キャサリン・パーク ロレイン・J・ダストン 「反−自然の概念 十六、七世紀イギリス・フランスにおける畸型の研究」

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「イェイツの『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス主義の伝統』を読み終わったら、次は何を読んだら楽しいですか〜?」とTwitterで質問を投げたら、現在オランダに在住している研究者のアダム高橋さんが課題図書をあげてくださいました。

Wonders and the Order of Nature, 1150--1750
Lorraine J. Daston Katharine Park
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『驚異と自然の秩序』という本(本書についてはこのブログ記事でも紹介されています)。で、先日この本を注文したのだけれどもなかなか届かないので、そのあいだに研究者の坂本邦暢さんからいただいた、同じ著者たちによる論文「反−自然の概念 十六、七世紀イギリス・フランスにおける畸型の研究」(書誌情報)を読みました。高橋さん、坂本さんありがとうございます。BHの星座のなかで生きてる感じがしてきました。

思想史・科学史というジャンルはざっくり言って、過去の人びとが世界をどのように捉え、そしてどのように世界を記述したかをみていくものであり、喩えるならば「過去」という別世界の設定資料集を書き起すようなものである、と個人的に考えています。ただ、設定資料集のみを作るのであれば、動きのないファンタジーで終わってしまう。歴史として過去が紡がれていき、そのファンタジーの変化が語られたときに、初めて読んでいて面白いモノになるのです。世界の記述自体が物語と化す、というか。

論文は、十六世紀から十七世紀にかけてイギリスとフランスでどのように畸型が取り扱われ、研究されてきたか、についての研究で、その扱われ方の変遷から人びとの意識はどのように変化したのか、というお話。とてもスタティックな語り口なのに超ダイナミックな内容で思わず震える作品、と言えましょうか。前述の思想史の醍醐味が短いなかで満喫できます。

西欧における畸型への関心は初期近代以前からあり、それこそアリストテレスだって畸型について書いているし、キケロだって書いているそうです。つまり畸型は昔から知識人の関心の対象にあがっていた、と著者は言います。それが十六世紀になると、畸型の誕生(人間だけではなく、家畜なども含む)が「すわ、不吉な出来事の前触れでは!?」という風に解釈されるのが目立つようになる。頭が二つくっついてたり、指が普通よりも多かったり、といった畸型はどう見ても自然に反している。だから、自然を超えたもの、つまり神がなにがしかのことをした故にそうした生き物らしきものが生まれてきたのだ、というのが当時の人の考えだったようです。

ルターとメランヒトンが出版した小冊子が論文のなかで紹介されているのですが、そこには怪物的な畸型の図版があります。ルターは予兆としての畸型という中世的な考え方からは脱却していたそうですが、彼はこうした図版をもとに腐敗したローマ・カトリック教会の崩壊を予言し、激しく攻撃をおこなった、というのが面白い。その他にも畸型の絵が入った瓦版みたいなものも民衆に人気だったそうです。「怖いものがみたい!」という人びとの欲望は、宗教改革にもエンターテイメントにも利用されてきたことが窺い知れます。

しかし、こうした畸型がなにかの予兆である、という態度は十六世紀から十七世紀にかけて徐々に変化していきます。「畸型の誕生は究極的には神に因るのは勿論だが、力点は究極因(神の意志)から近因(自然学的説明と自然の秩序)へと移って行った」のです。この時代、印刷技術はさらに発展し、市民社会の質が高まったりして、知的なことをするのがちょっとしたブームになっていたそうです。そこでこれまで予言だの見せ物だのでキャッキャッと楽しんでいた人たちの感性に変化がおきる。畸型は自然の驚異であり、秘密であって、そういうことを知ってる俺らエラい、みたいなムードができていく。それは「畸型なんかで予言ができるかっ!」という認識の成長と同時進行で進みます。

神意から自然の驚異へ、という畸型に対する認識の変化のなかで浮かび上がるのは、自然の地位向上でしょう。それ以前は、自然は常々神に従属しているものであり、神の意思によって自然の秩序が変わるから畸型が生まれるのだ、という風に考えられてきたのが、自然自体がたまにそのルールを逸脱することで生まれてくる、という風に考えられるようになった、と著者は言います。ここがこの論文のひとつの山と言って良いでしょう。

この意識変化から人びとの考え方が、我々の時代の科学的見識にひとつ近づいたことも感じられるかと思います。しかし、もう一歩近づかなければいけない。ここまで超自然から脱自然と来ましたが、畸型もまた自然の産物であり、自然がそのルールを逸脱したからではなく、自然のルールそのものに則って生まれてくるのである、というのが我々の時代の考え方です。そこにいたるまでの変化をドライヴしたものとして、この論文ではフランシス・ベーコンの怪物研究が紹介されています。ベーコンといえば帰納法の人として有名です。彼は怪物や畸型を蒐集し研究します。「逸脱を知ったものは、自然の過程をさらに正確に記述できるだろう」。ベーコンの研究にはそんな意図があったそうです。

ただ、ここでのベーコンはあくまで脱自然と自然の過渡期の人物として評価されています。彼は十七世紀初頭に亡くなり、自然が我々にとっての自然と最も接近するには十七世紀後半のフランス科学アカデミーの活躍を待たねばならない。彼らが自然の統一性に着目することによって、畸型から宗教的な連想や、驚異は薄れていくことになるのです。このムードは十八世紀になるとイギリスにも伝わり、こんな名言を生むことになります。「生きとし生けるものをなべて統治している、素晴しい統一性に比べれば、畸型はさほど驚くに値しない」。

とはいえ、多くの学問を駆動してきたのは驚異でしょう。「うお〜、何これ〜、すげ〜!」という驚きがあるからこそ、科学の進歩があったに違いない、と勝手に想像してしまうのですが、十八世紀半ばにはこうした態度が「無知と野蛮」のしるしであって、科学は「良識と教育と学問」によって進められるべきだ、というポリシーも登場しはじめたそうです。これは現代の科学者ってなんかクールなイメージあるよね、偉いし、お堅いんでしょ? というイメージにも繋がるかもしれません。論文のなかにはビザール趣味の方面にも訴えかけてくる図版がたくさんあるので楽しいですよ。

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特発性過眠症と診断されるまでの話(3)

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特発性過眠症と診断されるまでの話(2)

前回は大学病院で脳波をとったものの「よくわかんねーから、睡眠専門のクリニックに紹介状書いてあげるので、これ以上なんかやるならそこに言ってくれい」と言われたところまで書いた。この睡眠専門クリニックというのが、代々木にある「睡眠総合ケアクリニック代々木」という病院である。私が初めて行ったときはまだ「代々木睡眠クリニック」という名前で、ちょうど睡眠関係の検査を受け始めるちょっと前にNHKの朝のニュースで「むずむず足症候群」という聞いただけで足がむずむずしてきそうな病気が紹介されており「あ、あそこのことか」とピンときた。

睡眠専門の病院、というのはほとんどないらしい。だから、その手の悩みを抱える人がわんさかこの病院に集まってるわけで、ここの待合室はいつ行っても人が一杯。完全予約制でも結構待たされることがある。最初に予約の電話をしたときに「えーっと直近で一ヶ月後しか空いていないですね」と言われて驚いたけど、専門の病院っていうのはどこもこんな感じなんでしょうか。ただ、キャンセル待ちにしておくこともできるので、仕事が急に休みをとっても割と平気な人はそんなに待たなくて済むのかも(キャンセルがあると事務の方が電話をくれて、私もそれでかなり予定が繰り上がった)。

