井筒俊彦『神秘哲学』を読む #1

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神秘哲学―ギリシアの部
井筒 俊彦
慶應義塾大学出版会
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 慶應義塾大学出版会よりようやく井筒俊彦の『神秘哲学 ギリシアの部』が復刊されました! ホントはたしか今年の7月に刊行される予定だったんですよね。約半年遅れのリリースの裏側には何があったか分かりませんが、年内に手に入って嬉しい。早速読み始めました……が、これはなかなか手ごわい本でして、ちょっと読みにくいところがあります。何しろ、最初に出版されたのは1949年ですから約半世紀前の格調高い日本語となっており、新かな遣いが採用され、漢字も新字体となっていながらも、おそらくフォントが存在する漢字についてはママとなっていて、見たことがない漢字がちょいちょい出てくる。内容はやはり『意識と本質』を書いた大先生の仕事ですから、おそろしくクリアな整理がされているのですが、こうした表現の問題(?)が21世紀を生きる我々にはちょっとした障害として現れてくる。半世紀後ですらすでにこの有様なのですから、あと少ししたらこうした知的な遺産を読める人の数はどんどん減っていくのではないか? と心配になってきますが、それはまた別な話。今後の日本語教育を考えたい人たちにそうした話はお任せして、ここでは井筒俊彦のテキストを丁寧に読んでまいりましょう。これは井筒の格調高い日本語を、私の格調低い日本語へと翻訳する試みでもあるかもしれません。





 さて、本書『神秘哲学』はどういった書物であるのか。副題に「ギリシアの部」とありますが、これは当初井筒が西洋の神秘主義の歴史を書こうとしていた証と考えられているようです。その仕事はその後彼の関心が別な領域へと移ったことによって、この「第一部」である「ギリシアの部」のみが残ることになった、というわけですね。目次から見て行きますと、これは4章立てて構成されたもので、各章はそれぞれ「ソクラテス以前の神秘哲学」、「プラトンの神秘哲学」、「アリストテレスの神秘哲学」、「プロティノスの神秘哲学」と題されています。これが300ページぐらい。本書ではこれに附録として「ギリシアの自然神秘主義」という作品もついてくる。これが200ページぐらい。しかし、なぜ神秘主義なのか。井筒は序文において、この神秘主義というものが哲学の発展に必要不可欠なものであったことを説いています。それはなぜか。まず井筒は簡単に神秘の性質から触れています。それは一種の超常体験であり、「惨烈な実存緊張」と捉えられます。しかし、その体験は説明ができないものである、と井筒は言う。



神秘主義とは何ぞやという問いに答えんとして、彼がひとたび此の絶空の境位を立ち出で、思惟・言語の世界に入れば、もはや問うものにとっても答えるものにとっても神秘主義はいずこかへ沓然と消滅し去って踪(あと)もない。



 これに対して哲学は言語によって構成されたものです。「人間的ロゴスが思惟となり言語となって発動するところ、そこに甫(はじ)めて哲学は成立するのであるから」。だから言語化不可能な神秘は、哲学の対象となりえない。しかし、だからこそ、という逆説によって哲学と神秘主義は結びついていく。こうして言語化できないものを言語化しようという試みが、神秘家のなかに生まれると、それはひとつの思想家となって、神秘哲学者となります。これは不可能性にかけるロマンティックな態度、ともいうことができるでしょう。「絶対に思惟すべからずと知りながら而も止むに止まれぬ衝動に駆られて思惟せんと切なくも焦心する」。プラトンに言わせれば、この「狂気」が哲学を駆動する。そして



神秘哲学は神秘主義的実存の自己反省、超越的体験そのもののロゴス化(認識論)であると共に此の絶対的超越的観点よりする全存在界の組織化(形而上学)という形をとって展開するのである。



 ギリシア哲学の根底にも神秘主義が拍動する。本書が取り上げるのは、その「実存的生の基盤」となっています。また、序文では井筒がギリシア哲学に目覚めた体験も語られているのですが、これがとても魅力的な文章となっています。そこでは禅の実践者であった井筒の父との交流について紹介される。井筒の父は、かなり激しい人だったらしく、息子にも無理やりに禅の実践を叩き込んだそうです。親子の共通の話題は、碧巌録、無門関、臨済録……といった禅の公案集だった、とこれは傍からみると「嫌すぎる親子」に思えてならないのですが、禅においては真理に対して「思惟すべからず」という態度で臨まなくてはならないことを彼は教え込まれるのですね。幼少期から井筒にとっての哲学とはそういうものであった、と。しかし、ギリシア哲学との出会いは彼に思惟すること、言語化することを許してくれた。そこに感激があった、と井筒は告白しています。哲学的ユリイカ体験、とでも言いましょうか、こういう話、いいですよね。





 だいぶ長くなってまいりました。本日はここまでにしておきましょう。次回から本文に入ってまいります。次回は第一章「ソクラテス以前の神秘哲学」についてです!





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集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#10 ロア=バストス『汝、人の子よ』

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汝、人の子よ (ラテンアメリカの文学 (10))
ロア=バストス
集英社
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 昨年から続く「集英社『ラテンアメリカの文学』を読む」シリーズもようやく後半戦です。後半戦第一発目はパラグアイの作家、アウグスト・ロア=バストスの『汝、人の子よ』。パラグアイといえば、2010年サッカー・ワールド・カップでの日本代表との試合も記憶に残るものでしたが、この作家の本を読むに当たって調べてみたらなかなか大変な国でして。まず、この国の黎明期(19世紀前半)を支えた独裁者、フランシアという人が26年間ノー議会、ノー大臣の体制で政治の実験を握っていたらしいのです。絶対権力者として国を取り仕切る彼の姿は、この小説のなかにも描かれるのですが、スペイン人同士の結婚を法律で禁止して、強制的な同化政策をはかるなどなかなか恐ろしい人だったようです。そして反対する者は即刻処刑……。つまり、フランシアは恐怖政治をやっていたんですが、しかし保護貿易をおこなって国の発展を促すなど、優秀な指導者としての一面もあったんだとか。この辺の評価のポイントに2面性があるところに、彼が南米の独裁者小説のモデルになったのではないか、と伺わせるものがあります。





 しかし、フランシアの死後がこの国にとってホントの苦境だったらしいんですよね。優秀な独裁者がいたおかげでパラグアイの首都、アスンシオンは一時期まで南米随一の都市として発展していたんですが、それを快く思っていなかったアルゼンチン・ブラジル・ウルグアイ(とそのバックにいるイギリス)によって、フルボッコにされる三国同盟戦争というのがあって、国の人口が半分以下に減ったりしてます。この戦争でたくさんの男性が戦争に駆りだされたので、人口のバランスがおかしくなり、それはいまだに国勢に影響を与えてるんだって。ひぃ。『汝、人の子よ』は、こうした苦境がいろいろあって、近代化からも見放されたド田舎の村から話がはじまります。このはじまりの超ド田舎感は最高です。





 そこで、まずフォーカスが当てられるのは村の長老でした。コイツが半分キチガイみたいな感じの存在で描かれているんですが、とにかく昔話が上手い。だから、こども達が話を聞きに集まってくる。小説の語り手は、この老人が語る物語の聞き手のひとりとして登場します。そこで語り手が聞くのはひとりの「殉教者」の姿です。発展の望みが見えない村で、村人たちのために楽器を制作し、ほとんど金を設けようともせず、ひたすら村のために尽くしてきた男、そんな男がある日、らい病にかかってしまい村から姿を消してしまう。彼は村から離れた山奥で、ひとりこもり孤独に耐えながらキリストの彫像を彫る(村のために、男は村へと戻ろうとしない)。そして、男の死後にその彫像が村に奉られることとなる……この部分だけとってみても、完成された短編小説の世界が構築されていて素晴らしい。





 この作品は、連作の短編小説のような作りになっているんですが、この殉教のテーマはその後も引き継がれていく。なにに対して自分の身を捧げるのか、という変化がありつつも、この構図が続き、傍観者としての語り手は殉教者になれない自分の身を憂いながら、死に行く。傍観者からは殉教者の姿が、キリスト教の教義通りに救われるものとして描かれるのが物悲しくて良かった。あと、パラグアイという国は、スペイン語とグアラニー語という二つの言語が公用語となっているんですが、この言語による二重性も興味深かったです。近代へと開かれた言語と、ローカルへと留まる親密な言語。言語がこうした対比を生んでいるところが、複雑な国の様子を象徴しているように思われました。それは帝国主義・植民地主義が残したモノでもあるわけです。アフリカもそうですけれど、南米の歴史を省みることは近代の歴史を省みることに近いように思えてなりません。





