2014年に読んだ本を振り返る

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  1. 菊地原洋平 『パラケルススと魔術的ルネサンス』 
  2. Robert Klee 『Introduction to the Philosophy of Science: Cutting Nature at Its Seams』 
  3. 西田幾多郎 『善の研究』 
  4. スラヴォイ・ジジェク 『ポストモダンの共産主義: はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』 
  5. 佐藤留美 『凄母(すごはは) あのワーキングマザーが「折れない」理由』 
  6. 佐藤広一 『泣きたくないなら労働法』 
  7. カール・シュミット 『政治的ロマン主義』 
  8. 内田明香・坪井健人 『産後クライシス』 
  9. ジョルジュ・ミノワ 『悪魔の文化史』 
  10. ハインリッヒ・シッパーゲス 『中世の医学: 治療と養生の文化史』 
  11. 越澤明 『東京都市計画物語』 
  12. 『道端3姉妹スタイル』 
  13. Steven Shapin & Simon Schaffer 『Leviathan and the Air-Pump: Hobbes, Boyle, and the Experimental Life』 
  14. パオロ・ニコローゾ 『建築家ムッソリーニ: 独裁者が夢見たファシズムの都市』 
  15. 瀧波ユカリ・犬山紙子 『女は笑顔で殴りあう: マウンティング女子の実態』 
  16. 伊丹十三 『ヨーロッパ退屈日記』 
  17. ルイジ・バルツィーニ 『大陸横断ラリー in 1907: 北京〜パリ 限界を超えた1万マイル』 
  18. 『いくえみ男子 ときどき女子 Bitter Sweet Voices いくえみ綾 名言集』 
  19. 伊丹十三 『女たちよ!』 
  20. 鈴木有李 『ヤカラブ』 
  21. 増田四郎 『都市』 
  22. ロード・ダンセイニ 『時と神々の物語』 
  23. バルガス=リョサ 『ラ・カテドラルでの対話』 
  24. 眞木蔵人 『アイ アム ベックス=スプレッド ザ ラブ』 
  25. 田付貞洋(編) 『アルゼンチンアリ: 史上最強の侵略的外来種』 
  26. 綿矢りさ 『かわいそうだね?』 
  27. スーザン・ソンタグ 『隠喩としての病い』 
  28. 長谷川修一 『聖書考古学: 遺跡が語る史実』 
  29. 『やきものの事典』
  30. 真木蔵人 『BLACK BOOK 蔵人独白』 
  31. 吉木りさ 『誰かさんと誰かさんがネギ畑』 
  32. 今野杏南 『撮られたい』 
  33. 姉崎等(語り手)・片山龍峯(聞き書き) 『クマにあったらどうするか: アイヌ民族最後の狩人 姉崎等』 
  34. Neil A. Manson(編) 『God and Design: The Teleological Argument and Modern Science』 
  35. 村上春樹 『羊をめぐる冒険』 
  36. 近藤淳也 『「へんな会社」のつくり方』 
  37. グレン・グリーンウォルド 『暴露: スノーデンが私に託したファイル』 
  38. 礒山雅 『マタイ受難曲』 
  39. J.D. サリンジャー 『フラニーとズーイ』 
  40. 北大路魯山人 『春夏秋冬 料理王国』 
  41. 松尾潔 『メロウな日々』 
  42. ジョルジュ・ディディ=ユベルマン 『時間の前で: 美術史とイメージのアナクロニズム』 
  43. 安丸良夫 『神々の明治維新: 神仏分離と廃仏毀釈』 
  44. タラ・パーカー=ポープ 『夫婦ゲンカで男はなぜ黙るのか』 
  45. Alice Goffman 『On The Run: Fugitive Life in an American City』 
  46. 井筒俊彦 『アラビア哲学 1935年-1948年』 
  47. 伊丹十三 『日本世間噺体系』 
  48. ヒロ・ヒライ 小澤実(編) 『知のミクロコスモス: 中世・ルネサンスのインテレクチュアル・ヒストリー』 
  49. 九鬼周造 『「いき」の構造』 
  50. 荻野美穂 『女のからだ: フェミニズム以後』 
  51. アリストテレス 『魂について・自然学小論集』 
  52. 高峰秀子 『台所のオーケストラ』 
  53. 細野晋司・山下淳弘・仲俣暁生・濱野智史・山内宏泰・福川芳郎・鹿島茂 『グラビア美少女の時代』 
  54. 植島啓司『官能教育: 私たちは愛とセックスをいかに教えられてきたか』 
  55. 桑木野幸司 『叡智の建築家: 記憶のロクスとしての16‐17世紀の庭園、劇場、都市』 
  56. ローレンス・M・プリンチペ 『科学革命』 
  57. Anthony Grafton 『Defenders of the Text: The Traditions of Scholarship in an Age of Science, 1450-1800』 
  58. 牧野雅子 『刑事司法とジェンダー』 
  59. 三浦靭郎(編) 『音楽の冗談』 
  60. スタニスワフ・レム 『ソラリスの陽のもとに』 
  61. 村上春樹 『ダンス・ダンス・ダンス』(英訳) 
  62. スラヴォイ・ジジェク 『ラカンはこう読め!』 
  63. 尹雄大 『体の知性を取り戻す』 
  64. 伊丹十三 『再び女たちよ!』 
  65. 宋美玄 『少女はセックスをどこで学ぶのか』 
  66. 神崎繁・熊野純彦・鈴木泉(編) 『西洋哲学史1: 「ある」の衝撃からはじまる』 
  67. 懐奘(編) 『正法眼蔵随聞記』 
  68. 片瀬萩乃 『社内恋愛の教科書』 
  69. ブライス=エチェニケ 『幾たびもペドロ』 
  70. 谷川健一 『古代史ノオト』 
  71. 藤岡淳子 『性暴力の理解と治療教育』 
  72. 土居寛之・田島宏 『基本フランス語文法』 
  73. 川上未映子 『きみは赤ちゃん』 
  74. 矢作俊彦 『あ・じゃ・ぱん!』 
  75. 佐々木信綱(編) 『新訓 万葉集』(上) 
  76. 冨永愛 『Ai 愛なんて 大っ嫌い』 
  77. 神崎繁・熊野純彦・鈴木泉(編) 『西洋哲学史2: 「知」の変貌・「信」の階梯』 
  78. 鈴木大介 『最貧困女子』 
  79. ニコラウス・クザーヌス 『学識ある無知について』 
  80. 吉田類 『酒場詩人の流儀』 
  81. 池谷孝司 『スクールセクハラ: なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』 
  82. 種本祐子(監修) 『初歩からわかる新大陸のワイン入門』 
  83. 木村榮一 『ドン・キホーテの独り言』 
  84. 伊丹十三 『問いつめられたパパとママの本』 
  85. 隠岐さや香 『科学アカデミーと「有用な科学」: フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』 
  86. ミシェル・フーコー 『知の考古学』 
  87. ミハイル・アファナーシエヴィチ・ブルガーコフ 『悪魔物語・運命の卵』 
  88. 安倍晋三 『新しい国へ: 美しい国へ 完全版』 
  89. 佐伯快勝 『仏像を読む』 
  90. 小栗虫太郎 『聖アレキセイ寺院の惨劇』 
  91. Svetlana Alpers 『The Art of Describing: Dutch Art in the Seventeeth Century』 
  92. 外山ひとみ 『女子刑務所: 知られざる世界』 
  93. 和田好子 『やまとなでしこの性愛史: 古代から近代へ』 
  94. トマス・ピンチョン 『LAヴァイス』 
94冊! 2014年は、おそらくこの「石版!」ブログ史上最多読了数となったが、増えているのはろくでもない本(グラビアアイドルによる小説とか……)を訳あって読むことになったからであろう。英語の本は7冊。Kindle Paperwhite導入後、これで洋書を読むスピードがあがったものもあったが、読みたかったものがKindle化されておらず、結局紙で読まざるをえないこともある(あとiPhone 6 Plusにケータイを変えてからというもの、まったくKindle Paperwhiteを使っていない……。たぶん、もうずっと使わないと思う)。

マイブームとなっていたのは伊丹十三。これは夫婦でよく読んだ。それに関連して料理に関する本を読んだりしていた。長いこと続けていた集英社の「ラテンアメリカの文学」シリーズ全巻読破プロジェクトも5年近くかけて完了。あとなんか積ん読の地層の古いところに手をつけたりもした年だった。

しかし、数を読んでいるわりには、記憶に残っていない本が多すぎる。(これは音楽に関してもそうだけれど)接したそばからどんどん忘れていっているような感じである。読み方も随分いい加減に読んでいる気がするし、あんまり面白いブログ記事をかけなかったような、そういう寂しさが残る。あと、今年はこういう新しい考え方を学んだ! みたいなこともなかった気がする。フランス語がほんの少し読めるようになった、とかちょっとした成長はあるし、面白い本はたくさんあったんだけど、いつもみたいに「これが今年の一冊だ!」というのも選べない。