初診では症状を聞いてもらい、検査の予約などを(もしかしたら血液検査もしたかも)。

一泊二日終夜ポリグラフ検査

ここで受けた検査は、病院で一晩寝て(いろいろとデータを取られ)、次の日一日かけて断続的に寝る(いろいろとデータを取られる)というもの。Wikipediaにも検査について書いてありますね。夜の検査は、体中にいろいろなセンサーをつけられ、またもや『AKIRA』に出てくる被験者になったかのようですが、自分は寝るだけなので苦労はない。呼吸センサーもつけられるので一緒に睡眠時無呼吸症候群かどうかを判別するためのデータもとられる。次の日の検査は、毎回四十五分ぐらいずつのセッションで寝かせられて脳波とかを取られる。セッションの間には大体二時間ぐらいの間隔があり、セッションごとに脳波センサーをつけはずししてもらわなきゃいけないのがちょっと面倒(ただし、検査技師の方はプロなのでセンサーをつけるのもめちゃくちゃ手際が良い)。これが普通は四回だったかな? 私の場合は「データがなんか上手くとれてないので、もう一度だけやらせてください」と予定より一度多く検査された。

検査結果は二週間後ぐらいに。この検査の結果で「特発性過眠症」という病名がついた。お医者さんの話によれば「目を瞑ってから入眠までの時間が規定の時間以下なのが規定回数超えると異常とみなす」とのことで、私の場合はあと一回規定時間以下のセッションがあったらナルコレプシーという診断が下っていたらしい。病名が変われば症状が変わるわけではないのでこの部分は重要ではない。「検査で前日八時間ぐっすり寝てる。脳波もばっちり寝てるのに、この寝付きの良さは普通じゃないんですよ」と言われたときは、え、みんな、こんなに普段から眠くないの……いや、たしかに会社でも仕事中「眠い〜」とグチをこぼしながらも実際に寝てる人って俺しかいないしな……と妙に納得したのだった。

ちなみにこの検査、差額ベッド代みたいなのを取られると合計で三万円ぐらい飛ぶ。が、後に病名がつけば医療保険の給付金支払い対象になるので色々補填できる(差額ベット代については色々と調べてみることをオススメする。これってもしかして払う必要がないのでは? と思ったら、問い合わせてみましょう)。私の場合、入院給付金のほかに通院特約もあったので、入院した時点の前後何ヶ月かで検査などで通院した際の領収書があれば、領収書一枚につき3000円が戻ってきた。保険って大事ですね! まあ、これまで払ってきた保険料を考えれば全然赤字ですけれども。

特発性過眠症と診断されてからの話

検査結果を聞かされた日にベタナミンというお薬を10mgで一日二錠処方される。鬱病の人も飲む向精神薬で、意識がハッキリする作用がある。詳しくはココを。副作用では口の乾きが強く、また、一番最初に飲んだときはこれまでそうしたお薬を飲んだことがなかったせいか、異常な動悸に襲われ「向精神薬やべ〜」と思った。口の乾き対策にはそれまで毎日会社で一日一リットル弱ぐらい飲んでいたインスタント・コーヒーをやめ、代わりにミネラル・ウォーターを二リットルぐらい飲んでいた(今も飲んでる)。薬を飲むと、たしかに急激な眠気に教われることはなくったけれど、意識がそこまでハッキリしてくることはなく、感覚的には脳の前半分はぼんやりしていて、後ろ半分が醒めてる、みたいな感じ。そして、眠いときにはやっぱり寝てしまうこともあった。あと、服用直後に猛烈に眠くなる作用もあったなあ。

ベタナミンはその後、会社の健康診断の日にうっかり飲んでしまって検査を受けたら、血液検査で肝臓の数値が異常値を叩き出し(ベタナミンの副作用で肝障害リスクが高まることは報告されている。処方されたときは『それはあくまでレアケースなのでほとんど心配ないです』と言われた)、別な薬に切り替わる。

それで今飲んでるのがモディオダールというお薬。詳しくはココを。Wikipediaでの記述ではオリンピックでの禁止薬物に指定されている、とか、軍の特殊部隊が実験で飲んだ、とか、いろいろ勇ましい感じなことが書いてありますが飲んでも「戦場は地獄だぜ! フゥハハハーハァー」とか叫んだりはしません。副作用としては口の乾きがやはり強い。でも服用後の急激な眠気もなく、意識のハッキリ度もベタナミンより強い。ただし、体は疲れてるけど薬のおかげで全く眠くない、というのは意識のあるゾンビ状態と言ってもよく、そうしたときに気分が落ち込みやすい。また、軽い頭痛がでる(が、薬を飲む前から頭痛はあったのでそれがホントに薬のせいかは不明)。しかし、これを飲みはじめたら全然昼間眠くないので「こ、これでオラも三年寝太郎みたいに思われなくて済むダァ」と言う感じで、お医者さんも「薬が体に合ったみたいで良かったですね」と言ってくれている。

ネックとしては、高いんですよ、この薬。一ヶ月分で3500円とか飛ぶんですよね。病院の診察料も含めたら一ヶ月の眠気を抑えるのに4000円超かかる。これを自分が真っ当に生活するための必要なコストと考えられるかどうかがポイント。眠いのは体が求めていることでもあるわけで、それを薬で抑えるのはもしかしたら不自然なことなのかもしれないし。第一、仕事するために薬を飲んでいる、という感覚がマン・マシーンみたいだし「お、俺は資本主義の歯車じゃない! 歯車の前に人間なんだ!」と叫んだ後にヒューマン・ネイチャーを激唱したくもなるよ。

というわけで、病気のお話はこれでおしまいです。

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読売日本交響楽団第511回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール

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指揮:上岡敏之
ソプラノ:キルステン・ブランク
モーツァルト/交響曲 第34番 ハ長調 K.338
マーラー/交響曲 第4番 ト長調〈大いなる喜びへの賛歌〉
先月の読響定期には仕事の都合でいけませんでしたが、先月の《ディヴェルティメント》に引き続き、モーツァルトを演奏。古典派 + 後期ロマン派という言わば、前プロでジャブを打って、メインでガッツリとストレートをカマす、みたいな演奏会は実に定期演奏会的、という感じで安心して聴けるような気がします。

当ブログの読者の方には説明するまでもないことかもしれませんが、この日の指揮者、上岡敏之は現在ドイツで活躍する日本人指揮者。演奏に触れるのは今回が初めてでした。というか、この日のプログラムはマーラー以外はすべて初めて、という感じです(マーラーも実演は初めて)。まず驚いたのは、指揮者の動きについて。「カルロス・クライバーの指揮を彷彿とさせる」という方もいらっしゃるようですが、もはや指揮という領域を越えて、指揮台上でのダンスとも言うべきパフォーマンスでした。リハーサルではどのように振っているのかが気になるところですが(一般的に指揮者の仕事はリハーサルまでに8割以上終わっている、と言われる)、彼が指示している楽器が聴衆にハッキリと分かり、オンタイムでそれが表現になって現れてくる様子は観ていてとても楽しいものです。

前半のモーツァルトについては、最初の一音からドイツ/オーストリア系の音が全開、とはいえ読響自身が元々ドイツ系肉食獣のようなオーケストラのイメージがあるから、それは当然というもの。しかし、この日のモーツァルトで印象的だったのは音の柔らかさ、軽さでした。編成が小さい楽曲であったことも理由のひとつとしてあると思いますが、普段はドッシリとして振る舞う肉食獣が軽やかに舞うのです。上岡の棒とともに。またダイナミクス・レンジはとても広く取ってあるものの、その上げ下げがとても緩やかな線を描くので、動きがあるのに激しさではなく、優しい表現に聴こえる。リラックス系モーツァルト演奏が具現化されたような素晴らしい演奏だと思いました。音の粒がビシッ、ビシッと揃うカッコ良さ、あるいは音がグッと迫ってくるドライヴ感とは別に、心をほぐしてくれる音楽を聴かせてもらえました。この演奏だけで、指揮者のファンになってしまいそうです。

