけは音楽雑誌『ストレンジ・デイズ』の渚十吾の連載「バナナ・エンサイクロペディア」だったと思う。1970年だしたデビュー・アルバムはまったく評価されず、失望した彼女はスコットランドの田舎で3人の子供を育てる母親として暮らした。しかし彼女のアルバムは、その後徐々にリスナーを増やしていき、ヴァシュティ・バニヤンの名前は「幻の名盤を出したカルト的な人気歌手」として知られることになる。2000年になるとアルバムはCDでも再発される。わたしが知った彼女の名前はそういう伝説的な歌手というか生きた化石みたいなものだった。2005年、35年ぶりのセカンド・アルバムのリリースも「スゴい話だな……!」と驚いたことを覚えている。

でも、実際に彼女の音楽に触れるのは、セカンドから9年ぶりのサード・アルバムである本作なのだった。シンセサイザー(と言ってもほとんどエレピの音色だけが使用されている)とピアノ、ギター、ストリングスに時折、リコーダーなどの木管楽器が入るとても柔らかな伴奏の「背景」で、ヴァシュティ・バニヤンの歌声は、一枚のカーテンのようなフィルターがかかった場所から響いている。簡単な言葉を使えば、神秘的な感じ、幻想的な感じ、という表現で片付けられるかもしれない。けれども、わたしがこの音楽に思うのは、神秘や幻想といった日常から遠いところにある世界、ではなく、普通に生活をおこなうなかで白昼夢に出会ってしまう、というか、覚醒しながら夢を見るような感覚だった。それから、子守唄のようにも聴こえる。まったく、こんなにスゴい世界観を持つ歌手だったとは……とめちゃくちゃにヴァシュティ・バニヤンの音楽に引き込まれてしまったよ。

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片瀬萩乃 『社内恋愛の教科書』

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社内恋愛の教科書
社内恋愛の教科書
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片瀬 萩乃
あさ出版
売り上げランキング: 7,943
タイトルがアレな感じだし、内容も後輩の女の子、あるいは一般職の女の子と仲良くなって付き合うための指南書であり「社内で付き合いはじめたら、会議室セックスとか絶対ダメだからな!!」的なことを大マジメに書いていたりしてなかなかアレなんですけれども、コミュニケーション手法を学ぶ本としてはそれなりに勉強になる本だと思った。本書に紹介されてる女の子の自然な褒め方(褒め上手はモテる!)とか、別に後輩の男の子を自然に褒める方法に転用したって良いわけだ。褒め方だけじゃない、励まし方だって参考になるだろう。そうか、あのときこう言えば良かったのかも! とか読みながら、自分の会社の後輩との付き合い方を反省する箇所さえあった。

仕事がめちゃくちゃにできるけれども尖りまくってる人格崩壊者よりも、仕事は中の上ぐらいだけれど人当たりがよくて真面目な人のほうが会社では評価されるじゃないですか、だいたい。で、女の子に普通にモテる人というか、普通に付き合える人って、仕事は中の上ぐらいだけれど人当たりが良くて真面目な人だと思うんすよ。で、本書もそういう人間像を理想像としている。その時点で「俺には社内恋愛は無理だ……」と絶望的な気持ちになるし、本書が示す、徐々に仲良くなる「手続き」を踏んでいく気力もまったくない(だいたいわたしは既婚者である)。もう自分がその手続きを踏む想像だけでお腹いっぱいになる。そう、社内恋愛を妄想するだけで楽しくなれる本なのだ、本書は。社内恋愛をしているときは「満員のエレヴェーターで3秒間だけ、小指をつなぐ」のが、バレないし、ドキドキできて良いらしいっすよ!! うおおお!!!(謎の咆哮)

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Iceage / Plowing Into the Fields..

