Date Course Pentagon Royal Garden GAP (golden after party) @Liquidroom

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後期ジョン・コルトレーンやマイケル・ブレッカーとレーベル・メイトになることがきまったDCPRGを。このバンドについては先月も同じリキッドルームで観ているのだが「え、あれって先月だっけ?」という感じ。先月のアート・リンゼイがゲスト参加したライヴは9月にCD化されるそうなのだが、実はそれがダメな演奏でダメ出しメールがメンバーに飛んだ、という話もあった(菊地日記参照のこと)けど、この日も充実した演奏だったと思います。フロアでブチあがっていると正直演奏の精度とかがどうでも良くなってしまうのですけれどね。前日はフジロックで演奏してきてその移動疲れとかなかったのかな、と心配になりましたが杞憂でした。





前回のライヴではあんまりパッとしなかった野村マンのサックスの人が、前半から攻めるようなソロで飛ばしているのも良かったですし、左のキーボードで代理で参加した成澤功章もすごいクールに壊れたソロを弾いていたことも印象的でした。面白いから毎回ゲストとか違うメンバーがいたら良いのにな、と思ってしまいます。旧メンバーが参加したりとか(青木タイセイのセクシーなトロンボーンなんか聴きたいですよ)。この日の個人的ハイライトは終盤のドラム2人、パーカッションによる鬼のようなインタープレイ。鬼畜なポリリズムに血が沸きましたが横で休んでるサックスの2人を見たら、これに対してハンドクラップを要求しようとしてて「それは無理。これは後2回ぐらい聴いて練習しないと無理!」と思いました。今回もたくさん笑ったし、多幸感にあふれるライヴで魅せてくれるバンドだなあ。




あとこれはライヴとはまったく関係ないですがリキッドルームへの道すがらに夜木*1というバルができていて(ちょうどオープンの日だった)、気軽に入れてしこたま呑める良いお店でした。東北の食材を使ったのがコンセプトだそうで、ワインも山形のワイナリーの特別なのがグラスで飲めて、しかも値段が手頃……という無敵っぷり。嬉しいのはアイラ・モルトもメジャーな銘柄はほぼコンプリートという品揃え(しかも安い)。現在、この影響によりひどい二日酔いに悩まされていますが、リキッドルームにいく機会があったら絶対立ち寄りたいお店です。






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浜岡究 『はじめてのポルトガル語』

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はじめてのポルトガル語 (講談社現代新書)
浜岡 究
講談社
売り上げランキング: 160014



まったく本気で勉強をする気はなかったのですが、このところブラジル音楽ばかり聴いているのでポルトガル語の入門書を読んでみました。文法規則についてこれで覚えたか、というとまったく頭にはいっていないんだけれども、一冊軽く読み流しただけで結構これまで聞き流していた言葉についてわかるようになります。たとえば、ブラジルの音楽を聴いていると明らかに「ニンゲン」と言ってることがあって前から気になっていましたが(空耳ですね)これは「ninguém」という言葉で「nobody」の意味にあたるポルトガル語です。こうした断片がわかると単なる「音」にすぎなかったブラジル音楽がより広がりをもって聴こえてくるような気も。あと、ポルトガル語のつづりと発音についてのところはしっかり読んで、ちょっと覚えたので、もう「João」の読み方にもまよわない!(ãoは二重鼻音でアゥン、みたいに発音するそう) すべてのポルトガル語にフリガナをふってしまっているのはどうかと思いましたが、軽~く知りたい、というのであれば読みやすいですし良い本です。





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『Newton』9月号「大宇宙137億年」がすごすぎて話題に(俺のなかで)

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Newton (ニュートン) 2011年 09月号 [雑誌]

ニュートンプレス (2011-07-26)


前号に引き続き*1、『Newton』は宇宙特集。前号は宇宙の空間的な広がりについてでしたが、今号は時間的な広がりについてでした。この手の領域の話は、あまりにスケールが大きすぎて読んでると頭がクラクラしてくる内容……というのは相変わらず。この宇宙があるとき一瞬にして膨張してできたという宇宙誕生の学説はもはや常識と言っても良いでしょう(インフレーション理論)けれど、宇宙の未来予想図(100兆年後とかの)については知らなかったことも多く大変興味深い内容でした。とくにすべての恒星が燃え尽き、恒星が生まれる材料も枯渇した暗黒の宇宙や、ブラックホールが蒸発し素粒子が飛び交っている姿など、なんかディストピアを通り越した虚無な世界があって想像力をくすぐられます。付録の『大宇宙キーワードBOOK』も含めて保存版! という感じ。





3月の震災以降、原発・放射線・地震についてのトピックが継続して扱われているのですが今回は、PTSDという症状と治療についての「『心の傷』をいやすには」や「被曝でDNAはどう傷つくか」と言った記事が秀逸です。どちらも知識として知っておくべき事柄のように感じられました。またエネルギー関連の「風力発電、その実力は?」という記事が面白い。風力発電といえば風車みたいなアレをイメージを抱きがちですが、実はもっと多様な種類があることがわかりました。オランダの風車と、風力発電では利用しているエネルギーが違っていたりするのもへえ~、という感じ。九州大学では洋上発電ファームという構想をたてて研究が進められているそうで、このイメージ図もものすごく未来感があって素晴らしい。お金のあるエコロ人の人は、こういう研究にお金を突っ込んだら良いのでは。小ネタでは高機能トイレの技術解説が最高。とくにウォッシュレットの技術は、日本の技術者のマニアックな作り込みが感じられて良かったです。






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ジルベルト・ジルが良いんだぜ!

