平岡隆二 「ゴメス『天球論』の成立と構成: イエズス会日本コレジオの宇宙論教科書とその欧文原典」

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日本が西洋と接触を持ち始め、本格的に西洋の文化が流入しだした頃のインテレクチュアル・ヒストリーを研究しておられる平岡隆二さんの論文を読みました。平岡さんのお仕事については以前にもご紹介させていただいています。平岡さんは、今年度から熊本県立大学のほうに移られており、ブログもそれにともない(?)移転されています(さっき知った。そして、神戸市立博物館での南蛮美術展について書かれているのが目に入って、読み逃してた! とショックを受けていた)。南蛮モノの文化に興味がある方には、目が離せないブログでしょう。

この論文の内容は、西洋の自然科学をまとまった形で日本に伝えた最初の書物であるペドロ・ゴメスの『天球論』がどのように書かれたのか、そしてその特徴とは、を明らかにするものです。この本はイエズス会の宣教師たちが日本で教科書として使っていたものでした。16世紀の後半にやってきたイエズス会宣教師がなぜ、日本に宇宙論や自然科学を教えようとしたのか。この点は「イエズス会の日本布教戦略と宇宙論 好奇と理性、デウスの存在証明、パライソの場所」で詳述されていますが、宇宙や自然と言った見える世界を理解することで、見えない世界の領域への認識へ至らせる、という教化戦略があったからです。論文のハードコアな部分である欧文原典から『天球論』に影響を与えたであろう書物を分析している箇所は、私のようなボンクラ好事家には敷居が高い感じですが、西洋の学問の伝統と対比すると、ゴメスは日本向けに本の内容をアレンジしている、という記述はとても面白く読みました。

また、ペドロ・ゴメスのバイオグラフィーの部分では、当時のイエズス会の修道士たちがどのような教育を受けていたかもうかがえる。ゴメスは大変に優秀な先生だったそうで、20代のうちからその界隈でブイブイ言わせていたみたいです。で、彼がイエズス会の学校であるコレジオではどんなことが教えられていたのか、なんですが、これはギリシャのアカデミーのカリキュラムを引き継いだものだったのですね。たまたま、最近アヴィセンナについての本でもアカデミーの伝統について読んでいましたから、このあたりはスムーズに読めました。これを押さえておくと、ゴメスの『天球論』の日本仕様ぶりもより面白く読めると思います。論文からもこの日本仕様についての記述も引用しておきましょう。
プトレマイオスからサクロボスコへとつらなる天文学と、アリストテレスからスコラ哲学へとつらなる自然学(あるいは自然哲学 Philosophia naturalis)の伝統は、それぞれ独立した別個の伝統を形成しており、大学の教養課程においても個別に教授されるのが常であった。したがってその両者を、初等教科書とは言え1つの書物の内に結合させたところが、ゴメス「天球論」の最大の特徴と言えるのであり、管見の限りではあるが、このような2部構成をとる教科書は同時代ヨーロッパには見いだされないのである。
なぜ、こんな独自のものが書かれたのか。論文では「当時の日本人が天文学と気象論に特別な関心を寄せていた」という報告が複数あったため、自然な流れであった、という風に分析されています。

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「中世の大思想家たち」より『アヴィンセンナ』を読む アヴィセンナの生涯と そのバックグラウンドについて(放浪アヴィセンナ編)

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『アヴィセンナ』第一章のまとめの続きです(前回)。今回はアヴィセンナの生涯の後半部分についてをまとめていきましょう。時の権力の趨勢に煽られるようにして、各地を放浪しはじめたアヴィセンナですが、ここからが彼の本気モードと言えましょう。ジュルジャーン(Jurjan)というカスピ海沿岸の都市にいたのは3年にも満たない期間で、それはあまり大きな出来事がおこらなかったときではありますが、アヴィセンナはとても精力的に著述活動をおこなっていたようです。アブー・ムハンマド・アシュ=シーラージー(Abu Muhammad ash-Shirazi)という学者に家を買ってもらい、そこでアヴィセンナは『Middle Summary on Logic』、『The Origine and Return』、『Complete Astronomical Observations』、『The Summary of the Almagest』のほか、数々の短い書物を書きあげています。彼の業績のうち最も知られたもののひとつである『医学典範(Canon of Medicine)』もこの時期に書き始められているようです。

その後、金持ちのパトロンから誘われたアヴィセンナは1015年頃から現在のイランに向かいます。この後の彼の人生は、レイ(Rayy、現在のテヘラン郊外の都市)や、クィルミーシーン(Qirmisin、現在のケルマーンシャー)、ハマザーン(Hamadhan)、そしてイスファハーンといったカスピ海の南のほうにある山岳地帯の都市をいったりきたり。まず、アヴィセンナは弟子たちとともに、レイの名目上支配者であったブーイド・マジュド・アド=ダウラ(Buyid Majd ad-Dawla)のもとにやってきます。この人はメランコリアに悩まされていたのですが、この都市の実質上の権力は、この人物の母親が握っていたと言われ、アヴィセンナは彼女のお付きのものになった、とのこと。しかし、これと同じ頃に前回もアヴィセンナの放浪に関わっていたと言われるガズナ朝のスルタン、マフムードは再度アヴィセンナをよこせ、という要求を出していました。これによりアヴィセンナはレイを離れ、カズウィーン(Qazwin)というレイの西の街へ移動し、さらにハマザーンへ。ここでアヴィセンナは「ザ・レディ」(スタンド名か)と呼ばれるマジュド・アド=ダウラの母に仕えています。

ハマザーンでのアヴィセンナは、ブーイド・シャムス・アド=ダウラ(Buyid Shams ad-Dawla)という統治者と知り合い、彼の疝痛を治療しています。この人とアヴィセンナはこの縁でとても仲良しになり、アヴィセンナは遠征にもついてくは、高級役人の地位も得るはで美味しい思いをしたようです。でも、元々いた軍人は新しい役人であるアヴィセンナを不愉快に思っていました。可哀想なアヴィセンナは軍人たちによって家を包囲され、略奪されたうえに処刑される寸前のところまでいっています。軍人たちからアヴィセンナの処刑を求められたシャムス・アド=ダウラでしたが、アヴィセンナと仲良しだったので、さすがにこれを拒否します。が、役人の地位を奪った40日間も幽閉してこのイザコザを手打ちにしている。しかし、この後、シャムス・アド=ダウラの疝痛が再発。彼はアヴィセンナにペコペコ謝って再度治療を受け、全快、これによりアヴィセンナも高級役人の地位にカムバックしています。なんか、スティーヴ・ジョブズの伝記にこんなシチュエーションあったよな……。人事がいろいろと忙しいです。

いろいろとありましたが、1016年から1021年のあいだにアヴィセンナはハマザーンにとどまっていたようです。ここでは弟子のアル=ジューズジャーニーにアリストテレスについての註釈をおこなって欲しいと頼まれているのですが、これを拒否。アヴィセンナはその代わり、百科全書的なすべての学問を集約する書物を残そうと考え始めました。それが『治癒の書(the Cure)』の執筆の契機となります。この『治癒の書』がどんな本だったかについては我らがBHにも紹介がなされておりますが、本書での『治癒の書』は、ギリシャのアカデミーにおける伝統的なカリキュラムの内容と、土着的なイスラームの影響によって織り成された知的なタペストリーであり、アヴィセンナの独特な哲学体系の結晶として扱われております。

ここでハマザーンでのアヴィセンナの暮らしぶりについても紹介しましょう。アヴィセンナは午前中を執筆に費やし、午後の明るい間は政務を。その後、彼は暗くなったら弟子たちに会い『治癒の書』や『医学典範』の新しく書き記したページを読んで、説明や質問に答えていたそうです。かなりめちゃくちゃに働いてるんですが、この講義はだいたい飲めや歌えやの宴会に流れ込んでいたようで、まさに饗宴でした。しかも、アヴィセンナはこのとき登場する歌手(多くは女性の奴隷)とヤリまくっていた、という。アル=ジューズジャーニーは師匠の汲めども尽きぬ性欲を目撃してたそうですが、仕事もバリバリやって、夜もバリバリヤリまくっていた、というのはある意味、ストイックであるな、と感心してしまいますね。

1021年ごろ、アヴィセンナの主君であったシャムス・アド=ダウラは遠征の途中でまた疝痛が再発、その他にも病気にかかってしまい、この年に亡くなります。これによって彼の権力はすべてその息子に受け継がれ、アヴィセンナはそのまま高級役人のオファーをもらっている。しかし、アヴィセンナはこの相続人を父親ほどは評価していませんでしたので彼はこのオファーを断って、秘密裏にイスファハーンの統治者であった、アラー・アド=ダウラ('Ala ad-Dawla)と交渉をはじめます。この当時、アヴィセンナはある薬屋の家に缶詰になり、『治癒の書』の執筆に没頭していたそうです。丸2日間かけて全体のアウトラインをかきあげると、一日50ページぐらい(fifty folio pagesとあるので見開きで50枚ってこと!?)書いてたんだって(だんだん、京極堂みたいなキャラも入ってきてる)。『治癒の書』はこのときに「自然学」の部の第7書の「植物論」までと「形而上学」の部が書かれた模様(「自然学」については、クニ坂本さんも書いてますね)。ただし、こんなことをやっているあいだにアヴィセンナはなんか疑わしい人だと思われてしまって、逮捕された上に4ヶ月間も幽閉されている。幽閉期間中に彼は『The Guidance』や『Alive son of Awake』といった書物を書いたそうです。

1023年、アヴィセンナのまわりはまだまだ安定しません。今度は秘密裏に交渉をしてきたアラー・アド=ダウラがハマザーンを攻略、アヴィセンナを幽閉していた権力者たちを屈服させます。これによってアヴィセンナも自由の身に。侵略者たちがハマザーンから引き上げると、元の治世者が戻ってきて、再度アヴィセンナに「ねえ、ウチで働こうよ〜」と口説き始めたそうです。このとき、アヴィセンナはシーア派の友人のもとに滞在していて、その友人に『Cures of the Heart』という書物を捧げています。これは、感情や意識の乱れに対してどんな処置をしたらいいのか、を解説する手引書だそうです。当時の人は、そうした心の問題を、脳ではなく文字通り心臓に関連づけていますが、アヴィセンナもこの例に漏れません。また『治癒の書』の「論理学」の部の執筆も続けられています。

こうして政情不安のなかでも仕事を続けているアヴィセンナでしたが、ハマザーンの状況は悪くなる一方でしたので、スーフィズムの人に変装し、弟子たちとともにイスファハーンへと旅立ちます(なんかアラビアンナイトの世界っぽい……)。秘密の交渉相手であったアラー・アド=ダウラが治めるイスファハーンではまた手厚い歓待を受け、彼はこの地で『治癒の書』の「論理学」の部、「数学」の部を完成させ、残りは「自然学」のなかの動物論を残すのみ、というところまで持っていく。この動物論は、アリストテレスの生理学的研究に対応する内容ですから、これが最後に残されているのは、なんというかアヴィセンナがホントは一番なにに関心を持っていたのかを勘付かせるものに思えます(好きなものは最後までとっておく派だったのでしょうか)。そして1027年か、1030年に『治癒の書』が完成。これはアラー・アド=ダウラの遠征に同行しているあいだのことでした。この遠征中にアヴィセンナは『治癒の書』の要約版である『救済の書(Salvation)』も書いたそうです。