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Harmonia/Deluxe

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デラックス(太陽賛歌)(紙ジャケット仕様)
ハルモニア
ユニバーサル インターナショナル (2005-05-18)
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 ドイツのバンド、ハルモニアのセカンド・アルバム『Deluxe』を聴く。70年代中ごろにノイ!のミヒャエル・ローターと、クラスターのハンス・ヨアヒム・ローデリウスとディーター・メビウスによって結成され、調べてみたら2007年に再結成して今も活動中なんだって。『Deluxe』は、ノイ!のギタリストとクラスターが一緒にやりました、という感じがそのまま出ている一枚。ノイ!のゆる~く徐々に盛り上がっていく感じと、クラスターの牧歌的な味わいが調和している。そして、ドラム。なんか異様に気合の入ったドラムが聴こえるな、と思ったらグル・グルのマニ・ノイマイヤーがゲスト参加してるじゃないかー……。今日、上司に「ハルモニアのセカンドを買ったんですよ、ヘッヘッヘ」と自慢したら爆笑されたのですが、良いアルバムです。ラ・デュッセルドルフを聴くならこっちかな。



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「石版!」の由来

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 『ミクロコスモス』(id:microcosmos2010)のボスである平井さん(id:Freitag)にお呼ばれして、下北沢で飲む機会がありました。後に下北沢会議と呼ばれることになるであろう奇跡的な会合は、バッカスの恵みに彩られ、大変愉快な時間となったことをご報告させていただきます。





 会の最中「君のブログのタイトルの『石版!』ってどういう意味なの?」と平井さんから聞かれたので(あと地質学史の山田さんからは『石に興味があるんですか?』と)改めて書きましょう。




 このブログのタイトル「石版!」はロゼッタストーンにちなむものでもなく、このブログの前身であったブログ、クソバエ(id:mk666)を家庭の事情により閉鎖して*1、新たにブログを解説する際、「タイトルなんかなんでも良いや。できるだけ意味がない言葉にしよう」と思って、手元にあった柄谷行人の『探求I』をパラパラめくって目に入ったフレーズを引用したものでした。該当箇所は第二章「話す主体」にあります。これはヴィトゲンシュタインの引用ですから、ヴィトゲンシュタインの孫引きですね(今、何年かぶりにその部分を確認してみたら、実は原文は「石!」となっており、何年も誤って引用していたことに気がつきました……)。言語ゲームについての説明で、何度も「石板!」とヴィトゲンシュタインは書いている。その字面が面白い、と感じたのだと思います。





 ちなみにヴィトゲンシュタインは『論理哲学論考』を読んだだけです。




*1:そのブログは親バレしておりまして、なんかのライヴを観にいった感想を読んだ親から「遊んでばかりいるから就職活動が上手くいかないのだ」というやっかみを言われ、キレてしまった、という





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2010年に観たライヴを振り返る

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  1. US3 @モーション・ブルー・ヨコハマ - 「石版!」

  2. 外山明+内橋和久duo @杜のホールはしもと 多目的室 - 「石版!」

  3. 石坂団十郎ベートーヴェン2 @フィリアホール - 「石版!」

  4. eX.13「フランコ・ドナトーニの初演作品を集めて」 @杉並公会堂小ホール - 「石版!」

  5. 第5回JFC作曲賞本選会 @トッパンホール - 「石版!」

  6. 読売日本交響楽団 特別演奏会 @東京オペラシティコンサートホール - 「石版!」

  7. 藝大21 創造の杜「ヤニス・クセナキス 音の建築家」 @東京藝術大学奏楽堂 - 「石版!」

  8. 読売日本交響楽団 第492回定期演奏会 @サントリー・ホール 大ホール - 「石版!」

  9. クァルテット・エクセルシオ ~フランスの薫り @紀尾井ホール - 「石版!」

  10. 読売日本交響楽団 第493回定期演奏会 @サントリーホール - 「石版!」

  11. James Chance & The Contortions japan Tour 2010 @LIQUIDROOM - 「石版!」

  12. トリスタン・ミュライユの音楽 @東京オペラシティ・コンサートホール - 「石版!」

  13. 1000年後の南米のエリザベス・テイラー @LIQUIDROOM - 「石版!」

  14. リゲティの肖像 @水戸芸術館コンサートホールATM - 「石版!」

  15. Music Tomorrow 2010 @東京オペラシティ コンサートホール - 「石版!」

  16. 読売日本交響楽団 第494回定期演奏会 @サントリーホール - 「石版!」

  17. eX.14「DUO TRANSPNEUMA plays Kawashima & Yamane」 @杉並公会堂 小ホール - 「石版!」

  18. 読売日本交響楽団 第495回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール - 「石版!」

  19. エイドリアン・ブリュー・パワー・トリオ @ブルー・ノート東京 - 「石版!」

  20. 音楽の現在(サントリー芸術財団 サマーフェスティバル 2010〈MUSIC TODAY 21〉) @サントリー・ホール ブルーローズ - 「石版!」

  21. 作曲家は語る〈ジョナサン・ハーヴェイ〉(サントリー芸術財団 サマーフェスティバル 2010〈MUSIC TODAY 21〉) @サントリー・ホール ブルーローズ - 「石版!」

  22. 音楽の現在(サントリー芸術財団 サマーフェスティバル 2010〈MUSIC TODAY 21〉) @サントリー・ホール 大ホール - 「石版!」

  23. テーマ作曲家〈ジョナサン・ハーヴェイ〉(サントリー芸術財団 サマーフェスティバル 2010〈MUSIC TODAY 21〉) @サントリー・ホール ブルーローズ - 「石版!」

  24. 芥川作曲賞創設20周年記念 ガラ・コンサート〈管弦楽〉サントリー芸術財団委嘱作品 (サントリー芸術財団 サマーフェスティバル 2010〈MUSIC TODAY 21〉) @サントリー・ホール 大ホール - 「石版!」

  25. 芥川作曲賞創設20周年記念 ガラ・コンサート〈室内楽〉サントリー芸術財団委嘱作品 (サントリー芸術財団 サマーフェスティバル 2010〈MUSIC TODAY 21〉) @サントリー・ホール ブルーローズ - 「石版!」

  26. 第20回芥川作曲賞選考演奏会(サントリー芸術財団 サマーフェスティバル 2010〈MUSIC TODAY 21〉) @サントリー・ホール 大ホール - 「石版!」

  27. モーツァルト《魔笛》(実相寺昭雄演出) - 「石版!」

  28. FEN(Far East Network)@キッド・アイラック・アート・ホール - 「石版!」

  29. 読売日本交響楽団第496回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール - 「石版!」

  30. DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN @日比谷野外音楽堂 - 「石版!」

  31. 読売日本交響楽団第497回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール - 「石版!」

  32. 読売日本交響楽団第498回定期演奏会 @サントリーホール 大ホール - 「石版!」

  33. ピエール=ロラン・エマール ピアノ・リサイタル @東京オペラシティコンサートホール - 「石版!」

  34. Otomo Yoshihide New Jazz Trio+ @新宿ピット・イン - 「石版!」


 今年観たライヴは以上のように34本でした。なんか記録していないライヴもあったかもしれないですが、記録してなかった、ということはしょーもないライヴだったのかもしれません。大体月に3本ぐらいを見ていたみたい。今年は生で音楽を聴きまくってみよう、と思っていたのでこのぐらいのペースで音楽に触れることができたのは、目標達成、と言って良いのでしょう。普段はなかなか音楽だけ聴く時間がとれません。それは社会人であれば割合普通のことですよね。欲張りなものだから本を読みながら、音楽を聴いちゃったりするし。でも、ライヴ・ハウスやコンサート・ホールにいけばそこにいる間は音楽だけ聴く時間を確保できる。これはとても贅沢な時間の使い方だと思いますけれど、こうして音楽だけに向き合う時間を確保するのは大切だな、と感じました。





 聴いたことがない音楽を積極的に聴くことができたのも良かったです。川島素晴と山根明季子が企画している現代音楽コンサート・シリーズ「eX.」も2回足を運びました(12月の企画は仕事の都合でいけず……)。芸術分野に対する助成金が少なくなっているそうで、大規模な現代音楽企画は少なくなっているようですが、小規模だけれど非常に深く音楽を掘り下げていく企画であるように思います。まあ、なんだかんだ言って水戸でリゲティの特集があったり、クセナキスの特集があったり、とすでに評価が固まっている作曲家についてはまだまだ元気な感じがします。リゲティの特集はアルディッティ弦楽四重奏団が聴けて最高でした。





 読売日本交響楽団の定期会員になったのも良い経験でしたね。自分のホームのオーケストラを持って、定点観測的に鑑賞する楽しさを感じます。こちらはまだシーズン中ですが、今シーズンの残りの演奏会も楽しみ。





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アルブレヒト・デューラー版画・素描展 -宗教・肖像・自然- @国立西洋美術館