こんなことを書いても仕方ないんだけど、なんかこのブログ、前より面白くなくなってませんか、と読者の方々にお聞きしたくなってしまうんだよ、振り返ると。

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トマス・ピンチョン 『LAヴァイス』

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LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)
トマス ピンチョン
新潮社
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邦訳で読めるトマス・ピンチョンの最新作『LAヴァイス(Inherent Vice)』を読了。基本的にピンチョンの小説って「謎の女を追う」とか「謎の組織がどうのこうの」みたいなミステリー仕立てのプロットがあるのだけれども、本作が初めての「本格探偵小説」なんだと思う。発表された2009年にピンチョンは62歳。で、わたしは途中まで「やっぱ、ピンチョンも年なのかなー、結構普通の小説じゃん。主人公がひたすらマリファナやりまくって、情けない感じなだけで」と思って読み進めていたのだった。

視点は、主人公の私立探偵、ドックから動かないし、序盤ちょっとダラダラしてないか?  いつになったらバカ博物学描写がでてくるんだ? 「どうなんだ、これは……」とページをめくっていくうちに、登場人物はどんどん増えてきて、バカな脱線(聖書に登場する湖上を歩くイエスをサーフィンの暗喩と解釈する伝説のサーファーとか)やニューエイジ思想やオカルティズム(『逆光』にはシャンバラ帝国がでてきたが、今回はエミリア大陸!)、そして映画やテレビドラマ、サイケロックやサーフミュージックといったサブカルチャーの記述が満載になり、安定のピンチョン・クオリティで思わずガッツ・ポーズである。

この小説、とくに終盤からの伏線回収モードに入ってからがスゴい。「こんなに急いじゃって良いんですか……?」とどんどん伏線が回収されて、どうでも良い脱線だと思われてきた記述さえも重要なシーンに「あれ、伏線だったんかい!」と登場する。ピンチョンの作品中、もっともそのミステリーが解かれていく快楽が高いものではなかろうか。で、また、ちょっとジーンとさせる要素をいれてくるんだよね。この小説の世界ともつながりを持っている『ヴァインランド』以降、なぜかピンチョンは必ずジーンとくるシーンを書いている。しかも、きまって家族愛だっていう。ちょっと最高すぎ。

で、ポール・トーマス・アンダーソンが監督で映画化する、っていうね。読了後にトレイラーを見たんだけれども、すごく良く原作が持ってる雰囲気を再現していて、日本公開がとても待ち遠しくなった。

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2014年に聴いた新譜を振り返る

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  1. Jon Hopkins / Immunity 
  2. 中島ノブユキ / clair-obscur 
  3. Keziah Jones / Captain Rugged 
  4. Fernando Silva / Miro Por La Ventana 
  5. Volcan / Volcan 
  6. Beck / Mornig Phase 
  7. Bombay Bicycle Club / So Long, See You Tomorrow 
  8. Pharrell Williams / G I R L 
  9. Real Estate / Atlas 
  10. 菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール / 戦前と戦後 
  11. Leo Tomassini / Arpoador 
  12. Squarepusher x Z-Machines / Music for Robots 
  13. John Frusciante / Enclosure 
  14. Gilberto Gil / Gilbertos Samba 
  15. Temples / Sun Structures 
  16. 小田朋美 / シャーマン狩り: Go Gunning For Shaman 
  17. モルゴーア・クァルテット / 原子心母の危機 Atom Heart Mother is on the edge 
  18. 坂本慎太郎 / ナマで踊ろう 
  19. BUCK-TICK / 或いはアナーキー 
  20. Joyce Moreno / Raiz 
  21. Moreno Veloso / Coisa Boa 
  22. Homecomings / I Want You Back EP 
  23. Negicco / サンシャイン日本海 
  24. Fennesz / Bécs 
  25. キリンジ / 11 
  26. Humberto De Morais / Imagem 
  27. Hamilton De Holanda / Caprichos 
  28. Carlinhos Brown / Marabo 
  29. Ricardo Herz & Antonio Loureiro / Herz E Loureiro 
  30. U2 / Songs Of Innocence 
  31. The Vacant Lots / Departure 
  32. 平賀さち枝とHomecomings / 白い光の朝に 
  33. Aphex Twin / Syro 
  34. Steve Reich / Radio Rewrite 
  35. Prince / Art Official Age 
  36. Prince & 3RDEYEGIRL / PLECTRUMELECTRUM 
  37. Iceage / Plowing Into the Fields.. 
  38. Vashti Bunyan / Heartleap 
  39. Pierre-Laurent Aimard / Bach: Well-Tempered Clavier, Book 1 
  40. Vicky Chow / Tristan Perich: Surface Image 
  41. André Mehmari / Ernesto Nazareth Ouro Sobre Azul 
  42. Quique Sinesi / 7 Sueños / Familia 
  43. Guinga / Roendopinho 
  44. Lilián Saba & Marcelo Chiodi / Sol y Luna 
  45. 土岐麻子 / Standards in a sentimental mood: 土岐麻子ジャズを歌う 
  46. 大滝詠一 / Best Always 
  47. Johnny Marr / Playland 
  48. D'Angelo and the Vanguard / Black Messiah 
  49. Rinbjö / 戒厳令 
  50. Homecomings / Somehow, Somewhere 
今年は新譜を50枚ほど購入していた模様。たぶん過去最高に買っている……。こうやってリストを眺めてみるとかなり充実した一年だったかも。Beckの新譜も良かったし、Real Estateもすごくよく聴いた。レオ・トマッシーニも良かったなあ。坂本慎太郎も、Buck-Tickも最高だった。キリンジもすごかった。アミルトン・ヂ・オランダとも良い出会いができたし、プリンスも最高だったな。あとXX年ぶりのリリース! みたいなのが多かった気が。ヴァシュティ・バニヤンとか、ディアンジェロとか、Aphex Twinとか。純クラシックはエマールによる平均律しか買ってないが、これも愛聴している。

今年の俺音楽 of the Yearを選ぶならば、間違いなく、HomecomingsとNegiccoになろう……。死ぬほど聴きまくった。
I Want You Back EP
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Homecomings
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トリプル!WONDERLAND 初回限定盤B(CD+LIVE収録DVD 付)
Negicco
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ということで、来年も雑多に音楽を聴きまくることになろう……。良い音楽に出会えると良いなあ。

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Homecomings / Somehow, Somewhere

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Somehow, Somewhere
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Homecomings
felicity (2014-12-24)
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Homecomingsのファースト・フル・アルバムである。いや、もう日本のインディ・ロック界の宝というか、これには抗えないっていう感じは今回も健在。英語詞のむちゃくちゃ具合(英文の意味的にも、音節に対してこんな譜割りはありえないよ、っていうところ)は若干緩和されてきているように思われた。ホント、歌詞でテンション下がる部分があるのはもったいないのでこれからも上手くなっていってほしい。演奏はむちゃくちゃうまいんだから……。今年下北でおこなわれたライヴで一度演奏を見たけれど、異様なバンドの完成度っていうか、演奏のまとまりぶりがあってすごく良かったです。

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Rinbjö / 戒厳令

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戒厳令
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Rinbjo
ヴィレッジレコーズ (2014-12-24)
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菊地成孔プロデュースによる菊池凛子の歌手デビュー・アルバムを聴く。Rinbjöと書いて「リンビョウ」という名義とのこと。スカーレット・ヨハンソンによるトム・ウェイツのカヴァーを軽く超えてくる組み合わせだけれども、女優が出す音楽作品のなかではかなり異形であろう。ヴォーカル曲よりも、ラップ、ポエトリー・リーディングのほうが前面に立っていて、しかも内容がかなりエグい。このエグみはSpank Happyを彷彿とさせるのだがもっとエグい。けれども、なんだか坂本龍一プロデュースによる中谷美紀の作品も思い出されてしまいもするんだよ(『食物連鎖』とか特に……)。しかしだ、ヴォーカル曲の名曲具合がなかなかすごくて「泥の世界」という曲なんか、NHKの深夜枠のドラマの主題歌にぴったりな感じがある。高速のジャーマン・ニューウェーヴみたいな曲もあれば、メタリックなギターがギャンギャンになっている曲もあり、黒いリズムの訛りやポリリズムもある。これがディアンジェロの新譜と同じタイミングででてきたのはちょっと面白いな、と思った。

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D'Angelo and the Vanguard / Black Messiah

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Black Messiah
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D'Angelo And The Vanguard
RCA (2014-12-23)
売り上げランキング: 15
ディアンジェロの新譜を聴く。14年ぶりの新アルバムということで、業界震撼、マジかよ、みたいな感じかもしれないが、すごく濃密なアルバムである。前作が『Voodoo』、そして14年後に『Black Messiah』(ディアンジェロは、自分のことを指してるわけじゃないぞ、と説明している)ってタイトルのつけ方がまるでマイルス・デイヴィスみたいだと思った。ブラック・ミュージックに対するリテラシーを持ち合わせていないため、なんなのこの重さと粘っこさは、という驚愕のなかで聴くしかないのであるが、『Voodoo』のものすごく抽象的な「とにかく黒いことしかわからない」黒さよりも、ずっと聴きやすい印象を持った。でも、まだよくわかっていない。

