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3月, 2013の投稿を表示しています

トーベ・ヤンソン 『ムーミン谷の仲間たち』

新装版 ムーミン谷の仲間たち (講談社文庫) posted with amazlet at 13.03.31 トーベ・ヤンソン 講談社 (2011-07-15) 売り上げランキング: 26,618 Amazon.co.jpで詳細を見る 体調管理が苦手な雄ボーイである私だが、冬から春にかけては毎回風邪をひいて、気管支をやられている気がする(今シーズンは3月中に2度も風邪ひいてしまった)。で、体調が悪いと、本も読めないよね、でも、本は読みたいよね、といったところで……ムーミンなどを読み出す。どうやら年に一冊ぐらいのペースでそういう気分になるらしい。しかもいずれも春だ。 トーベ・ヤンソン 『たのしいムーミン一家』(2011年に読んでいた) トーベ・ヤンソン 『ムーミン谷の彗星』(2012年に読んでいた) 『ムーミン谷の仲間たち』は、ムーミン谷のいろんなキャラクターが主人公となる短編が集められたもの。なので主人公筆頭であるところのムーミントロールは影がうすく、ムーミン一家の面白い会話のやりとりも少なめである。が、文句なしに面白いですよね。たとえば、「知らない」ってこういう状態なのかもなあ、というなんだか哲学的な問いかけをされるようでもあるし、この作者が描く「こどもであること」へのリアリティも感じる。

ジョン・フォード / 三人の名付親

三人の名付親 [DVD] posted with amazlet at 13.03.30 ワーナー・ホーム・ビデオ (2004-07-09) 売り上げランキング: 82,233 Amazon.co.jpで詳細を見る ひさしぶりに映画を観て少し泣く。名画だ……。 銀行強盗の男3人組が過酷な砂漠を逃亡するなか赤ん坊を拾い、家庭劇的なコメディが入り交じるちょっと複雑な内容の西部劇。冒頭、追われる男たちの馬と、保安官たちが乗る馬車が荒野を疾走するシーンは、強く印象に残るスペクタクルで、低い位置から煽るようにして撮られた2群の運動物と、その荒涼として広がった背景が素晴らしくキマっていた。ジョン・フォードの作品のなかでは一番好きかもしれない。 伏線の張り方と回収の大小も小気味良い。また、聖書にある東方の三賢者の役割が、主人公たちに重ねられ、その宗教的なモチーフは、賛美歌がいくども劇中で奏されることからも明らかである(劇中で用いられている 賛美歌第687番 は、アメリカの作曲家、チャールズ・アイヴズがヴァイオリン・ソナタ第4番で引用している。同じくアメリカの作曲家、アーロン・コープランドも編曲をおこなった。このことからこの楽曲がアメリカにおいて非常にポピュラーな宗教歌であることが察せられる)。また、 詩編137 の前半部分のテキストで暗示的に示される敬虔な郷愁も心を打つ。 しかしながら、この宗教的モチーフこそが、やや心に引っかかる点でもあるのだった。主人公の悪党3人組のうち、2人(若者とメキシコ人)は信心深い人物として描かれている(後者の場合、迷信深い、というのが正確かもしれない)。しかし、この悪行をおこなうことを知りながら、信仰をもっている、という、言うなれば、しょっぱいものを食べながら、甘いものを食べるような相反する振る舞いが、どうにも理解できないのだった。 赤ん坊との出会いによって信仰心が盛り上がってしまった、とか、死ぬ間際だから神様にすがりたくなった、とかであれば多少は理解できる。けれども、そんな都合良く救われるのであれば、逆に神様のありがたみがなくなるのではないか……。告解によっていろんな部分がノープロブレムになるのかもしれないが、それにしても、その契約関係いろいろ人間側に都合が良すぎて、かえって免罪符とか買って

『ボサノヴァの真実』からの名盤を

ケン・エ・ケン posted with amazlet at 13.03.30 ジョアン・ドナート EMIミュージック・ジャパン (2008-05-14) 売り上げランキング: 86,033 Amazon.co.jpで詳細を見る 『ボサノヴァの真実』 を読みながらさっそくレコード屋さんをめぐったりしていたわけですが、そのなかでもこれは! というものをご紹介(どれもすでに名盤と扱われているものばかりですが)。まずは、「もうひとりのジョアン」ことジョアン・ドナートの『Quem é quem(紳士録)』(1973年)を。彼はブラジル人でありながら、ラテン音楽を吸収しようとし、1959年に渡米後、カル・ジェイダー、ティト・プエンテ、モンゴ・サンタマリアといったラテン音楽の大御所たちと共演したやや異色な経歴の持ち主です。ブラジルに帰国後に制作されたこのアルバムでは流麗なエレピと、あんまりうまくない歌を披露しているのですが、スムースなクロスオーヴァー感覚が素晴らしい仕上がりとなっています。雰囲気としては、マルコス・ヴァリの 『Previsao Do Tempo』 とよく似ている(とおもったら、アシスタント・プロデューサーとして名を連ねていたのだった)。 クアルテート・エン・シー posted with amazlet at 13.03.30 クアルテート・エン・シー インディペンデントレーベル (1995-09-10) 売り上げランキング: 315,367 Amazon.co.jpで詳細を見る さて次は、4姉妹によるコーラス・グループのデビュー・アルバム『Quarteto Em Cy』(1964年)を。これは「ささやくように歌うのがボサノヴァ」というイメージを覆す一枚でしょう。どんな複雑な譜面も一発で歌いこなした、という実力派なエピソードも納得。アルバムの大半の楽曲をデオダートが手がけ、彼はピアノ演奏でも録音に参加しています。このとき若干21歳。17歳で録音デビューを済ませていた、という早熟な才能によるスタイリッシュなピアノも魅力的ですし、とろけるようなストリングスのアレンジも最高。

