イエイツの『記憶術』を読む #2

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記憶術
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フランセス・A. イエイツ
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第二章 ギリシアにおける記憶術――記憶と霊魂


 さて、第二章でイエイツは再度ギリシアの記憶術がどのようなものであったか、というのを探っています。まずはギリシア式記憶術の始祖、シモニデスについて。さまざまな人に偉大な人物として語られたにも関わらず、彼が書き残した著作はもちろんのこと、ギリシア時代の書物でシモニデスの逸話を伝えるものは何も残っていないのだそうです。記憶術についてシモニデスの名前を出して言及しているのは第一章にでてきた三大ラテン語文献が最古のものなのだとか。しかし、実在の人物であったことは確かなようです。第二章の冒頭で彼のプロフィールが紹介されていますが、この文章はなかなか魅力的。



ケオスの人シモニデス(紀元前556-468頃)はソクラテスより前の時代に属している。若い頃にはまだピュタゴラスも存命中であったかもしれない。(残存する詩作品はほとんどないものの)ギリシア最高の叙情詩人の一人として、ラテン語ではシモニデス・メリクス、すなわち「蜜のごとく甘い(歌い手)」と呼ばれた彼は、とくに華麗なイメジャリーを駆使する点で優れていた。(P.51)



 シモニデスは記憶術のパイオニアであり、最高の叙情詩人……才能豊かな人だったようですね。後にプルタルコスは「シモニデスは絵画を無言の詩と呼び、詩を口をきく絵画と呼んだ」(P.52)と記しておりますが、この点にイエイツは注目しています。シモニデスは、場にイメージを埋込、それを自由に引き出す方法を記憶術としましたが、絵画もまたカンバスのなかにある一定の場所にイメージを埋込むものであり、それは記憶のようなものを伝える方法とも考えられます(いわば、パノフスキーにはじまるイコノロジーは、カンバスに隠された記憶を読み取る学問と言えるかもしれません)。よって、これは「記憶術発明と分母を同じくしている」(同)のです。





 次にイエイツはギリシア時代にそもそも記憶とはどのようなものであったのかについて整理をおこなっています。まずは、大哲学者アリストテレスは、どう考えたのか。アリストテレスはまず『霊魂について』という著作において「想像上の絵を書いた思考は不可能である(P.57)」という風に言っています。このとき、想像上の絵(イメージ)は「記憶法において記憶のよすがとなるべき慎重に形成されたイメージ(同)」に類比されているのですね。またアリストテレスは『霊魂について』の補遺にあたる『記憶と想起について』というそのものズバリなタイトルの著作において、そのイメージ形成方法を「印形つき指輪で封蝋を押すような一つの動作とみなしている(P.58)」のだそうです。アリストテレスによれば、記憶力の良し悪しは、気質によって左右されます。アリストテレスの説明は現在の記憶のイメージに近いのではないでしょうか? なにかを記憶するという行動の暗喩が、内的筆記――自分のなかに何かを書き込む――として表現されること。これは三大ラテン語文献にも受け継がれ、アルベルトゥス・マグヌスやトマス・アクィナスといった中世の人たちにも多大な影響を与えています。





 一方プラトンもまたアリストテレスと同じく封蝋の隠喩を用いて、記憶を説明しています。しかし、彼はアリストテレスとちがって「感覚による印象からは引き出せない知識があること、われわれの記憶するものの中には〈イデア〉すなわち魂が地上に降りる前に知っていた実在の原型や鋳型が潜在的に存在すること、を信じてい(P.61)」ました。プラトンにとって、記憶とは人間の霊魂のなかにすでに刻印されているものであり、学習することとはすでに刻印されたものを思い出すこと、だったのです。イエイツは、プラトンのこのような言説を以下のように分析します。



あらゆる知識、あらゆる学習は実在を思い出す試みであり、感覚によって知覚された多種多様のものを、実在との対応を通して似たもの同士一つに統合するにある。(中略)プラトン的意味では、記憶とは全体を支える土台なのである。(中略)プラトン的記憶は、記憶技術を姑息に操ることではなく、実在と関連づけて一切を組織づけようとする試みなのである。(P.62)



 これは少し難しいですね。私なりに噛み砕けば、学習内容と実在を結びつけ、組織づけることによって、世界の真理を自分の中に再現するというプロジェクトがプラトン的記憶などだ、という風になるかもしれません。このプロジェクトは、ルネサンスの新プラトン主義者へと継承されます。カミッロによる〈記憶の劇場〉はそのもっともわかりやすい例だ、とイエイツは指摘しています。その劇場に配置された各種のイメージが、実在の祖型に基づいている(だから、それを利用することが実在を参照するための手段となりうる)と彼は信じていたのだ、と。また、このアウグスティヌスの名もこの影響下にあるものとして挙げられています。





(続く)





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