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和田好子 『やまとなでしこの性愛史: 古代から近代へ』

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やまとなでしこの性愛史: 古代から近代へ
和田 好子
ミネルヴァ書房
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ちゃんとした学者の人の著作かと思ったら、古典文学・歴史好きの教養高いおばあちゃんが情熱をもって、日本女性の性愛に関連の本を参照しまくり、一冊の本にしてしまった、というもの。あのー、ミネルヴァ書房って学術出版社なんですよねえ……。参考文献リストはさすがに作ってあるんだけれども、どこまでが参考文献に書いてあることで、どこからが著者の分析なのか全然わからないし、学術書のスタイルをとらない本に、こんな立派なタイトルつけちゃって良いの? と思う。突然「こんなことがあったに違いない」という想像がブチかましたりしてて、読んでいて不安にもなる。いろいろ面白いことは書かれているので参照している文献を読んでみたいんだけれど、そっちに遡れないもどかしさよ……。ともあれ、経済や産業の主体が男性に移っていったことや、西洋化によって日本のやまとなでしこは抑圧されることとなったのである的な歴史記述は、なるほど、と思わされる。もしかしたら上野千鶴子のマルクス主義フェミニズムってこういう話だったりするのか。参考文献にあがってないけども……。

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外山ひとみ 『女子刑務所: 知られざる世界』

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女子刑務所 知られざる世界
外山 ひとみ
中央公論新社
売り上げランキング: 57,277
20年以上にわたって日本各地の刑務所を取材していた写真家、外山ひとみによる女子刑務所に関するドキュメントを読む(著者は今年急逝)。収容過剰状態になっている女子刑務所の実態や、女性刑務官の仕事ぶり、育児ノイローゼで児童虐待の末子供を殺してしまった女性や覚せい剤で捕まった女性へのインタヴュー(女性の受刑者の罪状で一番多いのが覚せい剤取締法違反なんだって)などなかなか濃い内容。加えて少年院にも取材している。副題の通り「知られざる世界」へフォーカスを当てた仕事ぶりはすごい……のだけれど、雑誌連載時の掲載誌が『婦人公論』というまぁほとんどゴシップ誌みたいな雑誌だったからなのか、登場する女性の描き方には違和感をぬぐえない部分もある。育児ノイローゼで子供を殺しちゃった女性にしても、覚せい剤で捕まっちゃった女性にしても、あるいは女性刑務官にしても「母親である」というところが強調されてるのである。

たとえば女性刑務官は「大変な仕事だけど、こんな工夫をして母親も両立しててすごいね!」っていう感じで登場するし、受刑者にしても更生するなかで母親として目覚めました的な感じ。育児ノイローゼなんか良き母親像のイメージから抑圧なんかも原因にあるだろうに、犯罪の原因が受刑者の母親性の欠如にあるとも読まれかれないと思った。育児ノイローゼの女性は夫がギャンブル中毒でお金がなく、育児もやらず、自分で夜の仕事をしながら育児をするしかなかった。覚せい剤の女性も内縁の夫からすすめられて薬にハマってしまった……とか、環境にも問題があるのに、オチが全部「刑務所に入って魂入れ替わりました(出所したら子供一番で生活します。薬も二度とやりません)」みたいな感じなんだもん。なんだ、女子刑務所っていうのは母性教育施設なのか……?

とイチャモンをつけたくなってしまったのだが、基本的には良い本。女性犯罪史にも触れられていて、本書で「戦後の日本での女性の死刑囚は14人」という事実を知った(Wikipediaにもページがある)し、女性の受刑者と男性の受刑者の数を比べると男女比が1:12になっちゃうとか結構驚きだった。アリス・ゴッフマンの著作を読んでいても感じたけれど、犯罪の世界も男性社会なんだなぁ、と思う。

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Svetlana Alpers 『The Art of Describing: Dutch Art in the Seventeeth Century』

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The Art of Describing
The Art of Describing
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Svetlana Alpers
Univ of Chicago Pr (Tx)
売り上げランキング: 114,853
アメリカの美術史家、スヴェトラーナ・アルパースの『描写の芸術』を読む。本書の内容については日本語版Wikipediaのページにも簡単な記述があるけれど、ざっくりと語り直すのであれば、パノフスキーが提唱するイコノロジー(図像解釈学)によっては評価しきれないオランダ絵画を、別な道具立てによって読み直すことによって、美術史をひっくり返すような意欲的な試みがなされた本、とでも言えるだろうか。イコノロジーはイタリア絵画を読み解くには有効な道具だったが、その観点からするとオランダ絵画は「物語や意味が隠されていない、ただ単に『世界』を描いただけの絵」として価値を貶められていた。ヴァザーリやミケランジェロもそうした価値付けをおこなっている。彼らにとって真の芸術とは、画面構成の調和と加えて絵のなかに込められた物語や意味があってこそ成立する。オランダ絵画にはそういうのがないのでダメだ(イタリア絵画こそ、真の芸術なのだ)というわけである。アルパースはそれを「いや、むしろオランダ絵画は『世界』をそのまま捉える芸術なのだ」と意味付ける。

イタリア絵画との対比をしばしば加えながら、アルパースはオランダ絵画における「世界を捉ようとする欲望(博物学的な欲求)」を見出していく。そこではケプラーの光学理論やフランシス・ベーコンの分類学に共感を得ていたオランダの知識人や芸術家が顧みられ、また地図製作者たちのポリシーが、オランダの画家と共鳴していることが主張される。掲載されている図版のなかには、ロンドンのナショナル・ギャラリーに収蔵されている作品が数多くあり、今年のイギリス旅行のまえに手をつけておけば良かった、というのが個人的な反省点。本書が提示するオランダ絵画における博物学的な欲求については、ダストン&パークの『驚異と自然の秩序』にも通じている(この本でも、フランシス・ベーコンは重要な思想家として扱われているのだった)。

博物学的欲求からやや離れたテーマが扱われる第5章「Looking at Words: The Representation of Texts in Dutch Art(言葉を見る: オランダ絵画におけるテクストの表現)」もまた面白く読んだ。イタリア絵画に描かれる題材は、例えば聖書の一場面であったり、神話の一場面であったり、と画面から物語のテクストが読み取れるものだ。それに対してオランダ絵画における静物画であったり、風景画であったり、あるいは民衆の生活の一場面を切り取ったものであったりには、そうしたテクストを読み取ることはできない。もちろん、ヴァニタスのように寓意的な静物画があるものの、そうしたテクストの不在(なんというか、こういう言い回しをするだけで現代思想っぽいが出る)がまたオランダ絵画の価値を貶める要因でもあった。これに対して、アルパースは17世紀オランダ絵画の画面に書き込まれたテクスト(絵画から読み取られるテクストでなく、画面上に現れたテクスト)の機能や、(現存するフェルメールの絵画で描かれているような)手紙という題材について着目する。テクスト不在の絵画のなかから、テクストを発掘するのである。

このうち、手紙という題材の解釈は、何年か前に渋谷のBunkamuraで開催された企画展「フェルメールからのラブレター展」を想起させる。振り返るとこの企画展で紹介されていた17世紀のオランダの手紙事情(フランスで書かれた手紙のお手本集がオランダ語に翻訳されベストセラーになっていた、とか)や意味付けは、まるっきりこの本から引用していたんじゃないか、という気づきがあった。こうした彼女の読解方法は「ニュー・アート・ヒストリー」という概念の提唱であるらしい。読んでいるうちに「これも新しい解釈学、別なイコノロジーに過ぎないのでは……」という気にもされられるのだが、大変刺激的な本だった。以前にディディ=ユベルマンの本について書いたときに告白したとおり、絵画のような視覚文化には、アウェー感を感じるところではあるのだけれど、引き続き、ゴンブリッチなどの(アルパースからすればオールド・スクールな)美術史についても勉強していきたい。

描写の芸術―一七世紀のオランダ絵画
スヴェトラーナ アルパース
ありな書房
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邦訳もあり。ただし現在は絶版のため、プレミア価格がついてしまっている……。ちくま学芸文庫とかに入ると良いな、とは思うけれど、そんなに英語は難しくないので読みたい人は原著で読んでも良いのかも。ただし、ペーパーバック版はB5サイズという持ち歩くには大変不便だし、電車のなかで立って読むには苦行を強いられる大きさなので注意が必要。図版が大きく見れるのは良いけども。

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小栗虫太郎 『聖アレキセイ寺院の惨劇』

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こないだ読んだ『あ・じゃ・ぱん!』の主人公は、小栗虫太郎の研究をやっていたという設定になっていて、それで彼の小説にも興味をもった。「名探偵・法水麟太郎」シリーズの一編だが、昔の小説界にはこういう小説もあって良かったのか、と感心する一編。ストーリー展開とかはあまりなくて、殺人事件の謎解きがメイン。序盤に誰が犯人かは示唆されていて、主人公の法水も犯人に目星はついている。そこであれこれ科学的な知識が披露されつつ、トリックが解明されていくのだが、まずこんなテキストは今では受け入れられないだろう……。

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佐伯快勝 『仏像を読む』

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仏像を読む (学研M文庫)
仏像を読む (学研M文庫)
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佐伯 快勝
学習研究社
売り上げランキング: 903,542
京都にある有名なお寺、浄瑠璃寺の住職、佐伯快勝による仏教入門書を読む。タイトルからすると、仏像を読み解くイコノグラフィーを期待してしまうのだが、そちらはメインではなかった。帯には「仏像鑑賞の画期的入門書!」とあるのに……。ともあれ、日本への仏教の伝来からその発展や、仏教のコスモロジーに関して簡潔に書かれているので、勉強になる。たまたま先日、祖父の七回忌があったのだけれども、そこでお坊さんが「三回忌、七回忌、十三回忌……と霊を守護する仏様は変わっていく」という話をしていた。忌日が来るたびに、霊的なステージがあがっていくマイレージみたいなこのシステムに関しても本書には詳述されていて「十三回忌になると、じいちゃんは大日如来のもとにいくことになるのか〜」とか思った。