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ロウヴァサォン
ロウヴァサォン
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ジルベルト・ジル
ユニバーサル インターナショナル (2007-06-06)
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現代音楽のイベントなどを開いたりしているわりには最近はずっとブラジル音楽ばかり聴いていて、正確にはディスクユニオン新宿ラテン・ブラジル館に週一ペースで通いつめているみたいな感じなのですが、ジルベルト・ジルがすごすぎて参ってしまっているわけです。彼の作品についてはカエターノ・ヴェローゾとの共演盤*1でしか知りませんでしたけれど、セクシーなブラジル男代表がカエターノだとするならば、ジルベルトはブラジルの太陽代表とでも言えましょうか。『Louvação』(1967)は彼のソロ・デビュー盤。奇しくもガル・コスタと共演した『Domingo』で同じ年にカエターノがデビューしておりますが、カエターノがジョアン・ジルベルト直系のしっとり系ボサノヴァで世に出てきたのに対し、ジルベルトも最初からアポロン感全開の音楽を打ち出しているのですね。この2人が互いを盟友と認め合っているのには、こうした本質的な違いがあるからなのかもしれません。






Gil & Jorge
Gil & Jorge
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Gilberto Gil Jorge Ben
Polygram Records (1992-05-19)
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その歌声の力強さが400%の勢いで伝わってくるのが『Gil & Jorge』(1975)でしょう。こちらはジョルジ・ベン(現在はジョルジ・ベンジョール)との共演盤。この人も大変有名なミュージシャンだそうで、あまりに素晴らしいものですからジルベルト・ジルと同時に掘り下げていかねば! と思ってしまいます。かなり長尺の曲が収録されたアルバムなのですが、その長いトラックにはどれも2人の超絶的に伸びやかなヴォーカルが収められている。これがもう絶品で、これで魂に火がつかなかったらアナタ、不感症だよ! と罵りたくなるような一品。ほんとに喉に羽でもついてるんじゃないか、という自由なパフォーマンスに興奮してしまいます。






Nightingale
Nightingale
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Gilberto Gil
Rhino/Wea UK (2002-10-08)
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『Nightingale』(1979)も素晴らしいんですなあ。時代的にはフュージョンやAOR全盛という時代でしょうか、リー・リトナーやドン・グルーシン(デイヴ・グルーシンの兄)などアメリカのフュージョン系のミュージシャンが多数参加して、レゲエなんかも取り入れた非常に彩り豊かなアルバム。リラックスしたナベサダの『Orange Express』みたいな雰囲気があって最高なんです。これって時代が生んだ名盤なのかも。






声とギター ジル・ルミノーゾ
ジルベルト・ジル
インディーズ・メーカー (2006-11-22)
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で、一気に時代は2000年代のアルバムに。『Gil Luminoso』(2006)は彼のディスコグラフィーのなかでもかなり新しいものになりますが、収録は99年。なんか自伝と一緒に発表される予定だったアルバムだったんだって。邦題には「声とギター」とあって、これはアルバムの内容の反映なのでしょう。ジルベルトがギター一本で弾き語りしたアルバムなのです。しかし、これはある意味深すぎるアルバム(私にはまだ早いのかもしれない!)と言ってもよく、彼のキャリアを振り返るようにセルフ・カヴァーが多数収録していて、それを落ち着いた声で歌い込んでいくんだから滋味ありすぎ。また声とギターの調和もすごくて、なんか体全身で音楽してる感がすごかったです。






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Core of Bells + 杉本拓 インセクトタブー アニス&ラカンカ @七針

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足立智美を加えたインセクトタブー完全態が観れる! ということで楽しみなライヴなのであった。会場の七針は古いビルの地下に秘密基地的佇まいで存在している小さな箱。ほぼ満員。最前列で観ることができました。まず一番最初にCore of Bells + 杉本拓。杉本拓の演奏は数年前に、アルフレッド・ハルトと吉田アミと一緒に即興をやっていたのを観ていたがちゃんとギターを弾いていたのを観るのはこれが初めてだったハズ。






D


Core of Bellsは、ハードコアやらベサメ・ムーチョやら寸劇やら非常に多彩なおもしろバンドで、とても良いなあ、と思った。なんかすごくメンバー間の仲が良さそうで、友達がそのままバンドをやっているような雰囲気がある。そういう雰囲気でこっちまで楽しくなるバンドっていうのも珍しい。同じ年ぐらいなのかな~。とても魅力的なバンドでまた機会があったら観てみたいと思った。






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そしてアニス&ラカンカ(mmm + 見汐麻衣)。これは久しぶりに腹の底から込み上がってくる歌を聴いたなあ。とても良かった。最後に演奏した「you're cool, we're cool」(だったかな)という曲も歌詞がすごく良くて。おそらくはふたりが好きなバンドや影響を受けたバンドが列挙されていき、それに対して感謝! みたいな感じの曲。そこに並んだ名前には私にも馴染みがあるものだったのでなんかグッときてしまう。下の動画の1:00ぐらいから聴けます。My Bloody Valentine!