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 ドイツにおけるルネサンスを代表する画家、デューラーの展覧会にいってきました。12月のはじめぐらいまでは藝大の美術館のほうでもデューラーに関連した展覧会(彼が制作した『黙示録』を題材にした作品)が開かれていましたが、そちらには行けず。これについては残念極まりない感じでしたが、こちらの国立西洋美術館のほうの企画展だけでも、デューラーがいかにエポック・メイキングな芸術家だったのか、というのがわかる素晴らしい企画だったと思います。全部の作品をじっくり見ようと思えば、軽く三時間は必要。しかし、会場が広く、また、この手のジャンルが日本で人気がない(? 日本で人気があるのはやはり印象派でしょう)のもあって、ストレスなく素晴らしい作品を鑑賞できました。作品の横に併置された解説も丁寧で、勉強になります。





 線によって描かれた陰影の表現、これがやはり素晴らしく、白い部分が白以上に輝いてみえる。たとえば、犬の毛並みの表現なんか、半端じゃなくテロテロしてるんですよね、そういうところが見ていて楽しかった。どこで読んだかは忘れてしまったのですが、デューラーは絵画を、何かを理解するための補助的な手段として考えていました。絵画を介することによって、聖書の中身や様々な技術はより一層理解されやすくなる(大意)。こうしたデューラーの言葉は、展示された解説文のなかでも引用されていました。こうしたところから、彼はイメージが人に与える効用というものを強く意識した画家であった、ということができます。





 彼が生きた時代というのは、活版印刷が発明されて、印刷物というのが大きなビジネスになりはじめた時代でした。この時代の流れに乗ったのがデューラーだった、というのがこの企画展では大きくフィーチャーされています。展示の第一部は、キリスト教を題材とした作品が並べられていますが、これはもちろん、イメージによってキリスト教の教義を理解しやすくし、そして、印刷物によって広く頒布するためだったのです。また、第二部の肖像は、当時の権力者のためのプロパガンダとして機能しましたし、第三部の自然をテーマにしたものは、博物学的なものとも関連するものでしょう。こうした観点から、デューラーの制作活動は、元祖メディア・アーティスト、元祖複製技術時代の芸術家、として捉えることができるように思いました。





 個人的には、デューラーの「犀」が見れただけでも、満足でした。博物学に興味を持つものならば、誰もがあの図像には憧れを持つものでしょう。オランダだかポルトガルだかの王様に献上されるために、船に載せられたあいだ、皮膚病になってしまった可哀想なサイ。その詳細な描写は、よくみるとちょっとキモち悪いんですが、超カッコ良い。会期の終了がもうすぐなので、興味がある方は是非!





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Otomo Yoshihide New Jazz Trio+ @新宿ピット・イン

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 久しぶりに新宿ピット・インへ(今ブログで検索かけてみたら、前にいったのは3年も前だった。前の前はやはり大友良英を観ていたらしい)。ここ数年、クリスマス・イヴの新宿ピット・インには大友良英が出演していたと記憶しているが、クリスマス・イヴに観にいくのは初めて。今日は当ブログにも感想を書いた2枚のアルバム*1のレコ発ライヴという催しでした。また、過労により難聴になってしまった大友さんの復帰ライヴでもあったよう(Twitterを見なくなってしまったので、JAMJAM日記を読んで驚きました)。さらに言えば、このライヴが私の2010年ライヴ締めとなる予定。今年観たライヴについては、今度改めてまとめましょうか。





 いや、しかし、すでに発売している2枚のアルバムを聴いていて、今日のライヴを観れなかった人は後悔すべき! と壇上から説教したくなるような良いライヴでした。大友・水谷・吉垣というONJQ時代から続くメンバーによる演奏は「今、俺、日本で最上級のインプロヴァイザーの演奏聴いてるわ~」という実感がヒシヒシと沸いてくるような極上モノで、さらにSachiko Mとジム・オルークがそこへ加わってくる。音は豊かになるのだが飽和しない。このレイヤーの作り方というか、音の構成力がバンドの上手さを物語るようでした。こういう音に触れると、自分の耳が鍛えられるような気分になります。





 モダン・ジャズのカッコ良さ、といえばサックスの男根的なカッコ良さがかなりの部分を占めている、ように思われるのですが、トリオになってその男根性がギターへと集約されることにより、また新しいジャズが書き直されることになる、のかもしれない……などとも思いました。でも「FLUTTER」とかも聴きたいっす!



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ジョージ秋山『銭ゲバ』

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銭ゲバ 下 (幻冬舎文庫 し 20-5)
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 ジョージ秋山作品については大昔、私が小学校高学年の頃に購入していた『ガンガン』か『ギャグ王』(なんか懐かしすぎる)で『ドブゲロサマ』という連載が始まったのがものすごいトラウマになっており「さぞかし業の深い漫画を書く人なのだろうなあ……」と敬して遠ざけてきたのだが、実際代表作のひとつである『銭ゲバ』を読んでみたところ、予想を大きく上回る衝撃的な作品だった……。昨年ドラマ化されたものは未見だが、一体こんなものをどう処理したら現代の放送コードに適したものになるのか……。この作品のハードコアな業をマイルドなものにしたらまったく面白くなくなっちゃうだろうしなあ……。





 主人公は「世の中銭ズラ」がポリシーの男。金のためなら何でもする、と心に決めた主人公は、殺人を繰り返しながら富と権力を手にしていくストーリーは一種のピカレスクものとして読むことができる。ただ、主人公の胸には常に欠乏感があり、それは決して金では買うことができない。この作品の絶望的な終幕は、そうした金で埋めることができない欠乏への諦念として捉えることもできるだろう。このラストは本当に救われなさすぎて唖然としてしまうのだが、その衝撃こそがこの作品が誇る強さなのだろう。劇中で主人公は、もしかしたら自分の欠乏を埋めてくれるかもしれない人物に出会うのだが、自分が強く求めていたはずの金によって裏切られる結果となる、といった展開も泣けた。





 主人公は非道な人物として描かれるのだが、権力者である彼に虐げられている市民もまた極悪な人間性を発揮しているところもすごかった。主人公が弱っているところを見つけたらリンチすることを容赦しない。善人がほとんどでてこないけれど、その社会に潜む悪意、というか、善人面する市民の性質の悪さみたいなものがこの短いエピソードのなかには集約されているように思われた。その恐ろしさは、例えばTwitterで困っている、とつぶやくネパール人の料理店に大挙しておしかける、といった現象がもつ恐ろしさと共通している。優れた道徳的作品なので、読んでよかったなあ……と思いました。





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井筒俊彦『意識と本質 精神的東洋を求めて』

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意識と本質―精神的東洋を索めて (岩波文庫)
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 歴史を紐解いてみるとダヴィンチ(いろいろできすぎ)であるとか、ノイマン(20世紀の科学に影響を与えすぎ)であるとか、世のなかにはすごい天才がいたもんだよなぁ、と感心してしまうことがあるけれど、日本で言えば井筒俊彦がその天才のひとりに数えあげられるだろう。この人は語学の天才で、20か国語を修得し(一説には30か国語を使えたとも)、全世界的な思想と文学に通じており、慶應大学で教鞭をとっていた際には一週間に「中世哲学」と「アラビア語」と「ロシア文学」の講義を担当していた……というほとんどリアル文系版イチロー伝説みたいな人である(もしかしたら、ひとつの言語を習得しようとするだけで、5か国語を修得したりするのかもしれない)。井筒の主著である『意識と本質』もイスラーム哲学・禅・儒学・老荘思想・唯識……といった時間軸も場所も異なるさまざまな東洋哲学をひとつのテーブルに並べ、西洋哲学や文学作品などと比較することによって、ひとつの構造化された東洋哲学の画を描こう、という大変な仕事である。この作業を井筒は「共時的構造化」と呼ぶのだが、おそろしく明晰な整理や説明が面白くないハズがなく、日本にこんなスゴい学者がいたのか……とめちゃくちゃに驚いた。





 この本で取り扱われているのはタイトルにもあるとおり、意識と本質について。ここでは東西のさまざまな思想家たちが、意識と本質をどのように捉えたのか(意識にとって本質とはなにか、意識はどのように働くか、そしてそもそも本質とはなにか……など)が類型化され整理される。例えば、イスラームの哲学は本質を「マーヒーヤ(普遍的本質)」と「フウィーヤ(個体的本質)」という風に分けて考える。簡単に説明しておくと、前者は花を見たときに、誰もが「ああ、花だな」と分かる性質のこと。後者はその花がその花であるリアリティ(と井筒は表現するのだが、言ってみればその花の『世界にひとつだけの花』性)のことだ。興味深いのは、井筒が前者に表現を向けた者としてマラルメを、後者に表現を向けた者としてリルケをそれぞれ布置していることだ。私はこのふたりの詩人の作品に触れたことないけど「へえ、そういう詩人だったのか~」と思うと同時に、井筒の哲学四次元殺法的なまとめっぷりにいたく感激したのだった。