しかし、後半のマーラーは私の体力が持たず、三楽章でかなり眠りこけてしまい、覚醒後にうまく音楽に入り込むことができなかったのは残念です。長いポルタメントや、音の余韻の取り方がとてもロマンティックな方向へと傾斜するようでしたが、不思議と嘆美的な感じにならない。しつこくないし、やり過ぎてはいない。ただ、とても繊細で美しい。曲調にも牧歌的な感じがありますが、そうした箇所はとても良かったです。ただ、曲も長いのでちょっと打つ手がない感じ、というか、攻めきれない時間帯みたいなのも長かった気も。オーケストラの演奏では、コンサート・マスター藤原浜雄や、ホルンの松坂隼のソロがキマりまくっていたのが気持ちよかったですね。あと、この日、ベースに都響の佐野央子さんがいらっしゃったので「ウッ、美しすぎるコントラバス奏者のお出ましだッ」と思いました。

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フェルメールからのラブレター展 @Bunkamura ザ・ミュージアム

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先週の土曜日に観に行っていたのだけれど、感想を書き忘れていた展覧会について。

展覧会のタイトルにはフェルメールのタイトルが大々的にフィーチャーされ、どこぞの専門機関によって修復され色鮮やかに蘇ったフェルメールの絵画が世界に先駆けて鑑賞できる! というお話でしたが、これはちょっと誇大広告的でしょう。「十七世紀オランダの生活が垣間見える家庭画・民衆画」特集で、そこで当時のヨーロッパで手紙という通信手段はどのような役割を担い、どのように用いられたのかにも焦点が当てられている、というのが本当のところ。タイトルの「ラブレター」の部分はココにかかって来ていて、比較的地味な作品が集まるなかでフェルメールだけを宣伝素材として持ち上げすぎている、というのが率直な感想でした。展示作品も少なく、疲れる前に観終わってしまいましたし、これで1500円だったら映画を観たほうが良かったかなあ、いや、しかし、フェルメールのファンは多いでしょうから(ヒトラーとかね)端的な価値判断はできませんね。とはいえ、出口付近だけがやたらと混雑していたのは「え、もう終わりなの? 持ったいないからじっくり観なくちゃ!」という感情の現れのような気がするのですよ。

ただ、つまらなかったか、と問われれば、好きな絵もいくつかあって、楽しんで鑑賞できました。フェルメールは、あの独特のソフト・フォーカスっぽい感じを眺めていると「なんか近視が進んだのかな……」などと思ってしまいじっと見据えられなかったのですが、ピーテル・デ・ホーホの作品に出会えたのが収穫だったかな、と。

Google検索で調べたところによれば、ホーホはフェルメールの同時代人でかつ、活動していた場所も近かったそう。このことから、フェルメールとの比較対象として挙げられることも多いのだとか。そこでのホーホは「ほら比べてみてよ、フェルメールのほうがすごいでしょ」と分からせるためのかわいそうな扱いだそうですが、今回展示されていた「中庭にいる女と子供」「食糧貯蔵庫の女と子供」にある温かみ・生活感にはフェルメール以上の魅力を感じました。前者は画面全体が暖色系なので「温かい」というイメージが伝わるのは当然かもしれませんが、後者は薄暗い室内を描いたものです。その色合いはヨーロッパの寒さや、現代からすれば想像できない類の民衆的な暗さを覗かせる。でも、女と子供の親密さによって、その暗さが覆され、じわっとくる。自分が地味な色合いの絵を好む、というのもあるんですが良かったですよ。

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桜井久勝 『会計学入門』

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会計学入門 (日経文庫)
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桜井 久勝
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本年の目標に掲げた「経済・会計学を勉強する」の一環として読む。以前にも会計がらみでは簿記三級を取得したり、その次に簿記二級を受験して(一発で合格できず、その後電卓を打つ練習を根気良く続ける気力がなくなり挫折して)みたりしていたので「入門」である本書の内容は言わば「復習」とも言える。レベル的には三級と二級とのあいだといった感じだろうか(工業簿記がほとんど省略されている)。文章はとても平易で、変に回りくどい(説明しているほうは理解を促すために有用と考えているであろう)例示などもなく読みやすい。あまりにサラサラとした文体なのでただ目で文章を追っているレベルの読み方でもなにがしかの理解をしたような気分にさせてくれる。仕事でいくら疲れていても読む気にさせてもらえたのがありがたかった。

簿記のテキストで詳細に触れられるのは、主に「この勘定項目はどのような意味で、どのように取り扱ってあげれば良いのか」「どのようにして書類を作成するのか」「簿記受験時のテクニック」などであって、実際に作成された書類が実務ではどのように使用されるのか、どのように読まれているのか、についての説明は少ない。本書はそうした簿記受験時には省かれた知識についての肉付けをおこなう意味でも有用であろう。とくに私のような実務ではまったく会計とは関係ないことをやっている人間にとっては、簿記受験の知識などは本当に「受験のための知識」でしかなく、中身のないペラい知識になりがち。簿記での勉強内容を復習しつつ「なるほど、あれはこういう意味があったのか~」と再発見するような読後感を得られる。後追いの勉強によって、こうした発見があって知識が具体化することは往々にしてあるけれど、あの受験勉強が無駄ではなかったのでは、と思わせてくれるので楽しい。

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特発性過眠症と診断されるまでの話(2)

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特発性過眠症と診断されるまでの話(1)

突然病気の話なんか書きはじめたので、友人・知人から心配の声をもらったりしたのだが、私は元気です。ただ、珍しい病気ではあるのかもしれないので(まず、病気として診断されている人が少ないのだと思う)こうして記録を残しておけば、同じような症状で悩んでいる方がいたらその人の役に立つかなあ、と書いてみただけ。

大学病院で脳波を取った(ナルコレプシーの検査)

睡眠時無呼吸症候群の簡易検査で「無呼吸症候群ではない」という判定をされたため、紹介状を書いてもらって大学病院へ。紹介状を書いてもらう、というのからして初めてだったのだが、初回の診察はどうしたっけな……。自分で予約を取ったのだったか、紹介状を書いてもらった病院でなんか手続きをとってもらったのだったか(おそらく後者だったと思う)。

紹介されたのはかなり大きな大学病院の神経精神科。毎回予約時間通りに行っても混雑していて結構な時間待たされた(症状についてお医者さんに伝える & 検査の予約、検査、検査結果を聞く、で都合三度通った)。診察室の前の廊下にある長椅子に座っている人にはいろんな人がいて「先生を早く呼んで欲しいんです!」と泣き叫ぶ中年女性があったり、その場所の薄暗さも相まって、自分がとても深刻な場所に来てしまったのではないか、とも感じた。

検査は頭に電極をつけて、暗い部屋で横になり、脳波のデータを取りながら入眠までの時間を計測する、的なものだった。大体一時間ぐらいで、午前中の検査だったら午後からは会社にいけた。初めて頭に電極をつけたんだけれど、粘土みたいなモノの頭皮にペタペタとくっつけられ、検査後は検査技師さんがキレイにとってくれるんだけれども、取りきれないものがどうしても残るのでちょっと気持ち悪かった(夜にお風呂でシャンプーすればとれる)。検査は途中で高速で点滅を続けるライトを当てられたりして、そんななかでも眠れるのか、みたいなところを調べられたみたいだ。検査前には「眠るまでの時間を計るためのものですので、若干寝不足ぐらいで来てもらえると」と言われて、睡眠時間三時間ぐらいで挑む。が、検査用のベッドでは緊張してしまって眠れた感じが全然しない(部屋は真っ暗だし、目も瞑っているので時間感覚もよくわからない)。

『AKIRA』にでてくる実験体気分になり「これだけやればなんか分かるんだろ、きっと」という期待があったけれども、検査結果は「よくわからない」というお話で拍子抜け。「ナルコレプシーの人特有の脳波の出方がなく、ここでは診断できません」と言われたときには「え、大学病院ってこんなに立派なのに、診断できないこととかあるんだ!?」と驚いた。結果の次には「睡眠の専門クリニックが東京にあります。そこに紹介状書きますので、これ以上気になるようでしたら、そこで専門の検査を受けてみてください。これ以上の検査はウチじゃあできません」と言われ、「え〜、また別な病院かよ〜。もう診察券財布に入らないよ〜」と思いながら、次のステージに進むことになるのだった。