D





で、トリにインセクトタブー! もう最高でした。2009年に復活してからこれで観るのは3度目ですが、この日が虫博士の最後の日になるのでは……と心配になるぐらいキレキレのパフォーマンスだったと思います。足立智美がピアニカで入るとバンドの音の厚みが全然違っていて、ものすごく完成されたバンドとして聴こえるのですね。トモミンの暴力的な音色も、足立智美による絶唱もすごく楽しい。音源出してほしいです。





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宮崎吾朗監督作品『コクリコ坂から』

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スタジオジブリ・プロデュース「コクリコ坂から歌集」
手嶌 葵
ヤマハミュージックコミュニケーションズ (2011-07-06)
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まず顕著なのは資本の匂いというか。ジブリはGAINAXがエヴァンゲリオン商法で荒稼ぎをしたように宮崎駿という資産で喰っていく方向に舵をとったのかな、と勘ぐってしまうような作品でした。手嶌葵による時代感のない歌唱が冒頭に配置され、劇中の重要なシーンでも採用されていて「ハヤオらしさ」が盛り込まれているところにもそれは感じられますし、演出にしてもナウシカやハウル、魔女宅といった過去の作品からのあからさまな引用が目立ちます。しかもその引用が非常に雑。全体的に重要ではなさそうなシーンの動きの荒さからして素人目にも動画作りの力の入り具合がはっきりとわかってしまう作りなんですけれども、とにかく「ハヤオっぽさ」を画面に出そうとして、ものの見事にコケている、というか、雑すぎて失敗している点が鼻につきすぎます。これでは宮崎吾朗という人が「七光り」と言われても仕方ない。だって、どこをとっても父親を超えているポイントがないんだもの。船の描き方だってハヤオならもっとマニアックに描くはず。そのあたりのこだわりのなさは、実はこだわれなさ(ハヤオにはいくらでも金が出せるけど、ゴロウにはそんなに出せないよ的な大人の事情による)があるのかもしれないけれど、宮崎吾朗という人にクリエイター(笑)としての矜持があるのならハッキリってこの作品を恥ずかしいと思ってほしい。なにより腹立たしく思えたのは、そういうハヤオの劣化コピーみたいな作品なのに『借りぐらしのアリエッティ』より面白く観れてしまえた、というところ。そこにはハヤオによる脚本の力があるのかな……。





そんなことよりとにかくこの作品を観てまず強烈に感じたのは「アニメーション・スタジオとしてのジブリは『ポニョ』でおしまいだったのかな」ということで。絵が動いている! という動画の愉楽に欠ける寂しい映画でしたよ。ハヤオのアニメーションには、お話の立派さが備わっているのはもちろんなんですが、圧倒的な動きの良さがあったじゃないですか。例えば、ロボット兵がビーム出してるシーンとか、ナウシカのユパ様がフワッとジャンプするシーンとか、トトロのネコバスとか、アシタカが放つ矢が首をもいだりとか……枚挙にいとまがないわけですが、そういうのが『コクリコ坂から』にはホントに乏しい。オート三輪が坂を激走するシーンとかが唯一、そういう動きを感じるシーンだったでしょうか。アクションが要求されるストーリーではなかったわけですが、それにても寂しい。非現実的な重力と、現実的な重力とのバランスが非常に悪いアクションだったのかもしれないです。男の子の主人公が未来少年コナンみたいなすごいジャンプを見せるシーンがあったりするんだけど、その辺の匙加減が悪いので、人間が空気みたいな軽さになった変な映像に見えてしまう。そのあたりがとても気持ち悪い。そのバランスが唯一噛み合っていたのは、男の子の主人公が自転車を漕ぎだすシーンのペダルの重さでしょう。このシーンも既知感ありありですが、スクリーンからペダルを踏み込んだときの反作用が伝わるような良い動きだったと思う。





でもそれだけ。いきなり新橋や桜木町の風景がでてきて、ファンタジーっぽい主人公たちの世界と現実との境目がぐちゃぐちゃにする設定は不要なのでは?(しかもその現実の風景が、今とちょっとリンクしてるんだよ!) 朝鮮戦争とか東京オリンピックとか時代背景も舞台の書き割りみたいなもので、まったく必然性感じないし……。ただ、そんなでも『アリエッティ』より面白く観れてしまうんだからねえ……。これってどうなんでしょう? もしかして動物化してるってことですかあ??





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読売日本交響楽団第506回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール

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指揮:下野竜也(読売日響正指揮者)


《下野プロデュース・ヒンデミット・プログラムVI》


ヒンデミット/〈さまよえるオランダ人〉への序曲 ~下手くそな宮廷楽団が朝7時に湯治場で初見をした~


(下野竜也編・弦楽合奏版、世界初演)


ヒンデミット/管弦楽のための協奏曲 作品38(日本初演)


ブルックナー/交響曲 第4番 変ホ長調 WAB.104〈ロマンティック〉(ハース版)



7月の読響定期は6回目となる正指揮者、下野竜也によるヒンデミット・プロ。このシリーズは昨年も聴いていて私にとっては2回目となる。ヒンデミットの作品のなかでも珍曲として有名なワーグナーのパロディを弦楽合奏版に編曲したバージョンや、日本初演となる《管弦楽のための協奏曲》などマニア垂涎の曲目が並んでいるのだが、そうした意向を反映するようにして空席が目立つ目立つ……。