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安倍晋三 『新しい国へ: 美しい国へ 完全版』

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新しい国へ 美しい国へ 完全版 (文春新書 903)
安倍 晋三
文藝春秋
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先の衆院選から安倍晋三という政治家について急に興味が湧いてきた。ネットの言論空間ではファシスト・軍国主義者のように扱われ嫌われる一方で、今まで誰もやったことがないようなリフレ政策を進めているのに、リフレ派から反対されていた消費税増税もおこない経済回復の停滞をもたらし、積極的な外交をしつつも、靖国神社を参拝して中国や韓国はおろかアメリカからも非難される……革新と保守的な態度、センスの良さと悪さがごちゃごちゃに混ざっているような気がしてならず、その複雑さはあと50年ぐらいして「平成史」がまとめられる際には研究者からも大きく注目されるんじゃないか、と思われるのだった。長期安定政権がささやかれているけれど、小泉純一郎の在任記録を塗り替えれば間違いなく歴史に残る政治家になるに違いない。

それで、この『新しい国へ』(これを2006年に出版された『美しい国へ』を、首相の座に返り咲いたタイミングで増補した本)を手に取ったのだけれど、なかなかに面白い本である。読むと複雑に思われていた安倍晋三のパーソナリティーがスッキリと理解できると思うし、現在の日本の問題点も極めて簡潔にまとめられている。多忙な政治家にこれほどちゃんとした本を作る暇がないだろうから、これは極めて優秀なゴースト、極めて優秀なスタッフによって書かれているんだろう。

とくに、安倍晋三 = ファシスト・軍国主義者的な批判をしている人は、ちゃんとこの本を読んだ方が良いようにも思う。安倍 = ファシストとして批判する人にとって、彼は「戦争がしたくてたまらない人」として解釈されているように見える。けれども、そもそもその理解が間違っているのではないか。「戦争がしたい」わけではなく、安倍晋三のなかには「戦争ができる国、武力行使ができる国であるのが『当たり前の国』」という戦後の偉い自民党の政治家たちの意思が引き継がれているのだ。そういうわけだから「あんたは戦争がしたいんだろう!」、「そんなにも人殺しがしたいのか!」という批判は、ほとんど意味がない。それは「私を正しく理解していない」的に受け流されるだけであり(こういう受け流しは、本書でかなり多く出てくる。マスコミや野党は自民党を、安倍晋三を正しく理解していない、的外れな批判である、と)、安倍晋三の改憲への意欲に対抗するのであれば「武力行使ができない国でも『当たり前の国』である方法があるだろ」と唱えなきゃいけないんじゃないか。

悪い影響しかないのにも関わらず靖国参拝にこだわっているのか、という疑問も本書で融解した。ここでは裁判の結果や歴史的な経緯をたどりながら、靖国参拝の正当性を熱く語っている。その正当性が外国で承認されていないのにも関わらず、参拝しているから問題が起こるのは当然なのだけれども、参拝の是非を置いておいて、安倍議論で感心してしまう部分もあった。靖国参拝を是とする安倍のなかに、戦前と戦後の日本人を連続的に考える意識を見いだすことができるように思われたのだった。ほら、戦争のことを反省する場合、「軍部の暴走だ」とか「戦中の日本人はバカだった」とか、まるで他人ごとのように語られることがあるじゃないですか。まるで戦中・戦前の日本人は、戦後の日本人とは違う人間であるかのような口ぶりが。靖国を参拝する安倍晋三は、そういう風に戦前と戦後を切り離してはいないように思われ、わたしにはそういう意識のほうがフェアなものに思われるのだった。もちろん、悪い影響しかないのに参拝してるのはバカなんじゃないか、と思うんだけれど。

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アヴェロエス 『霊魂論大注解』(英語版)の序文翻訳(2)

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宗教と政治の変化はアヴェロエスとその仕事に良い影響も悪い影響も与えていた。1184年、アル=マンスールが父親から地位を譲り受けると、『大注解集』が完成するまでのあいだ、アヴェロエスは厚い寵愛を受け続けた。彼は、セヴィリアの裁判官として、またコルドバの大裁判官としてアル=マンスールの父に仕えていた。しかし、1195年にアル=マンスールの不興を買ったアヴェロエスは、放浪の身となり、コルドバの近くのルセーナという町に逃げ落ちた。この短い放浪ののちに、アヴェロエスは名誉を回復するとマラケシュへと向かい、1198年に、そこで生涯を終えた。

この放浪の理由にはさまざまなめぼしい理由が考えられる。たとえば、アル=マラークシーの記述のように宮廷における陰謀と嫉妬の結果だとする説だ。アル=マンスールは当時支配的だったイスラム法学院の保守的な法学者たちの機嫌をとるためにアヴェロエスを追放したのだ。その一方で、アヴェロエスのアリストテレス主義者としての立ち位置が無視できないものとなっていたことを理由とする向きもある。

彼のアリストテレス主義的な見方は、各『注解集』や哲学的著作に限定されていない。1179年から1180年に書かれた彼の法学と神学に関する三部作、『決定的論考』 Decisive Treatise 、『宗教原理における証明集の説明』 Explanation of the Sorts of Proofs in the Doctrines of Religion 、そして『神的な知恵についての質問』 Question on Divine Knowledge と呼ばれる著作にはいずれも、伝統的なイスラム教の哲学的神学(カラーム)に対する徹底した批判的アプローチが色濃く反映され、またアリステレス主義的理性主義に強く影響されている。これらはアル=ガザーリーの哲学批判に対する回答である『矛盾の矛盾』によって直接的に引き継がれた。

短期間の放浪、そしてアヴェロエスの著作を焚書する命令が加えられた批難といったあらゆる説が、彼が書いたものを入手することに十分な悪影響を及ぼしている。しかしながら今日、彼の著作は非常に多くが現存している。ただ、最も重要な著作のいくつかはヘブライ語やラテン語の翻訳でしか発見されていない。アラビア語版があるもの、またはアラビア語から直接翻訳された現存する『大注解集』のテキストは、

  • アラビア語版と、中世ラテン語訳があるもの: 『形而上学』と『天体論』
  • アラビア語からのヘブライ語訳と、中世ラテン語訳があるもの: 『自然学』
  • ラテン語訳のみ: 『霊魂論』
といった状態にある。『分析論後書』については、アラビア語版が残っているが不完全な状態であり、ヘブライ語訳からのルネサンス期のラテン語訳だけが残っている。

これらの『大注解集』は全体として、アヴェロエスがアリストテレスの教えに受けた非常に深い影響をあらわし、また彼自身の最円熟期の哲学的観点を物語る。とくに『霊魂論』、『形而上学』において、アヴェロエスは長年悩み続けてきた知性の本質に関する問題、そしてこの序文で第一に焦点をあてる哲学的な問題への最終的な解決をおこなった。

しかしながら、アヴェロエスの最終的な立ち位置を説明する前に、それ以前の彼がかなり違った観点を持っていたことを説明する必要がある。これは、その後に到達した新しい視点への文脈を提供してくれるだろう。

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ミハイル・アファナーシエヴィチ・ブルガーコフ 『悪魔物語・運命の卵』

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悪魔物語・運命の卵 (岩波文庫)
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ロシア革命後のキエフ(現在のウクライナ)で執筆活動をおこない、生前はソヴィエト当局からの弾圧を受けていた作家、ブルガーコフの中編小説を読む。この人の作品では(わたしは未読だけれども)『巨匠とマルガリータ』が、めちゃくちゃに体制批判をおこなっていたことで有名だが、ここに収録されている『悪魔物語』(1923)と『運命の卵』(1924)を読んでも弾圧を受けるのもおかしくないと思ってしまった。

とはいえ、彼の表現は、あからさまに攻撃的なわけではない。グロテスクなユーモアとでも言おうか、共産主義体制での生活の不自由さや不条理が諧謔たっぷりに描かれていて、読んでいてゾクゾクくる。それがまた、過去の、遠い国の、いろんな事情が異なっている状況での、不自由さや不条理ではなく、今の時代と通じてしまう表現なのだからなおさら恐ろしくもなる。

陳腐な表現を使えば、そうした普遍的な不自由さや不条理をカフカ的と言ってしまえるだろう。しかし、ブルガーコフはカフカよりもずっとふざけている感じがある。ナンセンスな会話のやり取りの上手さは彼が劇作家でもあったことに由来するんだろうか。とくに古典的SFパニック映画的な『運命の卵』は素晴らしい。偏屈な動物学の教授が発見した、生物の成長を異常に促進する光線によって、恐るべきモンスターが生まれてしまう……という『ゴジラ』か『バイオハザード』かという話ではあるのだが、すごくキマりまくっている。

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アヴェロエス 『霊魂論大注解』(英語版)の序文翻訳(1)

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以下は、アヴェロエスの『霊魂論大注解』の英語版に付されたRichard C. Taylorによる序文の私訳。翻訳にあたって、注釈は省略、段落については適宜手を加えている。気が向いたときに続きも訳します(なお、100ページぐらいある)。