年齢的にも脂が乗り切った時期だったのでしょう、アヴィセンナのイスファハーン時代は、フランク・ザッパかプリンスばりの多産ぶりでした。しかも、出すもの出すものがなんかスゴそう。『医学典範』も完成させてるし、偽アリストテレスのテキストを含むアリストテレスの著作への例題集(28000問)だの、ペルシャ語の哲学事典だの、ササン朝ペルシャ没落後初めての哲学書だの、スマッシュ・ヒットを飛ばしまくっている。この勢いはホントに『Dirty Mind』から『Lovesexy』までのプリンスに匹敵するのでは!?(謎の比喩) しかも、執筆だけじゃなくて政治もやってましたし、学者たちを集めたサロンにもでていた。ここでの面白エピソードとしてはサロンでアラビア語の学者に「オメーの文章はカチコチで文学的じゃないよね、所詮学者だよ」とdisられたアヴィセンナとキレて文献学だのを猛烈に勉強し、むちゃくちゃに凝りまくった詩を書いて、ケンカを売ってきた学者の鼻を明かした、というのが紹介されています。

アヴィセンナのお顔
肖像画をみると結構内省的な感じのオットコ前ですが、ここまで紹介してきたエピソードからすると、アヴィセンナはアポロン的な天才性の人物っぽいです。多いに笑い、飲み、食べ、セックスも大好き。思索に耽る学者のイメージとは大きく違った性格が意外な感じがするんですけれど、アヴィセンナ自身はこのように語っています——「高貴なる神は、外面的にも、内面的にも惜しみなく力を授けてくださった。それを私は使うべき力として、あらゆるものを使うのだ」。神様からもらった力を出し惜しみしてたらそっちのほうが罰当たりですよ、ということなんでしょうか。

しかし、そんな豪快なアヴィセンナにも死はやってくるのです。1034年、ガズナ朝との武力衝突がおこなわれた戦地で彼はかつて自分で治療したことのある疝痛にかかり重篤な状態に陥ります。戦地にてアヴィセンナ自ら他の医師に指示をだし、いろいろと手を尽くしましたが、病気は良くなりません。結局、アヴィセンナは担架で運ばれてイスファハーンに戻ると、そこで1037年に亡くなるまで闘病生活を送ったようです。途中でちょっと回復して、セックスを楽しんだりもしたそうですが全快することはなく、アラー・アド=ダウラがハマザーンに向かうのについていったときに亡くなります。享年58歳。このセクションはこのような言葉で締められています。「ハマザーンを訪れる者は、彼の墓を見ることができるだろう。それは真に偉大な知的精神のモニュメントである」。

以上、最後の2文ぐらいだけNHKの歴史ドキュメンタリー風にまとめてみましたが『アヴィセンナ』本の第一章のまとめはこれでおしまいです。ギリシャやアラビアの知的伝統から、10〜11世紀のイスラーム圏における勢力図などかなり勉強になる部分でしたね。第二章以降は、アヴィセンナの思想について入っていきますが、こちらはまた機会があったら、そういう気分になったら紹介させていただきます。

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読売日本交響楽団第519回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール

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指揮=シルヴァン・カンブルラン
バリトン=大久保光哉
アルト=藤井美雪
合唱=ひろしまオペラルネッサンス合唱団(合唱指揮=もりてつや)
ツェンダー:「般若心経」(創立50周年記念 読響委嘱作品/世界初演)
細川 俊夫:「ヒロシマ・声なき声」-独奏者、朗読、合唱、テープ、オーケストラのための
10月の読響定期は常任指揮者、シルヴァン・カンブルランによる現代音楽プログラム。ドイツの作曲家、ハンス・ツェンダーへの委嘱作品と、ドイツと日本で活動する日本人作曲家、細川俊夫の大作を組み合わせた意欲的なプログラムだったと言えるでしょう。ツェンダーは俳句や禅といった日本の文化から着想を得て作品を書いており、細川もまた西洋音楽の語法で東洋的な音楽を書く作曲家でもあります。どちらもペンタトニックな音階を使ったりして、分かりやすいオリエンタリズム、エキゾチズムを狙った作曲家ではない、けれども、東洋・日本的なものを感じさせる響きの音楽の作り手である、という部分で共通項がある。井筒俊彦的に言うならば、共時的構造化がなされた選曲にも感じました。

ツェンダーへの委嘱作品は《般若心経》をバリトンのテキストに用いたもの。本来、経典は声明という節をつけて読まれるものですから、これは声明の再作曲とも捉えられるかもしれません。プログラム・ノートには「福島での大惨事に関連した作品」であり、「日本人の内なる力は、仏教的伝統によって育まれてきたように私には見える」とあります。多くの日本人は葬儀でしかその伝統に触れることがなく、声明がなにか西洋における鎮魂歌的な位置づけのようにも理解されているかもしれませんが、しかし、その意味合いは呪術的であったり、あるいは仏教哲学の内容をミメーシス的に理解する、などの機能をもった儀式であったはずです。ツェンダーがどこまでそうしたことを意識したかはわかりませんが、あのテキストが地震や原発事故に対しての哀悼のために選択されていたわけではないでしょう。

彼の作品では《5つの俳句》というフルートと弦楽器のための作品を自ら指揮した録音を持っていて、これは渋い響きをもった、乱暴な言い方をすると「音があんまりしない」系の音楽です。どこまでも俗っぽい言い方になりますが、その響きは水墨画的なモノトーンと淡さを持つ。しかし、音楽の境界線は異様にはっきりしていて、そのあたりが非常にドイツの作曲家らしく思えます。今回の作品でもそうした印象は変わらず、1936年生まれの熟達した筆の運びを堪能できる作品だったと感じます。そのぶん、驚きはゼロに近く、まるで「ドイツ人が《涅槃交響曲》のショート・ヴァージョンを書いたら」みたいな曲ではあるのですが、音造りの上手さはかなり職人的な域に達している。特に木管楽器の不協和音とバリトンの発音が同期しながら進んでいく箇所は、とても素晴らしかったです。

2012年は、東京の現代音楽資本が細川俊夫にかなり集中している年です。自分が行ったコンサートだけでも
と大規模な個展がある。それから今年のサントリーサマーフェスティバルでは、細川俊夫がセレクトした現代音楽の演奏会があったと思います。日本で今もっとも注目されている現代作曲家と言ったら、もうこの人しかいない……のかな……それはそれでちょっと不健康な感じもしますが……とにかくそれだけの音楽は書いている、とくに「こういうのはヨーロッパで受けるんでしょうなあ(嫌な言い方ですが)」という作曲家である、と個人的には思っています。「日本人が嫌いな日本人」みたいになって、こういうのはホントに嫌なんだけれども……。

《ヒロシマ・声なき声》は、その作曲家によって書かれた長大なオラトリオ作品です。この作品の元になった《ヒロシマ・レクイエム》は録音で聴いていましたが、本作は今回が初めて。指揮のカンブルランは世界初演者でもあって、ちょっとすごい演奏でしたね。指揮者の耳の良さがハンパではないことが分かるというか。分解的に各楽器の音を聴けるぐらいの解像度の高さと音の塊の作り方とがスゴ過ぎるのではないか、と。客席から一階席を囲むように演奏する金管楽器のバンダ部隊のサラウンド効果もとても良かったです。「モニュメンタルな作品」のモニュメント性を十二分に発揮する演奏でした。聴き終わった後、ちょっと打ちのめされてしまった。

ただ、この作品自体についてはちょっと複雑な思いを抱いています。まずはこれがモニュメンタル過ぎるのでは、という部分で。大オーケストラ、合唱、独唱者、ナレーションなどものすごい大規模な作品で、これだけ揃えたらもう何でもありですし、打ちのめされてしまったのもこのてんこ盛り感が理由のひとつです。構成的にも《ヒロシマ・レクイエム》から引き継いだ1・2楽章に比べて、3〜5楽章はちょっと音楽の雰囲気が違いすぎる。もっとも激しくなるのは2楽章で、その後のバランス感はベリオの《シンフォニア》にも似ている気が(あれは3楽章だけれども)。あとテキストの選択についても、2楽章は《星のない夜》を聴いたときに感じた問題がありますし、ツェランと芭蕉……というのも……。

とくにツェランはナチスの収容所からの生き残りであり、アドルノの有名な警句「アウシュヴィッツ以後詩を書くことは野蛮である」とも関連づけられる詩人です。彼の作品では《死のフーガ》がとにかく有名ですが、3楽章に用いられている《帰郷》にしても荒涼とした風景と、この音楽のあいだに釣り合いがとれているかどうかは疑問に思いました。

こうして色々考えていると、この巨大な音楽に打ちのめされつつも「こうした音楽によるモニュメントによって何ができるのだろうか」という根本的なところにも疑問が湧いてしまうのですよね。絆を歌ったり、癒しを提供したり、といった安易な効用はここにはない。それはショスタコーヴィチの《バビ・ヤール》や、シェーンベルクの《ワルシャワの生き残り》もそうなんだけれども。凄惨な情景が描かれる音楽によって「ユダヤ人虐殺は悲惨だ!」、「戦争は悲惨だ!」、「原爆は悲惨だ!」とか、そういう直接的なイメージから、そうした悲惨なモノに対して「イクナイ!」みたいな反応しか呼び起こせないのであれば、そうであるなら、そんなモニュメントにどんな意味があるのだろうか……、という(もやもや)。

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「中世の大思想家たち」より『アヴィンセンナ』を読む アヴィセンナの生涯と そのバックグラウンドについて(ヤング・アヴィセンナ編)

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『アヴィセンナ』第一章のまとめの続きです(前回)。今回はアヴィセンナの生涯についての部分をまとめていきましょう。歴史に名を残す思想家はとんでもない天才だったりしますが、彼もまた例に漏れず。天才エピソードがいくつも登場し、とても楽しく読みました。アヴィセンナが生まれたのは980年、その50年ほど前からアッバース朝の崩壊がはじまっている……というところからこのセクションは始まっています。945年、シーア派のブワイフ朝がバグダッドを制圧し、当時のカリフ、アル=ムスタクフィー(al-Mustakfi)はその傀儡となり、アッバースの血脈がカリフになるというのは名目上のものになってしまう。これに続いて、さまざまな地方権力者たちによる自治がはじまり、アッバース朝の支配圏だった土地はバラバラになります。フラーサーン(Khurasan)地方を治めたサーマーン朝もこうした経緯で成立したものです。アヴィセンナの父親はこのサーマーン朝の最盛期のアミールであるヌーフ・イブン・マンスール(Nuh ibn Mansur 976 - 997在位)の治世下で、ハルマイサン(Kharmaythan)という村の統治者に任命されています。ここはブハーラー(Bukhara)というオアシス都市周辺の村のうち、重要度の高い村のひとつでした。アヴィセンナの父親についてはどういう人物だったのかよくわかってないそうですが、彼はシターラ(Sitara)という女性と結ばれ、ハルマイサン郊外のアフシャナ(Afshana)という小さな村に家を作り、そこでアヴィセンナこと、アブー・アリー・イブン・スィーナー(Abu Ali l-Husayn ibn Sina)が生まれます。オギャー!

