谷川健一 『沖縄 辺境の時間と空間』

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沖縄―辺境の時間と空間 (1970年)
谷川 健一
三一書房
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今年亡くなった民俗学者、谷川健一の著作を読む。これは彼が1969年の暮れから1970年のあいだ(本土復帰前の)八重山・宮古諸島を調査した記録、そしてこの島々に住む人々がかつて苦しめられてきた人頭税とその撤廃運動についての歴史を描いたものである。「沖縄」というと沖縄以外の人間は、日本を代表するリゾート地であり、長寿の土地であり、なんだかこう、放射能が怖くて逃げてきた人とかロハス好きの人たちのユートピア的な雰囲気があって、沖縄本島も、宮古島も石垣島も西表島も、一枚岩でそういうユルっとしたイメージで捉えがちだ。というか、わたしがそう思っていた。しかし、この本を読むと歴史的には沖縄本島から与那国島までのこの琉球諸島は、地図に表れた通りに分断されていて、とてもひとつのイメージでは語れないのではないか、という風に思わされる。

17世紀初頭に琉球王国が薩摩藩の配下におかれると、1637年から1903年の266年間、八重山・宮古の島々の人々は、過酷な徴税のもとに隷属的な状態にさらされる。その支配は、薩摩藩という外部から直接的におこなわれるばかりでなく、本島から送られた琉球王国の役人からも管理される形となった。本土から遠くなるにつれて支配が過酷なものとなり、また、支配されるものの下に更なる支配がある、という構図がここでは存在した。これは「地方が搾取されている」という現代でも時折見受けられる言説を彷彿とさせもするし、沖縄という土地がある時からずっと搾取され続けている、ということを思い起こさせもする。米軍基地以前からずっと、この土地はなにかを差し出し続けてきたし、さらにその差し出し続けてきたことが外部の人間からほとんど無視されてきたのではないか、などと反省も交えながら考えもした。

石垣島で初めての気象観測所のスタッフとして尽力した岩崎卓爾や、『南島探検』の笹森儀助の記録は、ただ単に面白い人間の面白い記録としても読める。けれども、岩崎も笹森も、この島々の過酷さにはなにがしかのシンパシーを抱いていたことが谷川が描く人物像からは受け取れることは特に興味深く読めた。不思議なことに、岩崎も笹森も、そして、「沖縄の人々の味方をしすぎる」という理由で罷免された第2代沖縄県令、上杉茂憲も、東北出身の人間だった。彼らが沖縄の人々に感じたシンパシーは、中央からの遠さに所以するものではなかったか、とも邪推してしまうのだが、そうしたシンパシーを受けながら、かの土地の人々は闘争を続けていたのである。

2011年にわたしが生まれた県では、大きな事故が起きた。同じ県出身のさるパンク歌手は事故後のインタビューで、沖縄の基地をめぐる闘争の例を出し、その闘争を参照する必要があるのでは、と語っていたと思う。これもまた「中央からの遠さ」をめぐるシンパシーだったのかもしれない。

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