1168年から1169年にかけて、当時おそらく42歳だったアヴェロエスことアブー・アル=ワリード・ムハンマド・イブン・アフマド・イブン・ルシュド・アル=ハフィード(同じ名前を持つ彼の祖父は高名な法学者・宗教学者だった)は、アリストテレスとギリシアの注解者に対する熱心な学究心をそそいでいた。その明白な証拠が『小注解集』 Short Commentaries や『要約集』 Epitomes というアリストテレス研究に残っている。ここでのアヴェロエスは、ギリシアやアラビアの注解者たちの理解に多くを頼っていた。

アヴェロエスが法律や神学、そして裁判官の仕事をしながら、アリストテレスのテクストと思考に注力できたのは、イブン・トゥファイルのおかげだろう。この時期、イブン・トゥファイルはムワッヒド朝の支配者であるアブー・ヤクーブ・ユースフの宮廷にアヴェロエスを紹介した。アブー・ヤクーブ・ユースフは、父親であるアブドゥルムーミンや宗教指導者、アル=マフディー・イブン・トゥーマルト(d. ca. 1129-1130)からムラービト朝の征服者の地位を受け継いでいた。

アブー・ヤクーブ・ユースフにはこんな逸話がある。彼は、天国は永遠なのか、それとも時間的な始まりをもつのかと疑問をかかげた。それはアヴェロエスはひどく悩ませるものだった。彼は、クルアーンが創造物であったという説が生まれてからというもの、その議題が重大な宗教上の派閥をわけるものであったことを熟知していた。アブー・ヤクーブ・ユースフがイブン・トゥファイルと議論し、そこで洗練された理解を示してから、ようやくアヴェロエスは議論に参加できるように感じた。彼はこの問題に対する自らの博識を開陳した。

明白なのは、イブン・トゥファイルの求めと、アブー・ヤクーブ・ユースフの庇護のもと、アヴェロエスが1169年に裁判官としてセヴィリアに任命され、アリストテレスの業績を明白にする仕事にとりかかり、注釈を進展させていたことだ。アブー・ヤクーブ・ユースフによる支援は、およそ今日『中注解集』 Middle Commentaries として知られるものへの依頼という形をとっていた。『小注解集』による要約は、これらの『中注解集』による書き換え作業に引き継がれた。その後、アヴェロエスは『大注解集』 Long Commentaries  のなかの『霊魂論大注解』 Long Commentary on the De Anima を最初に完成させる。おそらく1186年よりも少し前のことだ。

この『大注解集』は、ほかの注解集とは対照的である。『小注解集』のように過去の注解者や二次文献を参照した説明や、『中注解集』のようにアリストテレスの教えを易しく言い換えるような要約はおこなわれていない。言うなれば『大注解集』は、『矛盾の矛盾』 The Incoherence of the Incoherence のなかでアル=ガザーリーに対しておこなった有名な応答と同様に、注釈付きテキストのアラビア語完全版であり、かつ、ギリシアの注解者やアル=ファーラービー、アヴィセンナ、イブン・バージャのほか当時参照できたであろうアラビアの伝統的な思想家たちに依拠した詳細な議論の分析を含んでいるのだ。

しかし、『大注解集』でもっとも注目すべきなのは、アヴェロエスが丹念にテキストを追いかけ、アリストテレスがしばしばおこなう簡潔な議論に詳しい説明を加えた労力だ。『霊魂論大注解』に加えて、アヴェロエスは晩年、年代ははっきりしないものの次のアリストテレスの著作へと注解をほどこした。

  • 『分析論後書』 Posterior Analytics (?)
  • 『自然学』 Physics (1186年、またはその後)
  • 『天体論』 De Caelo (1188年)
  • 『形而上学』 Metaphysics (1190年)

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2000円代からAmazonで買えるおいしい赤ワインまとめ(おつまみとワインの選び方についても)

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「ニュー・ワールド」の赤ワインをいろいろ試して飲み暮らしていることは、『初歩からわかる新大陸のワイン入門』(名著なので最新版にアップデートのうえ、復刊されて欲しい)という本をご紹介したときにも記した。で、本日は、飲み暮らしで得られた知見をまとめながら、2000円代かそれ以下でAmazonで買えるものをあげてみよう。以下、ぶどうの品種ごとにご紹介。

カべルネ・ソーヴィニヨン

「ワインを飲んでます」という実感が持てるのがこの品種の特徴であり、家で飲むなら赤身のステーキ肉をいい具合に焼き上げてあわせたい。重口の赤が好きならぶっちゃけチリかアルゼンチンのカベルネ・ソーヴィニヨンを選んでおけば、ひとまず外れることはない。それぐらいコスパ最高感があるけれど、チリのモンテスはそのなかでも屈指のポピュラリティとクオリティをあわせもつ。年によって値段はばらつきがあるが、正直、なにを飲んでも美味しい。なにしろ、ニュー・ワールドは「毎年がグレート・ヴィンテージ(天候が良い年)」なんだから。

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なお、モンテスがアルゼンチンの畑で作っているのが、こちらのモンテスになる。だいたい値段はモンテスと同じくらいかちょっと安いぐらいで売っているので飲み比べてみても面白い。とりあえず「安くて、旨い」ことは間違いなく伝わるであろう。

ピノ・ノワール

当初「カベルネ・ソーヴィニヨン」一辺倒であったわたしだが、最近はピノ・ノワールに傾倒。1000円〜2000円ぐらいの価格帯のカベルネ・ソーヴィニヨンを飲んでると「安い、旨い」みたいな感想しか出てこなくなり飽きてくる(いろいろ飲んでいてもその程度の舌ということである)。ニュー・ワールドのカベルネ・ソーヴィニヨンは優等生すぎて困ってしまうのである。それに対して、ピノ・ノワールは同じ価格帯でも味にバラつきというか変化があって楽しい。軽口から中重のなかで、いろんなヴァリエーションを感じる。

「カルフォルニア・ワインの父」と称されるロバート・モンダヴィのプライベート・セレクションのピノ・ノワールは、大変酸がきれいでスルスルと飲めてしまう。そして栓を開けてから時間が経つにつれてまろやかさが増していくので驚いた。

チリのアナケナのピノも最近、飲んで美味しいな、と思った。ラズベリーのような豊かな果実味でこれもスイスイ飲める。「カベルネ・ソーヴィニヨン」のところで紹介したチリのモンテスとカイケンのピノ・ノワールももちろん優秀です。

ジンファンデル

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カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワールはとても有名な品種なのでワイン通でなくとも「そういうものがある」ということぐらいは知っている人が多い。しかし、ジンファンデルとなるとそうではない。シラーとかメルローもっと有名な品種はあるのに、なぜ、ジンファンデルなのか、というと最近「おお、こういうのもあるのか」と実際飲んでみて大変驚いたから。カリフォルニアはソノマの畑で作られたクラインのジンファンデルは、果実味が豊か、というかジュースみたいにフルーティーでありながら、しっかり飲みごたえがある。日本産赤ワインでよくあるでしょう、ほぼジュースみたいな甘口のワインが。あれはあれで美味しいけれど、こちらはちゃんとワインになっている。

ワインとなにをあわせるか

ワインを飲むにあたっては「なにと一緒に飲むか」も大変重要である。赤ワインには肉というのは基本的には間違いないのだが、そうそう毎回ステーキばかり食べるわけにはいかない。「今日はワインを飲みたいけれど、今日の食事だとワインじゃないな……」というときは、食後にドライフルーツやナッツなどとあわせて飲むと良いだろう。
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わたしは最近、小粒のイチジクとピーカンナッツを食べながら飲むのにハマっている。ナッツはくるみでも良いけれど、ピーカンナッツのほうが少し渋みがあるのでワインにはしっくりくる。干しぶどうは「TIARA & TIXY」のやつが旨い。たまに酒屋さんに行くと「新物!」的なラベルが付いているものが売っていて、それはもう別物みたいに美味しい。
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あと、これはめちゃくちゃ邪道だけれども駄菓子も普通にあう。ビッグカツに赤ワインとか最高に良い(ビッグカツに最もあうワインを探したくなってくる)。

どうやったら美味しいワインを見つけられるのか

以上、長々と講釈をたれてきたけれども、最後にワインの選び方についても記しておく。「美味しいワインを見つける」という秘訣はたった一つしかない。それは「詳しい人に聞くこと」だ。レストランのソムリエでも良いし、ワイン売り場の店員さんでも良い。聞いて選ぶのが、美味しいワイン(というか自分が好きなワイン)を選ぶ近道だ。

百貨店の地下では毎日のようになんらかのワイン・フェアを開催しているのでありがたく試飲させてもらおう。その際、物乞いのように小さなカップでワインをいただくのではなく、あれこれ質問してみること。お店が激混みなときは迷惑になるかもしれないが、大抵親切にいろいろ教えてくれる。もちろん相手はプロなので驚くほど詳しい。「渋いのが好きなんですけど、このなかではどれですか?」、「飲みやすいのが良いんですけど、おすすめはどれですか?」、「このボトルとあのボトル、どうちがうんですか?」こちらから興味を持って聞くことで、自然と自分の好みやワインのことがわかってくる。