 それから禅がダイナミックな思想である、と井筒が説いているのも興味深かった。一般的に私を含めて大部分の人は禅をスタティックな思想だ、と考えていると思う。すべてが「無」であり、禅によって心神を平静に保つことによって、煩悩のない穏やかな境地に至る……こういうのが一般的なイメージだろう。でも、本当は違うのだ、と井筒は言う。確かに禅の世界では、言葉によって分節された世界はすべてが虚構である、と説かれる。あの花と、あの鳥は別々のものである、と認識するのは言葉による作用であるが、そんなものはすべて妄想なのだ、と。参禅者はある程度、悟りを開いてくるとこうした妄想を捨てることができ、すべてが「無」であることを認識する。「山も川も、あらゆる事物が、『本質』という留め金を失う」(P.146)。世界の分節線が消え去る。これらの変化が一般的に「無の境地」として了解されている事柄だろう。





 こうして井筒の説明を読むだけで、禅のスタティックな印象は霧消するようだが、これで終わりではない。実は、禅の世界にはもう一段階あって、もう一度、参禅者は分節のある世界へと戻ってくるのである。しかし、それは最初の妄想によって分節された世界ではない。本質はもう二度と戻ってこない。その境地に達したものにとっての世界は、無「本質」的に分節された世界であり、そしてそれは「表層意識が完全に打破され尽くしたところにはじめて現れる深層意識的事態」(P.155)なのだ。いや、私自身そういう境地に達しているわけじゃないから、それがどういう状態なのか、よくわからないのだが、対象に対して志向する意識(……の意識)という状態ではなく、単なる意識、いわばむき出しの意識状態で生きることが禅の境地であるらしい。




 以上、紹介しやすいところをかいつまんで紹介していったが、これらはこの本の面白いポイントのさわりに過ぎない。宋代の儒学とか、古代中国のシャーマンだとか、登場する東洋の精神風景は、興味深いものばかりだ。残念ながら私はひとりの東洋人でありながら、これらについてほとんど知らなかった。だからこの本は「自分は東洋人なのに東洋について知らない」というショッキングな事実を突きつけてくるものでもある。今後も井筒先生の仕事を追うことで、不勉強さを少しでも埋めたいなどとも思った*1




*1:そういえば慶應大学出版会から復刊される『神秘哲学』、発売が延び延びになってるんだけれど、なにごと? もう注文済みだっつーのに





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機動戦士Ζガンダム -A New Translation-

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機動戦士Zガンダム~A New Translation Review~(初回限定盤)
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 そういえば今年は『機動戦士Zガンダム』のTV版を集中的に観た私であるが、さきほどブックオフにいったら上の劇場版サウンドトラックが売っていたので今年は私のなかのZ記念年だったのかもしれない。劇場版は未見だったが即購入。劇中のサウンドトラックは作曲家、三枝成彰が務めているのだけれど、『Z』における戦闘中の緊迫感の演出には、彼が書いたスコアがなくてはならないものであったことを確信させる素晴らしいサウンドトラック。ハリウッドにはジョン・ウィリアムズがいるかもしれないが、日本には三枝成彰がいる! 三枝先生といえば、今年の芥川作曲賞の壇上で「私は直木賞の作曲家だ」という発言をおこなっていたのが印象深いけれども、彼が書く曲からは優れた大衆芸術がもつ力強さを感じる。





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俺、ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーターを聴く

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Least We Can Do Is Wave to Each Other (Mlps)
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 会社の上司から借りたCDを聴いていくシリーズ(前回は、ロキシー・ミュージックを聴いた*1。今回はイギリスのヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター。このバンド、プログレがらみの濃い目の話をしているとときどき話に出てくる人たちでずーっと気になっていたのだが、聴くのは今回が初めてなのだった。ピーター・ハミルさんという人が中心となって活動したり、解散したりしているバンド、らしい。このピーター・ハミルさんに関しては、なぜか私のなかでスティーヴ・ヒレッジさん(ゴングとかシステム7とかの人ね)と混同されていた。上にあげた『The Least We Can Do Is Wave To Each Other』は69年発表のセカンド・アルバムで、フルートやサックスといった管楽器と、鍵盤楽器の織り成す重厚な音作り(キーボードがとくに重い)がなかなか魅力的な一枚であると思った。重厚、というか、はっきり言って「もっさり感」と言って良いと思う。このあたりの微妙に垢抜けないサウンドが、キング・クリムゾン、ジェネシス、ピンク・フロイド、EL&Pと言ったいわゆる「プログレ四天王」と同列に語られない理由なのかもしれない。演奏も飛びぬけて上手くない。でも、好きな人はこれがたまらなく好きなのだろうなぁ……。ピーター・ハミルさんのヴォーカルは、攻撃的なロックンローラータイプの声質ではなく、どこか翳があってなかなか沁みるものがございます。聴いていたらイギリスのニルヴァーナを思い出しました。



H to He Who Am the Only One (天地創造)
Van Der Graaf Generator
Caroline (2008-05-27)
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 こちらは70年発表の三枚目『H To He Who Am The Only One』。邦題は『天地創造』と、えらいことになっています。直訳すると「水素からヘリウムへの転換、それが唯一のものである」というSFめいた感じになるのかな。一曲だけギターでロバート・フリップが参加していて、ギューーーーンという例の長い音のギターを弾いている(なんかこの頃から、このギタリストは芸風がちゃんと定まっていたのだな、と思った)。聴いてて思ったのは、ピーター・ハミルの声質ってデヴィッド・ボウイっぽくもある。もっさり感はちょっと洗練されて、音抜けが良くなっている気もする。あと他に4枚組の『The Box』っていうボックス・セットも借りました。ジョージ・マーティンの「Theme 1」のカヴァーが入っていて、これをずっと聴きたかったので良かった。






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ピエール=ロラン・エマール ピアノ・リサイタル @東京オペラシティコンサートホール

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ベラ・バルトーク:《4つの哀歌》から第4番


フランツ・リスト:《巡礼の年第3年》から「エステ荘の糸杉に寄せて 葬送歌第1」


オリヴィエ・メシアン:《鳥のカタログ》から「カオグロヒタキ」


フランツ・リスト:《巡礼の年第1年「スイス」》から「オーベルマンの谷」


フランツ・リスト:《巡礼の年第3年》から「エステ荘の噴水」


ラヴェル:《鏡》(全曲)



 ピエール=ロラン・エマールのリサイタルへ。このピアニストの来日演奏会は、3年連続で聴きに行っているけれど、毎回素晴らしい演奏を聴かせてくれ、満足感が非常に高いライヴを提供してくれる稀有な演奏家だと思う。今回もアンコールがほとんどリサイタルの第3部と化しており、聴衆が満足するまで自分の演奏を聴かせる、という異様なほど高いサービス精神を発揮。クルターク、ブーレーズ、ベンジャミン、シェーンベルクなどの楽譜を舞台裏から出してきて、さっと弾いてみせるところには感服せざるを得ない。





 エマールが編むプログラムでは、毎度なんらかのテーマが設定されている、ということはよく知られている。ある年は「フーガ」であったり、ある年は「変奏曲」であったり、という風にそうしたテーマに基づいて選曲がおこなわれる。そこでは現代音楽と古典を交互に演奏されたりもする。すると、なんら関連性もない作品から、このプログラミングによって、なんらかの共通点が浮かび上がる。音楽による批評、というか共時的構造化、というか、彼が編むプログラムとはそうして新しい耳を拓くものだろう。ここで共時的構造化、などと言ってみたのもたまたま井筒俊彦の著作を今読んでいるからなのだが(この超絶的な知的大巨人についてはいずれ改めて書こう)、例えば、井筒が真言密教とカバラを結びつけるようなことを、エマールはおこなっている。





 さて、今年のテーマを想像してみると「和音」に重点がおかれていたように思われた。とくに和音の持つ色、というかイメージ、というか。前半に並んだバルトークから「オーベルマンの谷」は「重い音」で共通していたように感じたし、後半の「エステ荘の噴水」から《鏡》には華やかな色合いに共通するものがあった。もちろん、「悲しい鳥たち」とメシアンが、「洋上の小舟」と「エステ荘の噴水」が、「鏡の谷」と「オーベルマンの谷」が重ねられていることもあっただろう。しかし、標題的な共通項よりも、音のつながりのほうが強固に響く。バルトークやリストの作品はここで初めて聴くものだったが、こうしたつながりのなかで聴くととても興味深かった。





 前半はメシアンの「カオグロヒタキ」がさすがの出来。端正に整えられた演奏のなかにメシアンが描く宇宙的な壮大さが照射されたかのようだった。地上にいる鳥の鳴き声と、天球から地上へと放たれるオーロラのような和音の色彩の配置が素晴らしかった。後半でも特に印象に残っているのが鳥にまつわる曲、「悲しい鳥たち」。《鏡》のなかで一番好きな曲、というのもあるが、エマールが奏で、ホールに響いた美しい音が頭から離れない。フェティッシュな感想ではあるけれど、あの美音ひとつとっても聴きにいって良かった、と思わされた。



Ravel: the Piano Concertos/Mir
Ravel Aimard Boulez Cleveland Orchestra
Deutsche Grammophon (2010-10-05)
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2010年に読んだ本を振り返る