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Plowing Into the Fields..
Plowing Into the Fields..
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Iceage
Matador Records (2014-10-07)
売り上げランキング: 977
デンマーク出身のIceageのサード・アルバムを聴く。セカンドが でたのが昨年だから、もう新作か、と驚いたが、本作はかなり音楽的に進化を遂げていたのでさらに驚いてしまった。荒々しい疾走感は少しだけ落ちついて……というか、ダークな雰囲気が高まっている。Joy Divisionの楽曲からとられたバンド名からしてその影響関係は明らかなのだが、本作ではより一層、Joy Division的に思われた。とくにヴォーカルの暗黒ソウル感には、イアン・カーティスを強く想起させられたし、それからトム・ヨーク的でもある。というか、Iceageのヴォーカルを経由することで、イアン・カーティスからトム・ヨークへというヴォーカリストの系譜に改めて気づくことになった。

トランペットやヴァイオリン、ピアノも導入は、音楽性が急拡大を印象づける。The Pop Groupのようなダブっぽい曲もあれば、 Sonic Youthみたいな曲もある。DNAみたいなノイズギターも聴けるし(これが一番の驚きだったけれど)Led Zeppelinみたいな楽曲もあるのだよ……。ポスト・パンクの影響の色濃さのなかに、ブルースとかカントリーとか明らかに 異質なものが投入されていて、そこがとても面白い。ファースト、セカンドは地続きだけれども、サードで大きく変貌した。なんかスゴいバンドになりつつあるんじゃないか。

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懐奘(編) 『正法眼蔵随聞記』

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正法眼蔵随聞記 (岩波文庫)
和辻 哲郎
岩波書店
売り上げランキング: 106,747
鎌倉時代に曹洞宗を開いた道元が折にふれて弟子たちに語った言葉を、その弟子のひとりであった懐奘という僧侶がまとめたのが本書。タイトルのものものしい漢字っぷりに読みにくそう印象をもつ人も多そうだが、中身は、道元が宋に留学していたときに聞いた話だとか、自分の先生だった偉いお坊さんの逸話で占められているので、特別に難しい本ではない。岩波文庫以外では現代語訳のものもでているが、岩波文庫のものもフリガナも振ってあるし、古い漢字もかなり手が入っているので、明治時代の日本の小説をじっくり腰を据えて読める、ぐらいの日本語読解力をお持ちの方であれば、不便なく読み進められるだろう。現代語に訳されると、もともとが持っていた言葉のリズムは失われてしまうので、かえって退屈して読みにくいかもしれない。

道元は逸話を通して、僧侶のあり方、仏の道の究め方を伝えようとしている。この内容は現代のビジネス書にも通ずるような気がしてとても面白い。乱暴にピックアップすると「我執を捨てよ!」、「とにかく頑張ればなんとかなる!」、「昔の偉い人も最初から聖人じゃない! みんな苦労してたんだからお前も頑張れ!」、「仏の道と決めたら、それだけに集中しろ!」、「坐禅しろ!」、「余計な時間を過ごしている暇はない! 集中しろ!」みたいな内容の話を繰り返ししていたようである。このピックアップの仕方だとビジネス書というか松岡修造みたいであるが、道元の実践主義というか、内面主義の徹底が伝わってくるところが面白いと思った。

頑張れ! 頑張れ! と言いながら、彼は見かけだけのものだとか、内容が伴わないものを強く批判する。例えば、たくさんのお経を覚えていたとしても、ただ覚えているだけではなんの意味もない。むしろ、覚えていたから俺スゴいでしょ、という我執につながる危険もある。そういう意味で道元と言う人は「言葉を信じていなかった人」、もっと言うと「知識を信じていなかった人」とも評価できるのかもしれない、とも思う。『正法眼蔵』という浩瀚な思想書を書いていた人物を、そういう風に読むのは適切かどうかわからないけれども、道元が語る空海の逸話もそうした一面を示しているのではないか。
伝へ聞く、故高野の空阿弥陀仏は、元は顕密の碩徳なりき。遁世の後ち、念仏の門に入て後、真言師ありて来て密宗の法門を問けるに、彼の人答へて云く、皆わすれをおはりぬ、一事もおぼえずとて、答へられざりけるなり。是らこそ道心の手本となるべけれ。
なにも空海はいじわるをして、質問に答えなかったわけではないだろう。言葉が必要ないところまで道を究めてしまったから、回答する必要がなかった。かつ、言葉や知識の向こう側に、到達すべきものがある。だから頑張れ! ということなのである。こういう態度はちょっとプラトンを彷彿とさせなくもない。例えば『パイドロス』において、プラトンはソクラテスを通して、文字への不信、書かれたものへの不信を表明している……などと言いたくなるのは、井筒俊彦の影響か……。