ウィリー・ヲゥーパー 『ボサノヴァの真実: その知られざるエピソード』

ボサノヴァの真実: その知られざるエピソード posted with amazlet at 13.03.29 ウィリー ヲゥーパー 彩流社 売り上げランキング: 62,374 Amazon.co.jpで詳細を見る 『リアル・ブラジル音楽』 の著者がまたもや名著を! タイトルに偽りなく、ボサノヴァ誕生のエピソードとして語られる神話や、さまざまな誤解にメスを入れ、歴史を上書くような本でした。今日、ブラジル音楽といえば、カーニヴァルのサンバか、ボサノヴァか、という世の中であり、シャレオツなカフェや蕎麦屋、うどん屋などでもボサノヴァが流れておりますから「ブラジルの国民的音楽はボサノヴァ」、「ブラジル人は毎日ボサノヴァを聴いている」などと思いがちになるのも無理はないでしょう。しかし、ブラジルにおけるボサノヴァとは、1964年以降には下火になっており、その後もさまざまなミュージシャンによって参照されつつ生きている、ある種の「伝統音楽」として語られています。まず、この視点からして衝撃的ですが、あくまでボサノヴァを「サンバの一種」として捉え、MPBとは明確にジャンル分けがなされた音楽の紹介の仕方は、「とにかく聴いていかなければ、なにがボサノヴァで、なにがボサノヴァでないか」はわからないのでは、うおお、もっとブラジル音楽を聴かねば、というブラジル音楽の深さへの刺激的な導入を形作っています。 また、さまざまなミュージシャンに対して、とてもフラットな視線で評価がおこなわれていることも素晴らしい。ジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビンといった「ボサノヴァのパイオニア」として語られるミュージシャンが、実はパイオニアではなかった、としつつも、それによって彼らの音楽の価値が損なわれるわけではありません。アメリカで成功したミュージシャンを嫌う傾向にあるブラジル人によって、批難されたセルジオ・メンデスの扱いなどはとくに感動的です。それから「パネーラ」と呼ばれるブラジルの派閥社会の慣習によって区切られた、ミュージシャン同士の派閥が見えてくるのもとても興味深い。ブラジルの国民的女性歌手と呼ばれるエリス・レジーナが、当初ジョビンらに田舎モノとして馬鹿にされていたことを知ると、大名盤 『Elis & Tom』 もこれまでとは違った音楽のよ

菊地成孔ダブセプテット @和光大学ポプリホール鶴川

昨年末に公演延期となっていた菊地成孔ダブセプテットのライヴにいく。ダブセクステットから、トロンボーンのメンバーを追加し、「電子音楽/ジョージ・ラッセル/エリック・ドルフィー/菊地成孔/クールストラッティン」という新たなコンセプトで、ライヴのみの活動、となった当バンドは、多様な菊地成孔の音楽のなかでももっとも硬派、というか、オーセンティックな感じがあるあまり、逆に突き抜けて尖りまくっている感じになっている。開場時からけたたましいアナログ・シンセの宇宙的サウンドが流れており、菊地成孔のDJによるシュトックハウゼンか!? と思いきや、パードン木村によるインプロヴィゼーションで、それもあわせれば2時間弱、たっぷりと素晴らしい演奏を堪能できた。いや、すげーうまい……うまいとしか言えない。フロント陣はもちろん、リズム隊のあっつい演奏は燃えるしかないのだ(もはやこのリズム隊に抱かれてしまいたい)。3管編成になったことによって、キメの部分にハーモニーがもうけられたり、3者が短いアドリブを順番にとりあう部分など、大変興奮して聴いた。また観たいですね。あと録音も欲しい……。

石井淳蔵 他 『ゼミナール マーケティング入門』

ゼミナール マーケティング入門 posted with amazlet at 13.03.27 石井 淳蔵 嶋口 充輝 余田 拓郎 栗木 契 日本経済新聞社 売り上げランキング: 13,531 Amazon.co.jpで詳細を見る 4月からこれまでとはまったく違った営業関連の仕事をすることになったので、MBAをもっている友人に「なんか勉強になる本ない?」と訊ねてみた。友人いわく「マーケティングを本で学ぶ効果」とは 長い経験で得られる知見を短期間で得られる 新規事業でも何を売って価値を生むのか論理的に考えて成功率をあげられる 1対無数の取引でもさまざまなニーズに適合させられる ……などらしい。 現時点でゼロからのスタートであるため、とくにひとつめの効果はありがたそうである。俄然やる気がでてきた私がはじめに読んだのが本書『ゼミナール マーケティング入門』であった。適当に選んだ本だったがこれはなかなか良いテキストだと思う。文章も平易だし、企業が過去に成功した例・失敗した例(成功例のほうが多く紹介されている)の分析を多数引きながら理論の説明がなされていく。変なたとえ話などはゼロ。なにをどのようにだれに売るのかのさまざまなアプローチがサクッと頭にはいり、結構分厚い本だがスルリと読めてしまう。雑談のネタになりそうな話もいろいろあり楽しく読んでしまった。 もちろん、多くの入門書がそうであるように、本書も「これ一冊で明日から使える!」というものではないだろう(というか、まだ新しい仕事がはじまっていないので、使えるか使えないかは評価不能である)。ただ、多くのケース・スタディを知って現場に向かえるのは少し不安が軽減されるようにも思う。ゼロからまったく新しいアプローチを生みだすのは大変だし、まったく新しいものであっても過去の知見の積み重ねから多くは生みだされるものだろう。なんか役には立つのではないか、いや、役に立つと良いな……。 マーケティングは、学生時代に講義を受けていたこともあり、いろいろ思い出すものもあったが、本書は学問としてのマーケティングの面白さを充分に伝えてくれる。購買意思決定プロセスの説明などは、初期のルーマンを想起させ、なんかいきなり哲学みたいになって面白い。自分で過去の事例の分析などやってみようとした

キリンジ / Ten

Ten(初回盤) posted with amazlet at 13.03.27 キリンジ 日本コロムビア (2013-03-27) 売り上げランキング: 26 Amazon.co.jpで詳細を見る キリンジの10枚目のアルバムを聴く。 前作 の時点で、本作が堀込泰行が在籍する最後のアルバムだと予告されていたが、だからと言って有終の美を飾ろうとするような大作にはなっていない。 インタビュー記事 によれば、制作期間のみじかさや制作意図が「コンパクト」であることなどさまざまな事情があったようだ。この肩すかし感がキリンジらしいところなのかもしれないが、いや、コンパクトであるからこそ骨太なアルバムに仕上がっているあたりさすがの仕事ぶりである。急展開するコード・ワークも控えめであるし、前作のように見通しが良さやスケールの大きさを感じる楽曲はない。それが内省的な印象をあたえずにいるのは、これまでと違った手ざわりかもしれない。とはいえ、本作で聴かれるティン・ホイッスルの音色やトラッド風のアレンジは、前作の延長でもあり、まったく違った断絶的なアルバムではないのだろう。いま、堀込高樹はこういう音が好きなのだな、という確認ができるし、堀込泰行の黄金ポップスな曲作りはたまらないな、とも思う。いやしかし、ダークなフォークロア風の物語歌から「お風呂最高!」な歌へとつなぐ構成のスゴさには、大笑い。