ちなみに大学病院での検査は、初診 → 検査 → 検査結果を聞く、という全過程で三週間ほど。費用は合計で一万円ぐらいだったかな。

(続く……)

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特発性過眠症と診断されるまでの話(1)

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二ヶ月に一度ぐらいのペースで精神科に通っている、といっても鬱であるとか、治療をしないとガッツリ生活に支障がでる病気の治療のためではなく、特発性過眠症の症状を改善するための薬をいただくためである。病名だけみると飛んでもなく恐ろしげで「そのまま眠り続けて死ぬ」ような病気でもおかしくなさそうだが、そんなわけでもなく、一日八時間ぐらいたっぷり睡眠をとっても突然昼間眠くて仕方なくなり、我慢とかそういうレベルではなく、ふっとした瞬間に眠ってしまう、という病気なんだか、体質なんだかよくわからない感じ。似た病気としてナルコレプシーという有名なモノがあるけれど、そこから情動発作の症状を抜いたもの、というのが私の場合であって同じ病名でも分類が微妙に異なったりして「理由は分かっていないが、寝てても昼間眠くて仕方なくなっちゃう人たち」にこの病名が与えられるっぽい。

そんな症状は中学生時代からあった。でも、当時から深夜ラジオを聴きながら受験勉強だとか読書だとかをしていたものだから、単なる寝不足だと思っていたし、先生にはいろいろ言われるけれども、そこそこ勉強ができたものだから授業が聞けなくても自分で勉強すればなんとなったりして支障はなかったわけ。それが問題になりはじめたのは仕事をはじめてから。環境の変化が影響したのかも知れないけど、この頃から日中の眠気のほかに、金縛りを頻発するなど今考えたらいろんな兆候はあったのだ。ただ、私が従事しているのは、運転手だとか接客業だとかと違い、仕事中に寝てても根本的に/致命的に支障はない仕事(システム開発)であり & 職場の雰囲気のユルさに助けられ、午前中から寝ててもなんとなく放置されていた。もちろん、そこでも学生時代と同様に注意してくれる人がいたし、たぶん「あ、コイツ、ダメなヤツなんだな。居眠りばっかりしやがって」という評価のされ方をしていたんだと思う。

「だって眠いんだもん、仕方ないじゃん。寝ても眠いし、どうしようもないわい」と内心逆ギレしつつ、人の目を気にしない & 空気の読まなさを発揮しまくり続けて、幾星霜。仕事の内容に問題があったわけではなかった(たぶん)ため、会社もクビになることなく、いつの間にか結婚したりして「このまま、なんか毎日居眠りして会社に居続けるのかなあ」などとぼんやり考えていた矢先、妻から「あのさ、寝てるときに呼吸が止まってるときあるんだけど」と言われ、え、マジで!? 俺、睡眠時無呼吸症候群ってヤツなの!? 俺、太ってないけど?? とビックリしたのが、いろいろと病院で検査を受けるきっかけとなった。

睡眠時無呼吸症候群の検査

いろんな事故が起きたおかげで一躍有名になったこの病気。知名度が高いおかげか、いろんなところで検査を受けさせてもらえる。検査ができるところはこのサイトで調べて最寄りのところへGO。

私の場合は、お医者さんと軽く話したら(「妻から寝ているときに呼吸が止まっていると言われて」など)検査をすることになった。その病院でおこなえたのは簡易検査だったんだけれども、残念ながら検査用の機械が常備されているわけではなく「はい、じゃあ、検査するので、ここに寝てください」というスムーズな感じではない。その検査をサービスとしておこなっている会社から機材が届いて、自宅でそれを使って検査をおこない、計測したデータを機械ごとその会社に送り、解析結果がお医者さんのところに届く、という流れ。なので、その会社の営業の人と電話して、いつ機材が届くのか、みたいな調整をしたりした。

しばらくしたら宅急便でこんなブツが届く。

IMG_0150

中身。

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未来っぽい装着イメージ。

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こういうアンケートも書く。

IMG_0159

検査は一晩。上手くデータがとれていないときは、再テストにもなるらしい。検査費用はいくらだったかな……。忘れてしまったが、そんなに高くなかったハズ。一週間か二週間したら病院から「検査結果がでたので都合が良いときにきてください」と電話があって、病院へいくと先生からデータをみながら「うーん、呼吸、してますね。全然無呼吸症候群じゃなかったですよ」と伝えられた。なーんだ、良かった、と思っていたのはつかの間、次に先生から「でも、昼間眠いし、寝ちゃうんですよね〜。それ、ナルコレプシーかもしれないですね、でもここじゃ検査ができないので、もし引き続き調べたいなら検査できる大学病院への紹介状書きますから」と言われる。

「じゃあ、お願いします」とトントン拍子で、次のステージへ(続く……)。

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Frances Yates / Giordano Bruno and the Hermetic Tradition

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半年ほどかかってようやく読了。この本については旧「石版!」で第10章までかなり詳細な読書メモを残してた(イェイツの『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス主義の伝統』を読む(原書で))。その後、11章突入後は本業が急激にアレな感じになり、メモを残していたら読むのに1年かかってしまう……と懸念されたため、後半はまったくメモを残していない。


前半(10章まで)は「ヘルメス主義ってなんだ?」というところからヘルメス文書の存在と、その扱われ方の変遷について。前半はタイトルにあるジョルダーノ・ブルーノがほっとんど出てこなくて、それ以前の思想家のお話だけ。ルネサンスにおける魔術リヴァイヴァルが、ブルーノの強烈に個性的な思想を醸成する基盤となっており、16世紀後半という時代のなかで彼の存在だけを見てみるとやけに突飛で特異点みたいな人物なのだが、実はヘルメス主義の伝統という文脈から自然発生していて(個性的だけれども)特段不思議はないんだぞ、ということが後半で出てくるのだけれども、前半をしっかり読んでおくとこの部分で「なるほど〜」となる。


後半は19章までずーっとジョルダーノ・ブルーノの足取りを辿っていく伝記的文章が続く。イタリアのノーラという土地に生まれて、ドミニコ会に入り、異端の疑いをかけられてからはヨーロッパ各地を遍歴するブルーノの動きは、当時の宗教改革やユグノー戦争などの政治的な動きとマッチしていて、思想史的な知識だけでなく、社会史的な知識も必要となってくる。特にフランス滞在以降はこのときアンリ三世に気に入られ、カトリック側の諜報員みたいな仕事もしてたんじゃないか、などなど歴史ミステリーかよ、ウンベルト・エーコかよ、みたいな話もあったりして楽しいのだが、当時のフランスの政治的状況の話なんか全然知らなかったので読むのがツラかった……。思想の話よりも、政治の話のほうが難しい。ブルーノといえばコペルニクスの地動説を擁護して、火あぶりにされた人物であることが有名で、当然コペルニクスの話も出てくる。


けれども、そうしたエピソードから想像され得る「ほ〜、この人は近代科学の自由のために教会と戦った殉教者なのだな〜」という認識は、実は全然間違っているのだよ、というのが本書の主張のひとつ。ブルーノは生粋のヘルメス主義者であり、古代エジプトの叡智を当世に復活させることが、そして宗教戦争によって荒廃したヨーロッパに統一をもたらすのでは〜、と壮大なプロジェクトを掲げており、コペルニクス擁護についても、それがエジプトにおける太陽信仰や諸々の世界観と合致していたからなのだ、とイェイツは言う。コペルニクスは数学的探求から地動説を導いたけれど、ブルーノはスピリチュアルなのだ、みたいな感じ。また、火あぶりにかけられたのも異端がどうこう、よりも政治がらみの話があったのでは、などと。