インターネット上では「美味しいワインを選ぶならニュー・ワールド!」とライフハック的に語られている。それは100点に近い正解ではあるのだが、いささか乱暴ではある。フランスやイタリアにも安くて美味しいものはあるわけだし、ワインを選ぶ楽しみ、っていうのもあるわけで。こういう記事を書いていて最後に矛盾するようだけれど、人に聞いて、いろいろ迷いながら飲むのが良いと思います。

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ミシェル・フーコー 『知の考古学』

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最近、ミシェル・フーコーの著作を読み直してみようかなー、とか思っているのだが、その前に『知の考古学』の新訳・文庫版を読む。河出文庫には、ここ4、5年でフランス現代思想のビッグ・タイトルが入っていて、ありがたくは思うんだけれども、フーコーはこれと『ピエール・リヴィエール』(未読)だけですか。あとちょうど今日『言説の境界』が文庫化された模様である。
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できるなら、メインどころのメインどころ、それこそ『言葉と物』とかが、新訳で文庫化されると良いんだけれども、と思う。『知の考古学』もこれだけ読んでも仕方がない本ではないですか。『狂気の歴史』や『臨床医学の誕生』などの仕事の方法論について語っている本だから。書き方が難しいし、いきなり『知の考古学』に手を出した初学者が読めなくて「フーコーは難解……」となってしまったら、アクセシビリティの高さが悪影響を及ぼすことにもなりそう。わたしも難しさにちょっと真面目に読むのを断念して、壮大に読み飛ばしてしまったよ……。こんなに難しく書く必要あるんですか、と思って自分の不真面目さを棚上げにして、本にキレそうになる。

なので、以下に書くことは解説などを手掛かりになにが書いてあるかを推測したことに過ぎない、普段以上に読む価値なしの雑文に過ぎない。

この本でフーコーは、伝統的な思想史と異なった自らの「考古学」について語っている。それがどういうものかというと「歴史の連続性と人間学的思考から解き放たれた」ものだと言う(ここまで本の裏表紙に書いてある)。

方法論のキーワード「歴史の連続性」、「人間学的思考」からの解放だけ拾うと、わたしはディディ=ユベルマンが謳う美術史のアナクロニズムに近いものを感じる。が、脱中心とか脱人間学とか言いながら、それは「脱中心」という中心を求めることのようにも思われるし、「脱人間学」という人間学とも読めなくもない。人間主義への批判をすることで「真の人間主義はコレ!」と言っている、というか。そんな気がする。そんな方法論とかはわたしは歴史家でもないし、思想家でもないので、どうでも良くてですね。「歴史学」や「考古学」に関するテキストじゃなく、「歴史」が読みたいんだよ、って思った。なので、端的に読む本を間違えたことがわかった。

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Johnny Marr / Playland

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JOHNNY MARR
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ジョニー・マー単独名義でのセカンド・アルバムを聴く。前作もなかなかの愛聴盤だったが、今度のもスゴい。長いキャリアをもつミュージシャンであるが、今がThe Smiths時代以来の絶頂期に入っているのではないか……。全編が疾走感溢れる強烈な8ビートの楽曲で構成されていて、まったく息つく暇もない。ドラムとベースは、まるでBuck-Tickみたいに聴こえてしまうし、こういうの、たまらないです。

(アルバムの2曲目、Easy MoneyのPV)

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隠岐さや香 『科学アカデミーと「有用な科学」: フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』

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科学アカデミーと「有用な科学」 -フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ-
隠岐 さや香
名古屋大学出版会
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刊行以来さまざまな賞を受けており、すでに高い評価がなされた著作だが、実際に読んでみたら面白すぎてちょっとこれはスゴい本だな、と魂消てしまった。著者の隠岐さや香さんの業績は、当ブログでもかつて「一七八〇年代のパリ王立科学アカデミーと『政治経済学』」という論文を紹介させていただいた。本書にはこの論文も組み込まれ、17世紀から18世紀末のフランスの科学をめぐるダイナミックな変動を詳細に描いている。昨今、日本の科学業界・アカデミズム業界でも、社会の役にたつ「有用性」がある研究を! という要請に対してさまざまな議論がなされているが、この議論に参加しようと思ったら、本書を読むことを義務付けるべきであろう、と思うぐらい、アンシアン・レジーム期から革命期になされた議論が、すごく現代とリンクして読めた。

本書を開いた読者は、科学の社会的な意味の変容を目にするだろう。科学アカデミーの成立時の知識人たちは、学問を庇護することが王権の威光を高めるものとして国王の庇護を求めた。いわばメセナ活動として学問に投資してくれ、と言ったわけである。しかし、次第にそれは国のため、社会のために学問が必要だ、この学問は有用だから当然投資されてしかるべきなのだ、という主張に変化する。ただし、そこではすぐにその業績が社会に還元できそうな、今日でいう応用研究だけが称揚されたわけではない。基礎科学も同時に取り組まれるべきものとして知識人たちは訴えていた。

そこには「基礎がなければ応用は成立しない、だから、一見すぐには役立ちそうにないものでも取り組むべきだ」という正当化だけではない。当時、科学アカデミーの主導者であったフォントネルは、数学の有効性について「『秩序、簡潔さ、正確さ』などの価値を称揚し、それらが道徳、政治、批評、雄弁などの他分野の書物にもいい影響を与える」と述べている。役に立ちそうにないものでも、それが精神的な充足を与える。だから、「一見してあまり有益にみえない『好奇心をくすぐる以外の何物でもない部分』」も保護されて良い。フォントネルが保護しようとした学問のある部分は、今まさに切り捨てられようとしている部分と見事に一致する。

フォントネルの時代の科学アカデミーが行った科学の普及・啓蒙活動もとても興味深いものだ。今日で学術団体が発行する出版物を一般人が手にとることは大変稀なことだと思うが、当時の科学アカデミーの機関紙『科学アカデミー年誌・論文集』は、後半部分を専門研究論文、前半部分は「『数学や自然学についてごくわずかで表面的な知識しかない人々』に読まれることを前提」とする構成になっていた。その『年誌』の部分では、一般読者の目線が意識され、近年の科学動向に加えて、死去した会員を讃える伝記が記されていたという。そのエロージュという伝記部分は、フォントネルによって一種の文芸ジャンルとしても開拓されるほど人気を集めた。フォントネルたちは、社会に対するアピールを欠かしていなかったのである。

こうした活動とともに科学の有用性は広く認識されるようになってくる。18世紀後半になると、科学アカデミーの会員たちは、さまざまな社会問題を解決するための技術者・意思決定を助ける有識者として動員されるようになる。産学官連携みたいな関係ができあがるのだ。しかし、それによって科学アカデミーは性格の二重性のあいだで苦しむこととなる。「科学の共和国」と、社会に人材供給を行う「技能集団」という2つの顔の両立に、組織は耐えられなくなる。そんななかで、コンドルセが構想した科学者たちのユートピアは、本書で「限界を露呈した啓蒙の理想」が見出した「最後の居場所」として評価される。

しかし、そのユートピアは実現されることがない。その功績は、その後の科学の専門化に貢献しつつも、革命の混乱によって科学アカデミーの存在自体が潰されてしまうのだ。その理由がまた悲しいものだ。ポピュリズム的な運動で独裁政権を打ち立てたジャコバン派は科学アカデミーのメンバーを貴族的なエリート主義だとして激しく非難する。その弾圧は「王や権力者の味方」だったことも理由にされた。その背景には、国際情勢の悪化と戦争の開始もあった。要するに、社会的な余裕がなくなった瞬間、科学アカデミーが大事にしてきたはずの「好奇心をくすぐる以外の何物でもない部分」が目の敵にされてしまい、そのまま、潰されてしまった、ということである。政治活動もおこなっていたメンバーは、ギロチン刑にかけられ、コンドルセも獄死する。

この悲しい帰結が、日本の科学の将来を予言するものとならなければ良いんだけれど、と思うばかりだが、科学アカデミーを廃止した側の記述も大変興味深く読んだ。革命期の急進思想の形成に、今日では疑似科学として知られるメスメリスム(動物磁気!)が大きな影響を持っていたとか、すごく面白い。メスメリスムは科学アカデミーによって調査され、当時から既にインチキ扱いされているのだが、それが科学アカデミーに対する反感を高めることにもなったという。メスメリスムのオカルティズム自体にもそそられるのだけれど「カルトをカルトだとして潰そうとしたら、強烈なしっぺ返しをくらった」みたいな構図になっているのは恐ろしくもある。

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大滝詠一 / Best Always

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大滝詠一が亡くなってもうすぐ1年経つところでリリースされたベスト盤を聴く。キャリアが長くて、かつノヴェルティソングだったりCMソングだったりというところで趣味的な職業作家というすごく得意な立ち位置でも活躍していた人だから、このアルバムでキャリア総決算になっている、というわけにはいかないだろう。ガチガチの職業作家というイメージでは、大滝と一緒に仕事をしていた山下達郎ではピッタリくる。どちらかと言えば、大滝詠一の分散的というか、拡散的な仕事をしているように思われ、でも、実にいろんなことをやっていた(長嶋茂雄研究だったり、落語研究だったり、映画研究だった)ことは付属のブックレットを読んでもわかる。ただ、その分散具合、拡散具合は、分裂的になっているわけではなく、すごく大滝詠一のコスモスっていうのがあるな、と思わされたのが今回のベスト盤だった。