一家はアヴィセンナの5歳年下の弟が生まれるとブハーラーに移り住み、そこでアヴィセンナはクルアーンとアラビア文学の先生をつけてもらいました。ここから彼の天才っぷりが炸裂。10歳までに彼は、クルアーン全文と数々のアラビア文学の名著を丸暗記し、地方の野菜売りのもとでインドの算術を、イスラム法の法学派のひとつハナフィー派のイスマーイール・アズ=ザーヒド(Ismail az-Zahid)のもとでイスラム法を学びます。さらにアヴィセンナは、アブー・アブド・アラー・アン=ナーティリー(Abu Abd Allah an-Natili)という家庭教師までつけてもらい、哲学の初歩を教えてもらうようになる。それ以前にもアヴィセンナは、カイロから各地に派遣されていたイスマーイール派の伝道師たち(前回参照)から霊魂と知性についての哲学的講義をうけており、アヴィセンナはその内容に納得はしなかったものの、理解できたと伝えています。なんと勉強好きな子どもだったのでしょうか。

その後、家庭教師のアン=ナーティリーはアヴィセンナの父親に「このコは学問の道に専念させたほうが良い」と進言し、アヴィセンナはこの家庭教師のもとで正式に哲学の勉強をはじめています。これはテュロスのポルピュリオスによる『エイサゴーゲー』(アリストテレスの範疇論の手引きとなった論理学書)から、とアカデミーでの伝統(前々回参照)に沿ってロジックからはじめられるのですが、すぐにアヴィセンナは家庭教師が持っていた知識に追いつき、追い越してしまい、教師と生徒の立場が逆転してしまった、とアヴィセンナ自身が語っています。で、この家庭教師はクビになったのか、2人でプトレマイオスの『アルマゲスト』の内容をマスターした頃には、ブハーラーを離れます。ここからアヴィセンナはひとりで哲学と神学の書物を読みあさり、さらに法律の勉強も続け、薬学にも手をつけはじめます。

こうして手広く色々勉強していたヤング・アヴィセンナでしたが、最も熱心だったのは論理学や哲学といった学問でした(16歳から1年半、彼はこの分野に再度取り組みます)。彼は手当たり次第に読んでいたものをカードにまとめ、議論を形式化し、根拠や結論、関係性のリストを作っていたんだって(知的生産の技術!)。その情熱たるや、夜は寝ないし(電気がないから灯りはもちろん蝋燭です)、夢のなかでも哲学的な議論をしていたというのですから、ほとんどスポ根状態といっても過言ではない。こうして彼は論理学や自然哲学についての理解を可能な限り深くしていきます。

しかし、そんなアヴィセンナのもとにも強敵があらわれます。それはアリストテレスの『形而上学』でした。彼は、この書物を40回読んで、ところどころ暗記していると言うのに文の意味がまったくわからない。これはもう無理、と諦めていた、と告白しています。ちょうどその頃、彼のところにひとりの本売りの商人がアル=ファーラービーの『アリストテレスの『形而上学』の意図』という書物を持って現れます。このわずか5ページの書物を最初、アヴィセンナは「いらないよ」と言ってしまうのですが、本売りは粘り強く「これは持ち主から委託で売ってるものでして、持ち主の方がどうしてもお金が欲しいそうなんですよ」と売り込みをかけ、アヴィセンナはたった3ディルハム(いまでいうと6ドルぐらいの価値だそう)で手に入れます。当時活版印刷なんかありませんから、本はとても高価なものだったと思われます(中世ヨーロッパの話になってしまいますが、写本の価値についてはクニ坂本さんの「中世末期の本」というエントリが有用です)。ですから、アヴィセンナは超激安価格でこの本を入手しているわけです。そしてこれを読んだ途端に、意味不明! と投げ出していた『形而上学』の意味が理解できるようになったんだそう。このめぐりあわせに感謝し、翌日彼は多額の喜捨をおこなった、というエピソードは『まんが道』みたいで良いですね。

こうして哲学の学習をしながらも、アヴィセンナは薬学についても短期間でマスターしていました。そして、彼は単に本で読んだ知識だけでなく実践的な医術を収集することもはじめます。この分野でも彼は優秀で、当時の名の知れたお医者さんが彼に教わるようになっていたそうです。若干17歳と半年にして、アヴィセンナは時の権力者であるヌーフ・イブン・マンスールがかかっていた病気の治療にあたる宮廷医師にアドヴァイスをおこなうために招聘されます。彼のアドヴァイスが功を奏し、ヌーフ・イブン・マンスールは病気から回復、そのままアヴィセンナは宮廷医師のひとりとして仕えることとなりました。

高価な書物の収集が権力の誇示につながっていたことがあるのでしょう。ヌーフ・イブン・マンスールの宮殿には、大きな図書館があったそうです。これは『驚異と自然の秩序』で言及されている15世紀から17世紀のヨーロッパの権力者のあいだで流行した「驚異の部屋」と事情は似ているように思えます。数多の書物が部屋毎にカテゴリー分けされて収蔵されており、アヴィセンナが宮廷勤めをはじめたことは、この知的財産にアクセス可能になったことを意味します。勉強熱心だったアヴィセンナでもさすがに部屋の棚いっぱいに本が収まっている光景は見たことがありませんでした。たぶんそれでテンションがブチ上がってしまったのだと思いますが、彼はこの図書館にある書物群を18歳のときに読み尽くしてしまうのでした。本書ではこのチャンスによって、彼の哲学的体系が作り上げられた、とされています。彼自身「あのときから新しく知ったことなんか何もなかった」と豪語するほど、この時点で知識が完成されるのです。アヴィセンナの名声は21歳のときまでに、その地域でよく知られるところとなり、彼は執筆活動もおこなうようになっていました。この頃は、『Prosodic Wisdom』、『The Sum and the Substance』、『The Saintly and the Sinful』といった書物を書いているそうです(邦題が不明だったため、英訳を引用)。

そして、1002年。アヴィセンナが22歳のときに彼の父親は亡くなります。同時期に彼はブハーラーの監督官的な地位に任命されました(すごい出世)。しかしその頃サーマーン朝の権力は、すっかりその地域から消えていました。この影響があってか、彼はブハーラーからホラズム(フワーリズム Khwarizm)地方のグルガーンジュ(Gurganj)という都市に移ります。ここは現在のトルクメニスタンのクフナ・ウルゲンチ(Kunya Urgench)という町にあたるそう。そこでアヴィセンナは、アリー・イブン・マームーン('Ali ibn Ma'mun)というアミールの下で法律家として慎ましい月給をもらって暮らしたんだとか。これはアヴィセンナの放浪人生をはじまりであった、という風に彼自身が伝えています。

1012年、アヴィセンナはこの年にカスピ海沿岸のジュルジャーン(Jurjan)という都市に移っています。これは無茶苦茶な長旅であったらしく、いろんな都市をめぐっていました(本書5ページには当時の地名入りの地図がありますが、それで確認するとアラル海の南のあたりからえらい遠回りをしてカスピ海にむかっている)。伝説によれば、この移動はトルコ系スンニ派のガズナ朝の最盛期のスルタン、マフムードが絡んでいた、と言われているようです。このときガズナ朝はアフガニスタンを中心に、東はインドのパンジャーブ地方、西はほとんどイラン全域、北はウズベキスタンぐらいまで勢力を拡大しています。とにかくすっげー強かったっぽいので、世界史の教科書などを各自確認してください。で、そのマフムードはマームーンに向かってガズナ朝の宮廷に優秀な学者連中を送れ、と要求し、そのなかにアヴィセンナも入っていたのだけれども、彼はガズナに向かうのが嫌だったので逃げ出し、途中砂嵐に巻き込まれたりして危険な目にあったりしながら、マフムードにつかまらないように放浪をつづけ、ジュルジャーンに辿りついたのだった(どっとはらい)というのがその伝説なんですが、これはいろんな時系列を考えると嘘っぽい話なんだとか。そもそも彼がジュルジャーンに着いた1012年にはすでにこの地域はガズナ朝の勢力下だったので、アヴィセンナがマフムードが嫌だったとしても逃げた意味はなかったのですね。

その後、すぐにアヴィセンナはホラズム地方の境界にあるディヒスターン(Dihistan)という都市に移るのですが、そこで彼は重病にかかってしまいます。病気から回復した彼は、元にいたところのほうが安全じゃね? と思いなおして、ジュルジャーンへと戻り、そこで彼の残りの生涯を見届けることになる弟子のアブー・ウバイド・アル=ジューズジャーニー(Abu 'Ubayd al-Juzjani)と出会います。このとき、アヴィセンナは22歳。ここまでで彼の生涯の前半セクションが終わっています。だいぶいろんなこといろんなことをやってた感がありますが、後代に伝わる彼の重要な業績はまだ全然でてきてません……というわけで、後半もお楽しみに。(続き

もういちど読む山川世界史

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アヴィセンナとともにイスラム世界の歴史を学び直すのには、こういう本があると便利なのかも。

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永野護 『ファイブスター物語』(5)〜(6)

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第1巻〜第4巻までの感想はこちら)第5巻から話の飛び方がエラいことになっているなあ〜、という印象が。第4巻から突然登場するドラゴンの存在が、物語のファンタジックな要素をより特徴づけているのだが、それと同時にサイバー・パンクな用語系のめちゃくちゃさもスゴくなっているし、時系列も複雑にクロスしながら進行していくので「これ、まともに読んでついていける人いるの? というかよく連載が許されていたな……」と驚かざるを得ないです。途中でセリフが英語になったりするし(別に難しい英文ではないけれども)、90年代のヒップなスラングが日本語の流行語と合成されてセリフ回しに使われているところとかは、いまは時代を感じさせるものになっている。とくに6巻はフルポリゴンで出力されたキャラクターの3DCGも(物語本編にはでてこないけれども)でてきて、その制作裏話も含めてちょっとした時代のドキュメントになっているようにも思いました。6万4500ポリゴンのキャラクター(造詣は『トバルNo.1』みたい)のカメラ移動だけで、5分近くかかったという制作環境……なんかいろいろと早過ぎた感がある。あと、すっごい思うのは重要キャラクターの名前の長さによって、その重要さを演出しようとするのは、FSSに源流があるんでしょうか……と思いました。主人公の名前がフルネームが「アマテラス・ディス・グランド・グリース・エイダスIV」というんだけれど、ラテン語・英語・日本語が合成されて醸し出されるのは、非常に濃厚な中2感なのですね……。なんかいろいろと考えさせる漫画である……。

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雲田はるこ 『昭和元禄落語心中』(1)〜(3)

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昭和元禄落語心中(1) (KCx ITAN)
雲田 はるこ
講談社 (2011-07-07)


昭和元禄落語心中(2) (KCx(ITAN))
雲田 はるこ
講談社 (2012-01-06)

昭和元禄落語心中(3) (KCx(ITAN))
雲田 はるこ
講談社 (2012-10-05)
雲田はるこの話題作『昭和元禄落語心中』の既刊を読む。落語をテーマにした漫画はすでにいろいろとあり、ストーリーの骨格部分もとても既知感があります。「身寄りのない主人公が、○○を生き甲斐と決めて道を歩み始めようとする」という冒頭部分(○○のなかには、落語、が入る)、あるいは2巻から始まる「ラディカルで破天荒な天才」と「クールな秀才」というライヴァル・親友関係の因縁話は、なにかのテンプレートにハマっていると言っても過言ではないのですが、とても面白い! 妻が読んでいたのを借りたのですが「これはベテランの作家さんなのですか?」と訊ねたくなる古い少女漫画ライクな絵柄も魅力的ですし、またその絵柄にはラインの美しさ、というか、手塚マンガに出てる女体にグッとくる感じというか、そういう艶っぽい魅力を感じます。もともとはBLから商業デビューをした作家さん、という前知識を仕込んでしまうと余計に、男同士の絡みにも艶やかさを読み取ってしまいそうになる。

伝統であるとか、風習であるとか、とても落語について勉強されて描かれており、そこには現実の落語界でおこった歴史がモチーフになっているのでは、というのも感じられます。「落語が生き延びるために、伝統を破壊する」というラディカルな登場人物の思想には立川談志が宿っているでしょうし、戦時中古今亭志ん生も満州へ慰問芸人として渡っている。物語における「現代」が昭和のいつなのか明示されていないのですが、推測するに落語教会分裂騒動もエピソードに含まれてきそうな気配もあったりするのかな。落語で使用する太鼓の音が、物語内で起こった音ではなく、テンポを煽ったり整えていく効果音として物語外から挿入されていく演出も面白く、セリフ回しにしても、落語的なスピード感を感じますし、とても音声的/音楽的な漫画だと思いました。続きが愉しみです。