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  1. トマス・ピンチョン『ヴァインランド』 - 「石版!」

  2. ルドルフ・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』 - 「石版!」

  3. ココロ社『クビにならない日本語』 - 「石版!」

  4. ココロ社『超★ライフハック聖典 ~ 迷えるアダルトのための最終☆自己啓発バイブル』 - 「石版!」

  5. 集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#4 オテロ=シルバ『自由の王 ローペ・デ・アギーレ』 - 「石版!」

  6. ポール・クルーグマン『自己組織化の経済学 経済秩序はいかに創発するか』 - 「石版!」

  7. 伊藤聡『生きる技術は名作に学べ』 - 「石版!」

  8. 集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#5 オネッティ『はかない人生』『井戸』『ハコボと他者』 - 「石版!」

  9. 平井浩編『ミクロコスモス 初期近代精神史研究 第1集 』 - 「石版!」

  10. 山形孝夫『聖書の起源』 - 「石版!」

  11. 渡辺一夫『渡辺一夫評論選 狂気について』 - 「石版!」

  12. ニコラウス・コペルニクス『天体の回転について』 - 「石版!」

  13. 綿矢りさ『蹴りたい背中』 - 「石版!」

  14. 集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#6 ムヒカ=ライネス『ボマルツォ公の回想』 - 「石版!」

  15. ジェイムズ・ジョージ・フレイザー『火の起原の神話』 - 「石版!」

  16. アンソニー・グラフトン『カルダーノのコスモス ルネサンスの占星術師』 - 「石版!」

  17. 山本光雄『アリストテレス 自然学・政治学』 - 「石版!」

  18. アントニオ猪木『風車の如く アントニオ猪木の人生相談』 - 「石版!」

  19. アリストテレス『ニコマコス倫理学』(下) - 「石版!」

  20. 鷲見洋一『『百科全書』と世界図絵』 - 「石版!」

  21. 尹雄大『FLOW――韓氏意拳の哲学』 - 「石版!」

  22. 集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#7 サバト『英雄たちと墓』 - 「石版!」

  23. ライナルド・ペルジーニ『哲学的建築 理想都市と記憶劇場』 - 「石版!」

  24. 阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』 - 「石版!」

  25. メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』 - 「石版!」

  26. ルドルフ・オットー『聖なるもの』 - 「石版!」

  27. ココロ社『クビにならないビジネスメール』 - 「石版!」

  28. ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』 - 「石版!」

  29. ポール・クルーグマン『経済政策を売り歩く人々 エコノミストのセンスとナンセンス』 - 「石版!」

  30. イエイツの『記憶術』を読む #11 - 「石版!」

  31. 村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』 - 「石版!」

  32. アーサー・O・ラヴジョイ『存在の大いなる連鎖』 - 「石版!」

  33. ニコラウス・クザーヌス『神を観ることについて』 - 「石版!」

  34. 集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#8 コルターサル『石蹴り遊び』 - 「石版!」

  35. A・J・ジェイコブズ『驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!』 - 「石版!」

  36. ジーン・ウルフ『拷問者の影』(新しい太陽の書 1) - 「石版!」

  37. 高橋昌一郎『知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性』 - 「石版!」

  38. 荒俣宏『風水先生 地相占術の驚異』 - 「石版!」

  39. ジーン・ウルフ『調停者の鉤爪』(新しい太陽の書 2) - 「石版!」

  40. ジーン・ウルフ『警士の剣』(新しい太陽の書 3) - 「石版!」

  41. ジーン・ウルフ『独裁者の城塞』(新しい太陽の書 4) - 「石版!」

  42. トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』 - 「石版!」

  43. トンマーゾ・カンパネッラ『太陽の都』 - 「石版!」

  44. プルタルコス『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』 - 「石版!」

  45. 集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#9 ビオイ=カサーレス『日向で眠れ』『豚の戦記』 - 「石版!」

  46. 西成活裕『渋滞学』 - 「石版!」

  47. イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』 - 「石版!」

  48. 向井秀徳『厚岸のおかず』 - 「石版!」

  49. トマス・ピンチョン『逆光』 - 「石版!」

  50. 松澤喜好『英語耳 発音ができるとリスニングができる』 - 「石版!」

  51. ミシェル・レリス『幻のアフリカ』 - 「石版!」

  52. 井筒俊彦『意識と本質 精神的東洋を求めて』 - 「石版!」

  53. 集英社「ラテンアメリカの文学」シリーズを読む#10 ロア=バストス『汝、人の子よ』 - 「石版!」


 上下巻に分かれているものは1冊としてカウントすると、今年はこれまでに53冊の本を読んだらしい(まだ何冊か年内に読むと思うので、そのときに追記しておこう)。こうしてリストを眺めてみると、ピンチョンとココロ社の本が3タイトルも並んでおり、私の2010年をこの2人の奇才が彩っているのが興味深い。ピンチョンの翻訳は来年も刊行され続けるので、来年もたぶんピンチョンばかり読んでたりするのであろう。





 個人的な「今年の一冊」はこちら、平井浩氏(id:Freitag)編集による論文集『ミクロコスモス』の第一集。今年の最初のほうにこの本を読んでいなかったら、今年の読書体験がまったく違っていたのではないか、という衝撃的な一冊。思想史というジャンルの窓口になってくれた本でもあり、ラヴジョイとかグラフトンとかイエイツとかはすべてこの本の影響によって読んだし、あと新婚旅行の行き先がイタリアになったのもこの本の影響だった気がする。とにかくこの本で読みたい本が一挙に100冊ぐらいは新たに展開されました。一時期は入手困難になっていて大変なプレミア価格がついていたけれども、増刷されて手に入りやすくなっているようです。「思想」というものの面白さを伝えてくれる珠玉の一冊。第二集も楽しみです(第二の計画がこちらにあるんだけれども、またこれが面白そうなんだ)。



渋滞学 (新潮選書)
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西成 活裕
新潮社
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 あと東大の西成先生の本『渋滞学』にもすごく影響されました。「知識は人を助ける」! という名言がこの本のなかにはあるのですが、実際イタリアに旅行した際もこの本に書いてあった「ヨーロッパのエレベーターには『閉まるボタン』がない」という知識が役に立った! なにげない日常的な現象でも、その日常的な現象の背後にある論理や仕組みを説明されると、見え方が変わってくる、ということがあるかと思いますが(たとえば、水道の蛇口をひねると水が出る仕組みを説明できる人と、説明できない人では、その水道はまったく別なものとして認識されている、という感じで)、この本を読むと駅の混雑や車の渋滞の風景がまったく違って見えてきます。そうすると振舞い方も変わってきますよね。今の私は、駅の混雑に対しての最適な振舞い方を知っているし、バスに乗って渋滞に出くわしたときはこの渋滞の原因となっているボトルネックについて考え、時間を潰すことができる。なぜ、それがそうなっているのか、を知ることはやっぱり大切なんじゃないか? と思ったし、勉強の楽しさを新たに感じさせてくる一冊です。







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2009年に読んだ本を振り返る - 「石版!」





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2010年に聴いた新譜を振り返る

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  1. THESE NEW PURITANS/Hidden - 「石版!」

  2. VAMPIRE WEEKEND/Contra - 「石版!」

  3. シャイー指揮ゲヴァントハウス管/J.S.バッハ《マタイ受難曲》 - 「石版!」

  4. PAT METHENY/ORCHESTRION - 「石版!」

  5. シャルロット・ゲンズブール/IRM - 「石版!」

  6. シャイー指揮ゲヴァントハウス管/J.S.バッハ《ブランデンブルク協奏曲》全曲 - 「石版!」

  7. 松平敬/MONO=POLI - 「石版!」

  8. PETER GABRIEL/Scratch My Back - 「石版!」

  9. Jim O'Rouke/All Kinds of People - love Burt Bacharach - - 「石版!」

  10. Matthew Herbert/ONE ONE - 「石版!」

  11. Vinicius Cantuaria/Samba Carioca - 「石版!」

  12. カヒミ・カリィ/It's Here - 「石版!」

  13. ヒラリー・ハーン/チャイコフスキー&ヒグドン:ヴァイオリン協奏曲 - 「石版!」

  14. ヴィクトリア・ムローヴァ/ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ集 - 「石版!」

  15. ザイ・クーニン+大友良英+ディクソン・ディー/Book From Hell - 「石版!」

  16. プリンス/20Ten - 「石版!」

  17. 大友良英/大友良英サウンドトラックス vol.0 - 「石版!」

  18. Brian Wilson/Reimagines Gershwin - 「石版!」

  19. くるり/言葉にならない、笑顔を見せてくれよ - 「石版!」

  20. キリンジ/BUOYANCY - 「石版!」

  21. HELENE GRIMAUD/Resonaces - 「石版!」

  22. STEVE REICH/Double Sextet / 2x5 - 「石版!」

  23. Pierre-Laurent Aimard/Ravel:Piano Concertos / Miroirs - 「石版!」

  24. PATRICIA KOPATCHINSKAJA/Rapsodia - the music of my life - 「石版!」

  25. ANBB/Mimikry - 「石版!」

  26. Robert Wyatt, Gilad Atzmon, Ros Stephen/For The Ghosts Within - 「石版!」

  27. Kimonos/Kimonos - 「石版!」

  28. Otomo Yoshihide New Jazz Trio+/Bells, Lonely Woman - 「石版!」


 気がついたら、2010年も終わりに近づいておりそろそろ毎年恒例の(?)今年聴いた新譜を振り返っておこうと思います。で、とりあえず、当ブログを「新譜」というキーワードで検索して引っ張ってきたのが以上の28エントリ。複数のアルバムについて書いているものがあるため、今年は29枚の新譜を購入していたらしいです。昨年末ぐらいに近所にブックオフがあるところに引っ越してからは、500円以下の中古CDばかり買っていた気がするんですが、結構新譜も買っていた。こうして眺めてみると、大友良英関連のアルバムが5枚も並んでおり(たぶんリリースはもっと出ているハズ……)、働きモノっぷりに驚愕したりもする。