また、大滝詠一のコスモスを構成している要素を辿っていくと、また別なコスモスにつながっていく、そういう別世界への案内役的な性格もとても強く持っているように思うのですね。オールディーズのアレンジを露骨に引用していても、単にパクりっていうわけじゃなくて、その引用元へとすごく導いてくれる、そういう引力がある。享年65歳ですか。このベスト盤を聴いて、もっともっと氏が抱えている世界を見せて欲しかったなあ、と残念な気持ちがとても高まった。「大滝詠一のジュークボックス」という企画盤も、実に案内人としての大滝詠一の性格を伝えているもののようで、興味が高まります。こっちもチェックしなきゃ、と思う。

大瀧詠一のジュークボックス~ユニバーサル ミュージック編
オムニバス コニー・フランシス ニール・セダカ ジョニー・シンバル パット・ブーン ガス・バッカス トミー・ロウ ロイ・オービソン ダイアン・リネイ ザ・ヴェルヴェッツ ジェイとアメリカンズ
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大瀧詠一のジュークボックス~ワーナーミュージック編
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大瀧詠一のジュークボックス~エルヴィス・プレスリー編
エルヴィス・プレスリー
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ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「アヴェロエスの探求」について

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12世紀のコルドバに生まれたイスラームの学者であり、中世哲学にも多大な影響を与えたアヴェロスについて記述する書き手の多くは、まず「アブルワリード・ムハンマッド・イブン=アハマッド・イブン・ルシュド」という彼のとても長い名前について触れる。アルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスのアヴェロエスを主人公に据えた短編「アヴェロエスの探求」の書き出しも同様だ。ボルヘスの作品を愛好している読者は多い。しかし、短編集『エル・アレフ』に収録されたこの作品ほど、一読して、なにが書かれた作品なのかが掴みにくいものもないだろう。

実在するかどうかも判然としないアラビア語の名前をもつ人物たちの問答や、アヴェロエスが参照した過去の学者の名前、あるいは、書き手のボルヘスが表現として書き加える思想家の名前……さまざまな固有名が飛び交い、ともすれば、単に衒学的な作品として読まれてしまう。アヴェロエスの長大な名前すらも、人を惑わすギミックのように読まれてしまう。

しかし、本作はただ単に衒学的なだけの短編ではない。言語の儚さや淡さが、あるいは言語がリアルの世界に到達するまでの無限の距離(つまり到達できなさ)が表現された、とてもボルヘスらしい作品なのだ。以下では、作品を要約しながら、そこになにが書かれているかを詳しく見ていくことにしたい。

伝奇集 (ラテンアメリカの文学 (1))
ボルヘス
集英社
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なお、テキストは集英社の篠田一至訳を用いる(白水社の土岐訳はあまり良くないためお勧めしない。今なら平凡社の木村訳(最新版)が手に入る。わたしはまだ読んでいないけれども)。原文に関しては、著作権的にはNGだろうがこちらのサイトを参照した。また、英訳のテキストも公開されている

1.

(要約)シエスタの静寂の最中、アヴェロエスが住む部屋には、鳩の鳴き声や噴水の音だけが届いている。普通の人間は眠りこけているはずだが、彼はガザーリーの『哲学者の矛盾』に対する反駁である『矛盾の矛盾』を書くのに没頭している。そこに突然、執筆を中断させる気がかりな思いが脳裏をよぎる。彼のライフワークは、アリストテレスの注解だ。想起された気がかりとは、そのライフワークに関するものだった。アヴェロエスは『詩学』のなかで頻出する「悲劇」と「喜劇」という言葉の意味を知らなかった。彼は手がけていた仕事を中断し、書棚のなかから謎の言葉を理解するためのヒントを探そうとしはじめる。しかし、その作業で得られたのは、ヒントなどではなく、その晩に招かれていた食事会の予定を思い出しただけだった。
篠田訳ではガザーリーの Tahāhut al-falāsifa を『賢人の破壊』と訳しているが、この著作は『哲学者の矛盾』が定訳(原文を参照するとボルヘス自身が Destrucción de filósofos という訳を与えているのをそのまま訳している)。アヴェロエスが執筆していた Tahāhut al-tahāhut も『矛盾の矛盾』と呼ばれている(こちらには邦訳あり。『中世思想原典集成〈11〉イスラーム哲学』)。アヴェロエスが理解できなかった言葉についてボルヘスは「イスラム圏では誰一人、それらの意味するところを予想し得なかった」と書いている。9世紀のバグダードでは、古代ギリシアの文献がアラビア語へと盛んに翻訳されていた。このとき翻訳されていたのは、おもに哲学・数学・医学に関する書物で、文学はほとんど翻訳されていない。そうした事情をみると、「イスラム圏では誰一人……」というボルヘスの記述は正しいように思われる。アヴェロエスは窓の外から子供達が演劇遊びをしているのを見る。しかしそれは「演劇」だとさえ思われない。

執筆に集中するアヴェロエスのもとに、突然想起された哲学的問題によって、執筆が止まってしまう。問題を解決しようとさまざまな著作にあたるも、手に取った本が送られてきた港の名前から、その晩の予定を連想して思い出す。記憶は思い通りにはコントロールできない。それは、ごくありふれた記憶の振る舞いであり、プルーストの小説の冒頭のようでもある。

2.

(要約)コーラン学者の家で開かれた晩餐の主人公は、コルドバに戻ってきたばかりの旅行家だ。ひょんなことから話題は神学に及ぶ。 
コーランと文字に関する神学的な議論がおこなわれる。アヴェロエスが「文字は人工のものです」と口にしたとき、彼は、コーランが神による世界の創造の前から存在しているので「人工だというのはまちがっている」と批判される。コーランは通常の被造物ではなく、永遠のものである、という考えは、イスラーム神学における正統的な考え方だ(コーランが神による創造物であるとしたムゥタズィラ派は、バグダードでの翻訳運動を庇護したマアムーンによって正統とされたことがあるが、かえってそれはムゥタズィラ派の弱体化を招いた、と井筒俊彦は記述している)。アヴェロエスが受けた批判にはこうした背景がある。

たしかに、「文字が人工だ」というアヴェロエスの語りは、ムゥタズィラ派的なコーラン創造説を想起させるが、おそらくボルヘスが語るアヴェロエスは「コーランの原典」と「物質的なコーラン」を切り分けて考えているように思われる。コーランの原典は「プラトン的原型(イデア)」に似たようなものであり、それは神の属性のひとつで、永遠で改変不能の存在である。しかし、物質的なコーランはその原型から作られているものの、人工の文字によって記されている。神による言語、神による文字、そのものではない。という切り分けである。

しかし、アヴェロエス自身はこうした神学的議論には口を突っ込まなかった(なぜなら、晩餐の主人公は、神学とはまったく無縁に生きてきた人だから)。なお、この部分で「緑色の鳥の実がなる木」という驚異について語られる。以下に掲載したのは13世紀前半の動物寓話の挿絵。おそらくはボルヘスも、アイルランドのガンは、自然によって生まれる、というこのイメージが用いていると思われる。

3.

(要約)晩餐の参加者は、旅行家に驚異について話してくれるよう求める。旅行家は遠く離れた都市で見た不思議な人々の振る舞いについて話そうとするが、まったく理解されない。
旅行家は驚異を語ってくれ、というリクエストにしぶしぶ応えている。「彼らが聞きたいのは驚異の物語だが、驚異はおそらく伝達不能のものである」から。このあたりも実にボルヘスらしいのだが、重要なのは理解されない旅行家の語りである。旅行家は、シン・カラン(カントン = 現在の広州市)で見たものは、中国の演劇だったのだ。アヴェロエスはここでも「詩学」につながるヒントを見逃している。旅行家は懸命に、演劇というものがどういうものかを聴衆に伝えようとしているが、彼の試みは失敗に終わる(彼自身が演劇自体を理解していたかもあやしい)。

本当に当時のイスラーム文化圏でこれほど「演劇」が理解されなかったのか。調べてみると「宗教から初期演劇へ: 中国演劇を中心に」というページが見つかった。ここではイスラーム圏における演劇的なものとしてトルコの「カラギョズ」とイランの「タアズィーエ」が挙げられているが、前者のはじまりが16世紀、もともと宗教儀式だった後者が演劇性を高め、最初の脚本が書かれたのが18世紀だとするならば、12世紀のアヴェロエスたちが旅行家の話を理解できなかったもの自然である。そうした文化的背景を理解しながら物語を組み立てているボルヘスの知識もすごい。

なお、イスラーム圏の文学は、詩が第一であり、それは次の部分で大いに語られることとなる。

4.

(要約)演劇に関する語りを理解できなかった一同は、アラビアの詩について議論しはじめる。ひとりの詩人は雄弁にダマスカスやコルドバの詩人が時代遅れであり、無道時代の大詩人ズハイールの比喩もすっかり色あせてしまたと論ずる。アヴェロエスはこれに反論する。
アヴェロエスが晩餐のなかでももっとも長口上を述べるのがこの部分である。これはアヴェロエスの口を借りたボルヘスの詩論でもあるだろう。まず、反論のひとつとしては詩の価値が、人々を驚かせるような比喩の発明ではないこと(もし驚嘆で詩の価値が図られるのであれば、それは驚嘆が過ぎてしまった瞬間に価値は色あせてしまう)。そして二つ目の反論では、時の経過によって詩の意味が失われるのではなく、詩の領域が広がることが語られる。この時間によるイメージの変化については、ボルヘスの講義録『詩という仕事について』でも大いに語られたことだ。

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「つまり、言語は変化します。ラテン人たちはこの事実をよく心得ていましたが、読者もまた変化するのであって、このことは、ギリシア人たちの古い隠喩を思い出させます。いかなる人間も同じ河に入ることはできない」(第1回講義「詩という謎」より)。

5.