umiuma / kaiba

kaiba posted with amazlet at 13.03.26 umiuma BounDEE by SSNW (2013-03-06) 売り上げランキング: 81,388 Amazon.co.jpで詳細を見る 仙台のバンド、 umiuma のファースト・アルバムを聴く。仙台といえば、当ブログの音楽コーナーを熱く読んでいらっしゃる方々におかれましてはもはやお馴染みあろう tdさん だが、このバンドもtdさんがDJをやっていたイベントでたまたま観ていて度肝をぬかれたのだった。私がタワレコの店員だったらポップには「Battlesのギター + ジェントル・ジャイアントの変拍子 + やくしまるえつこ」とでも書くだろうか、変態的だがふんわりと聴ける3ピース・バンドである。初めて観たときはなんだか人間椅子と相対性理論のミクスチュアみたいである、とか思ったが、とにかく上述の仮想タワレコ・ポップのキーワードにどれかひとつでもピンときたら是非聴いていただきたい。既知のキーワードの組合せによって新しい音を表現すると、途端に表現が陳腐に思われてならないけれど、これは一筋縄ではいかない。Captain Beefheart & His Magic Bandのごとき奇天烈なサウンドもあれば、ボサノヴァ風のコード進行から変拍子へ流れ込む展開もあり、彩りあざやかである。そして、女性のベース・ヴォーカルがとても素晴らしいのだ。ウィスパー・ヴォイス系……などとまたもや何らかの枠組に閉じ込めようとしてしまうが、ささやいているばかりではなく、高音部で裏声がでているときの柔らかいのだけれども芯のある発声が気持ちよい。 これでドラムの音がもっとガッツリした音で録れていたら個人的な好みとしてさらに良かったのだが……。

Kuni Sakamoto 『The German Hercules’s Heir: Pierre Gassendi’s Reception of Keplerian Ideas』

Kuni Sakamoto "The German Hercules’s Heir: Pierre Gassendi’s Reception of Keplerian Ideas", Journal of the History of Ideas 70(1) (2009) 69-91 http://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=12044 Kuni Sakamotoこと 坂本邦暢さん の2009年の論文を読みました。こちらはルネ・デカルトの論敵として知られ(一般的にはまったく知られておらず)、著作の邦訳も現時点でゼロであるピエール・ガッサンディを扱った作品です。コペルニクスやケプラーといった人物たちによる天文学上の業績は、ニュートンに受け継がれ、それは『プリンキピア』によってひとつのマイルストーンが打ち立てられた……という教科書的なストーリーは、現代の科学史業界でも支配的なようです。著者がこの論文で取り組んだ問題のひとつには、その支配的なストーリーのなかで、ニュートン以前にケプラーから影響を受けていた天文学者たちがあまりにも軽視されていることがある。そうした状況にガッサンディで一石を投じてやろうとする野心的な論文だと言えましょう。主題はケプラーをガッサンディはどのように受容したのか。ここでは天文学上の影響だけでなく、神学上の影響も顧みられます。 ケプラーが自転運動と公転運動をひきおこす要因として「繊維」の存在を導いたのは、いまから考えるととてもビザールなものに感じられます。天体の霊魂は、神から与えられた最初の力を、天体のなかに貼りめぐらされた繊維(筋肉の繊維のようなものを考えているらしい)によってある決まった方向に回転する力として持続させている。ケプラーは自転をこのように説明し、また公転については、太陽を中心にしてはりめぐされた磁気的な繊維によって、楕円の軌道をもった運動をおこなうとされる。ガッサンディは自転の説明をおこなう際、この天体の内部に存在する繊維の概念を借用しています。ただし、ガッサンディにとってのその繊維は、ケプラーのように天体の霊魂のパワーを伝達するものではなく、原子の集合体であり、自転のメカニズムはひとつの原子がとなりあう原子にぶつかり、さらにその

Gang Of Four @下北沢GARDEN

Entertainment posted with amazlet at 13.03.24 Gang Of Four EMI Gold Imports (2001-07-27) 売り上げランキング: 57,425 Amazon.co.jpで詳細を見る 来日直前にオリジナル・ヴォーカリストのジョン・キングが脱退していたことをライヴ会場についてから知る、という驚きの展開が待っていたGanf Of Fourのライヴを見てきました。ひさしぶりのライヴ・ハウス。かなり年齢層が高めの客層。40分推しの進行で、ファースト・アルバムからの曲を主体に1時間ぐらいですかね、昔、フジ・ロックでビーチ・ボーイズ(ブライアン・ウィルソン抜きの)を観たときと同じような感慨を味わいました。もっとダメかと思ったけれども、結構良かったです。アンディ・ギルのギターの音なんか「うわ、CDと一緒だ!」と思ったし、ほとんど表情を変えずにガシガシ弾きまくっている姿はカッコ良かった。この体制で、今春EPを出すそう。いや、でもジョン・キングのヴォーカルでライヴを観たかったな(もっとダメでも良いから、というかダメな姿を観てみたかった)。 関連 Gang Of Four(SoundCloud。新曲が公開されている)

Adam Takahashi 『Nature, Formative Power and Intellect in the Natural Philosophy of Albert the Great』

Adam Takahashi "Nature, Formative Power and Intellect in the Natural Philosophy of Albert the Great", Early Science and Medicine 13 (2008) 451-481 http://radboud.academia.edu/AdamTakahashi/Papers/430708/Nature_Formative_Power_and_Intellect_In_the_Natural_Philosophy_of_Albert_the_Great クニ坂本さんが絶賛した形跡がある アダム高橋さんの2008年の論文「アルベルトゥス・マグヌスの自然哲学における自然、形成力、知性」を読みました。アダムさんとは交流が長いですが、お仕事に触れるのはこれが初めてですね……。 かつてのアルベルトゥス研究においては、彼が残した形而上学分野と自然哲学分野ではっきりとグループが分かれていて、相互に断絶したような状態だったようです。一方、現在では両方の分野を扱わないとアルベルトゥスの世界観は理解できないよね、という感じになっている。筆者もこの立場をとりつつ、アルベルトゥスが自然現象の説明に用いる「知性」、動物の発生の説明に用いる「形成力」という概念に迫っていきます。第一に参照されるのがアルベルトゥスの『鉱物について』という著作です。これは中世の鉱物論だけでなく後々の物質理論にも影響をあたえた重要な著作だそうですが、やはり形而上学に関心がある研究者には無視されていました。まずはこの欠落を筆者は埋めようとする。 この著作の第一巻では、アルベルトゥスは石の形成を説明します。いわく石の質料因は、粘性で油性の湿気をともなった土の元素のまざりものである。粘性をもってなければ、石は固まっていられないし、また、宝石やガラスなどの透明な石は、不透明な石よりもかすかにしか質料をもっていない。この生成においては、高次の元素の変質が必要である、と彼は説く。これをより詳細に説明するため、アルベルトゥスは錬金術を例に出しています。ここでは自然の力による石の形成と、人間の手による錬金術が対比されるのですが、自然は錬金術とちがってなんの苦労もなく石を作り出して