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村治佳織 Classy Selection in 鎌倉芸術館 Vol.4 @鎌倉芸術館

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出演
村治佳織(ギター)ゲスト:シモン・ボリバル弦楽四重奏団

曲目
ドヴォルザーク: 弦楽四重奏曲 第12番 ヘ長調 op.96「アメリカ」(**)
タレガ:グランホタ(*)
ボッケリーニ: ギター五重奏曲 第4番 ニ長調 G.448「ファンダンゴ」(***)
マーラー:アダージェット 交響曲 第5番 嬰ハ短調 第4楽章(映画「ベニスに死す」テーマ曲) (*)
カステルヌォーヴォ=テデスコ:タランテラ(*)
カステルヌォーヴォ=テデスコ:ギターと弦楽のための五重奏曲 op.143(***)
*) ギター・ソロ
**) 弦楽四重奏
***) ギター+弦楽四重奏
村治佳織をライヴで観るのは、たぶん2度目。ここ数年、鎌倉芸術館では村治佳織をパーソナリティ役としてさまざまなゲストともにライヴをやる企画を続けていたそうで、今回はその4年目。3年前のプログラム、テノールのヤン・コボウとの《冬の旅》は別な会場で聴いていました。今回はグスターボ・デュダメルが指揮していることで有名なシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの首席奏者たちによる弦楽四重奏団と共演。今回は、村治佳織のソロ、弦楽四重奏のみの演奏、そしてギターと弦楽との五重奏と多彩なプログラムで構成されていました。

シモン・ボリバル弦楽四重奏団は、やはり見た目のインパクトがスゴいな、と。かなり微妙な発言ですけれど、クラシックの世界の圧倒的マジョリティは、白人、なんですよね。南米系の人や、あるいは黒人の演奏家を観たときのこのインパクトは、日本人は名誉白人みたいに振る舞っている意識をあぶり出してくれるようにも思いました。もしかしたら日本人が西洋のクラシックをやっていることだって、奇異に思う人だってたくさんいるかもしれないのに。で、そうしたマイノリティである演奏家を観たときに、自然と、なにかエキゾチックな(南米系であれば)ラテンのノリのようなものを期待してしまうのですよね。そうした期待を彼らがちょっと裏切ってくるのが面白いな、と。

具体的には、シモン・ボリバルの4人はめちゃくちゃ濃厚・爆演系のヴィジュアルなのに、キレイに整えられたフレッシュな音楽を聴かせてくれるところが意外でした。若者の音楽、という感じで内容の深さには欠けるんだけれども、これからどうなるんだろうか、という期待を持たせてくれる。あと、音がデカい。演奏内容とは離れますが、久しぶりに《アメリカ》を聴いて「ドヴォルザークってこんなにヴィオラに弾かせる人なんだな」とか思ったりして楽しかったです。村治佳織のソロでは、マーラーの編曲モノが面白かったです。「アダージェットをどんな風に……?」とちょっと期待していたんですが、原曲の爛れた感じの、不健康なロマンティックな感じが払拭されて「クラシック・ギターの楽曲」に生まれ変わっている感じが良かったですね。

ただ、共演の方はうーん……。まず前半のボッケリーニですが、これは当時のパトロンだった人がギターを弾くだったため、ボッケリーニ自身のチェロと共演できるように書かれたものだったそうで、ギターよりもチェロのほうがフィーチャーされる楽曲でした。ギターはほぼ添え物でしたね。チェロが謎の超ハイポジを要求されるところがちょっと面白かったですが、曲自体が珍曲の域をでないのでは、という。後半のテデスコはさすがにギターがほぼ添え物、ではなかったですが(ギターの重要な定番曲を書いている作曲家ですし)、やはりギターの音量の問題があって、イマイチその共演を堪能できませんでした。ギターの音量はスピーカーで少し補強されていたのですが、それでも弦楽四重奏がフォルテで演奏しているとほとんど聴こえなくなってしまう。楽曲自体は、テデスコと同様に第二次世界大戦でアメリカに亡命し、ハリウッドで活動したコルンゴルトの作風と共有される、世紀末のロマン主義をひきずった魅力的な楽曲であったので少し残念。

前回観た時もそうでしたが、村治佳織は演奏の合間などにMCをいれるなどクラシック・コンサートの一般的な慣習とは違う「初めてクラシック・ギターを聴きにきた人にも楽しんでもらえるようなホスピタリティ」を発揮されていて、こういう演奏活動スタイルがあっても良いのだなあ、と感心させられます。そういう活動をする人がもっとたくさんいても良いのかもしれない。ドヴォルザークの弦楽四重奏の楽章間で拍手が起こってしまう、など慣習的には控えるべきであろうことがこの日も見受けられたんですけれど、でも拍手が起こってしまったのは必ずしも悪いことではないでしょう。「それはマナー違反なのですよ」と目くじらを立てることが果たして正しいのかどうか……とか考えさせられます。

プレリュード(初回限定盤)(DVD付)
村治佳織
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ショスタコーヴィチ-ドヴォルザーク-ヒナステラ
シモン・ボリバル弦楽四重奏団
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「中世の大思想家たち」より『アヴィンセンナ』を読む アヴィセンナの生涯と そのバックグラウンドについて(アラビア編)

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『アヴィセンナ』第一章のまとめの続きです(前回)。予告通り今回はアヴィセンナに影響を与えたアラビア・イスラム世界の思想的背景についてまとめていきます。まず重要なのは、アヴィセンナが生まれる250年ほど前にアッバース朝で翻訳ムーヴメントの勃興したことです。762年、アッバース朝の第2代カリフであるアル=マンスール(al-Mansur)によって新都市、バグダッドが建設されます。ここがアラビア語翻訳ムーヴメントの最前線の都市となり、ギリシャ、ペルシャ、インドの科学が、アラビア語の文学やイスラム法、イスラム的思弁法と一緒に研究され、そこからファルサファ(falsafa)という哲学的伝統ができあがる。アヴィセンナとはこのファルサファの最も重要な代表人物のひとりに位置づけられます。なお、バグダッドで翻訳文化が栄えたことは三村太郎の『天文学の誕生』にも詳しい。短いけどすごく良い本なのでそちらも是非。私は異文化が混じって新しいものができる歴史現象が好きなので、こういう記述はとても楽しく読みました。

バグダッドを作ったアル=マンスール自体、たいへん学問好きな権力者だったそうですが、翻訳ムーヴメントとの本格的な展開は、アル=キンディ(al-Kindi)という人が登場がきっかけとなりました。この人は800年ごろに生まれて870年頃に亡くなっていますから、だいたいアヴィセンナの200年ぐらい前の人です。本書ではアル=キンディがファルサファに貢献したポイントは3点、あげられています。まず、ギリシャの科学と哲学のテキストの翻訳を推進したこと。彼自身がギリシャ語の翻訳をしたわけではなかったそうですが、ギリシャ語原典の内容や翻訳の質についてアドヴァイスをする監督役をしていたそうです。つぎに、アル=キンディは外国の学問全般に取り組むムスリムの学者を熱烈に応援したこと。さらに、ギリシャ語の著作から学んだことをイスラム哲学の世界観に織り込んで、形式化したこと。要はアル=キンディがファルサファの礎を築いたのですね。

(このあたりから知らないアラビア人の名前が増えてきます。ラテン文字転記をどういう風に読むのかよくわからないし、ちょっとしんどい。自信がないものはアクセント記号とかはすべて取っちゃうけど、ラテン文字転記した本文中の表記も併記します)

アル=キンディのピークのころにはフナイン・イブン・イサーク(Hunayn ibn Ishaq)という人を筆頭に、ものすごい多産な翻訳サークルができています。ひとりひとりがものすごい量の翻訳をこなして、かつ、それより前の読みにくいダメな訳を改訳したりしてるんですね(なお、フナインはひとりでガレノスの百ぐらいの著作のアラビア語訳を手がけています)。これもファルサファの基礎のひとつとなりました。また、こうした活動のなかでアリストテレスの書物についての要約や註解であったり、命題集といった研究が進んだことも重要です。彼らはバグダッド逍遥学派とも呼ぶべき知的サークルを形成するようになります。

バグダッド逍遥学派のなかではアル=キンディの死後に活躍した、アル=ファーラービー(al-Farabi)が傑出したアリストテレス註解者として注目されます。彼の業績はアヴィセンナにも絶大な影響を与え、アリストテレスに次ぐ思想家として「第二の教師」というあだ名までつけられます。ファルサファの体系を構築し、すべての存在が第一原因の神へと従属するという階層構造をよりクリアな形で説明づけたのもアル=ファーラービーの功績でした。

こうしてギリシャ起源の思想が発展していく一方で、イスラム社会の学問ではカラーム(kalam)という伝統も発展しています。カラームは単に「神学」とも訳されるのですが、広い意味では「イスラム主義思弁的神学」という風に捉えられるといいます。ファルサファに対し、ムタカリムーン(mutakallimun)と呼ばれるカラームの支持者たちは、アリストテレス主義者のロジックをややギリシャ語の文法によりかかるものとみなし、彼ら自身のアラビア語の文法にもとづく概念やアナロジックな理由づけによって議論を推し進めている。さらにファルサファでは連続な存在論(絶対的な第一者から流出したものによってすべての存在が存在する)を考えていたのに対して、カラームでは存在が原子的であり、偶発的におこる、という風に考えられます。興味深いのはこうした性質が異なる伝統が、同じ問題について議論をおこなっていたり、その解答が共通の直観的なものとして共有されていたことです。ファルサファの支持者たちはギリシャ‐アラビア的な哲学と科学の伝統を進展させ、カラームの信奉者たちはアラビア語とイスラム教に強く結びついた思考を発展させる、という風に道は分かれるのですが、どちらか一方が勝利を収めるのでなく、共存しているのが面白いですね。

アヴィセンナの時代のカラームはムータジラ派(ミュタズィラ Mutazilites)とより伝統的なアシュアリー派(Asharites)の2つの学派に大別されます(もうひとつマートゥリーディー派というのがありましたが、これはざっくり言うと両者の中間でややアシュアリー派に近い考えの派閥だったようです)。ムータジラ派の特徴として、彼らは文字通りにクルアーンを解釈することを止め、そこにロジカルな読解を導入したことがありました。たとえばクルアーンには神がもつ属性についての記述がある。こうした記述をムータジラ派は、神の統一性、単一性を傷つけることになるのでは、という風に考えるのです。これは神の属性を厳格に捉えることが、神を評価することと同意義である、という理由からでした。また、ムスリムの信仰告白においては厳格に「唯一の神だけが存在する」ということが宣言されます。これと同様の理由で、ムータジラ派はクルアーンが神の言葉ではありえず、創造されたものである、という風に考えます(伝統的には、神の言葉そのものであるクルアーンは神の創造物には含まれない)。そのココロは、もしクルアーンが創造されたものでないのであれば、それは神と同様の永遠性と価値を持つことになってしまうではないか! ということです。ここからムータジラ派は神にすべての力と原因性を設定するため、決定論的な原理を導入することになります。しかし、こうなるとまた別な議論がおこります。すべてが神の思し召し! であるならば、それは神自身がおこなっていることなのだから、神が我々を裁いたり、恵みを与えたりすることができないのでは? となるのですね。こうしたムータジラ派はアル=マームーンの時代に全盛となり、正統派として認められ、アヴィセンナの時代には政治的には陰りを見せていたものの円熟期に達します。この円熟期には、アブド・アル=ジャッバール(Abd al-Jabbar)という人がイランのレイという都市で活躍したそうです。

