イエイツの『記憶術』を読む #10

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第十四章 記憶術とブルーノのイタリア語対話篇


 ここまでかなりのページを使ってジョルダーノ・ブルーノについての話を進めてきましたが、いよいよこれが最後です。イエイツはブルーノの思想と記憶術を切り離すことができない、と考えていました。記憶術が彼の思想を読み解くための重要な鍵概念になる、と。したがってイエイツは、ブルーノの記憶術に関する著作でみられた「型」は、ブルーノの著作のすべてに痕跡をのこしている、という風に主張しています。この章ではその例としてイタリア語で書かれた対話篇を見ていく。まずは1584年にイギリスで出版された『聖灰日の晩餐』について。





 この作品は「ブルーノのオックスフォード訪問と、そこにおけるコペルニクス的太陽中心説についての彼のフィチーノ的もしくは魔術的な解釈を巡ってのオックスフォードの学者たちとの衝突を反映し」(P.356)、ブルーノとその友人たちはロンドンの町並みを歩きながら、晩餐がおこなわれる目的地を目指し、晩餐のあいだに太陽中心説について激論を繰り広げる、という内容だそうです。イエイツが重要視するのは、晩餐の会場にたどり着くまでの道のりです。「この旅程はブルーノが『晩餐』での議論の主題を忘れないための、隠秘主義的記憶体系の性質を備えたものなのだ」(P.357)とイエイツは分析します。ごたごたした道中のあいだ彼らはロンドンのさまざまな場所を通過する。その場所に議論の主題の記憶が埋め込まれている、と言うのです。だから、この作品は記憶術についての作品でなくとも、記憶術から生まれた作品なのです。





第十五章 ロバート・フラッドの〈劇場〉記憶術体系


 ブルーノの話は前章まで、ここから別な話がはじまります。といってもブルーノについてかなりの分量が割かれていますので、ここからのストーリーはイエイツのこの後の著作で取り上げることになるアイデアの断片が呈示されているような感じになっている。第十五章、第十六章はおもにロバート・フラッドの話になりますが、これは『世界劇場』で主に論じられる話ですね(私はまだ読んでいませんけれども紹介させていただきます)。



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 ルネサンス後進国であったイギリスにおいて、ヘルメス主義の影響があらわれたのは大陸からちょうど一馬身ほど話された感じだったそうです。ブルーノがイギリスに滞在していたのはエリザベス朝時代の話。でも、実際にイギリスでヘルメス主義が盛り上がってくるのは、その次のジェイムズ一世の治世下においてだった、と言います。ロバート・フラッドという人はその当時最大のヘルメス主義者でした。彼の活躍した時代、すでに「ヘルメス文書」は「あれはキリスト教以降にかかれたもので、古代のエジプト人が書いたものじゃないんだよ」と断定されていたらしいのですが、フラッドはそれでもなお「いや、あれは古代エジプトの偉い人が書いたんだよ!」と頑なだったみたい。で、この人も記憶術には熱をあげていて、記憶術体系の形式として「建築」を選択しています。イエイツ曰く「カミッロの〈劇場〉が一連のルネサンス的記憶術体系の出発点であり、フラッドの〈劇場〉がその終点となるわけなのである」(P.370)。





 この人の最大の仕事は『両宇宙、すなわち大宇宙、小宇宙の形而上誌、自然誌、および技術誌』(両宇宙誌)という百科全書的な著作です。この本を書いたときフラッドはイギリスに在住していたんですが、出版はドイツで行われています。この点を「あやしげな本を書いてる自認があるからイギリスで出版しなかったのだろう」と批判されたりするんだけれども、フラッドは「いや、イギリスで出版すると挿絵を印刷するのに別料金がかかっちゃうから、ドイツに発注したんすよ」と答えている。イエイツは『両宇宙誌』の挿絵に対してふたつの面白いコメントをしています。まず、挿絵自体が記憶術的なものである、と。フラッドにおいては挿絵は自らの哲学を視覚的に呈示する「象形文字」だった、と。





 この指摘はこれまでに何べんも繰り返されたようなコメントですが、もう一点の指摘は「イギリス在住のフラッドがどうやって自分が書いて欲しい挿絵をドイツの出版業者や版画職人に伝えたのだろう?」ということについてでした。これをやってくれたのがミヒャエル・マイヤーという人だったんじゃないか、とイエイツは言います。この人はルドルフ二世のサークルに入っていた人で、フラッドとドイツの出版業者とのあいだに入ってくれていたらしい。こういうところにイギリスと大陸の思想的なつながりを見出せて面白いです。





 ここからは『両宇宙誌』に記述された記憶術についての分析がはじまります。フラッドは記憶術の技術として「円形術」と「方形術」というふたつをあげています。それぞれ、どんなものだったか、というと前者が魔術的なもので、後者がイメージを用いたものだったようです。フラッドはこんな風に言っています。



記憶を人為的に改善するには、薬物によるか、円形術によって想像力を「イデア」に向けるか、方形術の物質的なもののイメージを通じて行なうか、のいずれかしかない。(P.375)



 「薬物によるか」ってうっすら恐ろしいことを言っておりますが、フラッドは円形術のほうが難しいけど、効果はバツグンだ、とも言います。円形術は自然的であり、ミクロコスモスには適合しやすい、と。一方、方形術は人為的なイメージを使うから簡単だけれどもミクロコスモスには適合しにくい、と。





 フラッドの記憶術はこのふたつの技術の組み合わせによるものだそうです。円形と四角形の組み合わせ。この使い方はブルーノも『秘印』で定めているのだ、というイエイツの指摘も重要なものでしょうが、この組み合わせによってフラッドは「劇場」を作り上げる、というのが刺激的です。





(続く)





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