最近聴いてて良かった中南米の音楽

夜明けのサンバ(BOM1905) posted with amazlet at 13.03.21 パウリーニョ・ダ・ヴィオーラ&エルトン・メディロス ボンバ・レコード (2010-03-20) 売り上げランキング: 375,434 Amazon.co.jpで詳細を見る あいかわらず普段はブラジルを中心としたラテン音楽ばかり聴いております今日この頃ですが、最近聴いてて良かったCDなどをご紹介。まず一枚目はルーツ・サンバの代表的名盤と称される パウリーニョ・ダ・ヴィオラとエルトン・メディロスによる『Samba Na Madrugada(夜明けのサンバ)』 を。サンバと言われても、カーニヴァルのサンバしか思い浮かばない御仁も多いことでしょう。一重にサンバと言いましてもいろいろありまして、私も実際よくわからず、わけいってもわけいっても青い山状態であるブラジル音楽の奥深さに毎度畏れおののくばかりではございますが、こちらはしっとりした、カーニヴァルのサンバとはおよそイメージを真逆とする音楽。1966年の作品、これはすでにボサノヴァの流行やトロピカリズモが興っていたころだと思いますが、バンドリンなどのショーロで使用される楽器の音色も聴こえ、人種だけでなくさまざまな音楽のるつぼであるブラジル音楽の深さをまた改めて感じさせてくれる。やはり聴けば聴くほど勉強が必要だ、とも感じます。 Indestructible: Roots of Buena posted with amazlet at 13.03.21 Ruben Gonzalez Egrem (2006-07-12) 売り上げランキング: 37,143 Amazon.co.jpで詳細を見る さて、お次はキューバのピアニスト、 ルーベン・ゴンザレスの『Indestructible: Roots of Buena』 を。こちらはライ・クーダーのBuena Vista Social Clubによって発見された大ピアニストが1975年に録音した音源を、1997年に発掘・再発したアルバム。キューバの音楽はライ・クーダーから入る……という正しいのだか間違っているのだかわからない、しかしベタな入り方をしている私ですが、これは素晴らしい……。ビル・エヴァンスのようなロマンティックで流麗なピアニズムに、ラテン・パーカ

読売日本交響楽団第524回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール

指揮: シルヴァン・カンブルラン 曲目: マーラー:交響曲 第6番 イ短調 「悲劇的」 今シーズン最後の読響定期はカンブルランによるマーラーの交響曲第6番。ここまでさまざまな名演を聴かせてくれたマエストロが西洋音楽史上でも最大級の大作を振るということで期待が高まらないわけがないんですが、結果は期待をはるかに超える演奏会だったと言えましょう。正直に申し上げるとあまりに濃い内容に終演後、言葉もない疲労感に包まれつつ会場をあとにすることになったのですが、いやはや、素晴らしかったですね。 カンブルランは、テンポが速いとか遅いとか、ダイナミクスがものすごいとか、そうしたわかりやすい音楽への性格づけによって聴取を驚かすタイプの音楽家ではないでしょう。伝統的巨匠タイプのカブキ方でなく、とにかく引き締まった音楽を聴かせてくれるのはこの日も同じでした。しかし、そこにいくつかの仕掛けを仕込んでくるのが小憎いところでありまして、今回は弦楽器の配置を変えた第1・第2ヴァイオリンの対向配置が視覚的にも印象的でしたが、その効果は1楽章序盤の第2ヴァイオリンのピッツィカートでいきなり「あ!」となる。 12月にマーラーの第9番を聴いたとき 「なるほど、マーラーとはこういう響きの音楽だったのか」とそのスペクタルな音風景に生で触れて驚かされました。やはり今回初めて第6番を生で聴いて同じような驚きがありましたけれど、その大きさは今回のほうがずっと大きい。まるで悪ふざけのように中断や挿入がおこなわれるマーラーの音楽を、世紀末ウィーンのサウンドスケープに重ねた渡辺裕の優れた評論を思い出さずにはいられなかったです。どう「しっかりと」「整えられた」演奏をしてもノイジーな、ザワザワとした音楽になってしまう。不調和の調和、反対の一致……などと不用意にクザーヌスの言葉を出してみたくもなりますが、この居心地の悪さがマーラーの音楽なのだな、とカンブルランに納得させられてしまった感がある。 オーケストラも良かったです。とくにテューバの次田さんは、最初なら最後までハッスルしまくっていて最高でしたし、全体的に音色の豊かさを愉しむことができました。また、次シーズンからコンサートマスターをつとめるダニエル・ゲーデ(元ウィーン・フィル、コンマス)がコンマス席に座り、これも素晴らしいソロを聴かせてくれました。集団

低音デュオ 第5回演奏会 @杉並公会堂 小ホール

出演: 低音デュオ(松平敬、橋本晋哉) 曲目: 近藤譲:花橘 – 3つの対位法的な歌と2つの間奏 (2013) 木下正道:双子素数 I(2011)、双子素数 Ib (2013) 中川俊郎:3つのデュオローグ、7つのモノローグと、31の断片 (2012) バルトーク:「児童と女声のための合唱曲集」(1935)より ラウ:「ドイツ2声曲集」(1545)より 松平敬と橋本晋哉によるデュオ・リサイタルを聴きにいく。バリトンとテューバ/セルパンという低音同士の組み合わせ、文字通りの「低音デュオ」だがその音空間がどのようなものなのか、実際に聴いてみるまでは想像がつかないだろうし、私も想像がつかなかったし、現実は驚くべきものだった。ステージ上にいる低い声と管楽器は、たったふたつの(基本的には)単音の発音体であるわけで、それはもちろんピアノや弦楽四重奏、オーケストラのように複雑なハーモニーを奏でられるわけではない。よくハーモニーには色があると言われるけれども、では、ハーモニーの得られない低音デュオのステージがモノトナスなのか。そうではない。発せられる音の表情の豊かさがある。そして、その微細な音のちがいは、たったふたりのステージでこそよく聴かれるはずだ。とくに木下正道作品は、現代音楽のスペシャリストとしても知られるふたりの演奏家の、そうした表現力をたっぷりと堪能できるものだった。素晴らしい演奏会。 関連 低音デュオ(公式ブログ) うたかた (Takashi Matsudaira - UTAKATA) posted with amazlet at 13.03.18 松平敬 ENZO Recordings (2012-05-20) 売り上げランキング: 11,683 Amazon.co.jpで詳細を見る