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Prince & 3RDEYEGIRL / PLECTRUMELECTRUM

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Plectrum Electrum -Digi-
Plectrum Electrum -Digi-
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Prince
Warner Bros / Wea (2014-09-30)
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(この記事は、こちらの記事の続きみたいなものです)で、こっちが同時リリースの3RDEYEGIRLとの共作名義のアルバム。3RDEYEGIRLはプリンスのツアー・バンドに参加している女性ミュージシャンを中心に結成されたバンドだそう(こちらのまとめにメンバーの詳細がある)。プリンス単独名義ではこんなストレートな内容はありえないだろう。インスト楽曲含め、殿下もギター弾きまくり(ときにスティーヴィー・レイ・ヴォーンかよ、と思わせるようなブルース・ロック・サウンドを聴かせてくれている)、とにかく骨太である。それ以外にとくに言うことはない……もちろん、悪い内容ではないのだが、今回のプリンスのリリースがこれ一枚だったらちょっと心配になったと思う。それぐらいなんの仕掛けもない感じなんだよなあ……。『Planet Earth』からもっと毒気を抜いてしまったような……。これまた殿下のお戯れに幻惑されてしまっているのかもしれないが……。

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Prince / Art Official Age

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Art Official Age -Digi-
Art Official Age -Digi-
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Prince
Warner Bros / Wea (2014-09-30)
売り上げランキング: 22
プリンスの4年ぶりのアルバムを聴く。名前を変えたり戻したり、エホバの証人の伝道活動に熱心だったり、ストイックなビーガンになってみたり、インターネットに権利侵害されてるからもうアルバムださないと発言してみたり……諸々に忙しい人ではあるのだが、毎年最低1枚はアルバムを出してきた多作家である彼が、これだけスパンを空けていたのは珍しい。とはいえ、その間シングルは出していたし、定期的にツアーに出ていたようだし、沈黙を守っていたわけではない。

というか、アルバムだしてなくてもこの人の場合、なにかとニュースになりがちである。忘れられることなく話題にあがりつづけていても、謎の多いミュージシャンであり続けてもいるのだが。股関節だったかお尻に病気をかかえているから杖なしでは歩けない、ライヴももう無理だ、しかも宗教上の理由で手術ができない、などという噂もあった気がするが、どうなったんだ……?  今回も古巣のワーナーへの復帰がひとつのトピックとなっているけれど、かつての確執はどう解消されたんだ……?

ともあれ、前作の『20Ten』が、あまりにも微妙な一枚であったから(言うなれば『Kiss』も『Sometimes It Snows In April』もない『Parade』的な微妙さ……いや、でも聴き直したら結構良いな……)寂しい思いをしていたので、待ってたゼ、という感じである。しかも、2009年以来の2作同時リリースだ(2009年は、自分でプロデュースしたブリア・ヴァレンティのアルバムもセットにした3枚組で売っていたが……)。まず本作を再生してみて驚いたのが音の広がりである。ジャケット写真から、第3の眼が開いちゃってますよ、的なアピールは伝わってくるのだが、こんなに定位感に広がりのある音作りをこれまでしてましたっけ……、と思った。音の作り方からして、再出発感を演出しているのである。小室サウンドっぽい1曲目から度肝を抜かれていると、続く2曲目は昨年のDaft PunkによるAORリヴァイヴァルを彷彿とさせてきて死んでしまう。カッコ良すぎる。