これで演奏も素晴らしいのであればハードコアなヒンデミット・マニアも喜んだだろうけれど、果たしてその水準に達していただろうか。寸劇付きで演奏された《さまよえるオランダ人》への序曲は、珍曲披露以外にあまり聴くところがなかった気がするし(ところどころにヒンデミットらしい和音が挿入されたりして面白いのだが)、《管弦楽のための協奏曲》も何かが足りていないように感じてしまった。この作品は、20世紀のコンチェルト・グロッソ的楽曲。変態的なフーガや楽器の用い方に、ヒンデミットの過剰な構築美が表れるのだが下野の演奏は、その過剰性を配するようにスッキリと聴こえてしまう。何かが足りない感じの原因はここにありそうだ。マニアックな狂騒とテクニカルな演奏の精度の両立が聴きたかった。個々の演奏者はとても良かったので残念。とくに特にヴァイオリン、オーボエ、ファゴットの三重奏や、2楽章での木管のアンサンブル、トランペットのソロなどは良かった。





後半のブルックナーについても概ね似たような感想を抱いた。読響と言えば、ここ数年は定期演奏会にブルックナーがメインの回が1シーズンで2回もコンスタントに入ってくるブルックナー大好きオーケストラである。細かいズレなどは致し方ないとしてもブルックナーに必要な音の質や金管の安定感・解放感には間違いがない。そして、その実力はこの日も発揮されていた。状態としては昨シーズンのスクロヴァチェフスキによる第7番のときよりも良かったのでは? にも関わらず、ちっとも心に響かないのである。部分部分の見せ場については心得ているし、そこは力がこもった演出を見せてくれるのだが、大局感に欠けた演奏、というか。定期テストの点数は良いのだが、駿台模試の結果は悪い、みたいな……。だから感動的なフィナーレが用意されても見えすいたとってつけた表現として耳に入ってしまう。牧歌的な柔らかい響きが強調され、なんだか庶民的なブルックナーだなあ、と思ってしまったのも趣味に合わなかったかもしれない。それがこの人の芸風なのかもしれないが、ブルックナーの音楽って、もっとこの世のモノではない世界の音楽だと思う。





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夜の現代音楽講習会 今夜はまるごとシュトックハウゼン @三軒茶屋 Hell’s Bar

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拙い進行で申し訳ありませんでしたが、無事、終了いたしました。まずはご来場いただいたお客さまに感謝いたします。ありがとうございました。終演後幾人かのお客さまより「次も楽しみにしています」とか「楽しかったです」といったお言葉をいただけたので、一安心(高校生のお客さまから『将来、こういうイベントを自分も開きたいんですが、どうすれば良いのでしょう?』と質問されたのには、なるほど、自分はもう進路相談とかを普通にされちゃう年なのだな、と感慨深くなってしまいました)。





「普段聴いている環境とはまったく違うから新鮮に聴こえた」、「ピンチョンの小説世界そのままで笑った」と当初の狙い通りの感想もいただけたのも良かったです。音楽を語る言葉は満ち溢れていて、ほとんど飽和していると言っても良い状況にあるにも関わらず、現代音楽を聴取する環境はあまりにも限定されている……という問題を《場所》と《時間》を設定することで、ちょっとでも変えることができるのではないか、という意図は成功したと言えるでしょう。ともあれ、このイベントの成功は選曲から内容のコーディネートまでご協力いただいた松平敬さんの力あってのものです。感謝の言葉はいくらあっても足りないぐらい。4時間の長丁場を引っ張る内容構成は素晴らしかったです。ありがとうございました。





難しい批評的な言葉なんか音楽を聴くのにはあまり必要でなくて、必要なのは適切な聴き方とそのための情報である、と最近は思っているのですが「夜の現代音楽講習会」はそうした意図を根底に置きつつ、今後も継続しておこなうイベントにしていきたいと思います。今回の来場者は43人。興行的には赤字なんですけれども、毎回10人ご来場していただける方を増やしていけば良いかな~、と。次回の開催時期は未定ですが、「リュック・フェラーリ」、「リゲティ」、「クセナキス対ル・コルビュジエ」などのアイデアだけはあります。あと「オペラ座は燃えているか(ブーレーズ)」というタイトルとか。










実のところ、この日の曲目についてはほとんど未聴でした。だからこそとても勉強になるイベントだったのです。最初の《3 × Refrain 2000》は、かなり音数の少ない作品で「あ、この雰囲気で残りの時間は大丈夫かな」という風に心配になったのですが、規模の大きいオーケストラ作品や電子音楽作品になると少しずつ会場もリラックスして聴くモードになっていて、後半はかなりユルユルな雰囲気に。初期から晩年までを辿って行く構成でしたが、シュトックハウゼンの作曲技法の変化は結構わかりやすかったのだな、と。《短波》や《HYMNEN》では様々な素材をカットアップのように自作に盛り込んでいてオーケストラや電車音といった楽音と具体音とが絡み合うのですが、直観音楽ではその具体志向みたいなのから離れてしまう。松平さんの解説によれば、直観音楽はテキストによる指示によってのみ構成された作曲作品で、演奏家はその指示をもとに直観で即興演奏を繰り広げる音楽だそうです。《渡り鳥》は直観音楽のひとつでしたが、音はかなり今っぽい。なかなかのレア音源だったようですが、私はこの作品が一番感銘を受けました。