Prince / Rock & Roll Love Affair

Rock & Roll Love Affair posted with amazlet at 13.03.18 Prince Purple Mus (2012-12-04) 売り上げランキング: 10,118 Amazon.co.jpで詳細を見る 2010年以降新しいアルバムをリリースしていないプリンスですが、2011年はiTunesでシングルを、2012年末にもシングルを出していたのですね。「Rock & Roll Love Affair」はその昨年末のシングル。まあド直球なタイトルですが、歌の内容も古典的なロックンロールになっている(夢を追う男女の恋模様って……いま、何年だ)。「ラリー・グラハムと一緒に伝道活動をおこなっている」などほとんど都市伝説じみた近況も伝わってくる殿下でございますが、この古典回帰にも信仰のパワーの影響があるんでしょうか、それとも、狙ってきているのか。サウンド的には 『Planet Earth』 で聴かれたようなシンプルな音を、一層マイルドにしたみたい。派手なソロはないけれど、ミュートで刻むリズムにも、プリンスのギターの良さがあってねえ……なんだか爽やかな気分になるし、この路線が次の新作にも引き継がれるのだとしたら、これまでで最も爽やかなアルバムになるのでは、と思う。

山本新 『周辺文明論: 欧化と土着』

周辺文明論―欧化と土着 (刀水歴史全書) posted with amazlet at 13.03.16 山本 新 刀水書房 売り上げランキング: 1,033,275 Amazon.co.jpで詳細を見る 我が家でもっとも古い積ん読本を片付ける。これ、高校の国語の先生に薦められて大学生のころ、池袋のジュンク堂で買ったんだけれども、それからえ〜、9年ぐらいですかねえ……(そのあいだに3回の引っ越しした)、それだけ寝かせているとだんだん本にも良い味がでてくる……と良いんですが、あまり興味深く読める本ではなかったです。 著者はトインビーとかを日本に紹介していて、日本で「比較文明論」というジャンルを打ち立てようとした先生ということぐらいしかわからず、いま現在どんな風に評価されている本なのかも不明です。タイトルについてる「周辺文明」とは「ヨーロッパ」とか「中国」とか、ある地域の中心になる文明の周辺にあって、中心文明の影響を受けて育まれた文明のことだそう。文明というヒッジョーに大きな対象を扱っているので、話の粒度もかなりザックリにならざるを得なくなっている。 で、その周辺文明が一体なんなのか、が本の主題なわけです。しかしこれもとてもシンプルな話で、周辺文明は、外部の自分たちよりも強い文明の影響を受けざるを得ないのだが、影響を受け続けるなかで反動的に、土着的な伝統回帰志向も盛り上がる、この弁証法的運動があるよね〜、みたいな感じ。たとえば本居宣長の国学派とか? あるいは音楽でいったら東欧における国民楽派とか?……という風に、似たような事象は歴史上いろいろあって、筆者はそのいろいろな似ていること、似ている国を比較して、あれこれ言おうとする……のだがそこで言われていることが、比較しないと言えないことか〜? と疑問に思ってしまうのだった。 また、歴史の扱い方についてもなんだか考えさせられた。たとえば「明治時代に入って急速に西洋の文化を取り入れ、近代化した日本人は、その変化のスピードに耐えられず、その自我に歪みを抱えてしまった」などという記述はほとんどクリシェ化したものとも思われるし、本書のなかでもこの「歪んだ近代日本人の自我」説が採用されている。しかし、改めてこういう記述に出くわすと、一体どんな風に歪んだのか、どこまで一般化できる歪

ルンバ買ったんだ日記

iRobot Roomba 自動掃除機 ルンバ 780 posted with amazlet at 13.03.16 iRobot (アイロボット) 売り上げランキング: 111 Amazon.co.jpで詳細を見る 住宅環境が変わったことを期に、ルンバを購入しました(現行では最上位機種の780。Amazonで購入)。使ってみて一ヶ月ぐらい経過したので感想などを書いてみます。 使用感は大体満足です 稼働中 購入前に電気屋でいろいろと掃除ロボを見比べたときも思いましたが、 稼働音は結構うるさい です。気にならない音ではない。普通の掃除機の音よりはマシですが、普通の掃除機よりもロボットの掃除時間のほうが長くかかるので、在宅中はちょっと我慢が必要な面もあるかも。 掃除能力については、 満足 です。部屋の隅々まで完璧にやってくれるわけではありませんが、毎日起動してたら、フローリングのキレイさが保たれるハズ。このあたりの「掃除できてるかどうか」の判定って、人間の認知の仕方に大きく左右されているような気もするんですよね。人間が掃除する場合は、目に見える糸くずとか紙片とかがパッと気になって、落ちてるものが見えなくなるまで掃除を続けると思うんですけど、ルンバはそういう掃除の仕方をしないわけで。「落ちてる目に見えるゴミ」を探索してるわけじゃなく、アルゴリズムによって部屋を満遍なく掃除しようとしている、のだけれども、たまたまスルーしちゃう箇所もでてきてしまう。 人間はそのスルーしたところに、ひとつでも目に見えるゴミが落ちてたら「あ、やっぱりロボットじゃあ完璧に掃除できないね」と判断すると思うんです。 逆にいうと人間は、見えてるもの中心に掃除してるので、見えないゴミに対してスルーしがちになると思うんですが。 あと、ソファーやベッドの下にも潜り込めるのは人間にはできないので良いです。 注意点1:ハマる段差がある 床にモノを置かないような部屋にする、というのは基本。ルンバは結構パワーが強いので軽いものであれば簡単に移動してしまう。あと、センサーの都合なのか、ルンバに対して 斜めにある障害物には何度もぶつかりにいって しまいます。不安定な家具は何度もぶつかられると倒れます(実際、稼働初日に自作のスピーカーを破