こうしたムータジラ派の理性的なイスラム解釈を行き過ぎであるという風に捉えるむきももちろんあります。急進派のムータジラ派に対する伝統主義的なムーヴメントは、アフマド・イブン・ハンバル(Ahmad ibn Hanbal 780 - 855)という人物にはじまり、スンニ派のなかでは、上記ですでに名前だけ紹介したアシュアリー派を作るアル=アシュアリー(al-Ashari 935年没)の思想が支配的な神学を形成することになります。アル=アシュアリーはもともとムータジラ派の人物でロジカルな世界に生きていた人でしたが、後にそれらを徹底的に信用しない方向に転じます。いくら理詰めで考えていっても、それが神のモノにはならない。これがロジックの限界だ! とある日、アル=アシュアリーは気づくのです。彼はムータジラ派が否定したクルアーンにおける神の属性の記述や、クルアーン創造説を肯定します。また、神による決定論おいては彼は、たしかに神はすべての意思や創造物を作っているのだが、なんらかの行動は「我々を通して行われている」、それゆえに善悪の責任は我々にある(神に裁かれる存在である)という風に言います。アヴィセンナの時代には、ムータジラ派と一緒にファルサファもアシュアリー派からの批判を受けていたようです。アル=バーキッラーニー(読み方不明。al-Baqillani)がその批判者の代表で、アシュアリー派のなかで彼は後代のアル=ガザーリーと肩を並べられる唯一の人物と評されているのだとか。

結果的にアシュアリー派はスンニ派のなかで多数派を締めましたが、ムータジラ派はシーア派のなかでひっそりと生き延びます。加えて、シーア派のうち、イスマーイール派はアヴィセンナの時代には重大な影響力を持つようになっていました。世界史の授業みたいになってきましたが、10世紀のはじめにイスマーイール派の指導者であったウバイド=アッラー・アル=マフディー(Ubayd-Allah al-Mahdi ムハンマド直系の第4代正統カリフ兼、シーア派のリーダーであるイマームの初代であるアリーの血族の歴代イマームは途中で途絶えるんだけれども、後に転生してマフディーという救世主として復活する! というのがシーア派の人の考え。つまりアル=マフディーということは『俺は救世主!(I am a hero!)』と名乗ること)が北アフリカを武力制圧し、ファーティマ朝を建立します(Wikipediaだとこれは909年とありますが、本書だと910年とある)。で、その60年後、ファーティマ朝はエジプトを制圧、新都カイロを建設します。これがイスマーイール神学の発信基地となるのです。彼らは『正統な信者仲間の書物』(The Treatises of the Brethren of Purity)なる50巻以上にもなる伝導書を編纂し、ここにはアリストレスや新プラトン主義、新ピタゴラス主義的な要素も含まれていたんだとか。この書物はアヴィセンナも読んでいたんですって(ただ、彼がイスマーイール派になびくことはなかった)。

さて、ずいぶん長くなってきました。この「アヴィセンナに影響を与えたもの(アラビア編)」セクションの最後ではアヴィセンナと同時代の思想的状況について説明されています。ここは結構さらっとしている。まずは、偉大な博学者であるアル=ビールーニー(al-Biruni)は若い頃のアヴィセンナと文通をしていた、とか、イブン・アル=ハイサム(Ibn al-Haytham)はアヴィセンナと似た光学理論をもっていた、とか。また、フィルダウシー(Firdawsi)が『シャー・ナーメ(王の書。すごい山川の世界史用語集感!)』を書いてペルシャにおける文学を復活させた頃、アヴィセンナは『科学の書』をペルシャ語で書いており、これはペルシャがイスラム勢力によって征服されて初めて書かれた哲学書だったんだそうです。

うー、長かった。次はいよいよアヴィセンナの生涯にはいっていきますよ〜。(続き

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「中世の大思想家たち」より『アヴィンセンナ』を読む アヴィセンナの生涯とそのバックグラウンドについて(アカデミー編)

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Avicenna (Great Medieval Thinkers)
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先日巻頭言の翻訳を載せたアヴィセンナの本の第一章を読みました。ここでは「Avicennna's Intelelectual And Historical Milieu」というタイトルで彼の思想と歴史的環境について詳述されています。現在のアラル海の南東、現在のウズベキスタンで980年にこの大思想家は生まれているのですが、話は彼が生まれる前のイスラム社会での知的伝統として受け入れられることになるギリシャの学問体系についての説明からはじまります。ギリシャの学的巨人といえば、言わずと知れたザ・哲学者ことアリストテレス。6世紀前半ごろまでアテネとアレクサンドリアのアカデミーで教えられてきたカリキュラムは、彼の哲学体系に沿って作られていました。以下、アリストテレスの哲学体系についての教科書的な説明も含みますが、今日はこのはじまりの部分をざっくりとまとめておきましょう。

アテネとアレクサンドリアのアカデミーのカリキュラムはまず論理学にはじまります。ここでアリストテレス哲学のキーとなる概念を学ぶと次に範疇論に進んでいく。これとは別途数学や幾何学は論理的な能力を鍛える基礎として考えられており、アリストテレス哲学とは別にエウクレイデスも学ばれていたそうです。特徴的なのは、すべての基礎がとにかくロジックの能力であり、これは修辞学や詩学においても同様に重要な役割を果たす、と考えられていました。科学にしても哲学にしても、我々が存在する世界について深い理解に達することが目的とされる。この目的にたどり着くための基準というかルールとして、古代、そして中世の人々は次のような考えを共有していたといいます。第一に「現象に対する説明を与えること」、第二に「説明は必然的なものでなくてはならないこと(現象がたまたま起きることなんかありえない、現象にはなんか理由があるはず!)」。ロジックとは、こうしたふたつの基準を満たすために必要不可欠な要素だったわけです。

さてアリストテレス自身は世界に起こる現象の数々をどのような体系で説明していたのでしょうか。それが有名な「四原因説」にあたります。彼は世界の仕組みを「質料因(the material cause)」、「形相因(the formal cause)」、「作用因(the efficient cause)」、「目的因(the final cause)」の4つの要素に分解して考えました(それぞれの因子について原文から引用してますが、もちろんアリストテレスは英語で考えていたわけではありません。日本語のテクニカル・タームは英語でみたほうがわかりやすい感じがするので引用しました)。原文ではそれぞれの因子がどういうものなのか、ベッドの例で説明されているんですが、
  • ベッドの材料となっている木 = 質料 
  • ベッドっぽさ(ベッドらしさ、木で作られた構造物がベッドに見えること) = 形相 
  • 木の集合体からベッドっぽさを生み出し「This is a bed!」と呼ばせるなにか = 作用 
  • ベッドて寝やすいよな! = 目的 
という感じ。アカデミーではこうした考え方を身につけると次に自然学へと進みます。これには「天について」という重要な著作が含まれており、これがプトレマイオスの『アルマゲスト』とセットで、世界体系を説明する学問として学ばれました。アリストテレスの世界体系において、世界は「天界(月がある世界)」と「月下界(月の下にある世界)」に二分されます。ここにはそれぞれ別な仕組みがあって「天について」で説明されるのは文字通り、天界について。月下界は「生成と消滅について」という別な著作で勉強します。天にある星はなんか不滅のように規則正しく動いているのに、我々をとりまく世の中には生まれたり、消えたりするもんがあるぞ! とアリストテレスが不思議に思った、と考えると世界が2つにわけわれたのも納得かもしれません。その他、アリストテレスの自然学には気象論、霊魂についてなどがある。このうち、アリストテレスの生理学的な研究については2世紀のガレノスという人(この人も思想史上重要!)に引き継がれ、発展するのですがアカデミーのカリキュラムには含まれていなかったそうです。

自然学を学び終えた学生は、いよいよ形而上学にはいっていきます。大体、具体的なものから、抽象的なものへとカリキュラムが進んでいくのですね。当時の形而上学では、アリストテレスの著作の理解を促すものとして、プラトンの著作も併読されています。といっても、ここでのプラトンはプラトン自身の考えではなく、後代のプロティヌスやプロクルスといった新プラトン主義者たちの解釈の強い影響下で読まれていたといいます。また「絶対的な一者から流出したものが、すべての存在の原理であり、ゆえに世界はひとつ!」というアリストテレスの考えは、新プラトン主義の文脈から読み解かれることになる。これには、プロティヌスやプロクルスの著作がアリストテレスの著作だと間違って伝わっていた……という深いわけがあるんですが、このような誤解があってこそ、アヴィセンナが生きたアラビア世界にも新プラトン主義が伝わったのであーる、というところに歴史のロマンを感じますね。

形而上学を修めた学生たちはさらに道徳学を学ぶことになります。アリストテレスの著作には『ニコマコス倫理学』としてまとめられた有名な道徳についての著作がありますが、倫理は政治学に従属するものである、と、この著作の冒頭でアリストテレス自身が言っていることにあわせるように順番が変わってくる。倫理よりも政治、とくにプラトンの『国家』や『法律』が重要なものとして読まれたようです。その後のアラビア世界でもプラトンの『国家』で唱えられる哲人政治は、ムハンマドのような預言者や理想のカリフなどと関連づけられて伝えられたんだそう。

次回は、アラビア世界の思想的背景についてまとめていきましょう。やる気がでたときに……。(続き

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澤井繁男 『魔術と錬金術』

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魔術と錬金術 (ちくま学芸文庫)
沢井 繁男
筑摩書房
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イタリア・ルネサンスの思想家の本を多く翻訳している澤井繁男による魔術と錬金術に関する概説書を読みました。本書は1989年に出版された『魔術の復権』(人文書院)と、1992年の『錬金術』(講談社現代新書)を合本したものだそう。第一部の魔術編と錬金術編で内容に重複する部分があったりするのですが、初めて「ルネサンス期の思想家ってどんな人がいたんだろうな〜」と知りたい人(どこにいるかはまったくもって不明!)とかには良い本なのかな、と思いました。文庫になったのは2000年で、もうすでにちょっと古い本になりかかってる感じもなきにしもあらず。ここ最近のルネサンス・初期近代の研究については、古典的名著の翻訳や日本人研究者による非常にクオリティの高いモノがかなりでていることもあって、あえてここから入らなくとも良いのかも、という。

例えば「魔術」パートで扱われている人たちは、イエイツの『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス主義の伝統』ともろにメンツがかぶっていますし、記述の内容的にもイエイツの内容のほうが濃くて面白い。イエイツの本は第10章まで、ジョルダーノ・ブルーノという人が登場するまでイタリアでヘルメス文書や新プラトン主義、カバラ数秘術がどんな人によってどんな風に扱われたかを延々とみていくわけですが、それは思想家ごとの線的に辿る発展史的なものでもあるわけです。澤井による記述にもそうした線的スタイルがあるんですけれど、一本の強いストーリーがあるわけではなく、途中で思想家ごとの比較がいろいろと入ったりして縦展開だけじゃなくて横展開もある。○×を使った表や、イメージ図を使ったりして分かりやすい説明をしようという努力がここでは見られるんですが、読んでて「え、こんなに平明に整理できるの?」という部分がそもそもひっかかってしまいますし、えーっと、端的に言ってなんか面白くない!! これをたまたま手に取った人が「魔術、面白い!」と思わないだろ! というのが率直な感想。

これはもしかしたらマーケティングな失敗かもしれず、この手の神秘主義とかルネサンス思想とかって大抵、澁澤とか種村とか、高山宏とか、コアで衒学的な人から入ってくる人が多いと思われ(私はそうじゃないんだけれど)、そういう人がこういう平明な記述にグッとくるかと言ったら、たぶん物足りないと思うし、これをキッカケに「魔術ヤバい、錬金術ヤバい」ってなる人もあんまいないのであれば、果たしてこれは誰に向けて書かれた本なのか、という。ソーンダイク、カッシーラー、ガレン……etcというブックガイド的な部分は、個人的にはちょっとありがたいなと思ったけれど、平井浩さんはずーっとインターネット上でそういう活動をされているわけで……。

ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統
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神秘哲学―ギリシアの部
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たしかに『魔術と錬金術』は安くて手軽な本だけれど、イエイツとか井筒とか読んだ方がこの手の話はグッと面白い! と思えるのでは、というのが私の感想でした。思想史に限らず、歴史関係の本は単に分かりやすいだけでは面白い本にならず、分かりやすくて面白くないと成功しないんじゃ、と思う。そうした意味で記述のスタイルとか、ポイントのしぼり方とかは重要だと思わされました。

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Moebius 『Arzach』

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Arzach
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Moebius
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9月のパリ旅行の際に「あ、せっかくだからバンド・デシネ(フランスの漫画)買ってかえるか!」と思って、ヴァージン・メガストアにてメビウスことジャン・ジローの代表作のひとつ『Arzach』を購入してたのだった(上記書影はドイツ語版。フランス語の原書は今のところAmazonでは買えないみたいだ。ほとんどセリフがない漫画なので、言語はとくに問題ないでしょう。あと画集も一冊買ったけど、それは友達にお土産であげた)。宮崎駿が「ナウシカは『Arzach』の強い影響かにある」と発言していたり、大友克洋はメビウスから影響を受けているとかは聞いていたけれど、実際に読んでみたら「え!? こんなにそのまんまなの!?」ととても驚きました。粘菌や王蟲、メーヴェ、ユパ様、ドルクの聖都シュワらしきモノが『Arzach』には描かれている。

この漫画自体は、程度の低い下ネタだったり、ストーリーとも言えない短いエピソードのあつまりなのですが、宮崎駿はここにあるヴィジュアル・モチーフから『ナウシカ』の壮大な物語を組み上げたのだなあ、と思いました。あと大友克洋とメビウスの重力感に通ずるものを感じたり。擬音の書き込みも一切なく、サイレント・コミックという表現に相応しく、翼竜が滑空するコマがとても静かに流れていくのが観ていて気持ちよい。アメリカのヴィジュアル・ノヴェルとも違った漫画言語(とも言うべきもの)がメビウス、というかバンド・デシネにはあるのだなあ、と思いました。

ユーロマンガ 1
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ニコラ・ド・クレシー カネパ、バルブッチ、その他
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日本にはこういうバンド・デシネを中心としたヨーロッパの漫画を紹介する雑誌もあり、少しずつチェックをしていきたいところ。ちなみにパリのヴァージン・メガストアの漫画コーナーは「バンド・デシネ」、「コミック(アメコミ)」、「マンガ(日本の漫画)」という風に分けられていたのもちょっと面白かったですね。フランス国内ではバンド・デシネはほとんど芸術扱いだと言いますが、CDなんかと一緒に売られたりしているのを見ると、ハイ・アートとポップ・カルチャーの境目ぐらいに位置づけられる感じなのでしょうか(『アフタヌーン』とか『アックス』とかの雰囲気なのかも)。
R0012648
こちらはパリ旅行中に見つけた広告。日本の漫画ってホントに人気あるんだなあ……。

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『JOJOmenon』

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JOJOmenon (集英社ムック)
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荒木飛呂彦
集英社 (2012-10-05)
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荒木飛呂彦とGUCCIのコラボレーションを実現させた『SPUR』編集による『ジョジョの奇妙な冒険』連載25周年記念ムック。ほとんどまるごと荒木飛呂彦! という感じで、クリント・イーストウッドとの対談などもあり、ファン垂涎の一冊。

なかでも荒木飛呂彦へのロング・インタビューで語られる漫画観はとても興味深く読みました。19ページとページが毎回決まっているのに、毎回21ページでネームを描いてしまう、とか、絵は無限に描けてしまう、とかイチイチ身体的で、そういう理屈ではない部分からあの物語が生まれているのだなあ、とか思います。第7部「スティール・ボール・ラン」以降が、それまでの『ジョジョ』の語り直しである、という話も良かった。

また、画家である山口晃との対談も面白かったです。ここでは互いの作品へコメントをしあっていて、山口から荒木の絵に対して絵画技法上の解説めいたものや質問が入るんですが、それに対して荒木は感覚的な返答で返していく。山口が描いたスタンドの絵からもわかるんですが、そうしたときにアカデミックな場所で絵の書き方を学んできた人と、漫画を描きながら自分の絵を作ってきた人との違いが浮かび上がっているようにも思われます。同じ人間をデフォルメして描くにしても、その深度が違う、というか。

読んでたら連載をリアルタイムで追いかけていたときの「どうなるの……次は……!?」という次週に気持ちが引っ張られる感覚を思い出してしまったし、胸を熱くさせる内容でした(後半部分の吉本ばななの小説や、各種クリエーターの方々がジョジョをモチーフにした句を読みあうという謎の企画は非常にアレですが……)。

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Tokyo Zawinul Bach / Afrodita

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AFRODITA
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東京ザヴィヌルバッハ
エアフ゜レーンレーヘ゛ル (2012-10-17)
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東京ザヴィヌルバッハの新譜は先日のDCPRGの日比谷野音公演で手に入れていたのだった。本作は坪口昌恭のソロ・プロジェクトとして初めてのアルバムとなる。そこで現れたのはリズム・パターンを自動的に変奏する「M」システムと坪口とが真っ正面に向かい合ったクラブ・ジャズだった、しかもバリバリにアフロ・ポリリズム指向。素晴らしいですよ……これは。DCPRGではシンセサイザー、菊地成孔ダブ・ゼクステットではアコースティック・ピアノ(とKAOSS PAD)と参加バンドごとに坪口が使用する楽器のイメージが違うけれども、ここではフェンダー・ローズがフィーチャーされており、その抜群にセクシーな音色は未来形ジャズのひとつの理想を表現するようです。そして、夜の音楽であり、ダンス・ミュージックであり、呪術的であり……複雑な構造の表面にむちゃくちゃにシャレオツな雰囲気が張り付いたこの音楽は、懐古的あるいはキャンプな目線で聴くことのできない最も新しいフュージョン、とも呼べるでしょう。


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マイケル・C・フェザーズ 『レガシーコード改善ガイド』

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レガシーコード改善ガイド (Object Oriented SELECTION)
マイケル・C・フェザーズ
翔泳社
売り上げランキング: 18244
「本書はJava、C、C++でサンプルを記述していますが、記載されているテクニックは言語依存するものではないため、他の言語(Delphi、Visual Basic、COBOL、FORTRAN)でも使えます」と本の紹介にはあるけれど、どうだろう……。書いてあることから言語依存しないテクニックを抽出するなら「依存関係は少なくしろ」とか「既存部分に影響がないような機能追加の仕方を見つけろ」とかになるんだけれど、それって普通のこと、じゃないの……? 機能変更のために方法がいくつかあって、そのなかに「一番簡単だけど、あとで直す必要が出てきたときに影響がデカい方法」があるなら、それは長いスパンでみるとコストがデカいからやめろ、とかも、企業に勤めてチームのなかで開発をする経験が浅い、とかいう人ならまだしも、それなりに経験を積んでたらそっちは選ばないでしょう。

普段私はCOBOLで仕事をしてるんだけれど、テスト自動化をメインフレーム上で支援してくれるツールとかないし、本書の値段分の得られて知見があったか、というと、得られませんでしたね。残念ながら完全にこの本の想定読者からハズれている。たくさんの改善事例が載っているのは良いけど、でもこれ読んで「なるほど、こんな風に改善すれば良かったのか!」と学べる(特にサンプルにはいってない言語を使っている)人は、自分で適切な改善方法を見つけられるような気もするし。「テストを書く」にしても「Javaはこういう書き方ができて良いなあ……」と指をくわえてうらやましく思うしかないですよ、クソCOBOLerとしては……。

ホントに言語依存していない知識としては、16章「変更できるほど十分に私はコードを理解していません」、17章「私のアプリケーションには構造がありません」ぐらいだろうか。16章はコードの読み方をメモの取り方とかから教える記事。17章はチーム・リーダーがプロジェクトやアプリケーションの意味について部下に伝えるというところから解決策が提示される。これも教えられなくてもすでにやってるよ、という人のほうが多いでしょ、でも、もしかしたら「そうか、コードはこんな風に読めばいいのか!(読ませれば良いのか)」とか気付きを得られる人もいるかもしれない。新人プログラマーにコードの読み方を教える機会もないわけじゃないので、今後はこれを教材として渡そうかな、とは思った。

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オックスフォード大学出版局「中世の大思想家たち」シリーズより『アヴィセンナ』への巻頭言