ブルーノの死後のお話が20章から22章まで。19章までで随分長いのに、しっぽの先まで餡子が詰まったたいやきのようなマッシヴな本だな〜、とこのあたりでだいぶ疲れてきて投げ出そうかと思ったが、残りの3章で「トンマーゾ・カンパネッラ(ブルーノのちょうど20年後に生まれて、よく似た生涯を辿った人物)」、「ヘルメス文書は実は古代エジプトで書かれたものではなく、偽書だった、と明かされた後、ヘルメス主義者はどうしたか」、「魔術の失墜、そして近代科学のテイクオフへ……」みたいなテーマが怒濤の勢いで語られるので、必死でついていくほかない。最終章では「17世紀の科学史を研究するなら、宗教的な側面と、科学的な側面、どちらか一方でなく、どちらも取り扱わなくちゃね(だって科学がグノーシス的な二元論で行われてきたわけじゃないでしょ?)」(大意)という提言もあって、名文だな〜、とおののいたりした。


ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統
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名著なのは間違いないのだから邦訳ももう少し安くなればねえ……。

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非職業としての勉強家

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何かを作って発表することが根源的に恥ずかしい行為であること(それが自分の内側からでてきているもの、である限りにおいて)は常につきまとっているのであり、それが平熱でできるようになるには、誰かからチヤホヤされたり、承認されることによって、それを恥ずかしいと思う心が徐々に麻痺していくことによって可能になる、のだと思った。ここ数年、小説を書いてみたり(一人では恥ずかしいので友人を誘って)、音楽をやってみたり(一人では恥ずかしいので友人を誘って)したけれど、それはずっと恥ずかしいことだと思ってきたし、楽しいけれども羞恥心が麻痺するまで誰かに褒められたことはない。それでも未だになにかをやっている、やろうとしているのだから、恥知らずにもほどがある、と言っても良いのであろう。

勉強をして、その成果をどこかにまとめておくことは創作と違って、とても心が軽いことで、それは自分の内側からなんらかのアウトプットを出すのではなく、外から取り入れたものを解釈してアウトプットする(自分が考えたことではない)、という言い訳が存在するからなのかもしれない。もちろん、外から取り入れたものを媒介として自分の言いたいこと、考えたことを外に出すのだから、そんな言い訳は嘘であって自分が考えたことなのだろうけれども。また、単なる消費や浪費ではなく、着実になにがしかを得ているという実感があるのも楽しい。

もうすぐ500ページぐらいの英語の本が読み終わる。半年前は日に2ページも進まないことがあったのに、いまでは格段にスピードがあがってきた(それでも読むのに半年ぐらいかかっている)。死ぬまでにいくつの言葉が読めるようになり、何冊の本が読めるのだろう。最近はそんなことがまれに頭に浮かぶ。英語とラテン語を同時並行で学び、その次は、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、ドイツ語……など壮大な構想があるけれど、限られた時間のなかでどこまでいけるものなのか(井筒俊彦のような天才ならば良かったのだが残念ながらそうではない)。どこかでコレ、と決めて力を注いだほうが良いのかも知れないのだけれど、そうしたところに責任も使命もなにもないのが非職業としての勉強家の気楽さではある。

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コンポージアム2011 サルヴァトーレ・シャリーノの音楽 @東京オペラシティ コンサートホール

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東京オペラシティ主催の現代音楽フェスティバル、コンポージアム2011の企画公演「サルヴァトーレ・シャリーノの音楽」を聴きにいきました。本来は昨年の5月に行なわれるはずのコンサートの延期公演ということで待たされた分、期待は高まります。演奏者と曲目の情報は以下。
指揮:マルコ・アンジュス(1-4)
フルート:マリオ・カローリ(2)
カウンターテナー:彌勒忠史(4)
パーカッション:安江佐和子(4)
フルート四重奏:斎藤和志/大久保彩子/多久潤一朗/木ノ脇道元(4)
サクソフォン四重奏:平野公崇/大石将紀/西本 淳/田中拓也(4)
洗足学園音楽大学フルートオーケストラ&サクソフォンオーケストラ(4)
東京フィルハーモニー交響楽団(1-3)
1. シャリーノ:オーケストラのための《子守歌》 (1967)
2. シャリーノ:フルートとオーケストラのための《声による夜の書》(2009)
3. シャリーノ:電話の考古学-13楽器のためのコンチェルタンテ (2005)
4. シャリーノ:海の音調への練習曲-カウンターテナー、フルート四重奏、サクソフォン四重奏、パーカッション、100本のフルート、100本のサクソフォンによる(2000)
シャリーノという作曲家をどのように位置づけて良いものか分かりません。現代音楽がリスナーの非常に限られた世界でのお話である以上「現代イタリアを代表する作曲家」と言われても、知らない人にとっては「へえ~、じゃあ偉いんだね」程度で終わってしまうお話。それは「海釣りの世界では知らないモノはいない」とか「福井県で一番多くメガネのテンプルを製造している工場」ぐらいの有効性しかないように思われます。一言で乱暴に彼の音楽をまとめるなら「特殊奏法系」。似たような性格の作品を書いている作曲家にはドイツのこれまた「現代ドイツを代表する作曲家」であるヘルムート・ラッヘンマンがいますが、ラッヘンマンが新しい奏法によって既存の器楽体系を異化しようとするのに対し、シャリーノは既存の美学の延長線上で新しい音を探究しているように感じられる。この関係、ラッヘンマンは「おもしろ系」だけれども、シャリーノは「詩人系」とでも言えるのかもしれません。ハーモニクスを多用し、オーケストラを使用しているのに全く《オーケストラ》の音がしない、にも関わらず美しい作品は以下の音源集でも確認できるでしょう。


Orchestral Works
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サルヴァトーレ・シャリーノの作品集を聴いた

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サルヴァトーレ・シャリーノの作品集を聴いた #2


サルバトーレ・シャリーノ(1947- ダルマに似ている)

今回の演奏会では初期作品と最近の作品が演奏されていましたが、基本的なテイストはあまり変わらず。独学で芸術の道を歩む人はデビュー時から作品のコンセプトが一貫して揺るぎない傾向があるように感じられますが、シャリーノもほとんど独学で音楽を学んだそう。だからこそ、セオリー通りの管弦楽法にはない新しい音響を思いつくのかもしれませんが、生で聴いてみるとそのセンスに改めて驚かざるを得ません。家庭の音楽再生環境では聴き逃してしまいがちな弱音による超低音のテクスチャは、生で音楽を聴いている喜びを端的に味わわせてくれる。

個人的に一番ハッとしたのは《声による夜の書》でのサンダーシート(ぶら下がり健康機みたいなのに吊られてる鉄板上のパーカッション)の使用法でした。ホワイトノイズが鳴っている部分があり「む、電子楽器でも使っているのか?」と思っていたら、ステージの奥のほうでサンダーシートを細かく揺らして作り出している音で、その響きを曲中で三種類ほど使い分けている。一枚の鉄板からこんなに多様な音が出るのか……というのに感心しました。《声による夜の書》の演奏は独奏者のマリオ・カローリも素晴らしい演奏を聴かせてくれ、本日の演奏曲目では一番良かったと思います。響きの性質も一番マイルドに思われ、これはもしかしたら近年響きが柔和になっている、ということなのかもしれませんが、独奏フルートのブレスや音色のコントロールの素晴らしさがオーケストラの伴奏のなかで際立って聴こえる。ホールの特性も効果的だったのでしょうけれど、あんなに大きな音でピアノ(強弱記号の方の)を聴かせてくれる演奏者も初めてでした。