グレンフォード J. マイヤーズ 『ソフトウェア・テストの技法 第2版』

ソフトウェア・テストの技法 第2版 posted with amazlet at 13.03.15 J. マイヤーズ M. トーマス T. バジェット C. サンドラー 近代科学社 売り上げランキング: 272,680 Amazon.co.jpで詳細を見る さすがに古典。名著でした。これを読んでおけばとりあえずテストケースのあげ方であったり、テストケースの検証方法であったり、あるいはテストの進め方といった、ソフトウェア開発におけるテスト技法が体系的に知れるでしょう。原理原則系の話が大半なので、経年劣化しにくい知識(第2版で加えられたWebシステムやXPでのテスト技法のほうが、逆に経年劣化しやすい知識であると感じます)ですし、システム開発者のだれもが一度は読んでいて損はない。手元に置いといて、バイブル的に適宜参照しておきたいものです。 実際、テストケースをどうやってあげたら良いんだろう、って新人プログラマー諸氏においては、すごい悩むポイントなんですよね。だから、開発現場において先輩プログラマーは後輩からテストについて質問される機会があると思います。そのときは、こうした本を参照して質問に答えるべきなのでしょう。私の観察範囲内で現実におこっている事例として、テスト技法が知らない人が間違ったテストを要求し、そしてその要求が若者に邪悪なテスト技法として受け継がれてしまう、という悲劇もございます。この例につきましては、自分に邪悪な火の粉が降りかかってきてませんので、ガン無視を決め込んでおりますが、素直な人ほど間違ったまま突き進んでしまうので恐ろしい。禍々しい伝統を作る前に読んでおきましょうよ。

My Bloody Valentine / m b v

MBV posted with amazlet at 13.03.14 My Bloody Valentine MBV (2013-03-04) 売り上げランキング: 54 Amazon.co.jpで詳細を見る さて今度はMy Bloody Valentineの22年ぶりのアルバムである。実のところ、私はこのマイブラさまのアルバムは 『Loveless』 しか長らく聴いてなかったのだった。言わずもがな、90年代ロックを代表する名盤のひとつといわれている作品である(リアルタイムで聴いてたわけではない、が、90年代ロックってすっげえ長生きしている感じがあるので、ほとんどリアルタイムなのかも)が、個人的にはそんなにドッパマッてもおらず、まったく思い入れもなく、たまに聴きなおして、結構良いな、と思っている感じであった。しかし、仙台在住の tdさん という奇天烈なDJ系雄ボーイから、《自分という人間を10年ごとに1枚のコンピレーションアルバムで語る3枚組(特典付で実質は4枚組)CD-R》という途轍もないシロモノが届けられ、そのなかに入っていた「You Made Me Realise」を聴いて、俺のなかでも赤い、ブラッディなヴァレンタインが、はじけたのである。 Isn't Anything: Remastered posted with amazlet at 13.03.14 My Bloody Valentine Sony UK (2012-05-07) 売り上げランキング: 3,787 Amazon.co.jpで詳細を見る Ep's 1988-1991 posted with amazlet at 13.03.14 My Bloody Valentine Sony UK (2012-05-07) 売り上げランキング: 1,010 Amazon.co.jpで詳細を見る で、新譜の前に旧譜を買いましてね、うわ、こんなヘタクソなバンドだったのか、とか、ノイジーなギターのサウンド・オブ・ウォールの前はもっと直球であまずっぺえ曲を作るバンドだったのか、とか今更ながらに感心していたところに届けられた今回の新譜ですけれども、あれだな、

David Bowie / The Next Day

The Next Day posted with amazlet at 13.03.13 David Bowie Sony (2013-03-12) 売り上げランキング: 218 Amazon.co.jpで詳細を見る デヴィッド・ボウイ、10年ぶりの新譜……である。Amazonからのレコメンデーションで日本版デラックス・エディションがきたとき神のごとき速度で予約注文してしまったわけですけれど、最初から通常版とデラックス・エディションの2ヴァージョンあるってどういうことなんだ!? と狼狽しつつ(上記リンクは輸入盤の通常版。 tdさん はアナログ待ちでしょうか)、さらにAmazonから到着した段ボールの包装を破いてみると、仮のジャケット写真かと思ってた上記のジャケット写真が登場して仰け反ったりして、さすがボウイだな……感があるのですが、いや、もう、最高でしょうが、これは。冒頭から、ワチャワチャッとしたジャンル不定なミュージックが飛び込んできまして、うわ、なんかもう来たな、と思いました。 先行して公開されていた「Where Are We Now?」が、近年のピーター・ガブリエルの作品を想起させるしっとり系の楽曲であり、またこのPVにおけるボウイ氏の顔面の老け込み方から、ああ、なんか落ちついてる系の渋めのアルバムなのかな、と予想された方も多いかと思いますが、その予想をバッツリと裏切ってくる。さすがに声質には年波が感じられども、それが老化による劣化なのか、それとも熟成なのか。何とも言えない。ボウイ氏のヴォーカリストとしての不思議な存在感は健在、というか、先に名前を出しているピーガブ氏が先に得ていた「仙人系」の地位に達してしまっているのではないか。ヴォーカルが異様に後ろに引っ込んでる曲とかは、老化を紛らわすためなのか、とも思えるのですが、いやいや、ヴォーカルが後ろに引っ込んでる感じがより一層、楽曲の「デヴィッド・ボウイのアルバムっぽいサウンド・プロダクション」に馴染んでて、ボウイっぽい面白さがあったりもする。 非常にヴァラエティ豊かな楽曲が揃っておりますし、全体の構成としてボートラはあってもなくてもいい、しかし、ボートラの楽曲も素晴らしいので、なんでこれを捨てようとしたのか、ボウイ氏さすがに10年ぶりだからって気張り過ぎ

ジャック・ロジェ 『十七世紀前半における医学と科学の精神(一)』

ジャック・ロジェ 「十七世紀前半における医学と科学の精神(一)」逸見龍生訳、『新潟大学言語文化研究』6号、2000年、13-25 http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp:8080/dspace/handle/10191/17031 フランスの歴史家、ジャック・ロジェ の著作『18世紀のフランス思想における生命科学』の第1章を翻訳で読む。ここでは、17世紀前半のフランスでどのように医学が学ばれ、どのように医師が育てられたのかを中世以来の知的背景とあわせて紐解くとともに、16世紀に破壊的イノヴェーター、パラケルススの医学が登場したことによって、フランスの医学界がどのように揺れたのかがまとめられています。 東洋医学が伝統的な体系を脈々と受け継ぎ、現代まで実践されているのに対して(本当はよくしらないけれど)、西洋医学の場合、近代以前におこなわれてきたものと、それ以降のものとでは体系そのものが異なっているように見えます。現代に引き継がれなかったほうの西洋医学は、ほぼ完全に忘れ去られたと言って良いでしょう(一部、ニューエイジ系の代替医療のなかで東洋思想的なテクニカル・タームをもって変奏されている例もあるけれども)。ここで扱われているのは、その忘れられてしまったほうの医学です。そこにはまったくいまでは想像できない、まさに驚くべき営みが描かれている。17世紀の伝統的な医者にとって、医学はすでに過去の偉大な知識人たち、アリストテレス、ヒポクラテス、ガレノス、アヴィセンナ……などによって完成されたものであって、自分たちは彼らが残したテキストに注釈を加えることに専念するという態度をとります。自分たちがなにか新しい研究をして、新しい事実をみつけるなんて、そんなめっそうもない! こうした保守的態度は学問の停滞を生みます。フランスの各都市の医学会は、実験をもとに新しい医学の道を探ろうとする者たちを激しく攻撃したようです。これは既得権益を守るためのダーティなおこないに読めるでしょう。パラケルスス主義がスキャンダラスなものとして扱われたのにはこのような背景がありました。しかし、激しい批判にあおうとも新しい道を選ぼうとする人たちもいるわけです。この伝統と革新との対立もひとつのストーリーを描いている。 それにしても、この手の医学史の本を読んでいて毎回不思議に思