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多くの人々にとって「かつては偉大な中世の思想家がいたんだ」なんて言われたら驚かれると思います。単に「偉大な思想家」だったら今でも学ぶことができる、けれどもそこに「中世の」(ざっくり言って西暦600年から1500年のあいだを指し示す)形容詞がつくと、しばしば「中世の思想家は『偉大だ』と言うことなんかできないのでは?」と言われたりしてしまいますからね。 
でも何故なんでしょうか? ひとつの解答例としてあげられるのは、中世の著述家の議論や推論が「権威」を振りかざすような傾向にあるからでしょう。宗教に関するものであれば特に。そのような権威主義的なものって偉大な思想とはいえないのでは……? とか今日ではそんな風に言われてるわけですね。また、近代科学が興る前の人たちの考えになんか偉大なものなんかないよね、近代哲学にも神学にも関係ないし、とか言われたりする。科学系の学生だときょうび17世紀より前の人文学になんか滅多に関わらないですし、12世紀の哲学を勉強している学生はアリストテレスからデカルトまでの思想史についてちっとも教わらないなんてこともあります。現代の神学科の学生なんて「重要な神学的思考とは19世紀に考えられたものだ」と信じるように促されたりもするんです。 
近代科学の起源は、世界は理性的な研究によって開かれて、混沌よりも秩序だっているという信念のうちにある。でもその信念は中世のあいだに体系的に探求され、発展したものなんですよね。また、人々の需要に応じて哲学や神学においてもっとも洗練されて厳格な議論が見られるようになったのも中世思想においてなのです。当然のことながら、中世の哲学者や神学者も、現代と同じように、大抵は大学の教師かなにかで、同時進行する世界規模での議論に参加していましたし、17、18、19世紀の哲学者や神学者たちとは違って、教師と学生という大きなコミュニティから離れて仕事をする人ではありませんでした。さて、ここで中世の思想家たちが権威的に見えてしまうという疑問についてはどうでしょうか。中世の思想家の多くが権威、とくに宗教的な権威を信じていたのはたしかです。でも今日の多くの人だってそこから抜け出せないのも事実。中世の思想家と同じように、わたしたちの頭のなかの内容物も権威でいっぱいですし、それは現代の哲学者もそんな印象をだんだんとわたしたちに植え付けていますよね(たとえそういう状況でも、思想家たちのあいだにいろいろと違いがありますから『中世思想』なんて一言でまとめられるものはなかったのでは?  なんて言う人がいるのもごもっと)。わたしたちの知っている大半のものごとはさまざまな教師だとか、同僚だとか、友人だとか交流全般から得ているものでしょう。権威への信頼でいえば、わたしたちと中世の思想家たちのあいだにある主な違いは、中世の人たちがわたしたちよりも権威がより注目し、露骨だったというところにあります。わたしたちが権威を感じないような、無批判であったり騙されやすかったりするところに違いがあるわけではないんです。 
近年、そうした事実が「アカデミックなレヴェル」とわたしたちが呼んでいるものと同様に見なされるようになってきました。もはや中世は「暗黒時代」(つまり『知的な豊かさに欠けた』という意味ですが)として扱われてはおらず、現在多くの大学(そして多くの出版社や研究雑誌)が中世思想の研究に多くのエネルギーを注ぐようになっています。そうした研究者の人たちは単純に「中世が歴史的に重要である」と仮定の下で研究をおこなってるわけではありません、でも、中世には検討に値するものや学ぶべきものが満ちているということが明るみにでることが増えてきているんですね。これまでの長い間、中世思想なんか考古学者だけが興味を持つものだと考えられてきたわけですけれど、それとはまったく正反対に、わたしたちは時代の声として中世リヴァイヴァルに直面しているのです。 
「中世の大思想家たち」シリーズはこうしたワクワクするようなリヴァイヴァルの一部分を反映させたものです。際立つ専門家チームによって書かれたこのシリーズは、中世の著述家たちの領域への実質的な手ほどきとなることを目指しています。そしてそれは今日の研究者たちが中世の思想家たちによって書かれたものを価値があるとしている過程が伝えてくれるものでしょう。中世「文学」の学生(たとえばチョーサーの著作とか)は現在でも(過剰供給ではないですが)容易に二次文献が手に入るような状況にあります。でも、中世哲学や神学に興味がある人というのは、その手助けになるような信頼がおけて手に入りやすくい書物にめぐまれているという状態ではまったくありません。「中世の大思想家たち」シリーズは中世哲学と思想に特化すること、そしてそうした思想家たちの人生や思想の外観を提示し、また現代にも通ずることを組み合わせることによって、このような情報不足が改善されることを期待しています。このシリーズを別個に読むと、ひとりの思想家に対して重要な情報を与えてくれます。そこではこれまでの類書によってカバーされているようにたくさんの人物はカバーできません。ですが、シリーズを一緒に手にとれば、中世哲学と神学の全体を包括した議論と、豊かで素晴らしい歴史を手に入れることができるはずです。学生の視点からも、一般読書の視点からも、それぞれの著者が明快でわかりやすいように書くよう尽力し、また思想家たちのかつては知られていなかった事柄を学べるようになっています。また、シリーズの関係者たちもまた、それらに生気を吹き込み、中世思想の専門知識をもって喜びをもたらせるように取り組んでいます。さらに、研究や紹介も同様に、それぞれの巻は歴史的なレヴェルと推論的なレヴェルの両面で中世研究の進展を探究しているのです。 
さて、中世哲学や神学にまじめに取り組んでいる人のなかで、アヴィセンナ(イブン・シーナー)を無視しても差し支えないという人はどこにもおりません。それはイスラム教やユダヤ教、キリスト教のどの観点から言っても同様です。今でいうウズベキスタンで10世紀の終わりに生まれたアヴィセンナは、イスラム思想だけではなくマイモニデスのようなユダヤ教徒や、トマス・アクィナスのようなキリスト教徒にも絶大な影響を与えました。仮に「偉大なる思想家」をまったく知的な伝統が異なる人によって受容され、発展されるような人だとするなら、間違いなくアヴィセンナは「偉大なる思想家」でした。 
この巻ではジョン・マクギニス(ミズーリ大学)がアヴィセンナによって書かれたすべての書物について詳細な紹介をしてくれています。彼はアヴィセンナをギリシャとイスラムの歴史的な文脈におき、アヴィセンナが論理学や、医学、心理学、形而上学、政治学、そして薬学(しばしばアヴィセンナは近代薬学の創始者とも言われています)といったトピックについてどのように考えたのかを説明してくれるでしょう。マクギニス教授は、哲学者や科学史家、中世思想研究者に、地域や重要性、アヴィセンナの影響と彼の哲学の観念史上の位置づけを評価するための出発地点を与えるものです。彼の優れた仕事によって、中世思想全般、とりわけイスラム思想に関わる人たちにきわめてありがたい本ができあがりました。 
ブライアン・デイヴィス(シリーズ編者 フォーダム大学)

Avicenna (Great Medieval Thinkers)
Jon McGinnis
Oxford Univ Pr (Txt)
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以上はオックスフォード大学出版局から出ている「中世の大思想家たち(Great Mediaval Thinkers)」というシリーズの巻頭言。ルネサンスの思想について読んでると「うーむ、中世について勉強不足であるな」と度々感じることがあったので、一冊『アヴィセンナ』を買ってみたんですけれど、気が向いたのでこの部分だけざっくりと翻訳してみました。近現代の哲学とちがって中世の思想はよくわからん、どマイナーである、というのは日本でも一緒だと思います。いや、興味はあるんだ、けれども何を読んだら良いかわからんのだ、みたいな人に向けてちょうど良いシリーズなのかもしれません。クニ坂本さんも「非常に水準の高い書物」とこのアヴィセンナ本を評価されていました。ほかには「アベラールとエロイーズ」、「アル=キンディ」、「アンセルムス」……とかいろいろあります。

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DCPRG YAON 2012 @日比谷野外大音楽堂

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SECOND REPORT FROM IRON MOUNTAIN USA
DCPRG JAZZ DOMMUNISTERS SIMI LAB アミリ・バラカ 兎眠りおん
ユニバーサルミュージック (2012-03-28)
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SIMI LAB、toe、DCPRGの3バンドが出演。活動再開後、初のスタジオ・アルバムがでてからライヴを観るのは初めてになりました。このイベントにあわせてDCPRG活動再開時の野音ライヴでの「ジャングルクルーズにうってつけの日」の演奏動画もフル公開されています(監督:冨永昌敬)。この演奏は私も生で観ていましたが、かなり天候的なコンディションが悪くてなんか騒いだりしてないと死ぬのでは、という感じで細部はあまり覚えてないですが。この動画を観て「あ、こういう演奏だったのか」と思いました。動画で分かるポリリズム・ジャングル、というか、生で観るよりもちゃんと観察ができてしまう。音も映像も良く撮れてるな、と。素材があるならソフト化して売って欲しいな、と思います。ドラムの千住宗臣さんが高速でドラムを叩きながらハイハットのネジを締め直す模様や、ロック・スター感全開のTakuyaさんのソロとか良い。


で、話は今年の野音に入るわけですが、この日はとにかくSIMI LABであっただろう、と。MCでは「普段ヒップ・ホップとか聴かないと思うんですけど〜」、「いや〜、こんなことやってますけど、普段は正社員ですよ!」とステージ上からものすごい良いヤツ感を振り撒きまくっており、観ていて「ふむ、なかなか良い青年じゃないか」と娘の彼氏を紹介されたお父さんのような気持ちになってしまいましたよ。私など馴染みのある不良的な文化圏、と言えば、北関東から漏れ出てくるヤンキー文化、つまりはダッシュボードに白いファー & バックウィンドウは黒いフィルム張ったワゴンR(イェア)、若くして授かった子供の襟足は長くて金色に染まってる(ヨォ)、くすんだ色の団地から休日になると灰色のスウェットで出てくる足下はマイメロとかのサンダルだ(チェケラ)……的な感じであって、そのテーマ・ソングといえばBOØWYか、BUCK-TICKなわけでございます。かのようにヒップ・ホップ的な文化圏から遠く離れて……いたわけだけれども、SIMI LABを観たら初めてヒップ・ホップの人ともなんか友達になれるんじゃないか、とか感じたわけで……と唐突に純くん(『北の国から』)になってケイコちゃんに手紙を書きたくもなりますよ!

SIMI LABのあとのtoeも久しぶりに観れて良かったです。彼らは、日本を代表するいわゆるひとつのポスト・ロックのバンドであり(ん〜、どうでしょう〜)ヒップ・ホップやファンクとは違う物語的ストーリーを持った強弱のダイナミズムによって展開されるメイク・ミラクルを感じました。溜っていってドガンッ、とくる気持ち良さは良いな〜、と。ドラムの柏倉隆史さんはそのまま、DCPRGの演奏にも……展開も期待しましたが、そんなことはなく。


DCPRGは最新アルバム中心のセットリスト、そしてアンコールはfeat. SIMI LABで「Mirror Balls」というグッとくる展開。欲を言えば「ジャングルクルーズにうってつけの日」とかダークにドロドロした曲も聴きたかったな、と(長いからワンマンじゃないと演奏しないのでしょうか)いうもありましたけれど、良かったです。最後、キーボードの坪口昌恭さんがもはやお約束と化したショルキーを装備した、にも関わらずソロがもらえない、とかかわいそうな感じのシーンもありましたが……良かったんだよ……。

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Otomo Yoshihide's New Jazz Quintet / Live

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大友良英ニュー・ジャズ・クインテット・ライヴ
大友良英ニュー・ジャズ・クインテット
ディスク・ユニオン (2002-07-25)
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大友良英ニュー・ジャズ・クインテットの2002年、ちょうど10年前のライヴ盤を聴く。音響とジャズによるミクスチュアによる「新しいジャズ」という大友良英のコンセプトは10年の間に、クインテットからオーケストラに編成が大きくなることで色彩感を拡大させ、2010年にトリオになってからハードバップ的なところへと回帰し、その回帰したところのマイルストーンがこの日のライヴだったのでは、とか思ったりした。音響によるハードバップであれば『Live in Lisbon』もスゴい演奏だと思ったけれど(こちらは2004年の音源。菊地成孔脱退後、マッツ・グスタフソンがテナーとバリトンで参加)、この時点でもはやスゴい完成を見せていたんだな、という。

Onjq Live in Lisbon
Onjq Live in Lisbon
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Otomo New Jazz Quintet Yoshihide
Clean Feed (2011-04-05)
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もちろん、現在の回帰後の姿、ONJT+の演奏は単に10年前の焼き直しではないし、それは現在発売されている2枚のライヴ盤を聴いてもよくわかる。人数は同じ5人での演奏で、どちらも音色の多彩さはオーケストラと比べると多様な感じではない。けれども、そのハードバップ感のあり方は、10年前がメンバー同士のバトル感が色濃いような気がするのに対して、現在ではもっと協和的、というか、リード楽器がいないこともあるのだろうけれど、とてもマイルドに聴こえる。回帰しているけれど、オーケストラでの成果はものすごく良い形で還元されているように思われ、改めてONJT+からONJQに戻ると10年前の音楽がものすごくクリアに見えてきてもくるのだから、不思議だ。

Lonely Woman
Lonely Woman
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ONJT +
doubtmusic (2010-11-25)
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Bells
Bells
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ONJT+
doubtmusic (2010-11-25)
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こうしてまるで過去と現在を循環するように大友良英の音楽を聴きながら感じ入ってしまうのは、10年間に広がったこの音楽家の領域の広がりと、日本の音楽環境の変化であったりして。いや、自分も歳をとってはいるんだけれど……。

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ヴァルター・ベンヤミン 『パサージュ論』(3)

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パサージュ論 第3巻 (岩波現代文庫)
W・ベンヤミン
岩波書店
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ベンヤミンの『パサージュ論』第3巻には以下の項目でまとめられた断片が収録されています。「夢の街と夢の家、未来の夢、人間学的ニヒリズム、ユング」、「夢の家、博物館、噴水のあるホール」、「遊歩者」、「認識論に関して、進歩の理論」、「売春、賭博」、「パリの街路」、「パノラマ」、「鏡」、「絵画、ユーゲントシュティール、新しさ」、「さまざまな照明」……とパッと見て分かるとおり、項目数の多さは全巻最多、とはいえとっ散らかった内容になっているわけではなく、アルファベット順に項目が並べられているにも関わらず不思議とまとまりを感じさせます。個人的には、いくつかの断片からベンヤミンが19世紀という時代を、どのように捉えていたのかが浮かび上がるところを興味深く読みました。