全体をざっくり振り返ると、バラードもあれば、プリンスらしいニューウェーヴ・ファンクもあって、非常に多彩な一枚である。多彩すぎて本作は「プリンスはどこへ向かおうとしているのか」というのが一向に掴めず、翻弄されてしまう、とも言える。『The Rainbow Children』以来、ここまで一枚で色んなキャラクターの曲が入っているアルバムもなかったんでは……と思う。ひとつだけ言えるのは、ギター成分はかなり控えめです。ギターはもう一枚の3RDEYEGIRLとの共演名義で弾きまくっている。

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神崎繁・熊野純彦・鈴木泉(編) 『西洋哲学史1: 「ある」の衝撃からはじまる』

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ちょっと前に本屋でこの本が並んでいるのを見かけて「哲学史についての知識を、ザックリとで良いから、体系的に頭にいれておきたいなあ」という長年の希望を思い出して読みはじめた。通史的だったり、発展史観に基づいて線でつながっていくような哲学史が描かれる本ではない(という話はAmazonのレビューにも書いてある)。技術や科学と違って、哲学に「発展的な歴史」はあるのか、といったところが疑問でもあるのだが(ソクラテスとプラトンとアリストテレス、だれがもっとも発展した哲学なのか? という問いかけはとても不毛に思える。もちろん影響関係をつなぐことはできるとしても)、テーマごとに記述された各論考はとても勉強になったし、そしてテーマごとに相互連関して、哲学史の星座が見えるようで面白い。
序論 哲学と哲学史をめぐって
1 パルメニデス
2 エンペドクレスとアナクサゴラス
3 古代ギリシアの数学
4 ソクラテスそしてプラトン
5 アリストテレス
6 ニーチェとギリシア
7 ハイデガーと前ソクラテス期の哲学者たち
8 「哲学史」の作り方―生きられた「学説誌(Doxographia)」のために
目次を引用したが、本書はまず時系列にすら並んでいない。1巻は「ギリシア哲学 の部 」とでも言えるだろうけれどアリストテレスまでくると、いきなりニーチェにぶっ飛ぶ。そしてその次はハイデガーへと進む。もちろん、そこでギリシア哲学の部が終了! となるわけではなく、後の哲学者たちがどのようにギリシアを参照したのか、という記述がおこなわれるわけである。現代の研究者たちは、ギリシア哲学をどう読んでいて、どんな解釈があるんですか、という話だけでなく、歴史のなかの哲学者がどう読んだのかを通して、多角的・多重的な歴史が示されるのが本書の特徴だと言えよう。

プラトンやアリストテレスのテクストは、網羅的にではないにせよ読んだことがあったけれども、いわゆる前ソクラテス期の哲学者に関しては勉強になるばかり。また「古代ギリシアの数学」は、哲学史というよりかは、哲学史の物語を数学史から批判する内容に思われてとても刺激的な読み物だった。あと、ニーチェの章に登場するワーグナーに関する記述なども面白く読んだ(かつてかの作曲家が文献学者を目指したこともあったんだって。逆にニーチェは作曲家になりたくて仕方がない文献学者だった)。

で、実は自分が最も強い印象を受けたのはハイデガーの章だった(わたしはこの大変有名な哲学者のテクストに直接触れたことがない)。 彼がギリシア哲学から掘り起こそうとした「存在」の哲学のプロジェクトの意図に、なるほど、彼はそういう哲学者だったのか、とまず勉強になった(当然その理解は本書の前半にある、前ソクラテス期の哲学者に関する記述を読んだから可能になったわけだけれど)。

でも彼の意図がなんとなく理解できたからと言って、すげー! 読んでみよう!! という気に駆られたわけではなくて。むしろ、「ギリシアの哲学者が語ったように、存在の多様性を掘り起こす」云々として記述されるハイデガーの意図からは「いや、でもギリシアの哲学者も『存在』ばっかり語ってたわけじゃなくね?」という反感に近いものを感じてしまうのだった。「存在の多様性」へのこだわる哲学って、多様性なくないすか、とかさ。そういう意味では「どんだけつまんない本なのだろうか?」という興味というか「読んでもまったく理解できないに違いない!」みたいな怖いもの見たさから『存在と時間』に手をだしてみたくもなる。