藤本大士 『秋田藩領および幕領の鉱山における医療環境: 近世後期の公儀による医療政策の展開』

藤本大士 『秋田藩領および幕領の鉱山における医療環境――近世後期の公儀による医療政策の展開』(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系 修士学位論文[仮]、2013) 「fチョメブログ」 でおなじみの藤本大士さんの修士論文を読みました。執筆者自身による要旨は こちら に公開されています(藤本さんのブログは毎回読みやすい長さで、すごく勉強になる記事がアップされているのでオススメです。個人的にいま最も更新を楽しみにしているブログのひとつ)。 タイトルにあるとおり、本論文では近世後期における医療政策がテーマになっています。たとえば、徳川吉宗がいまの小石川植物園に公的な医療機関を設立し、同時に薬草事業をおこなわせています。この史実をご存知の方は多いかもしれません(タモリとかが話してそう)。しかし、こうした政策はイマイチ定着することなく、民衆レベルでの効果は認められないと評価されているといいます。その一方、秋田藩でおこなわれた医療政策は、効果が認められるものでした。ここで筆者は、効果があった政策となかった政策の違いはどこにあるのかに注目し、その効果のある政策がどのように進められたのかを記述しようとする。 論文では、医療政策の明暗を分けた要因として「仁政イデオロギー」があげられています。これは文字通り仁という価値観にそって政治をしていこうではないかッ、というものだと思いますが、単に権力が民衆に押し付ける思想ではありません。むしろ、権力と民衆とが共有し、民衆の側からもそのイデオロギーにそった要求をおこなえる概念とされている。たとえば、民衆が「なんかいま、仁が足りてないんじゃないですか!」と思ったら、それを理由に一揆をおこせた……とか、そういう価値観として定義されます。これが権力と民衆のあいだでうまく共有されていたからこそ、秋田藩での医療政策(とくに秋田の鉱山労働者に対する)は効果的だった、と筆者は指摘している。 正直に申し上げて、これを説得力をもって言い切るにはまだ史料と記述が足りていないような気がするし、うまくいかなかった医療政策がどのように仁政が共有されていた状況での医療政策と違っていたかは、よりクリアに描かれる必要があるようにも思います。しかし、仁政によらない医療政策の目的が、医療をおさえることで支配を強めようとする権力の行使であったのに対

フレデリック P. ブルックス Jr. 『人月の神話』

人月の神話 posted with amazlet at 13.03.04 フレデリック・P・ブルックス Jr. ピアソン桐原 売り上げランキング: 115,345 Amazon.co.jpで詳細を見る ソフトウェア開発とプロジェクトマネジメントに関する古典的著作を読む(なんども書くけどこのブログを書いている人の本業は、システムエンジニアである)。著者はIBMのOS/360の開発マネージャーだった人……と言っても、いまこの紹介文で「へえ」って思う人のほうが少なそう(私はIBMメインフレームで開発とかやっている人なので『へえ』ってなるけども)。最初に原著がでたのが1975年なので、内容はかなり古く、はっきり言っていま読んでも仕方がない記述もたくさんある。たとえば、昔はプログラムのデバッグをするのにもコンピューターの資源がカツカツだったので、いろんな人と資源を分け合ってテストしなきゃいけなかったから、1回のデバッグ処理と次のデバッグ処理のあいだに2、3日のインターヴァルがあった……とか。そんなのいまどき、ハッ? って感じですよね。プロジェクト内で共有すべき情報を手引書としてまとめろ、マイクロフィッシュは場所とらなくて良いぞ! とか、隔世の感しか感じない。 ただし、全部が全部ゴミみたいな内容になっているか、というとそんなことはなく、仕事をどう分割するか、チーム内役割をどう構成するかについての知見はそこそこ現役だと思う。そのなかには「そんなの当たり前じゃん!」って事柄も含まれているけれど、その当たり前はこうした先人の試行錯誤によって積み上げられてきたものの上澄みを、いまの人たちがすくってるだけ、とも言える。とはいえ、使えそうな部分だけ拾い集めて3360円の価値があるか……と問われると、うーん……。「コレを読まないと仕事ができない!」みたいな本ではないです。著者はかなり教養高い人っぽく、引用や表現の端々にインテリ感溢れてるのがちょっと面白いけども。

井筒俊彦 『マホメット』

マホメット (講談社学術文庫) posted with amazlet at 13.03.03 井筒 俊彦 講談社 売り上げランキング: 212,703 Amazon.co.jpで詳細を見る 昨年は井筒俊彦没後20周年、今年は生誕100周年のアニヴァーサリーだったのですね、ということでいろいろ復刊であったりが続いている知の巨人であります。『マホメット』は井筒が昭和27年(1952年)に書いた本。当時38歳であった著者が「青春の血潮を沸き立たせた人物」について書き綴ったとても熱い作品でした。井筒先生、筆が乗りまくり、勢いありすぎで読んでいてとても面白い。井筒の本としてはかなり短い本で、解説(牧野信也による)には略歴も詳しくあって、初めての井筒本になかなかオススメかも。26歳で処女作『アラビア思想史』を上梓し、のちに『イスラーム思想史』と解題され、古典入りしてしまう天才が、ここまでロマンティックな表現を駆使しまくった本はこれ以上にあるか?! 「ムハンマドとはだれだったのか?」が本書の第一のテーマとなっている。だけれども、単なる伝記として語らないのが井筒らしい。まず、イスラーム以前のアラビア世界(イスラームからすれば正しい宗教がなかった『無道時代』)の知的世界/精神世界がどのようなものだったのか。そして、ムハンマドがアッラーという唯一神との契約にもとづく新宗教を興したことでそこにどのようなインパクトをもたらしたのか。これが本書の大きなストーリーになっています。井筒は無道時代の詩を引用しながら、砂漠のベドウィンたちの血縁によって繋がる社会のなかでの、酒と戦争とセックスという刹那的な現世の価値を追求する享楽的な世界観を描いている(井筒が訳しているタラファという詩人の作品がかなり最高)。一方、その刹那的な享楽主義は、どんな愉しみであっても死んだら消え去ってしまうし……という厭世とも隣り合わせなのです(だからこそ、この現世を謳歌しよう! という駆動力も生まれるわけですが)。井筒はここに、無道時代のアラビア世界の精神的いきづまりを見ている。 そこに現れたのがムハンマドだったのですね。彼もまた、この世の儚さを知っている人物でしたが、無道時代の人々が酒だ、戦争だ、セックスだ、とやりたい放題な方向に向かうのではなく、いずれやってくるハズである「審判の日」に対する恐れを導入

