イェイツの『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス主義の伝統』を読む(原書で) #11

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Giordano Bruno and the Hermetic Tradition (Routledge Classics)
Frances Yates
Routledge
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今回は第8章「ルネサンスの魔術と科学(Renaissance Magic and Science)」について見ていきます。前回まではずっと魔術についてのお話が続いていましたが、ここでは科学にフォーカスが当てられてくる。章の後半では天動説から地動説へという転換がどのような背景でおこなわれたかについて触れられるのですが、イェイツはまず天動説時代の図像をとりあげます。ここで登場するのが、ロバート・フラッドによる世界図です。絵の中心には猿がいて、その周りには物質世界がある。その外側には星々の世界があって、猿はそれらを代表する女神と鎖によって結ばれています。さらにその外側には動かない星々と天使たちがいる。ここにもアグリッパが採用したような三層構造の世界が現れている。イェイツが注目するのは、女神と猿をつなぐ鎖です。星々とリンクすることで猿は力を得て賢くなる、これがつまり、魔術の力で賢くなった人間の暗示である、とイェイツは言います。





イェイツはもうひとつ面白い例をここで紹介しています。それはヨハネス・トリテミウスという15世紀後半~16世紀初頭のドイツ人が書いた『ステガノグラフィア(Steganographia)』という本についてです(IT技術について詳しい方はここでそれって「ステガノグラフィー」のこと? とピンとくるかもしれません)。この本でトリテミウスは暗号や秘密のコードを使ってメッセージをやりとりする方法について書いているそうです。彼は世界を秩序づける要素として天使を想定しています。そして、これらの天使たちの繋がりを利用すれば、距離が離れた相手にもメッセージを届けることができる、という一種のテレパシー技術について彼は述べるのです。この技術、とても複雑な計算によっておこなわているんだとか。これまででてきた魔術とはちょっと違ってますよね。





魔術から科学へ、という歴史の流れがあるとしたら、これまでにみてきた魔術の護符や、カバラにおける天使の名前といったものが実践的な応用科学の業績を導いたわけではない、とイェイツは言います。重要なのは、こうした魔術をとりおこなう際に数が鍵として用いられていたことにあります。フィチーノもピコも、そしてアグリッパも数学は魔術に必要不可欠なものとしています。そのなかで数学は発展し、副次的に応用科学の大きな鍵となったのですね。前章でもでてきましたがアグリッパを思い出してみましょう。魔術者は数学を修得しなければならない、数学を習得すればあらゆる自然因なしに、工学的な意味で素晴らしい魔術の実践がおこなえる、と彼は言っていました。ここでイェイツは、アグリッパが『オカルト哲学』を書いてからおよそ、100年後にトマソ・カンパネッラが書いた文章を見ています。彼は『魔術と栄光(Magia e Grasia)』という著作のなかで「真に人工的な魔術」というものを提唱しました。これはアグリッパが言う、数学を基にした魔術をほとんど引き継いでいるといっても良いでしょう。





こうした数学的な魔術は、魔術とはまるで反対の文脈へも飛び火していく。イギリスのジョン・ディーは実践的な科学者であり、純粋な数学者でしたが、こうした数学的な魔術にも多大な影響を受けていて、ピコへの賛辞を惜しまず、アグリッパの『オカルト哲学』を深く研究していたそうです。イェイツは、ディーをルネサンスの魔術とその後の応用科学を同時におこなっていた人物の例として挙げているのですね。ルネサンス期には、ヘルメス主義が新しい魔術やカバラと結びつき新しいスタイルの錬金術として成立したそう。ディーも主な関心がここにあったそうですが、当時の新しい錬金術師の代表と言えばパラケルススになります。彼の錬金術的思考の根幹には、ロゴスの概念がある。それらはヘルメス主義・カバラ主義の伝統から派生したものだと言うのです。この章、いろんな人が紹介されていて楽しいですね。地動説の話に入る前に、ヴェネツィアのフランシスコ会修道士だったフランチェスコ・ジョルジの『世界の調和について(De Harmonia mundi)』が紹介されています。世界の調和、という概念についてはセカチョーと略されても良いぐらい、目新しくもなんともないものですが(要は大きな宇宙と、人体という小さな宇宙は関連しているんだよ、というお話)、ジョルジによって数学的な複雑さがごっそりと盛り込まれていく。こうして、宇宙について数学的に考える基盤がどんどん準備されていったわけです。





さて、ここからが地動説のお話。常識的なお話からすれば、世の中には天動説と地動説しかなかった、という単純な二分法しかなかったように思われがちですが、実際にはそうではありません。エジプトの古代神学においては太陽の存在が強く強調されましたし、フィチーノの古代神学関連の本でも「大地が動く」ということが語られていますし、また、ピタゴラスにおいては太陽や地球やほかの天体は、中央の火のまわりをグルグルと回っているのだ、と言われていました。ですが、中世においてプトレマイオスの天動説が受容されてしまうとそれがずーっと続いてしまう。イェイツは、この疑う余地がまったくないような天動説を、ルネサンスにおける古代神学リバイバルが揺さぶりをかけていたのだ、と考えているようです。『アスクレピウス』においては、太陽はすべてを司る「第二の神」という風に言われ、それはフィチーノの太陽魔術に影響を与えている。ニコラス・コペルニクスが『天球の回転について(De revolutionibus orbium caelestium)』を書いていた時代にの、そうした思想が息巻いていたのですね。彼は、トマス・アクィナスの世界観ではなく、ヘルメス主義が息巻く新プラトン主義の世界観に生きていた、とイェイツは言います。コペルニクスの理論を知ったジョルダーノ・ブルーノがいろんなことをやる。それについては今後の章をお楽しみに……。





といったところで今回はおしまいです。おつかれさまでした。





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