MONO=POLI (モノ=ポリ)
MONO=POLI (モノ=ポリ)
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松平敬
ENZO Recordings (2010-02-20)
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 個人的な今年のベスト・アルバムをあげるとするなら、松平敬の一人多重録音無伴奏合唱曲アルバム『MONO=POLI』を挙げたい。購入してから私のiPod Nano(古い4GBモデル)にずっと入りっぱなしになっていて(iPadのメモリーが、個人的なアルバム・チャート化している。好きなアルバムはメモリーに入りっぱなし=チャート・インし続けている)かなり繰り返して聴いていた。この後に、山下達郎の『On The Street Corner』を聴いて、なるほど一人多重録音の調和感の原点はココか、と思いもしたのだが、古典から現代音楽までをものすごくキャッチーに響かせることに成功した名盤だと思われた。



バッハ:マタイ受難曲
バッハ:マタイ受難曲
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シャイー(リッカルド) ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団 テルツ少年合唱団 ランズハマー(クリスティーナ) シャピュイ(マリー=クロード) チャム(ヨハネス) シュミット(マクシミリアン) ミュラー=ブラッハマン(ハンノ)
ユニバーサル ミュージック クラシック (2010-04-21)
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 クラシックだと他にリッカルド・シャイー指揮によるバッハの《マタイ受難曲》をよく聴いた。2枚組、3時間近い演奏時間なので、普段聴くには会社へいく時+昼休み+会社から家までの間の時間を使わないと一日で聴き終わらないと言う難点がありましたが、なんか癒しなどという安易な言葉を超越した、ものすごい力がこの作品にはあると思います。歌詞が聞き取れないし、聖書もよくしらないし、話の筋も実はよくわかっていないのだけれども、それでもなお、ガッツリと心を持っていかれてしまう。これもひとつの擬似的な宗教体験、と言いましょうか。ヴェネツィアのサン・ロッコ大信徒会でみたティントレットの天井画にもそういうすごさを感じました。



BOOK FROM HELL
BOOK FROM HELL
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ザイ・クーニン+大友良英+ディクソン・ディー ザイ・クーニン
doubtmusic (2010-05-16)
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 クラシック以外ではザイ・クーニン+大友良英+ディクソン・ディー『Book From Hell』もすごく印象に残っている。これは1時間超のリニアな即興演奏なので、何度も繰り返し聴けたわけじゃない。けれども、1時間ぐらい集中して音楽が聴ける時間を見つけたときには、すぐ「あ、このアルバムを聴いておこう」という気持ちになった。深度が深い音楽、というか。なんかこの空気に吸い込まれていくような、そういう音楽だと思う。



Contra (Ocrd)
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Vampire Weekend
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 普通のポップスだとヴァンパイア・ウィークエンドのアルバムが良かったです。来年も良い新譜に出会えると良いなあ。







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2008年に買った新譜を振り返る - 「石版!」


2009年の新譜を振り返る - 「石版!」





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ルービンシュタインのブラームス

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Rubinstein Plays Brahms
Rubinstein Plays Brahms
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Arthur Rubinstein
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント (2010-10-19)
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 またもや先日のイタリア旅行の話になるけれど、この旅行が私にとって初めての飛行機体験となった。12時間以上もシートに拘束される経験なんかそれまでなかったので、なんか時間つぶしになるものをもっていかねば、と思って機内に持ち込んだのはピンチョンの小説と、それから、ルービンシュタインのブラームス集9枚組ボックスのデータが入ったiPod。飛行機のなかでは結局半分ぐらいウトウトしていたけれど、旅行中の飛行機のなかで久しぶりにガッツリ音楽を聴いたり、本を読んだり、という時間がとれた気がした。





 ところで、ルービンシュタインのブラームス集9枚組ボックスだけれども、これが内容が最高で、やっぱりブラームスって良いよなあ、と思ったのだった。シェリングやフルニエが参加してたり、ヨーゼフ・クリップスとの協奏曲第2番が収録されていたり、と超豪華なメンツが一挙に聴けるお徳ボックス。とくにグレゴール・ピアティゴルスキーとのチェロ・ソナタ第2番の共演が良い。これはブラームスが交響曲をすでに第4番まで書き終えてしまった後の、後期の作品。デュオによる室内楽作品にもかかわらず、異様な交響曲的広がりを持った傑作だ。自分がブラームスの音楽に求めているもののひとつとは、こういう良い感じの温度でもあるのだな、と実感させられる。



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宮下志朗訳のラブレー新訳『第五の書』のおまけがすごそう

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 私がつとめる会社がはいっているビルのなかには、お菓子や文房具なんかも売っている本屋さんが一軒ある。そこで本を買うと1割引にしてくれるものだから、あらかじめ買うことが分かっている本などはそこで注文して買うようになった。そうこうしているうちに、毎月岩波文庫の新刊目録から気になるものに○をつけて渡すだけで、気になる本が注文される仕組みができあがり、今ではその本屋一番の顧客となっている。そういう付き合いがあって、本屋のおばさんが毎月『図書』(岩波が出している新刊案内+読み物の冊子、100円)と『波』(新潮社の新刊案内+読み物の冊子、100円)をサービスでくれるようになった。





 『図書』の表紙は毎月、中世の本の挿絵が選ばれていて、それにラブレーの翻訳で知られる宮下志朗先生が解説をつけている。今月はラブレー関連のモノで『パンタグリュエルの滑稽な夢』というラブレーの死後に発刊された、偽ラブレー(ラブレーを名乗る者)による図版集からの一枚。現在、宮下先生は「ガルガンチュアとパンタグリュエル」の第5巻にあたる『第五の書』(これも偽ラブレー作の疑いが強い)を翻訳中だそうだが、この本のおまけに『パンタグリュエルの滑稽な夢』に収録された120点の図版をすべてのっけちゃうぞ、という予告がされていた。



怪異なイラストの作者はフランソワ・デプレ。本職は袋物職人だというが、ボスからブリューゲルへと連なる、フランドルの偉大な奇想・グロテスクと、ラブレーの破天荒の空想とを架橋してくれる。



 うーむ、これは期待。宮下先生といえば、先日のブリューゲル展の図録にも文章を寄せていらっしゃった(まだ読んでないケド)。



ブリューゲル版画展図録
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 ちなみに『波』では、阿部和重の「幼少の帝国 成熟を拒否する日本人」という連載が今月から始まっています。





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ミシェル・レリス『幻のアフリカ』

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幻のアフリカ (平凡社ライブラリー)
ミシェル・レリス
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 1931年から1933年、フランスの民族学研究者グループがダカール=ジブチ間を横断し、フィールドワーク調査をおこなった。『幻のアフリカ』の著者、ミシェル・レリスはそのグループに公的な「書記兼文書係」として参加した人物だ(元シュールレアリストで、彼はこの調査団に精神的な危機を治療するための一種のセラピーとして参加したと言う)。本書はその調査における公式記録として刊行された……ものなのだが、レリスが書いていたのは、通常の研究で見られるような体裁をとったレポートではなく、調査の毎日をレリス自身の目を通して描いたとても個人的な日記だった。そこには性的な内容や、妄想、その日に見た夢、愚痴、そして植民地主義への批判などが含まれていた。本書がとびきりの奇書となったのは、レリスが目指したというこの「主観を徹底することによって客観へとたどり着く」というコンセプトによるものだ。こうした事情を知れば、1934年に刊行された『幻のアフリカ』が、1941年、ナチス占領下において発禁処分とされるのもなんとなく納得できる。いまなおこのスキャンダラスな内容は、色褪せていないように思われる。元シュールレアリストに仕事をまかせてしまったところがそもそもの間違いなのだろうけれど。