Iceage / You're Nothing

You're Nothing posted with amazlet at 13.03.03 Iceage Matador Records (2013-02-19) 売り上げランキング: 1,615 Amazon.co.jpで詳細を見る またもや tdさんのブログの後を追うように 、デンマーク出身のIceageのセカンド・アルバムについて書きます。いや、 前作 から3年ですか。新作を待望していたわけではなかったですし「おお、新作出したんだ!」という感じでしたが、デビュー・アルバムの衝撃をそのままに、というか、セカンドではむしろさらに荒々しく激しさを増しているのではないか、という出来になっており、素晴らしい……。 童貞くさいヴィジュアルも健在。心の奥底にとどめた秘密のサムシングを絞り出すようなヴォーカルに、身を切り裂くようなギター、そして、この速度。はっきり言ってテクニックはまったくないのですが、こういうものに対する嗜癖が刻まれてしまっているともはや抜け出せないのだなあ……。これまた久しぶりにロックなものを聴いているなあ、という感じですが、最高でございますよ……。

P. O. クリステラー 『ルネサンスの思想』

ルネサンスの思想 (1977年) posted with amazlet at 13.03.03 P.O.クリステラー 東京大学出版会 売り上げランキング: 324,701 Amazon.co.jpで詳細を見る パウル・オスカー・クリステラーという歴史家がどのような生涯を歩んだかについては こちら のまとめが参考になるでしょう。本書は彼が1954年におこなった連続講義の記録に、それ以前の論文をくっつけた内容となっています。主旨としては、「ルネサンス」という概念が、「人間と世界の発見」の時代であり、近代と直接ひもづくようなメンタリティをもった人間が登場した時代である、と考えられてきたことに対する異議を申し立てるもの。ルネサンスは暗黒の中世を否定し、人間を中心にいろいろ考えていこうではないかッ、とか、そういう時代であった、と高校の世界史で習った人がいるかもしれません。クリステラーはこれに「いや、実はそんな単純な話ではないのでは?」と言うわけですね。歴史を描く際、過去を否定して、新しいものが生まれる進歩史観でストーリーを作るのはとてもわかりやすい。クリステラーが批判するルネサンス観とは、まさにそうした観点から作られたものであり、彼はそのわかりやすさゆえの問題を指摘している。 ルネサンスの思想家、人文主義者たちは、中世の人たちを否定したわけではなく、むしろ、その知的伝統のうえにルネサンスの知識人たちの営みもあったのだ、とクリステラーは言います。ここに過去からの革新ではなく、過去からの延長のルネサンスが描かれることになる。そうした歴史観に対して「では、『ルネサンス』という現象はなんだったのか? そんなものはなかったのではないか(クリステラーはその時代におきた新しい動きを軽視しているのでは)」という批判もあったようです。もちろん、ルネサンスは単なる延長ではなく、プラトン主義の復活や、異教の教義とキリスト教の教義の融合などの動きが生まれていて、本書では、そのような伝統の延長線上におこった新しい潮流が教科書的に説明されている。あくまで教科書的な記述ですので、細かいところを深く突っ込むわけではありません。それゆえの退屈さもあるのですが、もし初めてルネサンスの思想史に触れるのであれば、現在でも使える本だと思いました。これ一冊読めば、思想史の見取り図のようなものがおおまかにつ

Michael Barkun 『A Culture of Conspiracy: Apocalyptic Visions in Contemporary America』

A Culture of Conspiracy: Apocalyptic Visions in Contemporary America (Comparative Studies in Religion and Society) posted with amazlet at 13.02.20 Michael Barkun University of California Press 売り上げランキング: 247,915 Amazon.co.jpで詳細を見る アメリカの政治学者、マイケル・バーカンによる陰謀論研究書を読了。イルミナティやFBI、CIA、フリーメイソン、といった存在はアメリカだけではなく、日本でも陰謀組織としてメジャーなものだと思う。本書はこの他にも超エリートが集ってなにやら秘密の会議をおこなうボヘミアン・グローヴや、世界の秘密を探ろうとする人たちを秘密裏に処理するための黒いヘリコプターの存在など、陰謀論というよりは都市伝説に近いものまで幅広く扱っている。本書の内容を一言でまとめるのであれば、一般的な(陰謀論者からすれば無知な)市民はバカげた考えだ、ビョーキなのでは、と一瞬で切り捨ててしまう陰謀論的な世の中の仕組みを思想史的・社会学的に分析したもの、と言えるだろう。人前で読むのがはばかられる表紙とは裏腹に内容は至極マジメな本だけれども、ビザールなエピソード・言説も満載で、キャンプ趣味の読者にも楽しめるハズ。 地底に住む爬虫類人や、マインド・コントロール、プレアデス星団からのメッセージ、アトランティスやムーなどの失われた大陸、シャンバラ帝国、地球空洞説……。あまりにキワドい研究対象のラインナップは、読んでいてめまいがしそうになってくる。こうしたアレコレの起源がどこにあるのか、だれが有名にしたかなど単純に面白かった。神智学で有名なブラヴァッキー夫人もアトランティスとかムー大陸にお熱だったそうで、19世紀後半のヨーロッパのオカルト主義者のあいだでは、失われた大陸ブームがあったとか。ハトン司令官こと、ギェオルゴス・ケレス・ハトン、自称、銀河間連合艦隊の司令官であり、地球人たちを四次元宇宙に移民させるプロジェクトの責任者がいろんな本を出してるのも傑作。また「ヒトラーは地下のトンネルを抜けて地底都市に逃げ、空飛ぶ円盤の技術を開発した!」とか言う話が、アメ