(要約)晩餐を終えて帰宅したアヴェロエスは不明だった「悲劇」と「喜劇」という言葉の意味をつかみはじめていると感じている。草稿にふたつの言葉に関する注釈を書き付けた彼は、床につこうとして、ターバンを外し、鏡を見る。その瞬間、突然存在が霧散してしまう。語りはここで、ボルヘスによる解題的なものへと移る。
この短編の結末部分は、おどろくほどあっけない。冒頭から演劇に関するヒントに触れながらも、それを見落としてしまったアヴェロエスが書き付けた注釈は、やはり「悲劇」と「喜劇」が演劇であることに気付けておらず、詩の類のことだと想像している。そしてアヴェロエスの存在は消え去ってしまう。これは、ほとんど物語を放棄するかのようでもある。この放棄は、ボルヘスは反省から発生する。

「劇場とは何かということをたえて憶測したこともないのに、演劇というものを想像しようとしたアヴェロエス」の滑稽さと、「いくつかの断片以外には材料もないのに、アヴェロエスを想像しようとした」ボルヘス自身の不合理さは同じレヴェルだとして。 この気づきが訪れた途端、書き手であるボルヘスのもとから、登場人物であるアヴェロエスは消失してしまう。これはアヴェロエスのイメージにボルヘス自身が到達できなかったという告白でもあるだろう。

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伊丹十三 『問いつめられたパパとママの本』

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伊丹十三による異色のコラム集と言ってよいだろう。「赤チャンハドコカラクルノ?」、「空ハナゼ青イノ?」、「オ昼ナノニドウシテオ月サンガ出テイルノ?」など子供に問われたらパッと説明できない問題に対して、子供でもわかるような理屈と例え話で、科学的な説明をしてみせる、という本。俗説の訂正のなかには、自分でも思い違いをしているものがあって、なかなか勉強になった。

単行本がでたのは1968年だと言う。もともとは『婦人公論』での連載らしいのだが、なぜ、伊丹十三がこういう文章を書かなきゃいけなかったのかはよくわからない。この時代、このマルチタレントな人物に、どういう社会的(?)要請があったのか。仕事の幅が広すぎて改めて驚かされてしまう。

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木村榮一 『ドン・キホーテの独り言』

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ドン・キホーテの独り言
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ラテンアメリカ文学の翻訳で有名な木村榮一によるエッセイ集。セルバンテスの生地であるアルカラー・デ・エナーレスにあるアルカラー大学に赴任していたときの印象から語られる文化・文学エッセイ、といったところでなかなか楽しく読んだ。よく登場するのはアルゼンチンのホルヘ・ルイス・ボルヘスやメキシコのオクタビオ・パスといった名前で「舞台はスペインなのに……?」というミスマッチが無きにしもあらずだが、著者の専門がそちらだから致し方ないのだろう。しかしながら、ほとんどスペイン語で書かれているラテンアメリカ文学の源流としてスペインがあることは言わずもがなであるし、ラテンアメリカの文化の多層性・雑多性と、スペインの文化の多層性・雑多性が共鳴しているかのように読めるところが興味深かった。

スペインについて、日本人である我々はなにを知っているだろうか。リーガ・エスパニョーラ? パエリア? ハモン・セラーノ? 闘牛? ガウディ? アルハンブラ宮殿? フラメンコ? 単語だけはいろいろ知っている。でも、それがスペインのどの地域にあるもので、どういう起源を持っているかはほとんど知られていない。スペインに留学経験があって、スペイン語を操る友人は、東京のスペイン料理屋について「海の物も、山の物も同時に扱ってるスペイン料理屋って変。観光地の料理屋みたいだよ」と言っていた。マドリッドで食べる魚介のパエリアなんて、箱根で食べる寿司みたいなものなのかもしれない。でも、そういう文化的な誤解が生じるのが当然視されるほど、スペインはいろんな文化の寄せ集めでできている。そして、周辺の国々に多大な影響を及ぼしてきたのだ。

本書でもアヴェロエスについて触れられているが、中世ヨーロッパの思想界に最も大きな影響を与えたこの人物は、コルドバ生まれのイスラーム教徒であり、そういう人物がギリシア哲学を中世ヨーロッパに伝えることになったのである。「ヨーロッパの国」として思い浮かべる国としては、ドイツや、フランス、イタリアの次ぐらいの順位にきそうなスペインだけれど、本書を読んでみて改めて、歴史的な重要度を思い知らされた。

本書は現代スペイン文学についても紹介している(とくにフリオ・リャマサーレスが極めて重要な作家として挙げられている)。本書の刊行から10年以上の年月が経っているため、当時翻訳がなかったリャマサーレスも本書の著者の手で邦訳がでている。それだけでなく、本書で紹介されている翻訳がなかったスペイン語の小説のほとんどが邦訳されているのだから、著者や野谷文昭といったスペイン語で書かれた文学の紹介者たちの仕事ぶりの活発さにも感じ入ってしまうところだ。願わくば、16-17世紀の詩なんかももっと手軽に読めるようになると良いんだけれど。

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土岐麻子 / Standards in a sentimental mood: 土岐麻子ジャズを歌う

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STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~
土岐麻子
rhythm zone (2014-11-19)
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ジャズ・ヴォーカルの世界はほとんど門外漢といったわたしであって、自宅にある録音も、こないだから聴きはじめたこの土岐麻子によるスタンダード曲集と、UAと菊地成孔のコラボレーションしか持っていない。土岐麻子によるスタンダード曲集は本作が4枚目となるそうで、プロデュースは父親であるサックス奏者の土岐英史によるもの。日本を代表するジャズ・サックス奏者であり、山下達郎のバンド・メンバーとしても長く活躍していたプロデューサーによる音作りが、本格的でないハズがなく、フリューゲルホルンの市原ひかりの人選など「あ、この人は、山下達郎のアルバムに参加していた人か」といくつもひっかかりがあった。悪く言えば、凄腕スタジオ・ミュージシャンによる「ジャズらしいジャズ」という感じなんだけれども、熱い聴きどころはいくつも隠されている。山木秀夫によるドラムとか静かに熱くなってしまう。

そう、表面上は土岐麻子のキュートなヴィジュアルを想像しながら聴く『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』(この本は読んでないけども)的音楽でしかないんだけれども、実に深い。土岐麻子のヴォーカルは、とても行儀が良い感じがあって、UAなんかの魔術的とさえ言える黒っぽさとは対極にある、けれども、どこか、ブラジルの女性歌手のように、深く、心の柔らかい部分を刺激してくるようなエモーショナルな上手さを感じさせるのだった。そういえば、土岐英史は日本におけるブラジル音楽のパイオニアのひとりでもあるのだったな、ということを思い出し、隠れたつながりを見つけた気分にもなる。ともあれ、これで土岐麻子がボサノヴァをこのメンバーでやりだしたら『カフェでよくかかっている……』になりすぎちゃうか。

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種本祐子(監修) 『初歩からわかる新大陸のワイン入門』

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1000円〜3000円ぐらいの範囲で、美味いワインを探すにはいわゆる「ニュー・ワールド」系を選べ、というのがもはや一般常識化していると言っても良いだろう。アメリカ、オーストラリア、チリ、アルゼンチン。新大陸のワインには安くて美味しいワインがたくさんあって、わたしも最近酒屋に足を運んで時には試飲しながら、美味しい一本を探す、というレジャーにハマりつつある。

とはいえ、これほどポピュラーになったニュー・ワールドのワインのことを、よく知らないことに気づいたりもするのだ。カリフォルニアといえばナパ・ヴァレー。オーストラリアならシラーズ……。有名なものはそれぐらいで、フランスならば、ボルドー、ブルゴーニュ、コート・デュ・ローヌ……と地域ごとに細分化されているけれど(ボルドーなんか左岸と右岸とで別々にカテゴライズされているレストランもある)、ニュー・ワールドのことは、国ごとになんとなくざっくりしかわかっていない。

このわからなさが、魔境っぽくて面白いのかもしれないけれど、ちゃんと勉強したくなって、読んでみたのが『初歩からわかる新大陸のワイン入門』。これがなかなかの名著だったのだけれども、書名はちょっとミスリーディング、というかもっと適したタイトルがある気がする。ぶどうの種類なんか結構詳しく書いてあるし、製法などの基礎も押さえてある。『新大陸からはじめるワインの初歩』と言っても良いぐらいの内容なのだ。

わたしが赤を専門的に飲むので白ワインに関する記述は、読み飛ばしているのだが、赤は重め・辛口に偏っているところはある。でも、今後のワイン選びの力強い指針ができて、とても良い本に出会ったと思う。監修者はヴィノスやまざきの偉い人(刊行された2010年当時)。紹介されているワインのなかに「あれ、これこないだ飲んだ気がするな?」と思って調べたら、ヴィノスやまざきで試飲したやつだったりした。

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