今回のプログラムを一通り聴いて気づいたのは特殊奏法や音響の選択が、生活音や具体音を直接的に模倣する「大ネタ」として組み込まれていたことです。《声による夜の書》ではちょっと気がつきませんでしたが、《子守り歌》では管楽器のブレス音が「寝息」として、《電話の考古学》ではパーカッションが「携帯電話の着信音」として、《海の音調への練習曲》では100本ずつのサックスとフルートのキー・ノイズが「雨音」として使用される。こうした生楽器による具体音楽とでも言うべき表現は、ラッヘンマンも一時期コンセプトとして掲げていたはずですが、シャリーノのほうが「圧倒的に分かりやすく」「っていうかそのまんまじゃん!」というのが決定的に違う。この圧倒的に分かり易いポイントを基軸として作品の流れを統御しているのですごく構成がはっきりして聴こえる。これが作品への取っ付きやすさを生むのでは、とも思いました。偉い人たちの頑張りようによってはリゲティぐらいポピュラーな作曲家にバケる可能性もなくはないのでは。個人的にももう少し色んな作品を聴いてみたいところ。

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けん玉はじめました

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先日実家に帰ったときにテレビを観ていたら芸能人で一番けん玉が上手いのは誰か、みたいな番組が放送されていた。スタジオのなかで芸能人が真剣に手元を見つめる異様な静けさのなかで技が決まるたびに沸き起こる歓声と、徐々に難しくなっていく技が決まるたびのドヤ顔がとても気持ち良さそうで「お、俺もドヤ顔がしたいっ」と思ってしまい、その場でiPhoneからけん玉を買ってしまったのだった。調べてみたら競技用のけん玉というのがあるそうで、そのなかでも「大空」というモデルが現在最高のバランスをもつものらしい。「そういうのって高いんじゃない?」と思いがちだが、Amazonなら送料含んで1500円もしない(安い)。カラー・バリエーションも豊富だったが、なんとなく青にしてみた。


けん玉スポーツ教室―入門からチャンピオンコースまで (かもめの本)
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一緒に入門書も購入。もちろん、けん玉に触ったのは初めてではないけれど、構えだとかコツの説明があるとないとでは大違い。子どもの頃、観光地のお土産みたいなけん玉を使ったときはできなかった「とめけん」(剣の先に玉を入れる『ザ・けん玉』的なオーソドックスな技)もちょっと練習したらできた。大空モデルのAmazonレビューでは「自分が天才になったかのように思える」というコメントがあったけれど、その言葉に嘘はない。すごいぞ、これ。体力は対して使わないのだけれど、膝をつかって腕がブレないように玉を浮かせたりするので、多少スポーツっぽい要素はある。「もしかめ」(大皿と中皿のあいだで玉を交互に受ける技)などはどれだけ連続して正確な動作を続けられるか、が勝負になるので正しい姿勢を維持するために体幹が刺激される気がする。

手元にけん玉が届いたのが本日の午前中なのだが、いきなりハマってしまいもう4時間ぐらいずっと続けているが飽きない。さすがに腕が疲れてくるけども、上達するのが楽しい(4時間ぐらいやってると、結構ハデ目な技もできるようになる。飛行機とか)。そして新しいことができるようになるたびに妻にに「見て、見て〜」と披露してはドヤ顔をするのが最高だ。宴会芸などにも使えるので、なかなか汎用性は高そう。妻にウザがられない程度に今後も練習を続けたいと思う。

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Casa Brutus (2012 vol.143 February)

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家、ほしいな〜、とちょっと前から思い出したので読んでみましたが、参考にはなりませんよね(建てるのにいくらかかったか、とかごく普通の会社員的にはそういうところが知りたいんですよ〜)。

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韓国の伝統音楽について

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《韓国》サムルノリ
《韓国》サムルノリ
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キム・ドクス
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昨年はMPBばっかり買い漁っていた一年だったが、実はその裏で韓国の伝統音楽のCDも見つけては購入していたのだった。もともとは韓国の作曲家、尹伊桑(ユン・イサン)の韓国の伝統音楽のエッセンスを含む初期作品を聴いて、そこにある独特な空気感(同じ東アジアなのに、邦楽を取り入れた日本人の作品とはまるで違った呼吸や、時間感覚)が、このジャンルに手を出すきっかけ。尹伊桑が自分の人生を語った本のなかでも韓国の伝統音楽が作曲家に与えた影響について触れられているが、かの国では日本よりもずっと音楽と儀式が強く結びついていて、音楽の呪術が本当に最近まで残っていたのがうかがえる。

キム・ドクスによるサムルノリは、厳密に言えば伝統音楽ではなく、伝統音楽の「農楽」と呼ばれるものを発展させた言わば「新・伝統音楽」だ。太陽、月、星、人間の四つの要素に意味付けられた打楽器によるこのアンサンブルも、元々は五穀豊穣を願う祭事の音楽だった。韓国の伝統音楽は地域によっていろいろ特色があり、詳しいところはぼくもよく理解できていないのだが(まず韓国の行政区分だとか地域の名前を覚えていない)サムルノリは各地の音楽を抽出し、再解釈したものらしい。これだけ色彩感溢れ、躍動感のある音楽が生まれた国から素晴らしいリズム感の持ち主が生まれるのは、当然なのかも、とも思う。


シナウィ~韓国シャーマン・ミュージックの極致
民族音楽
ビクターエンタテインメント (2000-08-02)
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シナウィは韓国の南道地方(半島の一番南を半分に割って、その西側)に伝わる儀式のための音楽で、サムルノリの音楽の中核をなすもの、ということらしい。このCDについてきた解説によれば南道地方は朝鮮半島でもかなり独特の文化があるらしく、強烈な個性を放っているんだとか。シナウィは「神あるいは霊魂を呼び招き、現世の人間との対話を仲介する」巫女がトランス状態に入るための踊りへの伴奏音楽だが「トランス」という言葉から想像される激しさはなく、どちらかと言えば韓国の音楽ではマイルドな響きを持つものだと思う。楽器も弦楽器が中心。楽曲の大きな形式が決まっていて、演奏者はそれに則って即興演奏を繰り広げるのだが、音楽が静かに高まっていく展開がとても良い。途中で複雑にシンコペーションしたり、ここでもリズムの面白さが耳を惹く。弓で弾く箏「牙箏(アジェン)」が使用されているのも、聴き所だ。


《韓国》パンソリ
《韓国》パンソリ
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金素姫
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パンソリもまた南道シナウィ系の音楽で、音楽にあわせて物語を語り歌う伝統芸能になる。そこで演ぜられるのは長大な叙事詩で、正式な演奏では歌い手は8時間以上休みなしで歌い続けるという壮絶なもの(しかも、歌い手はたったひとりで歌い続けなければいけない)。このCDはそのパンソリの歌い手でも現代最高と賞される金素姫(キム・ソヒ)によるライヴ音源。レチタティーヴォやアリアなど歌唱法の多彩さ、強烈な迫力が魅力的だ。そしてジャケットが最高。




〈韓国/シャーマン音楽1〉死者への巫儀~珍島シッキムクッ
民族音楽 キム・デラ
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今回紹介するなかでは珍島(韓国南西端の島。珍島物語の珍島)のシッキムクッが最も強烈。上記のCD副題にもあるとおり、これは死んだ人の魂を清めるための儀式音楽であり、言わばレクイエムのようなものなのだが、西洋式の清らかで荘厳なものではなく、地霊のような男女の地声とパーカッションのアンサンブルによって荒々しく執り行われる。これは本当にスゴい。この録音では珍島シッキムクッの第一人者、金大禮(キム・デレ)のノドの強さが存分に味わえる。なお、シッキムクッ自体は珍島に限られた儀式ではないらしく、南道地方中心に存在している儀式とのこと(詳しくはこのサイトを)