 調査は1年9ヵ月におよび、それはとても長い旅だった(ためしにグーグルの地図を開いて、ダカールとジブチの位置を確認して欲しい)。レリスは植民地主義を批判しつつも、そこで目にするアフリカの《驚嘆すべき》《野蛮な》風習に対してのエキゾチックな憧憬を隠そうとしない。無意識に憧憬が現れているのではなく、憧憬を意識しつつ、隠そうとしないのだ。ここに批判的な観察者らしいまなざしが見受けられる。こうした彼のフィルターを通して、アフリカの光景は解釈され、記述される。調査団は、フランス領スーダンのサンガという村と、エチオピアのゴンダールという村の2つの場所に長期滞在しているのだが、個人的に特別興味深かったのは、移動中に過ぎ去っていく土地の記述だった。過ぎ去っていく土地の光景は、まさにアフリカの幻影といった趣きがあり、ルイス・ブニュエルの白昼夢のような世界と重なって読める。ここに旅行記という形式の面白さが集約されているように思われた。長期滞在の記録は、対象に対する分析的なまなざしが強く出る。しかし、過ぎ去っていく村の記録は、半ば無責任な思い込み、解釈という風に感じられ、そのユルさがとても良い。





 解説などを含めて1000ページを超える大きな本だが、読んでいてとても良い気持ちになれた。クロード・レヴィ=ストロースがブラジルで調査をはじめたのが1935年ごろらしいので、ちょうどフランス文化人類学黎明期の貴重な記録、なのだが、その奇怪な内容から「裏『悲しき熱帯』」といった形容を思いついてしまう。それにしても、この時期の「調査」っていうのが結構乱暴で、ほとんど強奪するようにして、村の霊的な道具だの、神像だのを収集していたりする。そういうところも面白い。西洋の介入によって複雑化した当時のアフリカの政治についての記載も興味深い。政治と呪術がまざりあっていたりするのだ。南米からマジック・リアリズムが生まれたように、アフリカから呪術的な文学が生まれ、世界文学になる日がきたら良いのに。





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ジョン・フェイヒーについて

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 先日の文学フリマにご来場いただき、『UMA-SHIKA』を購入してくださった方、ありがとうございました。イベントのご報告についてはこちらに書かせていただきました。当日会場にこられなかった方々向けに通販も承っております。注文方法についても記載をおこなっておりますので、ご興味がある方はチェックしてくださいませ。




 さて、イベントの最中ブースで売り子をしておりましたら、当ブログの読者の方がいらっしゃいまして、そのときジョン・フェイヒーの話を少ししたのでした。ちょっと立て込んでいたこともあり、ちゃんとお話できなかったのが残念に思われましたので少し、彼について書いてみます……と言っても私もそんなに詳しいわけではないのですが。このアメリカの個性的なギタリストについては日本語のインターネット記事が全然ないんですよね。なので、Wikipediaの英語ページ*1から、まずは適当に翻訳しておきます。



ジョン・フェイヒー(1939-2001)はアメリカのソロ楽器としてのスティール・ギターの先駆者的なフィンガー・スタイル・ギタリスト兼作曲家。彼のスタイルは、大きな影響力をもち「アメリカ原始主義の礎」と評された――これは絵画から借りてきた言葉で、主に独学で言えた音楽の本質とそのミニマリスト的なスタイルに関連付けられたものだ。フェイヒーは、アメリカのルーツ音楽であるフォークやブルースの伝統を借用し、そして、これらのジャンルにおける忘れられつつあった初期の録音の多くを編纂している。また、彼は後にクラシックやポルトガル音楽、ブラジル音楽、インド音楽を取り入れている。彼が書いた(事実関係が怪しい)自伝では、彼の皮肉っぽさや、人付き合いの悪さ、乾いたユーモアなどをうかがい知ることができる。フェイヒーの晩年は、貧困と不健康に悩まされていたが、前衛へと回帰し、そのあまり有名ではないキャリアの復活を愉しんでもいた。2001年、心臓手術後の合併症により死去。2003年には、ローリング・ストーン誌が選ぶ「歴代ギタリスト・ベスト100」において35位にランク・イン。



 この記事は結構充実していて、自分で作曲した曲を「忘れられていたブルースの名曲」として発表し、それにでっちあげのライナーノーツを書いていた……とかなんとかと言ったエピソードも紹介されている。まあ、なんか一ひねりも二ひねりも効いた人物だったみたいなのだが、Youtubeには結構映像がアップロードされているんだよな。



D



D


 1969年と1996年の映像。どちらもソロの映像だけれど、クラリネットやベースやヴァイオリンを加えた編成のバンドでの録音もあるので、結構活動の幅は広いです。いや~、それにしても、この映像、めちゃくちゃ良いな……。



Womblife
Womblife
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John Fahey
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 晩年のジョン・フェイヒーが注目を浴びるきっかけとなったのは、ジム・オルークがプロデュースしたこの『Womblife』というアルバムになるのかな。私も学生の頃に友人*2にこのアルバムを借りて、初めてジョン・フェイヒーという人を知ったのだった。これはドローンを背景にして、フェイヒーがギターを弾いている怪作品(ソロでなが~い即興演奏をしているトラックもある)。初めは「なんだこれは……」とよくわからない気持ちでいっぱいだったけれど、妙にひっかかるものがあり「この人の別なアルバムを持ってたら貸してよ」とお願いした記憶がある。たぶん、フェイヒーが死んで、あんまり経ってないころの話。ちょうど、その頃、チャールズ・アイヴズの交響曲をよく聴いた時期でもあり「アメリカの音楽の原風景ってこんな感じなのかな~」と思っていた。



Of Rivers and Religion/After the Ball
John Fahey
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 『Womblife』のあとに何を借りたのか覚えてないんだけれど、今年に入って自分で買ったものでは『Of Rivers and Religion』『After the Ball』というアルバムが一枚に収録されたCDをよく聴いています。ソロ演奏もあり、トランペットやクラリネットを加えた大きな編成での演奏もあり、一枚のCDでフェイヒーのいろいろな面に触れられるから、とてもお徳。良い塩梅な心地良い温度をもった音楽だな、と思っていて、聴いているとすごく気分がほぐれてきます。




*1John Fahey (musician) - Wikipedia, the free encyclopedia


*2:この友達、というのが「だんおにろく」という、かつて『クイズ・マジック・アカデミー』というクイズ・ゲームで都内ランキング上位常連者だったゲーマーなのだが、それはさておき……





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Otomo Yoshihide New Jazz Trio+/Bells, Lonely Woman

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Bells
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Lonely Woman
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 大友良英が新たに結成した「大友良英・ニュー・ジャズ・トリオ+」の新譜を聴く。同時発売された2枚のアルバムでとりあげられているのは、それぞれアルバート・アイラーの「Bells」と、オーネット・コールマンの「Lonely Woman」。アルバム一枚全体で一曲ずつ取り上げる、という聴く前から作り手側の意思が伝わってくるような構成となっている。アイラーとコールマンといえば、フリー・ジャズを代表するサックス奏者なわけで、しかも《登場したときから、いきなり異形の人》みたいなミュージシャンだ。彼らの作品が選択されていることからも、何がしかの意味が読み取れるかもしれない。フリー・ジャズに取り組む、という方向性は、大友良英・ニュー・ジャズ・オーケストラの『ONJOプレイズ・エリック・ドルフィー・アウト・トゥ・ランチ』とも重なる。しかし、この新しいプロジェクトは単にオーケストラの規模縮小版ではない。というか、全然違っている。





 聴こえてくるのは、音響的に解釈されたカラフルなフリー・ジャズではなく、旋律の生々しい主張であり、その色合いはモノトーンの濃淡をイメージさせる。そこにはカヒミ・カリィもおらず、ポップなものとは程遠い(とはいえ「Bells」も「Lonely Woman」も聴き手に強烈な印象を与えるポップな求心力をもった旋律である、と言えるのだが)、渋い世界が展開されている。この傾向は、トリオでの演奏、または、大友のソロ演奏で強く感じられる。しかし、ゲスト参加のミュージシャン(Sachiko M、ジム・オルーク)が入った演奏では、また聴こえてくる風景が違ってくる。エレクトロニクスの音は、旋律の背景に幽玄な霧のようなイメージを想起させ、旋律とのコントラストを形作る。




 強い旋律が、記憶にアンカーポイントを刻み付け、その旋律を聴くたびにその記憶が自動的に甦ってしまうことがある。私はキング・クリムゾンの『アースバウンド』やYESの『危機』を聴くたびに、高校の通学路にあった川沿いの風景を思い出す(それは当時毎日プログレをMDで聴きながら学校に通っていたからだ)。「音楽を聴き、それが終った後、それは空中に消えてしまい、二度と捕まえることはできない*1」けれども、音楽が普段は消え去ってしまっているかのように見える記憶を再びかき集めてくれることもある……とも言えるだろうか。2枚のアルバムを何度か交互に繰り返して聴きながら、考えていたのはそんなことだった。強い主張をもった2つの旋律は、誰かの記憶に揺さぶりをかけることがあるかもしれない。2枚のアルバムに大友自身が寄せている1970年と1980年にあった出来事についての短いエッセイの存在もまた、旋律と記憶の関係に何がしかの示唆を与えるものだろう。渋い音楽……にも関わらず、人を寄せ付けない厳しさがあるわけではなく、叙情的であり、どこか親しみさえ感じる不思議な音楽だと思われた。




