Jean-Luc Godard / Un film comme les autres(ありきたりの映画)

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7月に買ったゴダールのジガ・ヴェルトフ集団BOXを全然見ていなかったことに気づき、ようやく2枚目の『ありきたりの映画』(1968)を観た。正確に言えば『ウィークエンド』を観たあとにすぐ観ようとしてたのだが、あまりのツラい内容に途中で爆睡してしまい、2度目のチャレンジでようやく見終えたのだった。世の中には、ゴダールは難解だ、という伝説めいた評価があり、それに対してこれまで、自分はあまりピンと来ていなかったが、これは「難解」と言って良い作品だと思う。いや、むしろ、この映画を「難解だ」と評価することによって「映画の価値を否定するわけではないが……(わたしにはちょっと……)」的な留保ができる。そうした意味では「難解」というラベリングの便利さと、なんにも言ってなさを実感できる作品ではあるのだが、いや、もっとズバリ「退屈である」と言ったらどうなのか、と思わなくもない。

1968年5月のいわゆる五月革命についての映画なのだが、画面にあらわれるのは、郊外の団地風の建物を背景にした草むらのなかで語り合う、工員と大学生たち(ひとりだけ女性)の背中とか足とかで、彼らはひたすら煙草を吸いながら、革命について語り合っている。そこに五月革命の白黒ニュース映像が挿入され、彼らの語りを邪魔するかのように、さまざまな革命のテクスト(毛沢東とかマルクスとかゲバラのテクストらしいがまったく断りはない)の朗読が入り込む。議論は、噛み合うわけでも、大きな結論や決定に到達するわけではない。なにか、大学の映画研究会の人が録る実存的な(!)映画の悪い(良い?)見本みたいな感じもするし、このダルさは『アワーミュージック』の講演シーンのダルさにも通ずる気がする。1968年の問題の語りは「デジタルカメラは映画を救うか」という問いに対して沈黙するゴダールの姿と同様に、そのシリアスさが伝わらず、まるでまったく会話に加われない108分の飲み会に参加しているような具合の映画だった。

ぶっちゃけ、観たといっても、だれも「観たことにならない」のではないか、という感じがビンビンとする。本当に語り合いとニュース映像しかないんだから、いきなりここからゴダールに出会ってしまった人は不幸になるしかないのではないか……。

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