アリラン~韓国京畿民謡の粋
民族音楽 リークンミ チョー・キョン・ヒ
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南道地方の音楽に触れた後に、アリランなどを聴くとこれが実に優しい音楽であることがわかる。京幾地方は、南道とは逆で韓国の最北西、ソウルがあるのもこの地方で、やっぱり都会の音楽、ということなのだろうか。逆に、マイルドすぎてこれを最初に聴いてしまうと「楽しいし、良いな、と思えるけれどなんかヌルくね〜?」となってしまいそうなので注意。これだけ多様性がある国も珍しいように思われるのだが、日本の民謡なんかはどうなんだろうか。隣の国を鏡に自分の音楽を調べてみたくなったりもするので、音楽は本当に業の深い趣味である……。

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菊地成孔 『スペインの宇宙食』

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スペインの宇宙食[文庫] (小学館文庫)
菊地 成孔
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初めて読んだ菊地成孔の著作はこの本であったはず。歌舞伎町に引っ越す前の、自由が丘時代、30代の、10年以上前の菊地成孔がどんな文章を書いていたか、を確認するとちょっとこそばゆい気持ちになる。刺、カマシ、衒学趣味。すべてが現在の菊地よりも若く、そして現在の菊地が良い塩梅に落ち着いてきているのだな、という印象。本当は2001年10月24日の日記にある「地鶏と大根とキノコのスープ」によるダイエット方法について確認したかっただけなのだが、どこに書いてあるのかが思い出せなかった都合と勢いでまるごと再読してしまった。っつーか、俺、この人の音楽もう10年ぐらい聴いているのかい。10年前、2つ学年が上の先輩に「デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン? ロイヤル・ペンタゴン・ガーデン? だったかな? 面白いよ」って教えてもらったんだっけ。

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アクアマリンふくしまにいってきた

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正月に実家へ帰らなかったので、この三連休に実家へ(妻をつれて)。毎度の帰省が特段することもなく、コタツにはいってテレビを見続ける、というものになりがちなので今回は、父・母と一緒にアクアマリンふくしまへ行ってきた。アクアマリンふくしまへは、ぼくの実家がある福島市から車で一時間半ほど。父・母はすでに複数回行ったことがある、とのことだったが、ぼくと妻は初めてだった。

福島県の沿岸部は、昨年の大地震によって大きなダメージを受けた地域のひとつ。ただ、アクアマリンふくしまがある小名浜は湾になっているため、被害は小さくて済んだらしい。ただし、行きの高速道路を降りると道路がガタガタに歪んでいたり、未だに青いビニールシートがかぶせてある家屋があったりして(これはぼくの地元にもまだ見られる風景)、《震災の傷跡》がすべて癒えきったわけではない。



アクアマリンふくしまの駐車場フェンスもこんな風になっていた。ほかにも津波で流れてきた土砂らしきものが積まれていたりした。この施設自体、地震のあとの電力不足や諸々の問題により、飼育している動物がたくさん死んでしまったりして半年近く休業せざるを得なかった。


いまでは復興のモニュメントも置かれ、これからこの地域が立ち直っていくためのシンボル、のようになっている。



現在、海上保安庁の船しかないけれど、施設の目の前にもたくさんの漁船がいた、という。その風景が戻ってくる日が早くくれば良いんだろうけれど。



いきなり話がシリアス方面にいってしまったけれど、施設内に入るとシーラカンスのきぐるみ(キャラクター名称不明だが、首にさげてる社員証をみた感じ、名前があるっぽい)がお出迎えしてくれて、いきなり気分が和んでしまう。









「潮目の海」を再現した大型水槽は、良い天気に恵まれたおかげで自然光の入り方が素晴らしかった。この光のなかでみるカタクチイワシの群れはもう圧巻としか言い様がない。こうした照明を使わずに自然光を利用してみる水槽が多くあり、水に濡れずにダイビング気分(やったことないけど)になれる施設だった。地元ながら、地方の観光施設にありがちな「残念感」を期待してしまったのだけれども、超楽しい施設。リピーターが多いのにも納得。



たっぷりお魚を堪能したあとは、近くの商業施設「いわき・ら・ら・ミュウ」で食事。併設されている魚市場では小名浜であがった魚はほとんど見受けられないけれど、活気は充分。雲丹だの牡蠣だのをその場で食べさせてもらえる市場らしいお店もたくさんあり、この日は生牡蠣を三つもいただいてしまった(あいにく現金の持ち合わせがなかったため、三つで断念。ただし三つ目は父親からお金を借りて食べた)。ほんと良いところですね、いわき。


関連
アクアマリンふくしまにいきました(Flickr)

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Bang On A Can / Big Beautiful Dark and Scary

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Bang on a Can 25th Anniversary - Free CD download





ニューヨークで活動を続けている現代音楽アンサンブルグループ「Bang On A Can」の新譜が結成25周年記念企画として、1月25日までフリーダウンロードできるようになっています(CDの発売は、2月28日。CDにはオランダの映像作家、Marijke van Warmerdamの映像がついてくるんだとか)。新譜はコンロン・ナンカロウの自動ピアノのための作品を、人力の器楽アンサンブルへと編曲したものやアメリカの若手作曲家の作品が取り上げた2枚組。ナンカロウのジャズやブルースがポリリズムを奏でる雑多でむちゃくちゃな作品がこのなかでは異色な感じですが、他は良くも悪くも「ポストミニマル」というか「ポストクラシカル」的な内容。こいつら一生こんな感じなのかな、と思わなくもないですが、アメリカのピューリッツァー賞音楽部門の受賞者のメンツをみれば、こんな感じの人たちがそこそこ人気で、評価されるのも納得でしょうか。





私は全然知りませんでしたが、Dominoからアルバムをリリースしている、Dirty ProjectorsのDave Longstrethの曲も3曲取り上げられています。この人の曲が一番「ポストミニマル(笑)」感がある。彼の楽曲はBattlesとかあの辺の音も彷彿とさせるのですが、バンドのほうとやっていることにあんまり違いがないような気がして、その一貫している感じは面白いのかも。





Dirty Projectors(MySpace)





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Apple Storeの初売りセールで衝動買いしてしまったものども(Apple Magic Mouse & THULE EVA Attache for 15インチ MacBook Pro)

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ブラウザ(Safari)を立ち上げると一番最初にAppleのサイトが表示されるようになっているのですが(つまり、Macの買ったままの状態)元旦が終了した直後にたまたま見てみたら「Apple Store 初売り。本日限り」とセールのお知らせが出てるではないですか。うひょ~、と思って買ってしまいますよね、欲しかったものを。最近、DTMなどを再開しているので正確なポインティングのためのMagic Mouseと出張のときに私物PCを持っていく用のアタッシュケースを。





で、注文したものが早くも到着したので早速使用してみています。






Apple Magic Mouse MB829J/A
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Magic Mouseについては、ぶっちゃけMacBook Proに標準でついてるマルチタッチトラックパッドでも不便はしなかったんですが、右クリックができたり(これは別になくても良い)、人差し指だけで画面がスクロールできたり(トラックパッドだと指を2本つかう)、2本指でのダブルタップでMission Controlが出たり(トラックパッドだと指3本で上方向にスワイプ)……って普通のブラウジングのみの使用だといらね~、なくても困らね~、というのが率直な感想。標準のトラックパッドがいかに神インターフェイスかを理解するためのデバイスな気さえします。シルバーのMacBook Proとのカラーリングもなんかアレだし、マウスカーソルの移動量もな~んかイマイチしっくり来ない(始動時の動きがトラックパッドよりもちょっともっさりしている気がする)。





届いたばかりのものに否定的な意見ばかりもってはいけないのでトラックパッドとマウスの二刀流っぽい使い方を模索しながらしばらく使い続けてみましょう。「『銀の戦車』プラスッ 『アヌビス神』ッッッ!!」みたいな感じで楽しい気分になるかも知れないじゃないか。






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THULEのアタッシュケースは作りがしっかりしており、MacBook Proの持ち運び時はリュックサックに直に突っ込むような雑な扱いをしていたものですから「これで安心じゃわい」と感じながら移動できそうな気がします。密閉性も非常に高そう(普通のバッグでは耐えられないほど、雨でびしょぬれになりながら移動する機会なんかそんなになさそうですが)。堅牢性はデザインからも伝わってきますし、「ミリタリー感」というか「やってる感」が高いのも素敵。この手のPCバッグって変にビジネス色が強くて、単刀直入に申し上げるならばオッサン臭いじゃないですか。オッサン臭くないだけで買いですし、美容室に行くと何も言ってないのに『MONO MAGAZINE』を目の前に置かれるタイプの人はマストバイかも。あと、こういうゴツいバッグを持ってる女の子がいても可愛いと思うのでマストバイ。とにかく良いのでガンガン使い倒したいんだよ!!