で、そうしてものすごいフリーキー(というかアナーキーというか)な方向に突き進むかと思えば、シュトックハウゼンのスタイルはフォルメル技法に変わってしまう。ここではフォルメルという音型によって、フラクタルのように全体が構成され、ミクロコスモス-マクロコスモス、万物照応! みたいに作品が作られているそうです。いわば、直観音楽からフォルメル技法には非作曲的なコンポジションからガチガチな作曲行為の極北へ……みたいな揺り戻しを感じます。





後半に入ってからのオペラ《Lichit》と連作《Klang》を中心とした選曲も前半とまったく雰囲気が違っている。耳が慣れたせいもあるでしょうが、後半のほうが楽曲はポップに聴こえました。長大な作品では松平さんによる10分程度の抜粋版。おそらくは一番すごいシーンを選んでくださったのだと思いますが、2005年に聴い《Lichit》の最終場面で味わった「渋い……」という印象が払拭されるようでした。結構ロマンティックな響きの曲もあって、シュトックハウゼンがしばしばワーグナーと並置されて語られるのも納得がいきます。オペラのストーリーも紹介されたのも興味深かったですね。「え、これはもしかしてシュトックハウゼンが自分を主人公に投射したビルドゥングロマンスなの?」と思いました。





ラストの《Cosmic Pulses》は30分超の電子音楽作品。これはもう大団円と言って良かったでしょう。ラスト前に途中で帰られた方もいたのですが、この大ネタが体験できなかったのはちょっと勿体なかったかもしれません。





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Iceage/New Brigade

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New Brigade
New Brigade
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Iceage
What's Your Rupture (2011-06-21)
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id:mthdrsfgckrさんが紹介されていたデンマークの4人組、アイスエイジは久しぶりにロックなものを聴いたなあ、という感じ。これが彼らのデビュー・アルバムになるのですが、メンバーは全員まだ10代とのこと。アーティスト写真をみると確かにみんなあどけない顔をしていて、なんか服もジーンズメイトで買ったみたいだし(デンマークにジーンズメイトがあったとしたら、の話ですが)ひょっとすると童貞でもおかしくない印象があります。でも音は今どきの音では全然なくて、一体、この若者たちは何を聴いて育ったのか、親御さんは心配しなかったのか小一時間問い詰めたくなるニューウェーヴ/ポストパンクっぽい音なのです。(mthdrsfgckrさんも名前を出しているように)ジョイ・ディヴィジョンを彷彿とさせますが、ジョイ・ディヴィジョンのもっさり感をそのままにディス・ヒートみたいな荒れ方・落ち込み方をしていてツボを突いてくる。あと、たまたま同じ時期にパレ・シャンブルクを聴いていたのですが、ああいうジャーマン・ニューウェーヴっぽい冷め方もあります。演奏もこれまたギリギリな感じのヘタさ、無茶苦茶さなんですが(これ絶対ライヴだともっとヒドいと思う)それでもアルバムを一気に聴かせる勢いがものすごい。最高です。若さとか初期衝動とか、そういった言葉を持ち出すと陳腐な感じがしますが、彼らの4人が生きている《今》がそのままに切り出されているのですね。それが眩しいっ! といつのまにか村の若者を遠くから眺める長老のように老けこんでしまってしまうのですけれど、そういう感覚を味わえるのもロック・ミュージックなんだよね。なんというか青春ドキュメンタリー的な? 荒々しい音のなかからギンギンに伝わってくる爽やかさはそういうことだと思いました。






D





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Otomo Yoshihide Quartet/Donaueschinger Musiktage 2005

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Donaueschinger Musiktage 2005: Allurements of the
Otomo Yoshihide Quartet
Neos (2011-06-21)
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先日のI.S.O.のライヴ会場*1で購入した大友良英の新譜がスゴいです。音源は2005年のドナウエッシンゲン音楽祭(ドイツの有名な現代音楽祭)でのもので、メンバーは大友良英(ターンテーブル、エレクトロニクス、ギター)、アクセル・ドゥナー(トランペット)、Sachiko M(サインウェーヴ)、マルティン・ブランドルマイヤー(ドラムス)という編成での即興演奏が収録されています。この音源、かなり前に発売が予告されていた気がするのですが、ようやく日本に入ってきたのですね。これを出しているNeosレーベルは音質にこだわりまくった現代音楽のレーベル。今回のアルバムはそのジャズ・ラインから発売されている模様。SACDとのハイブリットでマルチ・チャンネルでの才能が可能です。こちらについては再生環境がないので確認できていないのですが、ステレオでも抜群に音が良いのは分かります。音の質感がとにかく深くて、臨場感がある。これを大友良英の家で爆音再生したら住み着いていたハクビシンが逃げたそうですが、この音の迫力に圧倒されたのでしょうか。いわゆる爆音ノイズ系の演奏ではなく、微弱でデリケートな音が空間を交差する演奏ですが、音の向こう側からピリピリとした緊張感が伝わってくるようです。