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Steve Reich / Radio Rewrite

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Radio Rewrite
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Steve Reich
Nonesuch (2014-10-07)
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「今度はどんな焼き直し作品をだしてくるのか」とボヤきながら毎度購入しているスティーヴ・ライヒの新譜であるが、本作は代表曲のひとつであり、パット・メセニーの録音で有名な《Electric Counterpoint》をRadioheadのジョニー・グリーンウッドが再録している、というのが大きな目玉であり、ちょっとだけ楽しみにしていた。もちろん、ジョニー・グリーンウッドの技術が、パット・メセニーのそれに敵うわけはない(ジョニー・グリーンウッドというギタリストは、ニューウェーヴ/ポストパンクの非ギタリスト的ギタリストの系譜にあるミュージシャンであるわけだし)のだが、それでも現代音楽に造詣が深く、BBCの委嘱でオーケケストラ作品を書いた経験もある彼がどんな風にこの曲を録音しているのかが気になった。

実際に聴いた感想を端的に述べれば「退屈な演奏」という表現がまず思いつく。パット・メセニーによるひとつひとつの音が生き生きと跳ねるような演奏から、遠くはなれた、静的なものだ。おそらくは意図的にそのような解釈が取られているのだろう。ジョニー・グリーンウッドはこの楽曲を、アンビエント作品として録音しているようである。アフロ・ポリリズムというダンス・ミュージック的な音楽要素を取り入れた、もっともポップな現代音楽のひとつであるスティーヴ・ライヒが、こうしてアンビエント作品として提示されると、それはそれでこの作曲家の本質を捉えているようにも思われる。皮肉めいているけれど、スティーヴ・ライヒの音楽は、シリアスな音楽ではない、ということだ。

アルバムの表題作《Radio Rewrite》は2012年の作品で、Radioheadの楽曲をモチーフに、リミックス的な作曲方法で書かれたもの(ジョニー・グリーンウッドの起用は、この楽曲にちなむものだろう)。とりあげられているのは「Jigsaw Falling into Place」(『In  Rainbows』に収録)と「Everything in Its Right Place」(『Kid A』に収録)。かつて「リミックスという作業はクラシックの作曲家がおこなった変奏曲の現代的な形式だ」と語り、自作曲のリミックス・コンテストもおこなった彼だが、本作ではクラシックの作曲家が自作のなかに当時の流行歌や俗謡を引用したことが念頭に置かれていたようである。

しかしながら、そこで選ばれているのがRadiohead……というのがまたスティーヴ・ライヒのセンスの悪さというか、ベタなセンスを表している。自分の75歳の誕生日にアメリカ同時多発テロ事件をテーマにした作品を書くような人だから、まあ、仕方がない部分はあるが。作品の内容も元ネタがわかる部分では「あー、なるほど〜」と思ったが、取り立てて評価すべきものでもない。ただ、旋律的でも、和声でも、スティーヴ・ライヒっぽくないところが随所にあり、そういう意味では面白いのかもしれない。

アルバムにはもう一曲《Piano Counterpoint》(《Six Pianos》の編曲版)も収録。これはカナダの若手女性ピアニスト、ヴィッキー・チョウが演奏している。この人は、ニューヨークの現代音楽アンサンブル、Bang on a Canにも参加するなど、現代音楽を中心に活動しているそうである。このアルバムで得られた一番の収穫は、彼女の存在を知ったことかもしれない。近々でるニューヨークの作曲家/芸術家、トリスタン・ペリッヒの楽曲をとりあげたアルバムなんか、スティーヴ・ライヒなんかよりもずっと面白そうである。

Surface Image
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New Amsterdam (2014-10-28)
こちらがそのアルバム。レーベルのサイトでは、トレイラー動画を閲覧できるが、40チャンネルという超マルチチャンネルで流れる電子音とピアノを組み合わせた楽曲らしい。

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