*1:エリック・ドルフィーの言葉





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80年代末からの安全地帯を聴く

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 以前ニップル騎士団というバンドを主宰していた際、そのバンドのヴォーカリストが安全地帯に対するリスペクトを表明していたことを最近になって思い出し、見つけたアルバムから聴き漁る日々が続いているのだが、日本のバンドでこんなにカッコ良いバンドがいたのか……と聴くたびに驚かされるばかりだ。特に80年代末期からのAORとピーター・ガブリエル経由で輸入されたエスニックっぽい要素が歌謡曲と混合するのがツボすぎて、高揚が止まらなくなる。



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 1988年『安全地帯VI~月に濡れたふたり』より「Shade Mind」。イントロからアフリカンなパーカッション+ホーミーという展開に度肝を抜かれる。



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 同じく『安全地帯VI~月に濡れたふたり』より「悲しきコヨーテ」。これもシンセベースの音がごんぶとで大変なのだが、突然挿入されるストリングスのブレイクからアーム多用のフリーキーなギター・ソロに流れ込むのがヤバすぎ。



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 1990年『安全地帯VII~夢の都』より「プラトニック > DANCE」。このアンプラグド・ライヴも最高にカッコ良いんですが、アルバム収録のバージョンは、逆回転再生エフェクトを使ったギターのめちゃくちゃキレイなハーモニーから始まって聴くたびに鳥肌がたつ。このアルバムの音は全体的に80年代末期のYESっぽいところがある(どちらかというとYESっつーか、ABWHを思い出すのだが、それぐらい壮大なロック・アルバムなんだよ!)。



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 1991年『安全地帯VIII~太陽』より「1991年からの警告」。こうしてエントリを書きながら、なぜこんなにもこの時期の安全地帯が自分のツボにハマるのか、を考えていて、彼らがほとんど同時期の「プログレの人がポップ化したバンド」につながる音を奏でていたからではないか、と思い当たる。バグルスと合体したあとのYESとか、ASIAとか、とくにGTRなんか雰囲気が近い気がするぞ。



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 GTR「When The Heart Rules the Mind」。つまり、ギターがこの時期のスティーヴ・ハウっぽい、ということか……。



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 安全地帯に戻って『安全地帯VIII~太陽』より「エネルギー」(映像は96年、玉置浩二のソロ名義になってからのライヴ)。それにしても玉置浩二のパフォーマンスに触れれば触れるほど、天才すぎてこの人は何をしても良い人なんじゃないか、と思う。





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2010年の暮れになっても紙の本を出すぜ(文学フリマの告知です)

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 もはや21世紀に入ってからだいぶ経過してるわけで「今って21世紀なんだよ」と言われたとしても「それが何か? 当たり前だろ」なんて誰も驚かなくなっている昨今、《21世紀》という言葉を心の顕微鏡でジッと見てみれば、過ぎし日の20世紀に思い描いていた21世紀はとびっきりの未来だったはずなのに現実は俺の認識力がコンピューターと直接に接続されたりしているわけでもなく、俺のペニスが機械に置き換わっているわけでもない……このような現実にがっかりしてしまうのは、俺のサイバーパンクな未来予想図を構築しているモノに、俺が小学生の頃、日曜洋画劇場でしきりに予告していた『JM』の映像があるからだろう、それは『マトリックス』よりも『ブレードランナー』よりも『攻殻機動隊』よりも先駆けて未来的リアリティをもつ映像だったのだが、映画自体はつまらなかった記憶しかない、しかしながら、今現在調べたところによればあの映画において主人公の「情報の運び屋」が記憶することができる記憶容量は最大160GBである、ということが映画公開時1995年の情報技術に対する未来に関する認識力/予想力を物語ると同時に、それから15年後の現実は「○○なう」などと言いながらも少なくとも記憶容量に関しては『JM』的リアリティをはるかに凌駕してしまっているのだから、部分的には『JM』的未来はすでに通りすぎてしまっているものとも言えなくもない。





 2010年とは、そのような未来であるようにして未来でないような曖昧な時間なのであり、そうした現実の不安定さというものは、乱立する電子書籍規格や、話題になったりしては消えていく素人向けの電子書籍出版サービスからも一層印象付けられるのだが、時代はもはや紙ではなくデータである、ということは、しゃちほこばって、5人で来店すれば梅酒のボトルが1本サービスになる飲み屋に集った情報工学系の大学生でなくとも確信できることなのであり、そうした時代において紙の本を出すなどという行為は時代遅れの行為のほかに何物でもないのであるが、こうした時代の流れとはまったく逆方向に走る、という赴きもまた『JM』的予想を裏切るものであろう。こうした意味で200ページを超える過去最大ヴォリュームとなった文芸同人誌『UMA-SHIKA』第4号とは、ウィリアム・ギブスンの、キアヌ・リーブスの、世界のキタノの想像力を過去の方向に上書きするものでもあろう。


f:id:uma_shika:20101106115153j:image


 この200ページ超のなかで、『JM』的想像力を殺すものとしての俺は2つの記事を寄せている。ひとつは『権威のない世界文学評議会』という長い往復書簡。こちらは文学素人である俺と、文学プロパーである石間異路さん(id:idiotape2)がガチで組み合って、文学についてバーリ・トゥードで語ったやりとりをほとんどそのまま収録したものである。超絶的にスリリングな語りが展開されており、先行で読んでもらった方々からは賛辞(面白かった!)と非難(なぜ俺を参加させてくれなかったんだ!)とを盛大に浴びるという嬉しい感想をいただいている。もうひとつは『新しい太陽の都』という短編。なにを言っても、なにかについて語ることになってしまう、こんなポイズンにおいて、なにに対しても言及しない話を目指して書いたファンタジックな短編である――これらが読める『UMA-SHIKA』第4号は、2010年12月5日(日曜日)に開催される第11回文学フリマにて、一冊1000円にて販売される。目次は以下。



《小説》キリストノミコト ココロ社(id:kokorosha


《往復書簡》権威のない世界文学評議会 紺野正武(id:Geheimagent) 石間異路(id:idiotape2


《小説》絶滅と初恋 ヨグ原ヨグ太郎(id:yoghurt


《小説》ブラックボックス ムラシット(id:murashit


《小説》走らずの馬 宮本彩子(id:ayakomiyamoto


《小説》新しい太陽の都 紺野正武(id:Geheimagent


《小説》理由 フミコフミオ(id:Delete_All


《小説》新世界の銀行員たち 森島武士(id:healthy-boy


《エッセイ》ポルチーニ茸を食卓に 吉田鯖(id:yoshidasaba


《小説》孤児たちの支え 保ふ山丙歩(id:hey11pop


《おじいさんの話》おじいさんの話 あざけり先生(id:azakeri


表紙デザイン:ヨネヤマヤヤコ(id:yoneyacco



 イベントの詳細はhttp://bunfree.net/を見てほしい。会場の「I-07」ブースにいけば、この驚愕すべき文芸同人誌を手に取ることができるだろう(過去の号も紙版の在庫がある分については在庫を、在庫がない号についてはCD-R版を販売する予定である)。誰が『JM』を殺すのか……。記憶の運び屋たちを殺す者たちへの勲章は『UMA-SHIKA』の購入者たちに与えられるであろう。えっと……えっと……買ってください! お願いします!!







  • 関連


『UMA-SHIKA』第4号全収録作品へのレビュー





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アレハンドロ・ホドロフスキー監督作品『ホーリー・マウンテン』

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 『エル・トポ』に引き続き、ホドロフスキーの第二作目『ホーリー・マウンテン』が上映されていたので観に行く(会社の上司にあたる人と)。前作を観たときにはまさに度肝を抜かれた、という感じがしたのだが、今回も「ああ、人間ってこんな想像力を発揮することができるのだなあ……」という風に爆笑しながら感心した。ものすごくお金をかけた悪ふざけ、というかなんというか。冒頭から「征服者の格好をさせられたヒキガエルが、メキシコ原住民の格好をしたトカゲを征服していく」というあまりに謎な仕掛けには驚かされたし、いたるところに資本主義の醜悪さみたいなものが批判的に描かれているのだが、そうした風刺がまるで本気で言っていないようにも思われてくる。こういう映画があっても良いのか! 映画のなかで用いられているファンタジックな要素は、錬金術や薔薇十字といった西洋で伝統的に伝わる秘密結社的なもの、道教や仏教、そしてキリスト教的なものがアマルガム化しており、はなはだしい異形感を醸し出す。振り返ってみると、ストーリーなどあってないようなものであり、ただひたすら面白いアイデアを繋げただけのようにも思えるのだが、ひとつも退屈ではなかったのがカルトの名作たる所以なのか。大好きです。





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