ベンヤミンは言います。「19世紀とは、個人的意識が反省的な態度を取りつつ、そういうものとしてますます保持されるのに対して、集団的意識の方はますます深い眠りに落ちてゆくような時代」である、と(P.7)。そして、集団が見る夢をパサージュを遠して追跡することが、彼の『パサージュ論』における主たる目的だったと言います。ここでベンヤミンが言う、個人的意識の先鋭化と、集団が見る夢の深化、これらは相反するように思われるけれども、パラレルに進行していく。この点は第2巻を読んだときに書いた「本人は自由意志に基づいて生活しているつもりなのに、マガジンハウスの雑誌に書かれたライフスタイルなるものをなぞっているだけだった、個性的でシャレオツな生活は、なにかの痕跡でしかない」ということにも繋がるように思われました。個人は個人的な意識で行動している。しかし、その個人も集団を構成する要素でもあり、集団が見る夢とは無関係ではない。集団が見る夢、を「時代の空気」みたいな言葉に置換しても良いかもしれません(ベンヤミンはユングの『集合的無意識』を借用します)。個人の意識によって時代の空気は醸成され、そしてそれが個人を覆っているように見えてくる。

さて、そうした19世紀の集団が見る夢をベンヤミンはどのように読み解くのか。これは私の勝手な読み解きに過ぎませんが、ここには彼の2つの態度が現れていると思われました。ひとつは、ベルリンからやってきた男が美しい都市に魅了されてしまった、という「おのぼりさんイズム」(この『おのぼリズム』については第1巻を読んだときにも書きました)。パリの街路やパサージュをふらふらと歩き、そこでたまたま目に入ったものからほとんどファンタジックなイメージが間歇泉のように浮かび上がる。そうした愉しみは「遊歩者」の項目に表されています。

しかし、そうして受け取ったイメージは、言わば「19世紀の残り香」のようなものだったのでは、という風にも思われるのです。ベンヤミンは基本的にクソおセンチ野郎ですから、自分が知っているパリは20世紀のものなのに、かつてそこに存在していた19世紀の空気を(自分は知らないハズなのに)懐かしんでしまう。相変わらず、この巻でもプルーストへの言及がたびたびおこなわれるのですが『失われた時を求めて』に登場するコンブレーや祖母の記憶に対する追憶は、ベンヤミンにとっての19世紀のパリへの追憶と重ねられる。ただ、ベンヤミンが追憶する19世紀のパリはただただ美しいだけの思い出ではありません。資本主義の発展とともに、社会の動きはどんどん加速していくなかで、エレガントな社交的な空気が高まっていくのと同時に、パノラマ画のようなキッチュなものに人々は熱狂する。これはエレガント、だけれどもキッチュである。そんな奇妙な時代の姿は「1893年には、散歩するときに亀を連れて行くのがエレガントであった」(P.91)にも現れています。

また、ベンヤミンの歴史記述の方法論も面白かったですね。彼は唯物論的歴史記述を標榜し、従来の歴史記述を批判しながら、自らの方法論を以下のように説明します。従来の歴史記述はなにか歴史の連続的な流れのようなものが自明なものとして存在するかのように思われていて、そこから歴史家は安易に事象を取り出して論じてきた。けれども、そんなものは実は「感情移入によって新たに作り出された連続性の中に組み入れること」に過ぎない(P.218)。それに変わるベンヤミンの唯物論的歴史記述とは「歴史の流れを爆砕して」(同)事象を取り出す方法論だそうです。これ、なんか勇ましくてカッコ良いですよね。イマイチその後の「爆砕してどうする」部分は、よくわからないのですが、「歴史を記述するということは、出来事があった年にその相貌を与えることである」(P.219)ともあることから、とにかく歴史が前に進んでいくような進歩思想はダメだ! 歴史の流れを爆砕して、バラバラになった事象に姿形をあたえよ! というのがベンヤミンの言い分っぽい。

歴史と離れたところでは「売春、賭博」のところも面白いです。ちょうどこの部分はゲオルク・ジンメルのコケットリー論を思わせる部分がある(これは奥村隆の『ジンメルのアンビヴァレンツ』にまとめられています)。ベンヤミンにとっての売春とは、性的な快楽と金銭を単純に交換する取引行為ではありません。パリの街中を歩いている男が売春婦のひとりを選び、秘密めいた場所に消えていく。それは、ちょうど象牙の球がルーレットの数字盤に吸い込まれる姿に似ている、と彼は言います。ゆえに売春と賭博には世の中でもっとも罪深い悦びがある。また、娼婦を買う男は、性的な快楽を買うだけではなく、女から恥じらいの感情も与えられる。その恥じらいによって娼婦を買った男は、最初に差し出した金額よりも多くの額を娼婦に与えずにはいられなくなってしまう。もちろん私には、売春を正当化するつもりなどありません。けれども、ベンヤミンが描いたこの男と女の微妙な関係性の味わい深くて良いな、と思わされました。「女を買う」という強権的な男性の姿が「恥」によって、なし崩しになってしまう、というか、ある種の「賢者タイム」をベンヤミンは描いているように思うのです。

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エール・フランスの飛行機のなかで聴いた音楽(アラブ編)

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先月のフランス旅行の行き帰り、映画観たり音楽聴いたりする機械をいじっていたら、、異様にワールド・ミュージックが充実していることがわかり「さすがエール・フランス……これは良い機会だ」と思っていろいろとザッピング的に聴き、面白かったモノをメモっていました。今回はそのアラブ編をご紹介。冒頭に配したのは、エジプトの伝説的歌手、Abdel Halim Hafez(アブドゥル・ハリム・ハーフェズ)による「Ahwak」という曲のライヴ映像です。英語版Wikipediaの記事によれば、彼は「アラブ音楽の王」、「国民の声」、「革命児」として絶大な人気を誇り、1977年に48歳で亡くなって40年以上経過した現在でも毎日のように彼の歌声がテレビやラジオで流れるんですって。ムード音楽っぽい極厚なストリングスが、ねっとりとしたポルタメントを聴かせるところで、ものすごい中東感を煽ってくるんですが、3:10あたりで曲調が舞踏的に変化するところのドライヴ感がヤバいです。オーケストラのなかにはエジプトの伝統楽器もあるし、ギターやオルガンもある。アブドゥル・ハリム・ハーフェズは自分で指揮もやるし、こういうスタイルの芸能はちょっと他の国のなにかに喩えたりして表現するのが難しい。

Abdel Halim
Abdel Halim "Live"
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Jasmine Music (2008-08-05)



次は、レバノン出身のFairuz(ファイルーズ)による「Habaytak belsayf」という曲。この人は日本語版Wikipediaのページもある。なんでも「分厚いヴェルヴェット」と称される彼女の美しい歌声はヨーロッパでも人気を得たそうです。ちょっと岸田今日子みたいなヴィジュアルですし、これはおそらく古いテレビ映像だと思うんですが、演出がNHKの歌謡曲番組みたいだし、曲もそんな感じである。けれども時折、節回しにイスラム圏の民族音楽(クルアーンの朗誦みたいな)っぽいところが現れるのが面白かったです。


ワールドミュージック感だとこっちの曲のほうがより濃いですね。

The Legendary Fairuz
The Legendary Fairuz
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Fairuz
Blue Note Records (1998-05-19)
売り上げランキング: 189499


こちらのOum Kalthoum(ラテン文字への転記にはかなり揺れがあるようですが、日本語だとウム・クルスームと表記されるようです)は、ファイルーズの前の世代を代表する中東の女性歌手だったそうです。Wikipediaだと日本語版は1904年生まれ英語版は1898年生まれとあり、よくわからないんですが彼女が生まれたのはオスマン帝国だったという記載から「それもう歴史上の人物じゃんか」という感じがするんですが、もはやちょっとファンク感あるパフォーマンスが素晴らしいですね。
実演においては、ウム・クルスームの歌が持続する時間は固定されておらず、歌手とその聴衆のあいだの感情的相互作用のレベルに応じて変動した。クルスームの典型的な技巧は、歌詞のなかの単一のフレーズや文章を、幾度も幾度も繰り返し、繰り返しごとで、感情的強調とその強度を、絶妙に切り替え変化させて行くというものだった。
日本語版Wikipediaページによれば、上記のような形式で長時間に渡るパフォーマンスをしていたそう。ファンク感がある、ではなく、ファンクそのものじゃないか。イスラム圏のパフォーマンスが長大な時間をおこなう音楽では、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン(パキスタン)に代表されるカッワーリーなどを思い起こしますが、カッワーリーが即興的に歌われる神秘的な詩なのに対して、こちらは反復であり聴衆の感情を相手にしている。そういう違いも面白いです。

ウム・クルスームの旋律
ウム・クルスームの旋律
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AHMAD AL HAFNAWI&THE OM KALSOUM ORCHESTRA
インディーズ・メーカー (2009-03-01)
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かなり古い音楽が続きましたが最後にKhaled(ハレド)というアルジェリアの歌手の新譜を(北アフリカですが、アラブの音楽としてカテゴライズされていました)。現在はあるジェリアだけでなく、フランスでも活動しており、上に配した動画の「C'Est La Vie」はフランスのシングル・チャートで4位を記録したそうです。御年、52歳でこのアゲアゲ感はちょっとスゴい、なんかものすごい数の女性を一晩で相手にしたりしてそう。ハレドはアルジェリア西部のポップスである「ライ」の代表的歌手と見なされており、2010年のワールドカップの開会式にも出演してるんだとか。今回の「C'Est La Vie」はダンス・ミュージックに極端に寄っていますが、もともとはジャズ・フュージョンっぽい。


2012年のモロッコでのライヴ映像。ここでは「Didi」という彼の代表曲を歌われています。これはむちゃくちゃカッコ良い。今回、Wikipediaばっかり参照していますが「ライ」のページによれば、この音楽においては、アルコールなどのイスラム圏でのタブーも歌われたことが大きく注目されるなど、伝統的なイスラムの文化とヨーロッパから入ってきた文化とのせめぎ合いみたいなものがあるらしく、さらに政治的な結びつきも強いそうです。その混じったり、混じらなかったりする部分は、かつてのブラジルにおけるトロピカリズモ運動を想起させます。今後ちょっと調査していきたいかも。

C'est La Vie
C'est La Vie
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Khaled
Universal (2012-09-03)
売り上げランキング: 24124


というわけで、アラブ編はこれでおしまい。次回はアフリカ編をお届けします。

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永野護 『ファイブスター物語』(1)〜(4)

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ファイブスター物語 (4) (ニュータイプ100%コミックス)
永野 護
角川書店
売り上げランキング: 95752
1986年から断続的に連載が続いている永野護の『ファイブスター物語』を読み始めました(4巻まで到達)。『ファイブスター物語』に登場するロボット兵器、MH(モーター・ヘッド)のガレージ・キットの作例は、中学生の頃に友達の家で読んだ『ホビージャパン』で目にしていて、当時から「なんだ、この腰が細くてなんかワシャワシャと装飾がついているロボットは〜」と思ってたんですけれども、それを考えたら10年以上経ってようやく漫画に手を出したことになります……と、それはさておき、ちょっとビックリしましたね。まず、第1巻の異様に動きの少ない紙芝居みたいな少年漫画とは異質な構成も「デザイナーが漫画を描くとこうなるのか」と驚かされたんですが(それは第2巻以降で気にならなくなりました)とにかく荒唐無稽とさえ評したくなるほどに壮大なスケールの世界観(なんといっても主人公が神)は、連載当時26歳の人間がどうやって考えたのか不思議に思ってしまいます。しかも、そのストーリーは年表によって最初に語られ、漫画は詳細の説明になっている、という。白土三平の忍者マンガと、ロード・ダンセイニのファンタジーと、『風の谷のナウシカ』の戦記モノをロボット・アクションに全部ブチ込んだら、こんな超弩級のモノになってしまうのかも……とか、このスケールに対抗できるのは『火の鳥』か『暗黒神話』、『孔子暗黒伝』ぐらいなものなのでは……とか思いましたけれど、設定の大きさだけじゃなくて、普通にスゲー面白いじゃんか……! っていう。既刊を最後まで読んでないので、全体のどこまで進んでいるのかわかりませんが、これは無事完結して欲しい漫画ですね!

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