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2011年、「石版!」でなにが売れたのか

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2010年に引き続き、2011年に当ブログを介しましてAmazonで何が売れたのかを下記にまとめたいと思います。昨年は3月に地震があってからアフィリエイト収入を義援金にまわしており、そうした慈善的な使い道を打ち出していたせいかおそらく過去最高益でした。おかげさまで3万円ほど寄付ができました。金額で言ったらわずかですが、今年も続けていければなあ、と思います。それでは「なにが売れたのか」、3点以上売れたものから見ていきましょう。













3点売れた商品





マラソン初心者に伝えたい!失敗しないシューズの選び方 - 「石版!」






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石野卓球・野田努 『テクノボン』 - 「石版!」








起きてから寝るまで英語表現550 海外旅行編 - 「石版!」






小澤征爾さんと、音楽について話をする
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小澤征爾×村上春樹 『小澤征爾さんと、音楽について話をする』 - 「石版!」






七つの夜 (岩波文庫)
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岩波書店
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ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『七つの夜』 - 「石版!」





同じ型のランニング・シューズが3足も売れているのがすごいですね。ランニング・シューズの選び方についてのエントリは3年以上前に書いたものなのですがいまだに検索ワードの上位に入ってくるので当ブログのスマッシュ・ヒット記事となっている気が。











4点売れた商品



武満徹ソングブック
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ショーロクラブ with ヴォーカリスタス
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Choro Club with Vocalistas/Takemitsu Songbook:極上に柔らかいアレンジで聴く武満のメロディ、そして言葉 - 「石版!」





昨年一番プッシュしたつもりのアルバムが単独でランクイン。オススメしたものをお買い上げいただけると嬉しいものですね。











5点売れた商品



Sennheiser カナル型ヘッドフォン CX 400-II BLACK
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ゼンハイザー CX400-II - 「石版!」





イヤフォンは1年半周期で、断線 → 買い替え、というサイクルでいるのですが、次はもう少し良いものを買おうか、それともヘッドフォンにしようかな、と考えています。











6点売れた商品



Newton (ニュートン) 2011年 08月号 [雑誌]

ニュートンプレス (2011-06-25)



『Newton』8月号「大宇宙 宇宙はどれほど広いのか 宇の章」はスケールが大きすぎて恐くなる - 「石版!」






Ray Of Hope (初回限定盤)
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山下達郎/Ray Of Hope - 「石版!」






村上春樹 雑文集
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村上 春樹
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村上春樹『村上春樹 雑文集』 - 「石版!」





なんか大御所の新作に科学雑誌が並んでいるのが面白いですね。本業がちょっとアレな感じですと『Newton』を買い忘れてしまったりするのですが、質の高い科学記事が毎回面白いので今年も買い続けて「科学、すげぇ」と驚いたりしたい。











7点売れた商品



いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか (ちくま学芸文庫)
ルドルフ シュタイナー
筑摩書房
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ルドルフ・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』 - 「石版!」






とんでもなく役に立つ数学
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西成活裕 『とんでもなく役に立つ数学』 - 「石版!」






無限、宇宙および諸世界について (岩波文庫 青 660-1)
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ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について』 - 「石版!」





この7点売れた商品が2011年の最高位ですが、スピリチュアル、強し!! といったところでしょうか。ブルーノもシュタイナーも実は2009年、2010年に紹介した本ですし、ちょっと怖いくらいな売れ行き。シュタイナーは2010年も6点売れており、神智学のブログに方向転換したほうが良いのでは、と思いました。





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『要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論』

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要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論
J・M・ケインズ 山形 浩生
ポット出版
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山形浩生によるケインズの『雇用と利子とお金の一般理論』の「完全要約本」。この手のお手軽本は基本的に敬して遠ざけているのだが(安易に二次文献に頼るなっ、という学生時代に受けた教えにより)、経済学というほとんど門外漢ゾーンなら別に良いかな、と。本文のほうはこちらで一通り読むことができるし、要約じゃない全訳版だって読むことができるのだから、わざわざ書籍で買う必要って……と思うのだけれども要約者自身による解説がオプションとしてついてくる。これがケインズの経歴や、ケインズ以前以後の経済学史をざっくりとまとめた良文なので買う価値あり(飯田泰之も解説を寄せているが、こちらは『一般理論』のどこに掘りどころがあるか~などに触れたもの)。学生時代に経済学を真面目に勉強した、という自身がある人以外(教養として読んでみるか~、というノリの人たち)は、こちらの解説から読むのが良いと思う。





というか、実は「要約」のほうは結構内容が難しくて、ちゃんとしっかりノートを取ったり、手を動かしながら読んでみないと、念仏が頭のなかを通過していくごとき読後感しかなかったのだった。古典派経済学への批判の書、と言われても古典派経済学を知らないですし。これが「要約」と「30分でわかる」的な読み物との差だろうか。アニマルスピリッツが~、とか、美人コンテストが~、とか、なんか上手いこと言っている風な箇所で「オッ、なんかケインズって偉い感じなんですね」などとアホウのように感心してしまうだけでは、まるで自己啓発本にイチイチうなづいている残念な会社員のようである。





かくのごとく自分の残念さばかりが実感されますけれども「今年からはもうちょっと実学方面の勉強をしてみよう」という踏ん切りがちょっとつきました。色んな情報が飛び交う昨今、情報中毒になったり、極端な意見や扇動的な言葉の甘さに踊らされないためにも、経済などの実社会のお話を自分の頭で分別がつけられるようになることって重要だな、と思うわけです。無勉強で情報漬けになるとカルトにハマってしまうのと同様の精神状態におかされてしまう気がします。自分が衆愚政治を担う何かにならないためにも地道に続けていきたいです(本の感想よりも新年の抱負表明になってしまいました)。





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Beth Carvalho / Nosso Samba Tá na Rua

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diskunion: BETH CARVALHO / ベッチ・カルヴァーリョ / NOSSO SAMBA TA NA RUA





新年あけましておめでとうございます。元旦早々、大いに揺れる日本列島ですが、当ブログはいつもと変わらず素敵な音楽や本などの紹介していきたいと思います。よろしくお願いいたします。新年一発目のエントリ(そういえば、昨年の大晦日で当ブログ1200日分のエントリが書かれたそうです)はBeth Carvalho(ベッチ・カルヴァーリョ)の新譜について。リリースは昨年の12月ですが2012年の新譜として取り扱わせていただきます。彼女の経歴についてはブラジル人ミュージシャンのなかでも破格のWikipediaの充実ぶりを確認いただくとして、一言で言うなら「現代サンバ界のビッグ・ママ」的な歌手といったところでしょう。この最高なジャケット写真の中央にいる若干ジャバ・ザ・ハットが入っているのが、現在の彼女。






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アルバム・タイトルをGoogle翻訳にかけたところ『Our Samba Yeah Street』となりました。無理矢理邦題をつけるとするなら『痛快ウキウキサンバ通り』とか? ジャケット写真の楽しげな雰囲気が、音を通して伝わってくるようです。アルバム全体を通して賑やかな色彩に富んだ印象を受けますが、ネルソン・カヴァキーニョのカヴァーはサウダーヂっていうんですかぁ! じんわり沁みるマイナーなトーンが素晴らしいのです。





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