ライナー・ノーツにはドイツの音楽評論家と思わしき人が禅を喩えにもってきていますが、ヨーロッパの人間ならば日本人が演奏しているこの音楽を聴いて、そうした紋切り型の表現をしてしまうのも理解できる。しかし、表面的には静的な音楽でありながら深層には動的な息づかいであるとか、目に見えない(音楽なので当たり前なのですが)流れがある。それが禅という言葉から人々が理解するイメージとはズレている。その一方で、井筒俊彦が言う禅道の本質とは重なり合う*2。小沼純一は「大友さん(の即興演奏)は音楽で物語を作るわけではないじゃないですか」と言っていたけれども、それはちょっと違う、と思っていて、ここにはちゃんと物語がある。もちろん、その物語はロマン派の音楽のように雄弁で説得的なものではないでしょう。たとえばリヒャルト=シュトラウスの交響詩とはどう考えても同じわけがない。しかし、耳を音楽の側に寄せていくことで、大友良英のこの音楽から物語を見いだすことは可能でしょう。ライナー・ノーツには「ヘルムート・ラッヘンマンのような」とも書かれているのですが、ラッヘンマンのように脱臼系/異化系の音楽とはまるで性質が違います。いわば鋼鉄のミリマリスムに徹することで、ロマンティシズムに到達するような感じがある。





近年、次第に一般的な認知度が高まりつつあり、またProject Fukushimaの立ち上げ以降さらにそれが加速しつつある大友さんですが、こうした《渋い音楽》への取り組みも依然として続けられている。ほとんど超人的な仕事ぶりに思われるのですが、こういう音源を聴くとリスナーとしては高い期待をクールダウンすることができなくなるような気がします(少し休んでも良いのでは? と心配しつつも、もっと聴かせて欲しい! 的な)。






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MacBook Pro

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Apple MacBook Pro 2.2GHz 15.4インチ MC723J/A
アップル (2011-02-25)
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今年の夏のボーナスを一挙に注ぎ込みまして、買ってしまいました。MacBook Proです。iPhoneを購入してから徐々にアップルへの忠誠心を高めてきた私ですが、これで体の芯までリンゴの会社に染まってしまった、と言えましょう。ひさしぶりに大きな買い物をしましたが、こんなに届くまでワクワクする製品もなかなかない気が(そのあたりが信者っぽい感じなのかもしれないですが)。









届いた段ボールをあけるとこんな書類入れみたいなケースがでてきました。噂には聞いていましたが、驚異的なゴミの出なさ。パソコンを買うたびに大きなハコとか発泡スチロールとかうぜえ(しかも、修理のときにハコが必要だったりして捨てられない)とか思ってたんですが、ペラいビニールのシートをペリペリはがして電源につなぐだけでセットアップが完了し、だいたい10分もかからずに使えるようになるのは快感と言えましょう。雷に打たれなくとも回心してしまいそう。





Windows環境からMac環境へと移行した際の操作系の違いについても、思っていたほど違わない感じ。ただ、ショートカット・キーの習得はサクサク操作するためには必須なのかな、と(ウィンドウを閉じるボタンとかが左隅にあるのが『遠いなッ』と思ったりする)。スペックのほうはメモリは8GBに増設、HDDは128GBのSSDに換装しています。128GBという記憶容量は昨今ではやや心もとない感じもしますが、そのへんはコンシューマー向けのThunderbolt対応外付けHDDが出たらまったく問題がなくなりそう(というが出てくれないと困る)。





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I. S. O. @牛嶋神社(すみだ川アートプロジェクト)

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一楽儀光、Sachiko M、大友良英によるトリオ、I. S. O.を聴く。このトリオ、来歴を見れば90年代から活動がはじまっていて、大友良英の音楽に興味を持ちはじめてからずっと気になっていた存在だったのだが、聴く機会に巡りあえてのは今回が初めてだった。会場は9世紀に建立されたという浅草の神社の境内。神社といえば一種のパワースポットであって厳かな感じもするのだが、この場所は都市のなかに存在していて(というか、神社の周辺が都市化された、という言い方が正しいのであろう)、高速道路を走る自動車の走行音や電車の音といった環境音が混じる独特なロケーションだった。浅草の観光地の中心地からはやや外れたところで、まわりには住宅や工場などもある。その雑然とした雰囲気も面白い。





3人の演奏家は境内に三角形を描くように位置をとり、40分ほどの演奏をおこなった。大友のギター・ノイズ、Sachiko Mのサイン・ウェイヴ、一楽のパーカッション(シンバル?や金属的ななにかを弓奏)は、不可避の環境音・ノイズ・自然音と対話・調和するように音楽を奏でる。ライヴ後の大友良英対小沼純一によるトークでも名前があがっていたけれども、自ずとレイモンド・マリー・シェーファーのサウンドスケープの概念が思い起こされるのだが、シェーファーが都市のサウンドスケープから耳を離し、イヤー・クリーニングをおこなおう、という(今考えればニューエイジ感たっぷりの)運動を提唱したのとは、音楽と環境に対する取り組み方は異なっている。





コンサートホールやライヴハウスの機能とは美術館と同じで、環境と音楽を隔絶することだ。つまりそこでは、ノイズを排除することで、音楽空間の漂白がおこわれる。その意味で、シェーファーのイヤー・クリーニングの目論見とはコンサートホールやライヴハウスの機能と繋がるのだろう。漂白された耳は、音楽とそれ以外のものを一層明確に聞き分けることができる。しかし、こんなことも言えるだろう。すべての環境音は音楽としても聴取可能である、と。そして、I. S. O.の音(環境へとクサビのように打たれるノイズや楽音)は、環境を音楽のカッコで囲んでくくり、それが「音楽である」という風に環境の聴かせ方・あり方を変えてしまうのだ。また、演奏中にその空間をリスナーが歩き回り、自由に聴き方を変えられたことも重要に思われた。それはインスタレーション的な体験を与えるもので、大友が近年取り組んでいる「展示する音楽」とも強く結びつくものなのだろう。





前述のとおり、ライヴ終演後には大友良英と小沼純一とのトーク・セッションがあった。小沼純一という人は、自分が現代音楽に興味を持ちはじめるきっかけを作った人のひとりでもあり、大変リスペクトしているのだが(私の音楽を語る言葉なんかほとんど小沼純一からの剽窃だ)、彼が大友と同い年であることを知って驚いた。小沼は1980年代のメセナ文化(特に西武による)の恩恵を多大に受けていたことについてどこかで語っていたと思う。大友もまたその時代に東京で活動をおこなってたはず。今活動しているフィールドが違っているように見えるけれど、同じ空気を吸っていて、かつては両者のフィールドも近かったのかも、などと思ってしまった。トークの前半には、サウンドスケープについての言及が主でちょっと想定の範囲内の話になってしまったが、後半はこれからの音楽のあり方や時代によって変化する音楽の意味(そしてリスナーの感受性)について話が及び面白かった。





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柏野雄太 『Python ポケットリファレンス』

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Python ポケットリファレンス (Pocket Reference)
柏野 雄太


技術評論社


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(言語つながり……というわけでないのですが)技術的なことをまとまって勉強する時間が確保できるようになったので、Pythonをはじめてみました。Pythonについては、これまで「Hello World」ぐらいは触っていましたが、本格的に。とりあえず買ってみたのは、この『ポケットリファレンス』。想定読者は《すでにプログラミング経験があって、アルゴリズムや開発についてはそこそこ知っている人》ということなので説明は簡潔です。チンタラした導入部がなくかなり読みやすいのが好印象。半日ぐらいでだいたい1/3ぐらいは読み進められます。ただ、Python3.Xにも対応といいつつも、本の後半に3.Xの変更点が申し分程度に追加してあるだけなので、そこは本文内に織り込んで欲しかったところ。Pythonの導入方法について説明されている部分を鵜呑みにしてデフォルトエンコーディングの設定をすると、Python3.XではIDLEが起動しなくなりました。





それにしてもPythonの記述量の少なさといったら、COBOLなんかやらされていた身からすれば驚異的に感じられます。アイデアをすぐ実現できるような身軽さが素敵。





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Wheelock’s Latin 7th Edition

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Wheelock’s Latin 7th Edition (The Wheelock’s Latin Series)
Richard A. Lafleur


Collins Reference


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ラテン語のテキストを読むスピードがあまりにも遅いので、ラテン語文法再入門して基礎体力をつけよう!……ということでアメリカの大学などで使用されているラテン語文法の教科書『Wheelock's Latin』を読み始めています。言語はもちろん英語。しかしかなり平易な英語で書かれているため、読んでると自分がものすごく英語が得意になったのではないか!? という錯覚を抱いてしまいそうになります。《定番》であるだけに説明はわかりやすく、自然に頭へと入っていく感じ。そのあたりは日本語-ラテン語間の距離と、英語-ラテン語間の距離の違いに起因するものなのかもしれませんけれど。講談社現代新書の『はじめてのラテン語』はこの教科書をかなり参考にしているのでは、とも思いました。最近、第7版が発売され、私が使っているのも最新版です。





テキストの読み方としては、文法用語などを日本語に訳してしまわずに、英語のままで理解しようとすること。すると日本語で思考するOS的な部分がだんだん英語仕様に洗い替えられるような感覚があります。英語のほうがラテン語関係の教材も豊富なわけですから(買っても安い!)、ラテン語は英語で勉強したほうが効率が良いことは明らかです。まあ、これはラテン語に限らず、ヨーロッパの諸言語は英語で勉強したほうが良いのでしょう。最近ちょっとポルトガル語とスペイン語とフランス語にも興味がでてきたのですが、次に何か別な言語をやるとしたら最初から英語で勉強を始めると思います。





英語 → ラテン語 → 別なラテン系言語……というフローはある意味、最強かも。ヨーロッパの言語の系譜図をひも解けば、英語はアングロサクソン語とラテン語とフランス語の影響を受けて、ちょっと変な進化の仕方をしているらしいのですが、そうしたガラパゴス言語から一旦、大きな源流であるラテン語へと回帰し、再度、ラテン語直系の言語へと進んだら……間違いなく学習スピードに違いがでてくる気が。遠回りに見えて、実はものすごい効率の良い道筋な気が!!(まだ、試してないけどなんか勝ち誇った気分)





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プラトン 『ティマイオス』

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Timaeus
Timaeus
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Plato Donald J. Zeyl
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プラトンの『ティマイオス』は《プラトンの天地創造》と呼ばれるほど大変重要な著作なのですが、岩波文庫には入っておらず、邦訳が収録されたプラトン全集も絶版、かつ古書価格がえらいことになっている……という状況なので、英語訳で読んでみました。本文はわずか90ページ弱ですが、自分の英語力がなさ過ぎて読み終わるまでに3ヶ月以上かかりました。前半のアトランティス大陸の話であるとか、世界を形作っている4つの要素(火・空気・水・大地)の話については愉快だなあ、と思いながら読めましたが、数学っぽい内容がでてくる部分(球体の円運動がどうたら……みたいな部分から)内容はどんどん込み入ってきて、後半の身体論・霊魂論の部分はちょっとかなり理解が怪しいですが、このあたりは縁あって邦訳を最近入手することができましたので確認しながら読み返してみたいと思います。まあ、自分の英語力を磨いてから再度チャレンジ、ですね。人体のある部分を指し示す単語が頻出する部分なんかは結構苦行に近いものがる。










参考リンクとして↑はとても参考になる気がするのですが、最大140文字のブツ切れ論考は読みにくくて、読めていません。あきらかに重要な著作であり、内容もエキサイティングな感じなのにどうして岩波文庫に入っていないのか、について考えてみるのですが、対話篇でありながら後半はずっとティマイオスが話しているだけ……という(後半はほとんど対話してない)テンポの悪さが起因しているのかな、とか思ったり。





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松田毅一 『伊達政宗の遣欧使節』

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伊達政宗の遣欧使節
伊達政宗の遣欧使節
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松田 毅一
新人物往来社
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戦国~江戸時代にかけて活躍した武将のなかでも伊達政宗という人は人気の高い人物だと言えましょう。この徳川を脅かし続けた奥州の独眼竜は松島に派手なお寺、瑞巌寺を建立し、それはかの地の人気観光スポットとなっていますし、ドラマなどでも彼の生涯は何度もとりあげられている。そんな彼がヨーロッパに向けて使節を送っていた、しかもそれは太平洋を渡ってアメリカ大陸までたどり着いた初めての日本人であったことはどこまで知名度がある歴史的事実でありましょうか。本書はこの事実を資料と当時のスペイン・ポルトガルと日本との国際関係を鑑みながら、評価をしています。著者、松田毅一は江戸時代の国際関係を研究していた研究者(すでに故人)。この先生、古い研究者の方々の本でよく見受けられるイメージの「暗に他の研究者や一般人をdisりながら、自分の研究の正統性を主張するような文言」が随所に挟まれ、そこがちょっとウッとくるんですけれど、本の内容はとても興味深いものでした。





Wikipediaでこの遣欧使節、慶長遣欧使節についての記載を読むと「日本で初めてヨーロッパに向けて通商目的で送られた使節」という風に高い評価をされているのですが、本書の評価はまるで違います。支倉六右衛門(常長)を代表とするこの使節は、まったくスペイン語やイタリア語が話せなかったのだからまともな通商などできるハズがない。また、当時の日本の政治家のなかでマトモに国際関係について考える頭があったのは徳川家康だけであり、伊達政宗にヨーロッパと通商を結ぶアイデアなんか浮かぶハズがない。本気だったら、もうちょっとマシな人を用意するハズ(支倉六右衛門は、罪人の息子で大変身分の低い武士でした)。では、どうしてこの使節が実現したのか……というところですが、そこに宣教師のソテーロという人の存在がある。この人物、なかなか熱心な宣教師で、語学にも長け、日本語の読み書きにも通じた才人だったのですが、功名心が高く言葉がわからない人たちのあいだに通訳として立つと自分の都合の良いようにやりとりを成立させていた、という山師感たっぷりの男だったようです。この人の立ち回りによって、伊達政宗も自分のサインとハンコだけ押した白紙を渡し「内容は、好きに書いて良いよ」という感じの投げやりな遣欧使節が誕生し、時の法王パウロ5世への接見まで実現したのですからスゴい。ソテーロは後にキリスト教弾圧が最強に強まっている日本に密入国し、あっさり逮捕され、火刑にかけられてしまうのですが……。





というわけで、本書の主人公は支倉六右衛門でも、伊達政宗でもなく、このソテーロという宣教師がどこでどんな嘘をついたのか、またその嘘まみれの報告がメキシコやスペインやローマにおいてどのように受け取られたかをめぐる主題にひっぱられて進みます。いわば「嘘付き宣教師のドタバタ珍道中」とでも言うように。そうしたなかで、当時の国際社会でどのように日本が、そして日本人が見られたのかが語られるのですが、そこが滅法面白い。使節団が立ち寄ったある村では、鼻をかんだあとに道に投げ捨てたチリ紙を拾う人がいたりする。また、当時の日本に伝道にきていた宣教師には幾種類かのセクト(?)があり、そのなかで派閥闘争があったり、「日本人にはヨーロッパの言葉は教えないようにしよう。そうすれば、ずっと俺たちが上に立てるから」という教化戦略も面白かったです。使節団が大したことをしていないので、実は本書の3分の1ぐらいで日本との海外との関係史が前置きみたいにおかれてるんですけど、16世紀末から17世紀初頭当時すでに日本人は結構東南アジアに進出している、という事実も刺激的でした。フィリピンあたりでブイブイいわせてた海賊の頭領のひとりが日本人だったりしたんだってさ。





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